第170話:黒水諸島
妖界・大洋沖
すっかり日が落ち、夜の帳が降りた真っ黒な大海原が広がっている。そんな漆黒が支配する海を煌々と照らす島々がある。
黒水諸島
国ではなく、ただの島の集まりでありながら妖国連盟に加入した稀有な存在である。
黒水諸島は大洋の中央部に位置している事から、元は水にまつわる妖・怪異が休息に立ち寄る程度の島々であった。だが、時が経つに連れ、徐々に島に棲みつく妖が増え、それがやがて街となっていった。そこへ大洋を行き交う漁船や商船が立ち寄るようになり、小国の如き活気を得て妖国連盟も認知し、現在に至る。
その黒水諸島が今、かつてない厳重警戒態勢を執っていた。他でもない“七災神”の一角・海神が迫っているからである。海神は黒水諸島の東から幾つかの島々を破壊しつつ接近していた。
天候は快晴、海は“七災神”に接近など感じさせないほど穏やかである。
「海神です!!」
静寂を破ったのは島の一番高い位置にある櫓から物見のギルマン(魚人)が報告する。
「来たか。よし、迎え撃つぞ!作戦通り、まずは人魚隊!!」
元海賊のギルマン、ウォーズが指示を出す。妖国連盟から黒水諸島における対七災神作戦の指揮官を任されていた。
「偉そうに指示しないで、海賊風情めが。」
人魚たちの指揮を執る女性人魚、メイ・レンユーが小言を呟きながら人魚たちを配置に着かせる。総勢100名を超える人魚の群れが黒水諸島の東側に海中に並ぶように陣取る。そこへ巨大な鬼のような姿をした海神がクジラのように雄大な泳法で高速で接近して来た。
「海神、確認!」
最も視力の優れた人魚が海神を肉眼で確認した。
「皆、構え!」
人魚たちが皆同様に両手を海神の方へと向ける。その両手の先から魔法陣が形成される。
“海王海流砲”
しかし、その術はあえて発動はさせず、1人ひとりの魔法陣をひとつの巨大な魔法陣へと融合させ、上位の術へと変異させる。
“海神海流砲”
その巨大な魔法陣から強大な“うねり”が生じ、それは凄まじい海流となって海神へと襲い掛かった。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
けたたましい慟哭と共に、海神はその海流を正面から受けた。否、受け止めた。そしてその海流を両腕で潰すように打ち消した。
「ッ!!アレを打ち消した!?」
驚きを隠せない人魚たちに海神は拳を構えた。だが直接拳が届く距離ではない。両者の間にはおよそ500mはあるだろう
「ヴオオオオオオオオオオオオ!!!!」
それでも海神は慟哭と共にその拳を人魚たちへと放つ。瞬間、海神の拳の先が真空となった。海神の拳は何tもある海水の塊を“押し飛ばした”のである。それは最早、海中を飛来する高速の鉄塊。さしずめ潜水艦の神風特攻と比喩していいものであった。
人魚の陣形はその一撃で崩れ去った。その一撃で半数以上が戦闘不能に、瀕死の重傷になり、約2割が死亡したのである。100名を超える攻撃で通じないのだから、陣形の崩れた人魚たちでは何もできず、ただ海神が黒水諸島へ向かうのを見送るしかなかった。
「人魚隊、敗走!!海神、変わらず接近します!」
「チッ!足止めにもならんか!!第二陣、クラーケン!出ろォォ!!」
世界的に有名な水怪、クラーケンは黒水諸島近海に棲まう最大の怪異である体長30mを超える巨大烏賊である。ここにいるクラーケンは黒水諸島を守るために生きる守護神のような存在である。黒水諸島に益をもたらす者には何もせず、害を為す者には容赦しない怪物。今回の事態に至っては、黒水諸島の住民たちの作戦に協力する知性も持ち合わせている。
世界に名を轟かす巨大烏賊・クラーケンVS“七災神”海神
海獣同士の死闘が幕を開ける。




