第145話:傭兵と元殺し屋
「“暗殺付添人”・感次と“攫い屋”の毒愚か。」
千影は侵入者たちの顔を見てその素性を述べていった。
「アンタが何者かは知らねえ、だが俺の“結界潜行”をどう見破った?」
「そんなもの敵に教えるか。」
千影は巫女服の袖口から小太刀を出す。そこに福士が声を上げる。
「オイ!俺は豪族・大福家の長男だ!手なんて出してみろ、お前の一族取り潰すくらい屁でもねェんだぞ!黙ってそこの傭兵に縛られろ!」
この女に脅しなど通じない。それはその場にいた福士以外の全員が悟っていた。傭兵たちは目の前にいる女が自分たちと同業か或いはそれに類することを生業としている者であることをその佇まいから察していたのである。まして探知能力に長けている感次などは尚の事感じ取っていた。
「獅子夜、手を貸そう。」
感次は獅子夜に提言したが、獅子夜は拒絶する。
「いや、ここは俺だけでいい。久しぶりに楽しめそうだ。」
「傭兵~!こういうのが好みなのか?だったらオレの寵花にも・・・」
要領を得ない福士の無駄声が流れていく。それを遮るつもりはなかったが感次は言葉を続けた。
「いや獅子夜、もう1人いる。」
獅子夜の頭上から千明が奇襲を仕掛けていた。探知能力に秀でた感次すら直前まで感じ取れなかった完璧に近い形での気配遮断による奇襲攻撃であった。獅子夜はその奇襲に対して背に負う2刀の刀を抜刀し、迎撃した。千明の小太刀と獅子夜の刀が鍔競り合う。
「これを凌ぐか。噂通りの手練れだな、“紅蓮獅子”。」
「な!?双子・・・!?」
千明の面立ちが千影に瓜二つであることに獅子夜は動揺していた。これはこの場にいる傭兵3名の中で最年長である獅子夜だけが悟ったことであった。
「俺の“結界潜行”を見破る眼力に暗殺者以上の気配遮断、そして双子の姉妹・・・アンタら、何年か前に数年間だけ裏の業界で荒稼ぎしてた“危険な姉妹”か・・・!?」
「思いの外。」
「博識。」
千明と千影は獅子夜を挟むように立ち、“暗殺者モード”とも言える口調へと切り替わった。
京の北・廃村
「誰だ、女。」
陰美は静かに近付いてきた足音の主である着物姿の女に辛辣に声をかけた。かがり火の灯りに照らされたその女は、よく見ると全身に痣があり震えている。その震えた唇から弱々しくも覚悟に満ちた声を発した。
「あの・・・あなたがたは・・・?」
我らは盗賊,という設定であったが、豪族のいないこの廃村において最早そんな設定は意味を成さない。加えて、目の前の女はきっと“盗賊”を望んではいない。陰美は真実を告げた。
「・・・豪族・大福家に仇なす者だ。」
女の顔が安堵と喜びに染まったかと思うとその場にふらふらと倒れるように座り込んでしまった。狗美がそっと寄り添うと、女は涙を流していた。
「ああ・・・よかった・・・。」
「何があった・・・?」
狗美の問いに女はぽつりぽつりと答え始めた。それはここには記せないような“寵花としての”凄惨な日々。知性ある生物が為すとは思えない福士の所業。自分と同じような寵花が数名捕えられている隠し部屋の存在。そして最後に女は重要な情報を口にした。
「福士様・・・あの男と共に“5名”の傭兵が南へ向かいました・・・。」
護国院母屋・陽子の部屋
再び“猫回し”を楽しむ4名の部屋に、影が忍び寄っていた。




