第12話:黄昏の出逢い
「狗美さん、魚嫌いですか?」
「さん?ですか?」
口を衝いて出た和神の敬語に怪訝な顔をする狗美。2人は今、スーパー『野菜のハナクサ』で夕食の食材を選んでいるところである。その2人の姿は傍から見れば宛ら恋人の様であり、何なら新婚にも見えるほどで、隠遁せねばならない立場に反して2人は目立っていた。ただ、モデル超の端整な女性に対し、男の方は冴えないデクの棒。大衆は思った。釣り合ってねぇ,と。
狗美は結局、とこしえ荘の和神の隣の部屋に住むことになっていた。大家さんは一緒に住んじゃいなさいよ,とか言っていたが、それは和神が阻止して空いていた隣の部屋に住むことになったのである。王狼院の一件から1週間経つが和神は未だに敬語が抜け切らずにいた。
買い物を終え、2人は共に家路に着く。
「今日見た、あの映画。えーと、『パイレーツ・オブ・ジ・アース』。面白かったなぁ。」
「今日ずーっとそれ言ってるよね。そんなハマったんなら、あれ続編あるんで、明日見ようか。」
「続編あるのか!」
楽しそうにニコニコして歩く狗美。その姿に和神の顔も綻ぶ。部屋は別だが、狗美は殆ど和神の部屋に入り浸っていた。目的は和神の所有する映画のDVDである。狗美は元々住んでいた家にテレビがなかったため、映画自体が珍しいものでドハマリしているのである。ただそれだけではなく、和神はDVDを見せる代わりに狗美から妖界について教えてもらっている。妖の平均寿命が約800年~1000年ほどであり、妖の始まりはおよそ300億年前にまで遡るということや妖力は肉体強化・治癒促進・術として放つなど、様々な用途に応用できるということなど、妖ならば常識中の常識であるようなことであったが、純人間の和神には全てが新鮮だった。
世間話をしている内に2人はとこしえ荘の前まで来ていた。するとそこには、部屋を出た時にはなかったものがあった。
横たわる美女。
「デジャヴ。」
狗美と出逢った時のことを思い出す和神。しかし、今回の美女は気絶しているというより眠っているようである。巫女装束で。狗美が近付き、ほっぺをつっつく。確かに柔らかそうな肌をしている。それに上品な雰囲気も感じる。狗美とは違ったタイプの、可愛らしい感じの美女である。
狗美のつっつきに美女が反応を示す。
「ん・・・。」
「お、起きそうだ。」
「うーん。」
巫女装束の美女がむっくりと起き上がり、伸びをする。
「あれ?わたし、こんなトコで寝ちゃったんだ・・・。ごめんなさい、すぐ消えるので。」
そう言うと美女は立ち上がり、スタスタとその場を立ち去る。
「あの・・・!あなた妖ですよね?」
狗美が美女を呼び止める。
「それもかなりの妖力を秘めている。」
「妖なんて・・・何とかウォッチの見過ぎじゃないですか?」
そう言う美女に、犬神の耳を頭からひょこっと出して見せる狗美。
「私も妖です。それも大分上位の。これも何かの縁かも知れません、良かったら少しゆっくりしていきませんか?」
「!」
美女は驚いた目をした後、和神の部屋に上がった。和神がお茶を淹れ、3人で卓袱台を囲んで座る。
「何で俺の部屋なんだ?」
「いいだろ?お前の部屋の前に倒れていたんだから、お前の部屋に上げるのが筋ってモンだろ?」
「それ狗美が倒れてたときに大家さんも言ってたけど、その考え方主流じゃないからね?」
「何かすみません。お邪魔してしまって・・・。」
「いえ、いいんですけど。ただ、見ず知らずの男の部屋に上がるのって嫌なんじゃないかと思って。」
「あぁ、そうですね。そう言われてみれば初めてですね、近親者以外の殿方の部屋に入るのは。」
その口調から気品を感じる。何だかいいトコのお嬢さんといった雰囲気である。
「そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。俺、和神翔理っていいます。ちなみに人間です。」
「私は狗美。さっきだいぶ上位の妖と言ったが“犬神”だ。」
「犬神でしたか、わたしは陽子と申します。その名の通り“妖孤”です。先程はお見苦しいところをお見せして申し訳ございません。」
陽子は深々と頭を下げ、顔を上げるや否や2人に疑問を投げかけた。
「あの、和神さまは人間で狗美さまは犬神、つまりは妖とのことですが、流界では妖の存在は正式には認知されていないと聞いておりますが、何故お2人は夫婦になられたのでしょう?」
「!!?」
和神と狗美は唐突な勘違いに一瞬固まったが、すぐに訂正を始めた。
「いやいや、俺たちは夫婦どころか付き合ってもいないですよ。出逢ったのはつい1週間くらい前ですし。」
「そうだ、今はただの隣人だ。」
「そう、だったのですか。すみません、変な誤解してしまって。お2人があまりに仲が良さそうでしたので・・・。」
頭を下げる陽子に和神と狗美は笑って応じる。話題を変えるため、和神が質問する。
「陽子さんって名字とかないんですか?何かどこかの名家のお嬢様とかみたいに思いますけど?」
「い、いえ、そんな、名字なんてありませんよ・・・。そ、それより、先程から気になっていたのですが・・・。」
冗談混じりに訊いた和神だったが、ドキッとする陽子。もし護国院の名を出せば、きっと大変なことになる。それほど護国院とは妖界では著名な家柄なのである。だが、「気になっていたこと」は本当に気がかりだったことであった。
「和神さま・・・本当に人間ですか?」




