二十一話・決闘2
ガヤガヤと雑音が響く中、グリゼリスたちが壇上まで降りてきた。
俺たちも人の壁の最後方で待機する。
会場内で一際大きな拍手が起こると、初老の男が小さく咳き込み、暗に静寂を求めた。
多分この初老の男がセオルドなのだろう。
「万雷の拍手に感謝の意を表したい。振り返れば私が丞相の任を授かってから早15年の月日が流れた。先ず、その間に留守を守ってくれた諸君の助力に対して、この場を借りて御礼を述べたい。本当にありがとう」
セオルドはまず、この場に集まった貴族たちに向けて感謝の礼を述べた。
そんなセオルドの姿に貴族たちから再び大きな拍手が巻き起こる。
続いてセオルドは王都での現状と、この国、この世界の行く末を話していった。
貴族たちもその話に静かに耳を傾けた。
貴族たちはセオルドから聞かされるこの先の世界の惨状に息を飲んだ。
簡単に言えばモンスターが街中を平然と歩く世界。
そんな世界では過去の地位や名誉など何の意味もなさない。
戦乱の世が来るのだと。
「今話したように、この世界は非常に危うい状況にある。そして、その被害を真っ先に受けたのがこのヴァルハラ迷宮都市である。しかし! 奇跡的にこの街は巨力な守護者たちによって守られている! 天駆ける竜の存在! そして、どんな苦難にも立ち向かう勇ましき魂を持つ若き騎士!!」
セオルドの広げた手の先には全身鎧を装備した騎士の姿。
騎士はゆったりとしたスピードで兜を脱ぐと、その顔を貴族たちに晒した。
その顔を見た貴族たちにより、会場に小さなどよめきが起こった。
ゼウス……今日の戦いの相手だ。
更にセオルドの手が東條さんに向かうと、どよめきは極限にまで達した。
「そして、私の後ろに立つこの少女こそが伝説の勇者様である! この街は世界のどの地よりも安全であり、どんな危機がこの先起ころうとも、これだけは断言できる! この街は滅ばない! 世界が滅んでもこの街だけは滅びはしない!」
俺にはすごく大袈裟に物事を言っているように聞こえてくる。
だけどサラリアが言うにはこれくらいの大言壮語じゃないと、貴族たちの心は動かせないらしい。
というか、それならわざわざそんな不安を煽るようなことを最初に言わなくてもいいのにと思う。
セオルドが熱い演説を振るう中、グリゼリスだけがキョロキョロとし始めた。
誰かを探しているようだった。
グリゼリスの視線が手前から奥の方に向かうと、俺と視線が合った。
グリゼリスは安心したような表情に変わると、ウインクをしてくる。
こんな時にどういうこと? っていう感じもするが、俺もウインクをし返す。
グリゼリスが首を左右に振ると、俺も意味が分からずに首を横に捻る。
今更俺が協力するのか不安になって、合図を送ってきているのかも。
次にグリゼリスは手でバッテンの印を作った。
グリゼリスからの最終確認だと解釈して、俺もとりあえず親指を立ててオッケーのサインを返しておく。
グリゼリスは満足そうに頷いた。
セオルドの話が佳境を迎えると、今度は一部の貴族たちがソワソワとし始めた。
「15年という月日は多くの関係を変えていった。息子たちがこの世を去り、私の血を引く肉親はグリゼリスだけとなった。私はこの地に帰って来るまでに多くのことを考える時間があった。グリゼリスに婿を取り、世継ぎとすることがもっとも混乱が少ない方法であろうかと」
セオルドはそう言い放つと、少しの沈黙が会場内に流れた。
何か異様な熱気が立ち込める空間。
セオルドが続きを話す前に、一人の貴族が裏返ったような声を出した。
「お……お話の最中に申し訳ありません。セ、セオルド様」
セオルドは話を遮られたことに腹を立てたのか厳しい顔をするが、その貴族の話の続きを促した。
「ワンドか……申してみよ」
「あ、ありがとうございます、セオルド様。実は婿養子の件でございますが、わ、我々家臣から提案がございます」
「ほう……それはどのようなことだ?」
「グリゼリス様の婿の相手に、ご学友であり、想い人であるアルフレッド=ヴァイデン君を推したいと考えております。この件はグリゼリス様、アルフレッド君、コーリン殿、この場に呼ばれた貴族たちの総意であります」
セオルドの突き刺すような視線が会場内の貴族たちに襲いかかる。
異様な熱気は瞬く間に薄れ、寒気を感じさせる空間に変わったようだった。
「ほう……そのような重大事項を、領主であるこのセオルドを通さずに決めたということでよいのか?」
「いえ! 決してそのようなことは……ですがセオルド様が仰ったように、この方法がもっとも混乱がないことは明白であります」
あれ? 俺の聞いてた話ではセオルドが主導してっていう話だったはず。
ちょっと状況が違うけど、他の貴族たちも声を出し始め、このまま押し切ろうとしているようだ。
どっちにしろこのままだと、グリゼリスの結婚が決まってしまう。
そしてあのクソ野郎を吹っ飛ばす機会を失ってしまう
「なるほど……ではこの場にいる者で、この話に賛成の者は手を挙げてみよ」
セオルドが挙手を促すと、多くの貴族たちが手を挙げていく。
過半数どころではない。
目視で分かるほどの賛成多数で可決だ。
「……では反対の者は手を挙げてみよ」
サラリアとマインがスッと手を挙げると、俺もシッカリと手を挙げる。
このままだと決まってしまう。
チャンスは俺たちに注目している今しかない!
「その婚約の話!! ちょっと待った!!!」
今まで出したこともない声量で声を荒げてみる。
壇上を向いていた貴族たちが一斉にこちらを振り向くと、手を挙げている俺たち三人の姿を凝視する。
誰もが意味が分からないという困惑した表情を浮かべている。
誰こいつ? 状態だ。
セオルドも同じように誰こいつ状態だ。
驚くほどの静寂が流れると、堪らずに必死に考えてきた台詞を述べていく。
「グリースの婚約者であるシンヤ=タカハシが! この婚約話の白紙化を求め! アルフレッド=ヴァイデン氏!! そしてセオルド=モンジュー様に決闘を申し込む!!」
会場内はより一層、恐ろしいほどの静寂に包まれたのだった。
頼むから誰か反応してくれ……。
グリゼリスに助け舟を求めて視線を送ると、グリゼリスは何かセオルドと話を交わしていてコッチを振り向かない。
この静寂の中、貴族たちの白い目がビシバシと俺のハートを削っていく。
グリゼリスとセオルドの会話にゼウスが加わると、何を言っているのか分からないけど話がまとまったようだった。
グリぜリスがようやくこちらを向くと、満面の笑みを俺に向けてくる。
その笑みに会場内は再び騒めき始めた。
「シンヤ様!! グリースの為に危険を承知でありがとうございます! 私はアルフレッドなどとは婚約致しません。なぜなら……愛しの恋人であるシンヤ様が、永遠に私を守ってくれると誓ってくれたからです」
ようやくグリゼリスの口から予定通りの言葉を聞けて安心した。
あのままだと完全にヤバイ子状態だった。
普段だったら罵ってくる傲慢な貴族でさえ、一歩引いてこちらを見ていたからな。
会場内に響く怒号や悲鳴。
そんな声を制すようにセオルドが一喝する。
「皆の者!! 静かに!! 今回のアルフレッドとの婚約の話、このセオルドが預かり受ける!! そしてそこのシンヤ=タカハシと申す者よ! グリゼリスの言葉により二人の関係が証明された!! よってこの国の規定により、決闘をこの場で執り行う。第一決闘はこのセオルドであるが、貴族法第六条、第五項目の規定により代理者を立てることを宣言する。代理者は私の横にいる第三騎士団団長であるゼウス=セインドとする!」
グリゼリスの想定通り、ゼウスを代理に立ててきた。
先にアルフレッドとやりたいというはあったけど、規定だから仕方ないか。
昔は第一決闘が逆だったらしいけど、相手憎しで殺してしまったり、強引に破談にさせる為に最初から殺すつもりで決闘に挑み、実際に殺してしまうことが多くなって、第二決闘の意味がなくなってしまったようだ。
だから今は決闘の順番が逆になり、先に当主と戦い、その次に結婚の候補者と戦うことになっている。
代理者がゼウスだと知り、貴族たちの中から安堵の声が広がっていく。
誰もがゼウスが負けるはずがないと信じているようだ。
それだけ貴族たちにもゼウスの強さは広まっているということ。
俺も本気で戦わないと勝てる相手じゃないかもしれない。
ゼウスがあの巨剣を取りに行ってる間、会場内に広がった机が片付けられ、決闘の準備が粛々と行われていく。
「シンヤ殿! 並みいる貴族たちを前に、あの堂々とした台詞! 感動した! 貴族たちも声が出ないという感じで痛快だったよ」
サラリアが嬉しそうに俺の肩をポンポンと叩くと、マインも嬉しそうに口を開いた。
「想定外のこともありましたが、これで予定通りですね! あとはこの決闘に勝利するだけです! きっとシンヤ様なら……最強と名高いゼウス様にも勝てるはずです」
「できる限り頑張りますよ!」
三人で会話していると、俺たちの様子を伺っていた貴族たちがこちらに向かってくる。
その中にアルフレッドもいた。
「おっさん!! 一体どういうつもりだ!! グリゼリスと婚約だと!? 嘘も大概にしておけ!!」
「嘘? お前こそグリースの言葉を聞いてなかったのか? まあ、これから戦いの舞台が整えられているんだ。文句があるなら決闘で全てをぶつけろよ」
「はっはっはっ!! おっさん、ゼウスの強さを知らないんだろ!? あの騎士、冒険者が束になっても敵わないモンスターの群れにたった一人突っ込んで、数十体を粉々に潰したらしいぜ? お前もあと一時間もしたらその汚い顔が更に潰れてるだろうな! この手でギタギタにできないのは残念だが、お前の悲惨な末路はこの目でシッカリと収めてやるよ」
俺とアルフレッドが言い合っていると、他の貴族たちもアルフレッドに加勢していく。
「乞食」「汚い」「卑怯者」「他国の間者」色々な暴言を撒き散らしていく。
サラリアとマインの二人も必死に反論するが、数の暴力に負けてしまう。
そんな中……俺たちを囲む貴族の輪を割るように二人が姿を現した。
「セ、セオルド様!」
貴族たちが驚きの声をあげる中、セオルドとグリゼリスが俺の前に立った。
「シンヤ様! セオルド様が直接お話をしたいと」
「シンヤ殿。お初目にかかります、この街の領主であるセオルド=モンジューと申します。お会いできて光栄です」
セオルドがなぜか俺の前で跪くと、仰々しく手を差し伸べてくる。
慌ててその手を取ると、俺も挨拶をしておく。
「は、はじめまして、シンヤ=タカハシと申します。こちらこそ偉い人と会えて光栄です」
「シンヤ様、さあ行きましょう!」
グリゼリスは俺の腕を嬉しそうに取ると、腕を組んで強引に歩き出す。
「おかしい。何がどうなっているんだ……」
「セオルド様までどうして……」
「あの男……一体何者なのだ………」
サラリアとマインも後ろからついてくると、貴族たちの困惑する声を背にその場を離れた。