第156話:風と不知火
狗美に掌を向け、そこに不知火を球状に集めるイックス。その不知火の球が放たれんとした瞬間、イックスの全身が切り刻まれた。狗美に向けられていた右腕は切り飛ばされ、不知火は終息して消えた。
「ほぉう・・・精霊か・・・。」
“腕の不知火”
そう、斬撃の正体はフウの放った“鎌鼬”であった。大気中に紛れて完全に姿を隠しているフウ。だが、イックスは見えているかのように的確な位置に腕の形を模した不知火を放ってきた。これをどうにか躱し、反撃の手を講じる。
“風武百連陣・槍群”
イックスの身体に十数個の風穴を開けた。
“千手の不知火”
しかし、イックスはそんなことには目もくれずに、“腕の不知火”から無数の腕を枝分かれさせ、その全ての腕が見えていないはずのフウを一斉に追い詰めて行き、遂にフウは不知火の腕に捕らえられてしまう。フウを捕らえた不知火の腕はイックスのもとへと縮み、イックス本人の腕へと収束した。
「うぅ・・・っ・・・何故・・・。」
首を掴まれているフウがそう漏らす。
「何故・・・捕らえられたのか,か?簡単なことだ。某は貴様より強大かつ狡賢い存在と対峙したことがあるからだ。・・・ふむ、貴様、あの女と同じ霊力を感じるぞ・・・?」
「大・・・精霊・・・様のことか・・・。」
「ふはは!あの女、大精霊などと名乗っているのか!それはそれは・・・滅ぼさねばな。」
「させ・・・ない・・・!」
“鎌鼬”
自身を掴むイックスの左腕を“鎌鼬”で斬り落とそうとしたが、その腕は纏った不知火によって守られ、全く刃が通らなかった。
「無駄だ、消え去れ。」
“爆の・・・”
“エクスカリバー”
背から天力の翼を生やしたミネルヴァの全霊の一振りがイックスの左腕を斬り落とした。
「聖剣の力か・・・エルフ族だな?女。」
「如何にも・・・!」
“剣の不知火”
イックスはすぐさま両腕を再生させつつ、不知火で刀剣を形作った。
「尋常に勝負と行こうか・・・。」
「望むところです・・・!」
そうは言ったものの、“エクスカリバー”は諸刃の剣。ミネルヴァの天力はほぼ底をついていた。それでも、振り下ろされる不知火の剣を天力の剣で受け止めようとする。その瞬間。
“アークエンジェルアローサル”
ミネルヴァの背より4枚の天力の翼が現出した。
(なっ・・・!?)
「ほぉう・・・大天使に愛されているのか・・・。」
訳知り顔のイックスとは対照的に“アークエンジェルアローサル”の発動に最も驚いていたのはミネルヴァ自身であった。初めて“アークエンジェルアローサル”を発動したサラ(当時はサキュバスNo.777)との戦闘の後、ミネルヴァは度々他の者には聞こえぬ、ミネルヴァの心にだけ響く“大天使”との対話をしていた。メリディエス帝国との戦闘の際にも聞こえた、この“大天使”の声は、かつて“アークエンジェルアローサル”についてこう言っていたのである。
『“アークエンジェルアローサル”は貴女の死を防ぐためにしか発動しません、というより私が“させません”。貴女も知っての通り、あの力は現世で扱うには大き過ぎますからね・・・。“アークエンジェルアローサル”は貴女の意思に非ず、私の権能であること、努々忘れぬよう・・・。』
つまり今、イックスの剣が振り下ろされた瞬間、本来ならばミネルヴァは死んでいたということである。とはいえ、“アークエンジェルアローサル”は発動され、ミネルヴァの手に握られた天力の剣は常に“エクスカリバー”級の威力を維持していた。ミネルヴァが剣を弾くと同時にイックスは後退した。そして両者は剣を構えた。
「尋常に勝負・・・よろしいですね?」
「無論だ、エルフ族。」




