第15話:京都守護妖
「京都守護妖をご存じない?」
「それと護国院・・・というのも。」
「和神さんがご存じないのは分かりますが、狗美さんもご存じありませんか?」
「あぁ、うん。あんま人付き合い無かったから。」
「人付き合いとかの問題なのでしょうか・・・。」
陽子は自身が隠していたことの無意味さにバカバカしくなりつつも、自分が世間知らずなだけで京都守護妖の存在はそこまで認知されていないのかも知れない,と思い直し、一から説明することにした。
「ええと・・・・・では、まず妖王についてお話しますね。妖王は日本の妖界を統治する文字通りの“王”です。この妖王が妖界の大きな流れを定めています。この妖王と王族の住む土地・王土が京都にあり、この土地を護る一族が護国院家なのです。我ら護国院は、彼の地を護ることで安寧の生活が約束されているのです。」
「なるほど。」
「護国院家では王土を護るために軍部のような形式をとっています。戦闘時に前線で迎撃する護国隊。そのサポートをする半妖の部隊・陰陽隊。王土を離れずに守護する近衛隊。敵襲や謀反を事前に察知するために諜報活動を行う隠密隊などです。しかし、これらの部隊が実戦をすることは殆どありません。王土を狙って護国院と一戦交えようという方がいないというのもありますが、最大の理由は・・・」
「さっき言ってた“きょうとしゅごあやかし”ってやつか?」
陽子が頷く。
「はい。“京都守護妖”はその名の通り、王土だけではなく京都全体を守護する役目を担う妖です。」
「京都全体を・・・どうやって?」
和神が疑問を挟む。
「結界を張るのです。結界内のあらゆる生物の動きを探知する“天帝結界”という結界を。」
「あらゆる生物を探知する・・・って妖界では普通にできることなんですか?」
和神が驚きながらに尋ねる。
「並の妖では10~20人はいないとできません。」
「それを1人でやるんですか?」
「はい。」
「平気なのか?いくら九尾だからって・・・。」
同じ強力な妖として狗美が心配する。
「・・・護国院には古来より1000年に1度九尾が生まれます。京都守護妖は200歳になると、即ち成人すると“守護の社”という場所に入り、次の九尾が成人するまでそこで“天帝結界”を張り続けて生涯を過ごします。」
「えっ・・・200歳からずっと、800年もですか!?」
「はい。九尾の寿命は他の妖と比べて長いので寿命の面では問題ありません。それでも役目を終えた九尾は“守護の社”から出て、程なくして亡くなりますが。」
「残酷・・・だな。」
「1人の妖が贄となることで妖界の平和が保たれるのなら,ということです。そういう事情があるので、京都守護妖候補となった九尾は成人するまでに許嫁と契りを交わし、子を産みます。」
「じゃあ、陽子さんも?」
和神の問いに静かに頷く陽子。
「先日、お見合いをさせられました。護国院の院長であるわたしの両親が精査した、選りすぐりの許嫁の方と。」
「成人してから800年も自由に動けない上に役目を終えたらすぐ死ぬ。なのに結婚相手も選べないのか・・・。」
辛辣な面持ちで狗美が呟く。
「まぁ、選びたくても京都守護妖候補は自由に外出できない身ですし、学舎にも通わせてもらえないので、出逢いなんてないんですけどね。護国院内の人はみんな友人や兄弟のような感覚ですし。」
苦しそうな笑顔を見せて話す陽子だったが、やがてその笑みも口元だけとなり、辛そうな瞳で続ける。
「生まれてからずっと京都守護妖候補として恥ずかしくない振る舞いをしなくては,と生きてきました。不平不満なんて幼少の時分に捨て去り、これが自らの運命なのだと『受け容れて』きました。わたしが両親や護国院の意向におとなしく従っていると、みんなが褒めてくれたり笑ってくれたりして、それが嬉しくて。その笑顔やみんなの生活を護れるのであれば、京都守護妖として社の中で生涯を過ごすのも悪くないかなとも思っていました。わたしが成人に近付くにつれてみんなが敬語になったり距離を置くようになったりするのが少し辛かったですが、それでも、史上最高の京都守護妖候補とまで呼ばれるようになって両親はとても嬉しそうで、わたしも満足でした。」
「史上最高なのか。」
「ええ、能力的な差はあまりないようですが、文献によると歴代の京都守護妖候補のみなさんは、その運命に抗おうと何度も脱走したり、反抗したりしていたそうなのです。なので、そういった『姿勢の面』で史上最高なのかと。」
「でも、お前も脱走しちまったな。」
「はい。・・・脱走しても何も変わらないのに。」
「変わったんじゃないですか?」
陽子が眉を上げて和神を見る。
「俺たちに出逢えたでしょう?」
陽子と狗美は同時に頬を緩めた。似合わないセリフを,と思う狗美だったが、和神は時折こういう面がある奴だったな,と過去に思いを馳せた。
「でも、どうして急に脱走しようと思ったんですか?話を聴いてると運命を受け容れているみたいでしたが?」
陽子は目を閉じ、少し間をおいてゆっくりと開き、脱走の理由を打ち明けた。




