第146話:我羅無と真娑羅
護国院母屋・陽子の部屋 外の廊下
千明が千影の応援に向かったことで部屋の外はがら空きとなっていた。そこに2名の傭兵が忍び寄っていた。我羅無と真娑羅、拷問を得意とする2人組の傭兵である。2名ともなまはげのような見た目をしている、鬼人族である。
2人は思っていた。中で行われている札遊び・猫回しの決着が着いた時、1人だけいる男を殺し、他の女3名を拉致して陽子を豪族に引き渡し、残りの2名は連れ帰って自分たちで楽しもうと。そして今まさに猫回しは佳境を迎えていた。1人男があがり、残り3名で札の数は残り僅かとなっている,ということが部屋の外からでも会話の内容で分かった。もうすぐだ、へへへ,と我羅無と真娑羅は内心でほくそ笑んでいた。その手に握られた出刃包丁が鈍く光っていた。
「ていっ。・・・揃わない・・・。はい、流乃さん。」
「では・・・。・・・揃いません。珠さん。」
「はい・・・。・・・揃いませんね。陽子様。」
「せいっ。・・・えー揃わない・・・それにこの札さっきも引いた気がしますよ?」
「もしかして・・・。」
「・・・どうです?和神さん。」
「あーやっぱりですね。これ永遠に終わらないですよ。誰かが間違えて札を捨てたようですね。」
「・・・和神さんじゃ・・・。」
「え・・・違う・・・とも言い切れない・・・。」
「まぁ、じゃあしょうがないですね。もう1回始めから・・・。」
そこまで聞いたところで我羅無と真娑羅は襖を蹴破っていた。
「いい加減にせんかぁーーーー!!」
その瞬間だった襖に書かれた術式が発動し、“襖を破った者”に対して妖気の波動が放たれた。我羅無と真娑羅は問答無用で妖気の波動に打ち上げられ、天井をぶち抜いて遥か上空へと飛んで行った。
護国院母屋・庭
獅子夜と千明が鍔競り合い、獅子夜の背後から千影が飛び掛かるが、獅子夜は体を回転させ千明・千影ともに吹き飛ばした。姉妹はしっかりと身を守り、外傷はなかった。
そこに母屋の天井がぶち抜ける爆音がこだました。
「まさか・・・。」
「もう毒愚たちが・・・?」
姉妹は獅子夜は1人を抑えるために他の3人を取り逃がしていた。正確には流乃や珠たちに任せることにしたわけだが。
「あーあー。あれじゃあ我羅無と真娑羅はしくじったな?」
「我羅無と真娑羅だと・・・?」
「拷問兄弟まで呼んでいたのか・・・。」
獅子夜の言葉で初めて我羅無と真娑羅の存在を認識した千明と千影であったが、それで2人の仕事が変わることはない。今はただ、目の前の獅子夜を打ち倒すのみである。
護国院母屋・陽子の部屋
「来ましたね、よく見えないまま吹っ飛んでしまいましたが。」
天井に開いた穴から夜空を眺めながら珠が言う。
「では、作戦通りに。和神様は陽子様とここに残って下さい。私と珠さんで見回ってきます。」
流乃の指示のもと行動が開始された。
護国院母屋・1階廊下
「なんだ?今の爆音は?」
のんきにキョロキョロしている福士の横で毒愚は冷や汗をかいていた。
(おいおい、まさかあの兄弟がしくじったのか?戦闘能力は紅蓮獅子には及ばねェまでも誘拐・拷問なら一流の傭兵だぞ?)
護国院母屋・裏口
感次は福士らと別れて単独行動をとっていた。福士の戯言の所為で探知能力が精細を欠いていたからである。
「ふぅ、ようやく静かになったと思ったところに今の爆音・・・。我羅無と真娑羅がしくじったか・・・。今探知してみれば当然の帰結とも言えるな。」
感次はただ1人感じ取っていた。相手の力量と分の悪さを。そして後悔していた。護国院を侮っていたことを。




