第164話:永く生きるということ
護国院・母屋の大浴場
脱衣所の前には“貸切”と書かれた看板が立っている。
「いや~でも、ビックリしたね~。大家さんが不死鳥だったとは・・・。まあ、確かに初めてあのアパート?に行った時に何か結界的な気配は感じたんだよね~。気のせいかと思ってスルーしてたけど♪」
百人以上は入れるであろう巨大な浴槽を仰向けで漂いながらサラは言う。通常ならば新式・天帝結界内に“魔の者”は立ち入れない決まりだが、今は特例として立ち入りを許可されていた。
「それより、良いのでしょうか。こんな時に湯に浸かっていて・・・。」
湯に浸かりながら不安げな面持ちでそう言うのはミネルヴァである。
「いいんじゃなーい?もう世界中でみんな動いてくれてるんだし。アタシらは美鳥っちの言う通りのんびり休めばさー。」
サラが呑気に答える。それに陽子も続く。
「のんびり・・・はしていられませんが、私たちが疲弊しているのは確かですから、休息も必要ですよ。肝心な時に動けないと困りますし。」
「・・・そう、ですね・・・。」
陽子の言葉で、ミネルヴァの不安げな面持ちも幾分やわらいだ。
「にしても不思議なカンジ~。ミーちゃんもアタシも同時に癒されてるなんて。」
「ま・・・ったくだ。魔物と・・・混浴など。」
くつろぎ過ぎるサラに怪訝な目を向けているのはフウであった。
「まぁ、フウ様。此度は非常時ですから。それよりも、今はこれから“七災神”に対してどういった手を打つかを・・・。」
「・・・永遠に生きるって・・・どんな感じなんだろう。」
ミネルヴァの言葉を遮ったのは、少し離れた位置で1人で湯に浸かっていた狗美であった。
「どしたのどしたの、マジメな顔して~。あ、いつもか。」
スイ~っとサラが狗美に近付き、横からくっつく。
「サラも、そうなんだろ?サタンからの供給がある限り生き続けるんだろう?」
「まーねー。でもアタシはまだ不死ってほど永くは生きてないよ。つーか生きてもいないようなモンだしね~。そーゆーハナシはフウちゃんのが分かるんじゃない?」
狗美とサラがフウに目を向ける。
「誰が・・・“フウちゃん”だ・・・。フウ様と・・・呼べ。・・・・・我とて大精霊様ほどに永くは生きていないが・・・。」
「それでもいい、聞かせてほしい。」
いつになく感情的かつ熱心な狗美の様子に、フウは口を開く。
「・・・永く生きていると、“忘れていく”のだ。何を見ても新鮮味を感じなくなり、辟易の毎日となる。・・・そして、記憶に残るのは、何度も繰り返される事象となっていく。・・・即ち、死だ。永く生きるほどに死を視ることになる・・・。だが、繰り返され、反復されていく事象は・・・慣れていく。戦で幾万死のうが、幼子が死のうが、幾度も重ねれば慣れてしまうのだ。」
「悲しみや憐れみさえ、永い年月は忘れさせると・・・?」
ミネルヴァがつらそうな視線で問う。
「・・・そう、我も思っていた。もはや我には悲しみも憐れみも、喜びさえも失ったのだと・・・。だが・・・違った。幾千万の年月を越え、何千何万の死を視ようと・・・。」
フウは普段の閉じているか開いているか分からない瞼を開き、狗美を見る。
「情の移った者・・・大切な存在の死には・・・永劫に慣れることはない・・・。我は、そうだった・・・。」
開かれたフウの瞳にはかつて殺めた“小娘”の姿が映っていた。そして狗美に対して言葉を続けた。
「・・・和神にとって、そなたらの寿命は・・・永劫に等しかろうな。」
狗美は心を見透かされたように感じたが、目を逸らしはしなかった。
「・・・我が言わずとも分かっていたであろう?狗美。不老不死という途方もない寿命を持った不死鳥という存在を知り、そなたは気付いた。不死鳥が自分たちよりも遥かに永く生きているように、自分たちも和神より遥かに永く生きるのだという事実に。現状は偶然、同じ齢の時を生きているように感じられるが、やがて和神は自分たちよりも遥かに早く老い、死するという現実に。」
その言葉に、胸を痛めたのは狗美だけではなかった。湯に浸かる皆が、目を伏せていた。




