第116話:流動~戦場~
奈良南部・帝国軍基地
千明と千影の眼前に現れた男はにっこりと微笑み、2人に対して敵意が無いことを示す。
「笑う奴ほどヤバイ。」
「笑う殺し屋はゴロゴロいる。」
姉妹には逆効果であった。仕切り直そうと、男は話を切り出す。
「し、しかしお2人、僅かながら遅かったですね。」
「?何がだ。」
「既に元帥閣下は要塞へ転送なされました。貴女方が基地のシステムを落とす数分前の事です。ですが返って良かったのかも知れませんね。あのお方の相手は貴女方と私を足しても手に余る。」
「・・・お前、何者だ?」
その軍服からメリディエス帝国軍人なのは明白であり、肩章からそこそこ位が高い事も推測できた。しかし、元殺し屋の2人を持ってしても彼から殺意や敵意のようなものは感じられなかった。
「申し遅れました。私、元帥閣下の側近・秘書を務めております、リキッドと申します。一応准将です。」
「!?」
「つまり、国のトップの側近!」
構えたナイフを握る手に力が入る。
「まあ、そうですね。ですが、先ほど申し上げた通り、私はもう貴女方の敵ではないのです。」
リキッドは両手の手の平を胸の前に出して落ち着くよう促す。
奈良南西部・丘陵地帯・陰美対スティール中将の戦場
「うっ・・・!」
膝を着く陰美。体中に切り傷があり、出血している。それに加え、その傷口には電流が走って痺れている。何より驚くべきは、陰美が既に妖狐の耳と尻尾の生えた“半妖態”であるということである。
「悪いな、姉ちゃん。俺はこいつを連れ帰らないと行けねえ。こいつは・・・“受け容れし者”は、俺らの希望なんでな・・・。」
そう語るスティール中将も既に“キメラモード”になっていた。全身に黒いタトゥーのような紋様が現れ、脚が毛に覆われ獣のような形状へと変化している。
「希望・・・か。私にとっても、そいつは・・・希望だ。」
気絶している和神の方を見る陰美。
「ほぉ・・・惚れてんのか。」
「違う。不本意だが、そいつがいなければ貴様らの侵攻に対し、我らは今頃とっくに敗走しているからだ。その男がいなければ貴様らの侵攻を事前に知ることも出来なかった。“サンクティタスの戦禍”が今も続き、ミネルヴァ様とシルフ・フウ様の支援も得られず、更には完全な部外者である犬神とサキュバスの支援など及びもつかなかったろう。」
振るえる脚を抑え、必死に立ち上がる陰美。
「へえ・・・流石は“受け容れし者”ってトコか。」
バチッ!という電流と共に瞬間的に陰美の背後へ移動するスティール中将。その手に持った電流の走る剣で陰美の腹部は既に斬られていた。
「くっ・・・!」
両の膝から崩れ落ちる陰美。致命傷に成り兼ねない程深い一撃を受けてしまっていた。全身に駆け巡る電流によって陰美は1歩も動けておらず、立っているのがやっとであった。
「姉ちゃん、元々全快じゃなかったろ。それにしちゃよくやったと思うぜ?」
「貴様の評価など・・・!」
これ以上話せなかった。意識が遠のく。
「じゃあな。これ以上はモタモタしてらんねぇからよ。」
薄れる意識の中、ぼやけていく視界に再び電流が迸った。
奈良・東大寺付近
喧嘩好きの猛者妖たち対アイアン大佐及びアストロ中佐、テツ准佐率いる魔鎧部隊の戦場
「コイツぁ・・・!」
喧嘩好きの猛者たちの半数が殺られていた。
数分前・・・。
「ハン、何だ他愛もねえ・・・。テメエの剣で斬れちまう鎧なんざ着るか?フツー。」
「お前に“普通”語られては世も末よ・・・。」
喧嘩好きの猛者たちの大勝。妖たちは近隣から次々と集まり、3人で1人を相手取る形に。更に魔鎧の弱点にも気付き、魔鎧は無力化。最後は誰が殺すかで揉め始める始末になり最早戦場ではなく修羅場であった。
「もっと骨のある奴ぁいねえのか?」
そう発した瞬間だった。帝国の要塞から凄まじい魔気が戦場に放たれ、妖たちは全員要塞の方に注視した。漆黒の鎧騎士が、歩を向けて来ていた。




