第136話:半妖態の陽子
京都全土での葬儀が行われた翌日の朝、和神は廊下で陰美を呼び止めた。
「・・・何だ?」
呼び止められた陰美は振り向くなり不愛想にそう応えた。
「あの・・・陽子さんって九尾の力を出すと、人格が変わったりすることってありますか?」
和神はメリディエス帝国軍・メリディエス三英傑の1人、メタル中将との戦闘時に“半妖態”となった陽子がメタル中将の頭部を吹き飛ばした後にこちらを見て笑ったことを話した。
「確かに姉様が“半妖態”となった気配は感じていたが・・・ふむ。」
陰美はしばし考え込む。
「・・・以前姉様が半妖態となったのは幼少の頃だったからな。その頃とは比べ物にならないような能力となった今、その性質に“反動”のような変化があってもおかしくはないかも知れんな。何せ“九尾”だ、我々普通の妖とは常識が違う。」
陰美は姉への懸念を考慮しつつも、どこか誇らしげな雰囲気で語った。
「というより、それは本人に訊いたらどうだ?別に訊きづらい事でもないだろう。」
「そうですけど、一応先に陰美さんに言っておこうと思いまして・・・。」
和神としては、これは“配慮”であった。陽子の身にまつわる話を、実の妹である陰美の知らぬところで進めるのは少し違う気がしたのである。
「まあいい、私も気になる案件だ。今から訊きに行くぞ。それに今の時間だとどの道お前では訊けないだろうしな。」
「?」
護国院母屋・浴場
朝の湯浴みを終えた濡れ髪の陽子が脱衣所から出てきたところを2人は待ち伏せていたように話しかけた。
「ふぁっ!?びっくりした・・・!」
「姉様、訊きたいことが・・・というより、また濡らしたまま出て来て!ちゃんと乾かすよう何度も・・・!」
陰美は質問より先に陽子の髪を乾かすために陽子を押して脱衣所に一緒に入って行ってしまった。
5分後。いつものふんわりした髪の陽子が出てきた。
「和神さんに濡れ髪見られちゃいましたね・・・ふふ。」
照れるような素振りをしながらも嬉しそうな陽子の言動に目を逸らす和神。
「オイ、姉様をヘンな目で見てるわけじゃないだろうな?」
監察官・護国院陰美と言わんばかりの鋭い眼光が和神を貫いていた。
「見てませんよ・・・それより訊きたいことが。」
「む、そうだったな。」
3人は場所を移して、池のほとりに来た。
「ああ、あの時の。」
陽子が“半妖態”になった時のことについて和神が話すと、陽子はすぐに思い出した。
「・・・ということは、記憶がないわけじゃないんですね?」
「はい・・・ありますよ。“半妖態”になったのもわたしの意思ですし、“半妖態”の間の行動もわたしの意思です。」
「じゃあ、あの“笑み”は・・・?」
陽子は池を泳ぐ七色の錦鯉を眺めながら答える。
「・・・怖かったんです。」
「・・・?」
「和神さんと狗美さんに、怖がられるのが・・・怖かった。敵の頭を・・・あんな簡単に消せてしまうような能力がある,そう思われて、畏れられて、今までみたく接してくれなくなってしまうのが怖かったんです。だから、笑うしかなかったんです。いつものわたしですよ,って、解ってほしくて・・・。」
「姉様・・・。」
「初めてだから・・・初めてできた、護国院の外のともだちだから・・・!失いたくなくて・・・。」
「逆効果ですよ・・・。」
和神は涙声で打ち明ける陽子を落ち着けるように言った。
「例え敵の頭を消し飛ばそうが、陽子さんは陽子さんです。別に怖がったりしませんよ・・・すげえとは思いますけど。」
「ほんとですか・・・?」
目を赤くした陽子が振り向く。
「本当ですよ・・・だってそうじゃなかったら、目覚めてすぐに話したり出来ませんよ。それに狗美と今も一緒に行動なんて出来てないです。彼女暴走して2回も食い殺しに来てるんですよ?」
「ふふっ・・・。」
陽子の顔にいつも通りの柔和な表情が帰って来た。それと同時に大粒の涙が零れ落ちていた。
「よかった・・・よかったです・・・。」
「自分もよかったです、陽子さんが別の人格とかになってなくて。なんか猟奇的な性格になったのかと・・・それが恐かっただけなので。」
「大丈夫ですよっ。わたしはわたしですからっ!」
陽子の満面の笑みに和神の心には一片の恐怖心も無かった。
「・・・オイ、ヘンな気を起こすなよ?」
陰美への恐怖心は、何片か残りそうであった。




