第168話:今、すべきこと
「アレ、でもさぁ・・・その儀式やって美鳥っちの能力を和神くんに渡しても、それって“美鳥っちの不死鳥の能力”の持ち主が変わるだけなんじゃないの?えーと・・・癒しの不死鳥としての。それじゃあ結局あっちの不死鳥には勝てないんじゃない?」
サラの疑問は至極真っ当なものであった。この問いかけに陰美が答える。
「私も聞いていてそう思ったが、美鳥殿はこう仰られていた。
不死鳥はこの世の全ての力を生み出し、操ることが出来るが、それは飽くまで“自分の力”に過ぎない。対して“受け容れし者”は・・・今の和神は、自身では最低限の生命力しか持ち合わせないが、代わりに“他者の力”を受け容れ、操ることが出来る。つまり、“受け容れし者”が自身で力を生み出せるようになるということには、無限の可能性がある,と。」
「なるほど・・・。」
陰美の話にミネルヴァが頷く。
「私たちの持っている天力や霊力といった力は扱う種族や性質、見た目などで大きく4種類に分類されておりますが、同じ力でも使う者によってその性能は微妙に異なっています。例えば、これまでの戦闘を見る限り狗美さんは自己強化系に使用しやすい妖力を有しているようですが、陽子さんの持つ妖力は術を放つのに適している。
特に技量を磨いた者であれば、それがより顕著に現れます。かつてサンクティタス軍にいた中将・ヴァイスは入隊当初から天力を自身から切り離した状態で扱うことに長けていたと聞きます。それを磨き上げ、“ブリリアントソード”や“ダイヤモンドダスト”といった他に類を見ない技にまで昇華させた。そして、そのヴァイスの天力を受け容れた和神さんは見事に“ヴァイスの天力”を使って見せました。
恐らく、美鳥さんが無限の可能性と仰ったのはそういう意味なのでしょう。世界に存在する生物や環境の数だけ力は存在し、それを操ることが出来る“受け容れし者”が更に自ら力を生み出すことができるようになるということは、まさしく無限の技術や戦法を手にするに等しい,と。」
ミネルヴァの説明に皆、美鳥が和神に“転譲の儀”を行うメリットは理解した。だからといって、嬉々として賛同はできなかった。
和神が永遠に生きるということは、本来の人間の寿命で生きているよりもずっと永い時間を一緒に過ごせるということ。これは狗美を始め皆にとって嬉しい事ではある。だが、その代償に和神の人間としての、否、生命としての幸せ・・・即ち“子孫を残すこと”や“家庭を築く”という幸せが断たれてしまうのは、あまりに重いものである。加えて、永遠に生きるということは、ついさっきまで狗美たちが立たされていた立場に和神を立たせてしまうことにもなる。世界が終焉を迎えるまでの永遠の時間、和神は他者の、知人の、友人の死を見続けなければならないのである。
「和神、お前は全て理解した上で“転譲の儀”をすることを受け容れたんだな・・・?」
「うん、当然ね。」
狗美の問いかけに和神は頷く。誰もその決断を止めることも後押しすることもできなかった。そして皆が気付いた。何故美鳥が和神だけに儀式の事を伝えたのか、自分たちには伝えなかったのか。
“こうして悩み、それでもどうしようもないこと”だから。
全ては和神が選ぶことで、狗美たちにこれを止める道理がないのである。
狗美たちのあまりに重々しい空気に、和神が切り出す。
「いや、ほら自分には元々そんな相手もいませんし・・・それに、前々から思ってたんですよ。よくハリウッド映画とかである“世界と家族どっちを守るか・・・”みたいなやつ見て、そりゃ世界だろって。世界が無ければ家族だけあったってしょうがないですからね。だから、そんな、俺のことは気にしないで下さい。
俺が“転譲の儀”をすることの中で唯一迷ったのは、大家さんが死んでしまう・・・消えてしまうという,その一点だけだったんです。でもそれも、大家さんも覚悟の上ですし、そうしなければ世界が終わってしまうのなら・・・やるしかないんです。」
自分の未来が懸かった事案の中で、美鳥が死んでしまうという、他者の事を慮っていた和神に、狗美たちはますます申し訳ないような、自分たちの情けなさのようなものを感じ、より空気が重苦しくなってしまった。
慌てて和神が取り繕う。
「ああー、でも、大家さんも“最終手段”って言ってましたし!確か、このあと、皆さんそれぞれ別々の“七災神”のところに行ってもらって、そこで皆さんが“七災神”を瞬殺できて、大家さんと疾風との戦いに間に合えば、もしかすると“転譲の儀”をしなくても勝てるかも・・・とか。」
和神のその言葉に全員が脳裏に光明が差したように感じ、靄が掛かっていたような感覚が晴れ渡った。今、何をすべきか。それが明白になったためである。
「とりま“七災神”狩りってコトだね♪」
「ええ、すべきことは初めから決まっておりました。」
「うむ・・・早う片付けよう・・・。」
「そうですね・・・全霊を持って・・・!」
「姉様の全霊には及びませんが、私も全力で対処いたします。」
「ああ・・・破滅など、させない。」




