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二十四話・決闘5

 待てど暮らせどアルフレッドが姿を現さない。

 階段を降りてきたセオルドに視線を送ると、セオルドも訝しげに首を捻る。

 すると、上の方から言い争う声が響いてきた。


「ち、父上、そもそもこんなこと、話が違うでは有りませんか!」

「アルフレッド! つべこべ言わずに行かんか!! お前の勝負に私たちの命運がかかっているのだ!! お前もこの話を喜んで受けていただろう!」

「それは……もっと簡単に公爵になれると思ったからで……こんな戦いは聞いてません!!」

「勝てば良いのだ! 勝てば!!」

「で、でも、ゼウスに勝った男に俺が勝てるはずが……」

「もういい!! 早く行け!! 行かぬなら無理矢理にでも引っ張って行くぞ!!」


 どういうことなのか聞き耳を立てて二階の様子を伺うと、そこでは壮大な親子喧嘩が行われていた。

 戦いに渋るアルフレッドと、その父。

 そして二人を囲み、無理矢理にでも戦いに向かわそうとする貴族たち。


「や、止めてくれ!! 行くから! 自分で行くから!!」


 アルフレッドの父親らしき人物が、アルフレッドの首根っこを掴んで強引に引きずってくる。

 アルフレッドは観念したように声を上げるが、時すでに遅し。

 引きずれられた状態で階段を降りてきた。


 二人は言い争いながらセオルドと俺が待つ中央地点までやって来た。

 アルフレッドはようやく首を掴んでいた手から解放されると、手を床について、むせ返るように咳き込んだ。


「遅れてしまい、申し訳ありませんでした。セオルド様」


 アルフレッドの父はセオルドに向けて深い礼をすると、アルフレッドの方に視線を向けた。

 アルフレッドは強引に起こされた。


「お前も謝らんか!!」

「ごほッ、エホッ、セオルド様、ゲホッ、申し訳ありません」


 そんな光景を見ていると、なんというか……情けないというか、虚しくなってくるというか、あれだけ威勢良く絡んできていたのに、相手が強いと見れば戦う意志さえ無くしてしまう姿。

 さっきの対戦相手が真逆のタイプだっただけに、余計に情けなく映る。


 セオルドはそんなアルフレッドの姿を眉間に皺を寄せて眺めていた。

 セオルドは遅れたことに対しては何も発言せず、決闘の進行を進めていった。


「諸君、長らくお待たせした!! これより、リンカ王国貴族法第6条の規定により、異議申立て人であるシンヤ=タカハシと、アルフレッド=ヴァイデンとの決闘を執り行う! 勝負の決着はどちらかが参ったと述べた時か、戦うことの出来ない負傷を負った時のみとする!」


 セオルドはそう述べると、興味を無くしたように階段を登っていく。

 取り残されたアルフレッドの父は、ようやく正常に戻った息子の耳元に囁いた。


「アルフレッドよ……さっきの勝負、何かカラクリがあるはずだ」

「ど、どいうことでしょう……父上」

「考えてもみよ。最強と名高いゼウスが、あんなどこの馬の骨とも分からん男に負けるわけがないだろう」

「と、言いますと……」

「芝居を演じたのだ。セオルド、グリゼリスも含めて、この婚約の話を波風立てずに終わらせるためにな」

「…………なるほど。確かに俺たちはあの土煙のせいで、戦う姿は見ていません」

「そうだ! そこが今回の芝居の肝なのだ! 戦う姿を見せずにゼウスが派手に敗れる姿を見せることで、私たち、特にお前の戦意を喪失させて、不戦敗を勝ちとろうとしたのだ!」

「…………ま、まさか! 俺は騙されたということですか?」

「そう考えるのが自然に導き出される答えであろう。だからワシは最初から強引にでも戦わそうとしたのだ。そしてこの裏を知っていいのは私とお前だけだ。ここでお前がゼウスを破ったあのゴミを倒せば、名実ともにお前はこの国のトップになれる」

「ち、父上!! 流石でございます!! 父上の先見の明はこのアルフレッドでは計ることができません!!」

「理解したのなら確実にあのゴミを殺れ! 二度と私の前にあの気持ち悪い面を見せるな!」

「はい! 必ず!」


 二人はようやく会話を終えると、アルフレッドの父は軽い足取りで階段を登っていく。

 さっきまでは死んだ魚のような目をしていたアルフレッドの瞳に光が宿り、いつものように俺を見下すような表情に変わっていた。

 まあ、元気を取り戻した原因は分かっているが……。

 確かに小声だったけど、神眼の効果範囲にいたから、一言一句聞き漏らさずに聞こえてしまった。

 アルフレッドはニヤニヤとした表情を浮かべながら口を開いた。


「よお、ゴミクズ。色々な所に取り入って上手くやっていたようだが、それも今日限りで終わりにしてやるよ。知っているか? この決闘結果、どちらかが死んでも何の問題もないんだぜ? まあ、お前みたいな愚民の生殺与奪権は、俺たち選ばれし人間がいつでも行使できるんだけどな」

「それなら、俺がお前を殺しても問題ないってことだろ? それなら俺も好都合だ。手加減して殴るつもりはないからな」


 アルフレッドは反論されるのを予想していなかったのか、顔を真っ赤に染めて口元を震わした。


「お前が俺に手加減だと!? ゴマスリで成り上がってきた小物が!! 俺にそんな言葉を使っていいわけないだろうが!!」

「ゴマスリがどうとか、意味が分からないんだが?」


 アルフレッドはハンッと鼻で笑うと、自分の中で作り上げたシンヤという人物を語っていく。


「お前のことは知っているんだ。何度も情報収集をしたからな! 噂になってたぜ? ホーリー・ロードの金魚の糞だってな! 冒険者として10層に行けたのは、ホーリー・ロードの荷物持ちをしていたからで、お前はそのおこぼれをもらっただけの話。要は、お前は自分の力では何もできないクズと同じなんだよ。その癖して、自分の力で手にした地位だと勘違いして威張ってやがる。そして今度の媚びる相手はセオルド様か? グリゼリスか? ゴミ、クズ、コジキ、どれもお前の為にあるような名前だぜ。マリナもこんなクズに心酔しやがって……」


 一体どういう情報収集をしたらそんな結果になるのか、かなり疑問なのだが、それは横に置いておく。

 こいつの口からマリナのことが出た以上、言っておかないといけない。

 この戦いはグリゼリスの為でもあるが、マリナの為でもある。

 俺の為でもあるが……。


「おい、アルフレッド。この戦いに負ければマリナのことはキッパリと諦めろ。それを約束するなら、死なない程度には手を抜いてやる 」


 俺からの提案は大真面目だった。

 もしこの提案にアルフレッドが乗らないなら、本気でぶん殴るつもりだ。

 本気でぶん殴った結果、再起不能になろうが、死のうが関係ない。

 でも……こいつがそんな提案を受けるはずがない。


「馬鹿を言うな!! 俺がそんな舐めた話に乗るわけないだろ? …………このことは誰にも言うつもりはなかったが、どうせお前はこの決闘の後には死んでいるんだ。良いことを教えてやろう」


 ……良いこと?

 一体なんだ?


 アルフレッドは勿体ぶるように間を置くと、焦れる俺に優越感を覚えたように話し出した。


「マリナの様子、変じゃなかったか?」


 ん?

 何故それをこいつが知っている?


「その顔、まあそうだろうな。それは俺たちがこっそりと盛った媚薬の効果のせいさ。この媚薬は遅効性だが効果は覿面なんだ。今日の晩あたりがピークだろう。今日の決闘の終わりにでも夜這いをかけてやるのさ。偶然だが、お前が死んだ日にマリナとやるのも一興だと閃いてな」


 マリナの様子がやけに変だったことと、こいつの話が繋がっていく。

 風邪にしてはやけに思考能力が落ちていたし、色っぽい感じになっていた感じもする。

 媚薬の効果と言われれば納得してしまう部分が多い。


 それにしてもこいつ……噂には聞いていたけど、悪どいやり方をしてくる。

 もしこのことを知らなかったら、何がこの先起こっていたのか、考えるだけでも恐ろしい。

 危険な芽は摘んでおかないといけない。


 アルフレッドの言葉が、より一層戦う意味を見出すことになった。

 そして、いつになっても離れない俺たちに、貴族たちが痺れを切らして罵声を浴びせだす。

 俺とアルフレッドはお互いに背を向けて歩き出した。


 一歩、二歩、三歩………十五歩まで進むとそこで停止して、アルフレッドと向かい合う。

 目を充血させて睨みつけるアルフレッドに、俺はニコリと笑いかける。




 そしてーー銅鑼の鐘が鳴り響いた。




 さっきのゼウス戦とは全くの逆。

 開始の銅鑼の合図と同時に全速力で走り出した。

 パンッと空気を切り裂く音が、俺の鼓膜を震わす。

 アルフレッドとの距離は初めからなかったように、俺の拳とアルフレッドの頬が触れ合った。

 体が加速した勢いのまま俺の拳がアルフレッドの頬にめり込んでいく。

 骨と骨がぶつかり、砕ける感触を感じながらそのまま腕を振り切った。


 アルフレッドは大型トラックにでも引かれたように、体が宙に舞い、ぐるぐると高速に回転しながら勢いよく吹っ飛んでいく。

 アルフレッドの体は何度か地面にぶつかり、バウンドを繰り返すとようやく止まった。

 ピクリともしないアルフレッドの姿を見ても、後悔を感じることはなかった。

 剣を使わなかったのは、俺が直接殴りたかったから。

 殴って死んだなのならそれはしょうがないという、逃げ道を作る気持ちがあったのは否定できないかもしれない。

 正直ここまでするつもりは最初はなかったけど、媚薬の話を聞いてから本気で潰さないといけないと思った。



 完全に静まった広間の中、俺の勝利が高々と宣言された。






 △▲△▲△▲




 セオルドは誰もいなくなった今日の舞台を一人眺めていた。

 凄まじい戦闘の跡を残した広間。

 ゼウスの武技によって出来た亀裂は、底が見えないほどの深さにまで到達していた。

 圧倒的な力を持つ男であり、この国の騎士である。


 だがーーーーそれを易々と上回った男が今晩、確かにこの場に存在したのだ。


 ゼウスにもその姿が見えなかったように、あの場にいた誰もがシンヤの姿を捉えることが出来なかった。

 何が起こったのか分からない内にゼウスが膝をついていた。

 セオルドもその限りではなかった。

 それでもあのゼウスの姿を見れば、勝負の決着の行方は明白。


 そして戦いの最後に見せたゼウスの後ろ姿には、目に見えなくても完敗の文字が浮かんで見えた。


「まさか……ゼウスを上回る存在がこの街にいたとは……」


 セオルドはゼウスを高く評価している。

 騎士としての清廉さは、リンカ王国始まってから最も際立っていると。

 そしてゼウスの持つ能力、才能は、勇者にも比肩すると。


 そんなゼウスが勇者と同じ召喚された人間だとはいえ、完全に負けたのだ。

 それも、接戦ではなかったのだろうことはセオルドにも理解できた。


「勇者様の指導役はゼウスが適任と考えていたが……。学友としての信頼。ゼウスを負かす実力。グリゼリスに慕われる人望。……彼以上の存在は見当たらないだろう」


 セオルドはシンヤの力を目にしても、恐怖という感情や、排他の念を抱くことはなかった。

 むしろ、グリゼリスと同様に、心踊る気持ちを抑えるので精一杯だった。


「あれほどの力を持つ者がこの街に居たのは何かの偶然か……必然か……」


 丞相という任を追放されてからセオルドの心に渦巻く恐怖と焦り。

 そんな想いを久々に吹き飛ばしていった男をもう一度脳裏に浮かべると、セオルドは無人の広間から去っていく。


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