第131話:致死の緩み
アダマス元帥は突き刺した和神を掲げるように持ち上げる。大将の首を取ったように。持ち上げられた和神の体から魔剣を血が伝っていく。
「終わりだ、“受け容れし者”。貴様が落ちれば小娘どもは冷静さを失おう。さすればまだこちらにも勝機はあるのだよ。」
アダマス元帥の勝ち誇った言葉を遠のく意識の中で聞き流しながら自分を貫いている2本の魔剣に触れる。その魔剣から命を吸い取られているような気さえした。和神はかつてない激痛を受けながら、死を直近に感じていた。
しかし、和神はアダマス元帥の敗北を疑ってはいなかった。アダマス元帥は未だに勝算があるつもりでいるようだが、和神にはそれが信じ難く感じられた。それは、ここまでの戦いや僅かに過ごしたプライベートな時間の中で和神が見てきた“彼女たち”は、間違いなくアダマス元帥とその軍勢よりも強く気高いと信じていたから。彼女たちならきっと、自分が死したとて、アダマス元帥をねじ伏せ勝利してくれると。
「和神ィィィ!!」
叫ぶ狗美にそれを嘲笑うように頬を緩めるアダマス元帥。恐らく自分の予想通り冷静さを欠く狗美に勝利を確信でもしているのだろう。だが、この“緩み”が、彼の反応を遅らせた。現状、何物をも凌ぐ速度を有する彼が“逃れる機会”を逃した。魔剣を伝って流れる和神の血液。それと同時に魔剣を伝うものがアダマス元帥の手から腕へと伝達した時、彼は初めてその事象に気付いた。
「むぅっ!?」
和神は、ただで死ぬつもりはなかった。同時に、敵と1対1になってしまった事態を想像していない和神でもなかった。妖界・魔界において非力で、術の類も扱えない和神が、魔界の兵士と対峙した時にできること・・・。それは皆から吸収した妖力や魔力をただ一気に撃ち出すことともう1つ。その“もう1つ”は和神でなければ、“受け容れし者”でなければ成せぬ技。
“魔力で覆った天力を注ぐこと”
“受け容れし者”の体内ではその特異な体質によって共存出来ている相反する“天力”と“魔力”。しかし一度外へ出てしまえばその性質は本来のものと変わりない。溶融すれば爆発する。アダマス元帥の体内には既に魔力が存在しているため、普通に天力を注げばアダマス元帥は天力の触れた所から焼けていくだろう。しかし、伝わる天力に魔力がコーティングするように混ぜられていたら?伝わっていく過程で天力が反応を示すことはなく、体内まで侵入、そこで魔力はアダマス元帥が持つ魔力と同化し、ここで初めて天力が反応を見せるのである。
無論和神はこの理論を知っていたわけではない。ただ、魔力で天力を覆っておけば気付かれないかもしれない,程度に考えていた。加えて、和神自身はこれを捨て身の策として考えていた部分がある。魔力を天力で覆って体外に出した瞬間に反応を起こして爆発する可能性が高かったからである。実際やってみるまでわからなかったが、どうやら“受け容れし者”の能力によって“受け容れし者が所有する天力と魔力である間”は共存し続けるらしく、相手の体内で一方が“相手の所有物”になった時点で共存不可となるようである。尚、これらの小難しい理論は後の研究者が仮定したものである。
何にせよ、和神の注いでいる天力と魔力のブレンドを既に手から体内へと入れてしまい、腕から肩までの浸食を許したアダマス元帥は、早速異常を来し始める。
「貴様・・・なにを・・・!?」
体の異常から持ち上げているのが困難となり、和神を地面へと下ろし、これ以上注がれるのは不味いと判断したアダマス元帥は和神から魔剣を引き抜こうとしていた。




