第128話:砕かれた漆黒
“守為ノ破道”・・・それは“京都守護妖”にのみ伝えられる秘術。“天帝結界”を護りの秘術とするなら、これは破壊の秘術であると言える。故に“天帝結界”よりも機密性が高くされている。無論、並みの妖が扱える術ではないが、その威力は万が一にも使われるわけにはいかない代物。かつて、京に危機が訪れた際に当時の“京都守護妖”は行使したが、その時の記録によれば『京の周囲100㎞を全ての動植物を消し去り、京を囲んでいた山々を平地へと変えた。』とされている。正に“守る為に行う破道”のような術である。
今回使われた“守為ノ破道”は、こんな規模には至らなかった。妖力の尽きかけた霊漸の残留思念のようなものが陽子に憑依して放った本当の意味での“最期の一撃”だったため、本来の威力は発揮されなかったのである。とはいえ、科学の粋を結集した要塞巨人を討ち滅ぼすのには充分の破壊力ではあった。要塞巨人ギガンテスの上半身は跡形もなく消し飛んでいた。ギガンテスの下半身はバランスを崩し、ゆっくりと倒壊した。
「やり・・・ました。」
ミネルヴァが啞然としながら事実を確認する。他の皆も“守為ノ破道”の威力に驚きつつも少し安心した表情を浮かべた。
「信じられんよ、まさかこんな隠し玉を持っていたとは。やはり“才能”とは恐ろしきものだ。」
その声が再び戦場に緊張を走らせた。声のした方向、倒壊したギガンテスの足の上を全員が見やると、そこには漆黒の鎧騎士は居らず、軍服を着た威厳ある顔つきをした初老の男が立っていた。実はアダマス元帥、機転を利かせたフウの“風武百連陣・黒龍の舞”によってギガンテスの真後ろまで運ばれ、ギガンテスを貫通した“守為ノ破道”の巻き添えを食らい、鎧を消し飛ばされていたのである。言うまでもなく、“風武百連陣・黒龍の舞”に使われていた魔剣も全て失われた。
「あれが、アダマス元帥の本来の姿・・・。」
「そうか、顔を見せていなかったなエルフの女よ。まさかここまで追い詰められるとは思いもしなかったのでね。貴様らなど、顔を見せるまでもなく始末できる雑兵だと考えていたのだが・・・。」
アダマス元帥は周囲を見渡し、敵対している和神たちの顔を1人ひとり確認する。
「そうか、その人間の男が“受け容れし者”であったか。互いに顔を知らずに戦っていたとは何とも滑稽な話だな。」
「俺は戦ってませんよ・・・全部彼女たちの力です。」
和神はただ事実を言った。だがその言葉は、奇しくも王が国民に向けてする演説のような台詞となった。これを聞いた狗美、陽子、陰美、ミネルヴァ、フウ、サラは和神への関心をより強めただけでなく、ここまでの長い戦闘で疲弊した心身に再び力が湧くような感覚になった。和神は無自覚の内に“労った”のである。それは、アダマス元帥が兵にして来なかった何よりも“王らしい”行為であっただろう。
「フ・・・才ある者は自らの功績を他人の力だと謙遜するもの・・・。“受け容れし者”よ、貴様も所詮は“そちら側”の者ということよ・・・。」
アダマス元帥は消えた。全員が注視していた状況の中、忽然と姿を消した。狗美たちがその事実に反応するよりも早く、アダマス元帥はサラの腕を斬り飛ばしていた。失われたはずの魔剣を両手に1振りずつ携えている。アダマス元帥は“守為ノ破道”を食らう直前に“風武百連陣・黒龍の舞”に使用されていた内の1振りを弾き飛ばし、自身の持っていた魔剣も放って、2本の魔剣を確保しておいたのである。
「鎧を失くした私は無力だと思ったかね?魔物の女よ。」
サラは目の前に立つアダマス元帥に残った左手で反撃しようと試みるが、彼の2撃目は素早くサラの身体を袈裟懸けに斬り裂いていた。




