第149話:受け容れし者と豪族
和神と福士が対峙する数分前・陽子の部屋にて
「気配がします・・・これは、あの豪族のものです。」
階段を上がって来る福士の気配を察した陽子が言う。
「この嫌な感じ・・・間違いありません・・・。」
陽子はそれが福士の気配であると確信していた。見合いの日に感じた寒気のするような吐き気のするような高圧的で低劣な気配。陽子の知る限りこんな酷い気配を放つ者は他にいなかった。逆に言えばこの気配が福士でなく別の者であったなら、その方が絶望するくらいであった。こんな低劣な気配はこの世に1人で十分であった。
和神には福士の気配は察せなかった。人間にとって他人の気配を察するというのは難しいことであるのは言うまでもない。幾ら和神が“受け容れし者”とは言え、会ったこともない妖の気配を察するのはやはりまだまだ困難であった。しかし、気配は察せずともわかることがあった。それは、陽子から滲み出す嫌悪感・焦燥・憂鬱といった負の感情。声や身が震えているわけではない。眼に涙が滲んでいるわけではない。だが、和神には解った。陽子はきっともう2度と福士と対面したくないのだと。言葉すら交わしたくなく、同じ屋敷内にいるだけで不快なのだと。そこで和神は提案した。
「・・・大福福士の相手は自分がしますよ。」
陽子は驚き、提案を却下しようとする。
「!だめですよっ!仮にも才はある豪族でそれ以前に妖です!和神さまお1人では・・・!」
「大丈夫ですよ。ここのところ長く妖界にいますし、今日は皆さんと一緒にいましたから妖力の充填は万全ですし。」
「でも・・・!」
まだ否定を続けようとする陽子の言葉を遮るように和神は言葉を続ける。
「たまには自分に護らせてください。」
「!」
「狗美と出会ってからずっとなんですよね・・・。護られてばっかりで・・・だから、ここは任せて下さい。で、危なそうだったら助けて下さい。」
その時の和神の顔は自責の念に満ちているように見えた。だから陽子は否定の言葉を紡ぐのをやめた。
「・・・では、お願いします。戦況が危うくなったら助太刀致します。」
護らせてください,その言葉が陽子の心の中で灯火のように暖かく鳴り響いていた。
現在・護国院母屋の庭
「ブクブクブク・・・。」
大福福士は池の中で頭を冷やし冷静になったところで、怒りで煮え滾り、怒り心頭に発していた。大きく飛沫を上げて池から飛び出した福士はびしょ濡れのままに獅子夜に怒鳴る。
「オイ!!傭兵!なんで人間風情が妖力を使う!?霊力を使う!?あン!!?せつめーしろ!!」
「人間が妖力と霊力を・・・?」
考えられることは1つしかない。伝説に聞く・・・“受け容れし者”。だがそんな眉唾ものの話,と獅子夜が考えている間に和神が2階の壁に空いた穴から飛び出し、庭に着地した。そしてその気配ですぐに察した。
「・・・“受け容れし者”・・・?」
「お・・・バレてる。」
獅子夜にとって今宵は忘れられぬ夜となったであろう。若き日に噂となっていた暗殺者姉妹と刃を交え、信じていなかった伝説の“受け容れし者”と対峙したのだから。
「“受け容れし者”だァ・・・?ハハハハ!んなワケあるかァ!こんな醜男がよぉ!どーせなんか呪いの類だろ!?きったねェ手使いやがって・・・思い知らせてやる!!」
福士が両手を前に出す。和神も同じくする。
“陽撃【双】”
“魔撃【双】”
福士の放った2本の“陽撃”と和神の放った2本の魔力の黒い光線がぶつかる。
「な!?魔力だと!!?汚ねェぞ・・・!どんなからくりだ・・・!!」
程なくして福士の“陽撃”は和神の“魔撃”に呑み込まれ、福士も呑み込まれて吹き飛び、庭の塀に激突した。




