二十話・決闘1
二人に案内された部屋に入ると、そこは巨大な広間になっていた。
下を見れば自分の姿が反射しそうなほど磨かれた石床。
上を向けば豪華なシャンデリアが天井にいくつもぶら下がっていて、百人単位の人たちを上から照らしている。
この場にいる誰もが綺麗なドレスや正装を着こなし、優雅な立ち振る舞いをみせている。
赤、青、白、黒、様々な色が混じり合い、気品溢れる空間という印象を与える。
等間隔に置かれた机の上には見たこともない豪勢な料理が並べられていて、貴族たちは気に入った料理を手にしていく。
貴族たちは婚活パーティーのように次から次に場所と話し相手を変えていくが、俺は一体どうすればいいのか分からずに立ち竦んでしまう。
場違い感が半端ないんだが……。
そんな俺の感情を読み取ってか、サラリアが声をかけてきた。
「流石のシンヤ殿もこれほどの数の貴族を一度に見たことはないはずだ」
「はい。なんだか別世界に来たようです」
ちょっと前まで貧困街に居たからギャップの差で余計に感じる部分がある。
上の世界と下の世界の違いをまざまざと見せられた気がした。
「別世界か……。その言葉は言い得て妙だな。その言葉の通り、貴族という枠とそれ以外の枠とは根本的な考えが違うのだ。全ての貴族がそうだとは言わないが、少なくない貴族は貴族という地位を神聖なものと信じ、世界に選ばれた存在だと勘違いしている。彼らは国民のことなど税金を毟り取る家畜程度にしか思っていないのだ。彼らが貴族という枠以外の人間を人とさえ認識していないのだから、ここが別世界だと感じるのも納得できるだろ?」
サラリアは周囲を見渡すと、刺々しい感じで言い放った。
話を聞く限り、サラリアは貴族の存在をよく思っていない。
というか、傲慢な貴族が嫌いなようだ。
元々騎士学校出身らしいが、そこで準騎士の資格を得たにも関わらず辞退した。
理由は聞いてないが、そこでの経験がそういう感情に繋がっているのかも。
「人を家畜程度にしか見ない貴族ですか……。なんかついさっきそんな感じの人に会ったような……」
「まあ、そんな人間のことなど気にしていても気が滅入るだけだ。シンヤ殿ならここの貴族が何人束になっても敵わないのだから、ドンと構えていると良い。何かあった時の後始末はグリゼリス様がつけてくれる」
サラリアは緊張をほぐすように笑いかけてくると、緊張が少しだけ和らいだような気がした。
会場の入り口で目立たないように三人で談笑していても、どうしても貴族たちの目に止まってしまうようだ。
俺の存在はどうでも良いんだろうが、サラリアとマインは女性だし、グリゼリスと仲も良い。
今の状況を鑑みても、その事実を知らない貴族は少ないだろう。
ニコニコと笑顔を浮かべながら二人の若い男がこちらに近づいて来た。
二人とも男の俺から見てもとても凛々しいイケメンだ。
「麗しいお嬢様方、お初目にかかります。わたくし、レイモンド=アモールと申します。どうか以後お見知り置きを」
「わたくしは、リカルド=ハクセイと申します」
二人の男たちは挨拶の言葉を述べると同時に綺麗なお辞儀を見せた。
女性陣もお辞儀をして返すと、それぞれ自身の名を名乗っていく。
あれ? 俺も流れに乗って挨拶したほうがいいのか?
相手も名乗っているし、やっておくべきだよな。
そう思い、俺も見よう見まねでお辞儀をしてみる。
「なんと! マイン様は名門のフリーシア家のお嬢様でしたか!」
「サラリアお嬢様も血筋を辿れば、曾祖父はハースト=モンジュー様ではありませんか! そんなお方と巡り会えたのは奇跡というものです! 私は何という幸運の持ち主なのでしょう! 」
顔を上げてみれば誰一人俺の挨拶なんて見てなかった。
二人の男は俺の存在を感じさせることなく、女性陣の血筋、衣装、容姿を褒め称えていく。
虚しさを感じながら、この状況がどうなっていくのか、様子を伺うことにした。
二人は任せてくれと言っていたし、下手に口を出さない方がいいだろう。
「貴方たちのような女性を放っておけばリンカ王国の貴族としての名が廃ります。このような隅は可憐なお嬢様方には似合いません。さあ、わたくしたちがエスコートしますので、あちらでお話を伺わせて下さい」
「綺麗な花は相応しい場所に飾ることで真の価値を得るのものです。貴方達にこの場所は相応しくありません。さあ」
二人の若い男はサラリアとマインの前に跪くと、手を差し伸べた。
映画のワンシーンを見るような光景が流れていく。
俺が女性なら思わず手を取ってしまうだろう。
って、このまま二人を連れていかれたらこれからどうすればいいんだ?
感じた不安をサラリアとマインは一蹴した。
「私とマインはグリぜリス様からこのお方のエスコートという重要な任を与えられているので」
「お誘いはありがたいのですが…。申し訳ありません。またの機会があればその時はよろしくお願いします」
サラリアとマインが俺に視線を送ると、二人の男もようやく俺の姿を視界に入れた。
二人は睨むような表情に変わったがそれもすぐに元に戻り、笑顔を浮かべながら立ち上がった。
「ほう……このようなお嬢様方にエスコートをされるとは大層な御仁と見受けた。失礼ながらお名前をお聞かせ願っても宜しいでしょうか?」
「シンヤ……、シンヤ=タカハシと申します」
男は暫く考え込むように沈黙すると、相方の男に視線を送って答えを求めた。
相方の男が首を横に振ると、俺の顔をもう一度確認するように見つめてくる。
小声でやり取りをする二人。
「シンヤ=タカハシ……聞いたことがない名だが……」
「タカハシという名の貴族は、過去に取り潰しになった家にもなかったはず……」
「じゃあ誰なんだこの男……」
「グリゼリス様直々の命令なのだ……他国の貴族という線も……」
「この黒髪……噂で黒髪の勇者がどうとか……」
「まさか……!? 勇者……様!?」
何か見てはいけない存在を目にしたように、二人の表情が驚愕の色に変わっていく。
変な方向に勘違いされていないか?
二人の男がビシッと直立してこちらに正対する。
「こ、これは挨拶が申し遅れました。わたくしの名はレイモンド=アモールと申します。我が家はノートル地方を中心に領土を頂いている、古くからの子爵家の家系でございます。ぜひこの名を覚えて頂けると幸いです」
「わたくしの名はリカルド=ハクセイと申します。我が家はゴリトス地方で代々領主を務めております」
二人は家柄を強調しながら、媚びた視線を向けてくる。
更に聞いてもいないのに身の上話を進めていった。
「わたくしとリカルドは貴族の長子という立場でありながらその立場に慢心せず、自らの意思で騎士学校の門を叩き、準騎士という地位を手にしたのです。そこらの軟弱な貴族とは鍛え方が違いますよ。なあ、リカルド」
「ああ。いずれ領主という立場を引き継がなければいけないですが、それまでは自分の力を限界まで突き詰めたいと思っています。ぜひ戦いの場があれば我々に一声おかけ下さい」
「微力ながらお力添え致しますよ」
確かに二人とも中々恰幅がよくて、天職も戦闘職だし、そこらの貴族よりもステータスが高い。
冒険者ならDランク程度の力はある。
二人の話をうん、うんと、聞き流していると、俺たちの存在に気がついた一団が近づいてきた。
アルフレッドだ。
「何か異臭がすると思ったらおっさんじゃねーか! どうしてお前みたいな下民が、選ばれた者達しか入れないこの場にいるんだ!?」
最悪だ……。
今は会いたくない奴ナンバーワンに早々に会ってしまった。
周りの取り巻きたちもわざとらしく鼻をつまんだり、顔の前で手を振っている。
「アルフレッド殿はこのお方と知り合いなのか?」
レイモンドとリカルドは俺たちの関係を察して、アルフレッドに問いかけた。
アルフレッドは見下すように口を歪めるとこう返した。
「これは、レイモンド殿とリカルド殿、ご無沙汰しております。お二人とも知ってるもなにも、下民でありながら貴族の俺に喧嘩を売った身の程を弁えないクズですよ。冒険者として名が売れ始めて威張っているようですが、その地位も強者に媚びて得た乞食も同然の存在ですよ」
「な! この男、勇者様ではないのか?」
「この小汚いおっさんが勇者様ですか? 二人ともどんな法螺を仕込まれたのか知りませんが、こいつの面にどこにそんな要素がありますか? ただの口だけの冒険者ですよ」
レイモンドとリカルドはアルフレッドの話を聞き終わると、物凄い形相で俺を睨みつけて罵ってくる。
「このゴミ屑が!! 俺たちを騙しやがって!!」
「なぜお前みたいな下民がこの場に存在している!! この俺が叩き出してやる!!」
俺が言い返そうとする前に、サラリアが殺気を込めてアルフレッドたちを睨みつける。
サラリアの殺気が周囲に勘付かれる前にマインが口を開いた。
「レイモンド様、一つ聞きたいことがあるのですが」
「なんでしょう、マインお嬢様」
レイモンドは眉間に寄せていたシワがなくなると、さっきまでの女性をもてなす柔らかい笑顔に器用に戻した。
なんていう変わり身の速さ。
「レイモンド様は騙しやがってと仰りましたが、何を騙されたのでしょうか?」
「それは! この男が勇者だと勘違いさせるようなことを……」
「私が知る限り、シンヤ様は一度も勘違いさせるようなことは仰っていませんでしが? それにリカルド様は下民を追い出すと仰いましたね? 貴族という立場でないなら、この場にいるサラリアさんやグリゼリス様でさえ貴族ではないのですが? お二人とも追い出すおつもりですか?」
マインの表情はほとんど変わっていないように見える。
だけどその責めるような口調に、レイモンドもリカルドも顔に浮かべていた笑みが徐々に消えていく。
そんな二人に助け船を出すようにアルフレッドが話に割って入る。
「マイン、幾らお遊びでもこんな奴を擁護するなんて何を考えているんだ? グリゼリスの側近になりたいならそれ以上は止めておけ」
「グリゼリス様を呼び捨てるとは偉くなったものだアルフレッド。すでに時期公爵の地位を手にしたつもりか?」
サラリアは殺気を向けながらマインの代わりにアルフレッドに返した。
アルフレッドは鼻で笑うと、サラリアの言葉を意に介さずにマインに向けて話しを続ける。
「知っているぞマイン。お前がグリゼリスの侍女みたいなことをしていたのは、こういう時がくるのを虎視眈々と待っていたんだろ? お前もいつかは貴族の立場から外れることになるからな。だけど、俺に逆らうとようやく手にしたその立場も危ういぞ? 付く相手はよく考えろ。時期公爵家当主の俺か、そこの小汚いおっさんか。俺に付くなら貴族の立場は絶対に保証してやる」
マインはニッコリと笑うと、アルフレッドに近づいていく。
そんなマインにサラリアが声あげた。
「マイン!!」
マインはアルフレッドの前に立つと更に笑みを深める。
アルフレッドは勝ち誇ったように俺の顔に視線を送った。
「私が仕えたいのはあなたでもなく、シンヤ様でもありません。グリゼリス様、唯お一人。グリゼリス様に仕えられるなら貴族の地位なんて今すぐ捨てますので、勝手に妄想しないで下さい。前から思っていましたが、気持ち悪いです」
アルフレッドの体が怒りを抑えるようにワナワナと震え出すと、サラリアが口に手を当ててクスクスと笑い出した。
「マインめ、言うようになったな」
顔が真っ赤になったアルフレッドが何かを言う前に、会場の奥の方でセオルドと勇者の登場が伝えられた。
貴族たちが一斉に談笑や食事を中断すると、会場の奥の方に向けて集まり出した。
アルフレッドたちも慌てて駆けつける。
会場の一番奥は床よりも一メールほど高い壇になっていて、その壇上には存在感を放つ階段が二階、三階に続いている。
その階段の上から武装した騎士が先頭を歩き、その後ろに白髪混じりの初老の男、その次にグリゼリス、最後に…………。
「やっぱりあの顔……見間違いじゃなかった………東條さんだ……」
「ん? シンヤ殿、何か言ったか?」
「いえ、こっちの話です」
この距離からでも分かる生気のない表情。
引っ込み思案だったけど、みんなの人気者でとても愛らしい笑顔をしていた雰囲気は今は残っていない。
この世界にやってきた時、召喚されたのは自分だけだと思っていた。
でもそれは違っていた。
もしかしたら東條さんだけでなく、他にもこの世界に来ている人がいるのかもしれない。
俺もこの世界に来てから多少の苦労はしてきた。
運が良かったから今も生きているけど、最初は牢獄で死刑のはずだったんだ。
あの東條さんの表情もきっと辛い経験をしてきたんだろう。
考えだすと止まらない。
でもこれだけは分かる。
この街で噂になっていた黒髪の勇者………それは東條さんだったんだ。




