第172話:流界の南極
“陽撃【極大式】”を顔面に受けた海神は後方へ3~4歩たじろぎ、踏みとどまった。
「“半妖態”で顔に当ててもこの程度なんだ・・・。」
術の主は陽子であった。既に狐の耳と尾が現出した“半妖態”である。
「とにかく、早く倒さなないとね。弱点とか分からないけど・・・。」
5分前・駕籠の中
「美鳥さんが仰った内容以外に海神の情報はないのですか?」
陽子は駕籠に付き人として同乗している隠密隊員に訊ねた。
「はい。前回“七災神”が現れた際も最初に出現したのが海神だったようで。その時はまだ“それ”が七体の怪物の一角であるとは分からなかったので、美鳥様と居合わせた強力な妖たちで早急に封印してしまったとか。海神が真価を発揮する間も与えなかった為、情報がないようです。」
「そう・・・。」
少し不安そうな表情を浮かべる陽子に、隠密隊員は焦って取り繕う。
「で、ですから、どんな状況、どんな相手であろうと対処できる陽子様が海神の相手に任命されたのですよっ!美鳥様は陽子様をそれだけ高く評価なさっているということですよ!」
「・・・ありがとね、えっと、ごめんね?隠密隊員さんの名前って調べられなくて・・・。」
「あっ!・・・夜雲と申します。すみません、紹介が遅れてしまって・・・。」
現在
「さて・・・どう倒せばいいのかな?」
陽子は目の前で態勢を立て直した海神に対し、臨戦態勢を執る。
同刻・妖界の南極へ向かっている駕籠
「シルフ様のお相手なさる“七災神”は最も難易度が高いかと存じます。」
「構わ・・・ない。我が消滅したところで、大精霊様の御身に還るだけの・・・こと。他の娘らの・・・死とは違う。・・・我には、我にしか出来ぬことをやらねば・・・。それを承知で美鳥も我をそやつ“ら”に当てたのだろう・・・。」
同刻・流界の南極
ちょうど現在、アメリカの某有名自然系番組のクルーがロケを刊行していた。運の悪いことに。
※()内は日本語訳。原語は英語。
「(ん?今のはなんだ?)」
遠方のペンギンの泣き声を拾おうとしていた音響スタッフが、マイクの拾った妙な音に気付く。
「(どうした?)」
「(いえ、今・・・馬の嘶きのようなものが・・・。)」
「(ハッハッハ!こんな南極のド真ん中に馬なんているわけないだろう?そしたらそれこそ新発見だ!)」
スタッフ一同が笑いに包まれた。だが、次の瞬間それは静寂へと変わる。
「ヒーヒヒヒヒーン!!」
クルー全員の耳に確かに聴こえた嘶き。その嘶きに呼ばれたように突如突風が番組クルーを襲う。
「(おお!?ブリザードか!みんな撤収!撤収!!)」
「(ですがディレクター!あの馬の嘶きは!?)」
「(それはまた今度だ!あの音声は録れているんだろ!?)」
音響スタッフは頷きながら撤収準備を急ぐ。
「ウオオオオ!!」
今度は勇ましい男の雄叫びのようなものが聴こえた。
「(なんだ!?俺たちの他に誰かいるのか!?)」
「(構わん、撤収を急げ!このブリザード、何か変だ!)」
その雄叫びが聴こえてからである。突風が周囲の氷雪を巻き上げながら徐々に竜巻の体を成していったのは。
「(ディレクター!帰り道に竜巻が発生!!)」
「(こっちもです!)」
「(こっちも・・・!?一体何個の竜巻が・・・!?)」
過酷な環境下で何本ものロケを行ってきた百戦錬磨の番組クルーがパニックに陥って3分と経たない内に、彼らは全員死亡した。死因は竜巻によるものではなく、凍死。否、正確には“竜巻による凍死”。ここに発生した数十本の竜巻は氷雪や風を巻き上げるだけでなく、“気温”さえも巻き上げていたのである。竜巻周辺の気温は既に-100℃を下回っていた。
これがここ、流界の南極に封印されし“2体の七災神”、神斬と神風の能力であった。




