第135話:参列できない2人の静かな1日
和神が目覚めた翌日、京は都全土を挙げての戦没者の葬儀が行われていた。京都中の殆どの妖が参列し、冥福を祈っていた。護国隊や陰陽隊も必要最低限の見張り役以外は葬儀に参列し、参列を終えた者が交代で見張りをすることで全員が参列できるように図らわれていた。参列できない者(主に牢に囚われた者など)も、この日だけは静かに喪に服していた。
戦没者の数はおよそ300名にも及び、その大半が僧兵と周辺から集まった妖の猛者たちであったが、皆が平等に弔われた。
そんな日の京都・護国院の母屋はとても静かであった。静かな軒先に腰を下ろし、池のほとりにとまる小鳥を眺める2人がいた。
「妖も死ぬんだな・・・。」
和神が不意に口を開いた。
「当然だ。人間より寿命が長く少し丈夫なだけで、殺されれば死ぬ。殺すのが妖か病か不運かは分からんがな。」
狗美が応じた。それから暫しの沈黙の後、今度は狗美から口を開いた。
「人間は、もっと容易く死ぬんだ・・・もっと自分を大事にしろ・・・。」
「・・・うん。」
「・・・お前が目覚めないでいる間、私は色んな感情で心が狂いそうになっていた・・・。戦場の復興作業を手伝っている間も、ずっと・・・。」
「・・・ごめん。」
「・・・母が病にかかって死ぬまでの間も、こんな気持ちだった・・・。何もできない。どうにかしたいのに、どうしていいか分からない・・・悔しいような不安なような・・・そんな心持ちで・・・。」
和神の右に腰かけていた狗美は、和神の右手を見つめ、自分の左手をそっと乗せる。
「もう、あんな思いはしたくなかった・・・。」
「・・・ごめん。」
狗美は首を横に振る。
「いや・・・だから、私が強くなる。和神がどんな危機になっても、どんな相手が敵でも護れるくらいに・・・。お前は自分が必要とされるならどんな死地にも行ってしまう様だからな。」
狗美は視線を和神の目に向ける。和神は視線を逸らさない。狗美がほんの少しだけ口角を上げてから、視線を池の方へと向けて話を続ける。
「最初の時もそうだった。お前は私が来るなと言うのも聞かずに・・・放っておけないというだけで付いて来て・・・。」
「そうだったね・・・。」
「・・・ありがとう。」
「?」
唐突な感謝の言葉に思わず聞き返す和神。狗美は和神の顔を見つめ直す。
「あの時、お前が付いて来てくれなかったら、私は今ここにはいないし、とっくに王狼院に捕まっていたかも知れない。捕まらなくても、こんなに穏やかな生活は送れていないだろう。だから、ありがとう。」
言葉と同時にかつてないほど純粋な笑顔を見せた。余りにも真っ直ぐな、真っ直ぐ過ぎるほどの“ありがとう”に、和神の心は爆散せんとばかりに脈打ち、返す言葉が何も声帯を揺らせずに脳内を旋回する。そんな和神の心情を察したのか、或いはただそうしたかっただけなのか定かではないが、狗美は和神の肩にそっと寄りかかった。何も言わなくていい,と言われたような気がした。
その日2人は、戦没者たちの冥福を祈りつつ、静かな1日を静かに過ごした。




