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十九話・舞台裏で

「ゴメンなさいシンヤ。こんなことに付き合わせてしまって。改めてお礼を言わせて、ありがとう」


 グリゼリスに引っ張られるように庭を歩いていると、人の視線を気にしながらボソボソと話し始めた。


「いえ、気にしないで下さい。最初に依頼を受けた時と気持ちは変わりませんので」


 腹は立ったけど、アドニスと使用人が口をパクパクとさせて驚いている表情を見たら大分気が晴れた。

 一瞬、グリゼリスを見捨てようとしたことは言わないでおこう。


「あのアドニスという男。簡単に手が出せない人物なの」

「へーー。強そうには見えないから、意外と権力を持っているんですね?」

「ええ……。あの男は奴隷ギルドに大きな影響力を持っているから……」


 奴隷ギルド?

 あの丘の上にある、胸糞が悪くなるギルドか。

 ああいう偏屈な人が大勢いるんだろうか?

 できれば関わりたくないものだ。


「さっきは嘘だとすぐに分かったけど、あの男は執念深くて有名なの。だからあの場で下手に恨みを買うと、シンヤに迷惑がかかると思って穏便に済ませたの」


 グリゼリスが申し訳なさそうに語る。

 穏便に済ませたことを気にしているようだ。


「全然あの対応で良かったです。グリゼリスさんの言うように下手に睨まれると困りますし」

「それは安心していいと思うわ。あの男は権力に媚びるのに長けているの。私とシンヤが只ならぬ関係だと分かれば、下手に行動はしてこないわ。それと、この場ではグリースと呼んで欲しいわ。予行練習として今使っておけば、本番でもスンナリと言葉が出るものよ」


 なるほど。

 あの場で周囲に見せつけるように行動したのも、そういう理由があったのかも。

 まあ、それもすぐに周知の事実になるんだろうけど。


「分かりました。じゃあ、しばらくは安心できますね」

「ええ。私が今日、結婚の約束をさせられない限りはね」

「そういえばグリースは冒険者になるのは止めるんですね?」

「…………そうね。こうなった以上は私に冒険者を続ける道は残っていないように思えるわ。まずセオルド様が許さないもの」

「じゃあ、結婚の話がなくなればどうするんですか? どちらにせよ結婚は避けられませんよね?」

「そうね……。避けられない運命よね……。でも…………アルフレッドだけは絶対に嫌よ!」


 グリゼリスは何かを思い出したのか、一瞬体を身震いさせた。

 俺はグリゼリスの話に静かに頷くと、アルフレッドの顔を浮かべた。

 もの凄く憎たらしい顔をしていた。


「アルフレッドだけは嫌なの、分かりますよ」

「昨日から思っていたのだけど……シンヤもアルフレッドのこと、嫌いよね? 何かあったのかしら?」


 マリナにちょっかいをかけられていることや、自分の気持ちを率直に話した。


「本当に誰でも手を出す発情期の動物のようね。そんな男に体を許す子の気持ちが分からないわ。まあ……媚薬を使っているとかいうキナ臭い話も有るようだけど……」

「え? 媚薬ですか!? そんなの使っても法に触れないんですか?」

「違法ではないわ。でも、倫理的には非難される対象になるわね」


 そうなんだ。

 モルスも女を手に入れるには手段を選ばない奴だと言っていたな……。


「と言っても、媚薬にも色々な種類があるみたいで、単純に性欲を増強させるような薬だったり、人の思考を鈍らせるよな薬だったり、様々なのよ」

「なるほど。媚薬と言っても種類は豊富で、効果も多様な訳ですね。というか、グリースって媚薬に関して詳しいですね? 立場上、そういうのも知らないといけないんですか?」


 何の悪気もなく質問をすると、グリゼリスの顔を覗き込んだ。

 するとグリゼリスはカッと目を見開いて、俺を睨みつけた。

 俺の体がビクッと震えた。


「むっ、その言い方……私が普段から媚薬を使っているような言い方ね。言っておくけど私は処女よ。媚薬に詳しいのは、少し前に自分の体調がおかしくなったからその線で調べていたの。結局分からずじまいだったけどね……」

「グリースに誰かが媚薬を盛った可能性が……?」

「さあ? 今となっては何も分からないわ。ただの風邪だったのか、アルフレッドが関与していたのか。だからその件からアルフレッドには近づかないようにしていたの。それがまさかこんなことになるなんて……」

「正に災難ですね」


 グリゼリスとの不幸話が盛り上がり始めると、いつの間にか本邸の前にまでやってきていた。

 本邸はこのヴァルハラ迷宮都市では二番目の高さを誇る巨大な建物で、ちょっとした城みたいな大きさだ。

 一番高いのは勇者教の聖堂で、ゴシック建築のように縦に長いタイプの建物だ。

 入り口前で警備をする騎士と軽い挨拶を交わすグリゼリス。

 騎士たちは異様な生物を見るように俺を見つめるが、グリゼリスの言葉に従って扉を開く。

 騎士たちはそのまま俺を建物の中に誘った。


「シンヤ殿! 待っておりました!」

「シンヤ様……お久しぶりです。あの節は失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」


 建物の中に入ると大きめの広間になっていて、声をかけてきたのはサラリアとマインだった。

 マインといえば迷宮から脱出する時にかなり反抗的な態度をしていた女の子だ。

 正直、前に会った時のイメージがあるからかなり苦手だ。

 でも、素直に謝っている相手に失礼な態度を出せるほど俺は偉くない。

 マインが深々と頭を下げるのを止めさせる。


「気にしないで下さいと言うのは変ですけど、誰にでも失敗や間違いはありますから、その後にどうするのかが大切だと思っています。だからマインさんの謝罪の気持ちは受け取らせてもらいます」

「ありがとうございます」

「流石にシンヤ殿だ。度量の深さも大したものだ」


 サラリアが嬉しそうに頷くと、横からグリゼリスが口を出した。


「シンヤ、ごめんなさい。私も色々と準備があるから、後は二人の指示に従ってほしいの」

「分かりました」

「サラリア、マイン、後は宜しくね。それじゃあまた後で会いましょう、シンヤ」


 グリゼリスは足早にこの場を後にした。

 主催者側の立場だから色々とやることがあるんだろう。


「ではシンヤ殿、早速部屋に案内しよう」

「ついてきて下さい、シンヤ様」


 二人の後ろをついていくと、何人かの貴族とすれ違う。

 お互いに上品な挨拶をしてすれ違うが、後ろに立つ俺と目が合うと、幽霊を見たかのように眼球を剥き出しにする。

 小さな悲鳴を上げる貴婦人の方もいた。


 俺ってそこまでの存在?


 改めて自分のブサイクさに愕然とする。


 案内された部屋に入ると、そこは10畳ほどの広さの客間だった。

 大きなテーブルと、その両向かいに豪勢なソファーが置いてある。

 壁には男性用の正装がかけられていて、その数は10着以上も存在する。


「お部屋の外で待機しているので、どれでも好きな衣装をお選び下さい。着方が分からない場合は、ドアをノックして頂ければお手伝いいたしますので」


 二人は気を利かしてか、部屋の外に出て行った。

 と言っても俺には最強の服があるからどれも必要ないな……。

 後でしっかりと言っておこう。

 ティーファが寝ている籠を床に下ろすと、誰も見ていないことを確認してからソファーに寝そべった。


「ウヒョーー。これは気持ちいぜ」


 流石に堅苦しい場所に辟易していたので、数十秒だけまったりと過ごした。

 その後、アイテム欄から【神光衣アテナスのローブ】を選んで装備する。

 その際、とびっきりのイケメンになるように願った。


 うん、前回と同じ服になったようだ。

 扉をノックして準備ができたことを伝えると、サラリアが扉を開けた。


「な!? シンヤ殿! その服は一体!?」


 サラリアの視線が上から下に向かうと、驚きの声を上げた。

 予想以上の反応に少し照れくさくなってくる。


「一応自分で準備していたんです。中々ですよね?」

「この衣装のデザイン、色彩、色の深み、そして生地の高級感、どれも素晴らしい。それを着ているシンヤ殿も、どこか男前になったように錯覚してしまうほどだ」


 ちょい! 錯覚とは失礼な!


 自然と失礼なことを言ってのけるサラリアだったが、そこに悪意のようなものなく、キラキラとした目で俺の衣装を褒め称える。

 そこにマインも加わった。


「シンヤ様の衣装……素晴らしいですね。一体どこで新調なされたのですか? 高級貴族の間でも、それ程の品を保有している方は数少ないと思います」


 そりゃ、神代級のレアアイテムだしな。

 格好良さにも優れてるんだろう。

 まあ、画面をポチポチしてたらできました、なんて口が裂けても言えないが。


「それは秘密です。まあ敢えて言うなら偶然の産物なので、世界に二つと無い代物です」

「流石シンヤ様ですね……。あの時の戦闘といい、私の常識では理解が及ばない方のようです。だからこそ……貴方ならグリゼリス様をお救いできると信じることができます。どうかグリゼリス様のこと、宜しくお願いします」

「私からもお願いする、シンヤ殿」


 二人から頭を下げられると、気合を入れ直した。


「できる限りのことはしますよ!」


 二人は頭を上げると、安心したように顔を緩ませた。

 二人とも物凄く俺に気を使っているようだ。

 それだけグリゼリスのことが大切で、俺の役割が重要だということだ。


 俺の出番までまだ時間があるということなので、三人でテーブルを囲んで雑談をすることになった。

 話題の中心は貴族についてだった。


 貴族の階級は一番上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵となる。


 その任命権は基本的に王が持っているのは当たり前だけど、公爵には子爵以下の爵位与える権限がある。

 侯爵、伯爵には騎士爵の爵位を与える権限がある。

 王以外から爵位を授けられた貴族を『亜流貴族』と呼び、王から位を授けられた貴族を『正流貴族』と呼んで区別するらしい。

 亜流貴族の子爵よりも、正流貴族の男爵の方が権力や威厳は上らしい。


 そして、爵位を持つ者は位に応じて俸給を貰える。

 それ以外にも領地だったり、魔導具だったり、功績に応じて報酬を与えられるのだ。

 ただ、領地に関しては男爵以上の爵位でないと持つことは出来ないらしい。

 領地を持つ男爵もいるし、持たない子爵もいる。

 伯爵以上は無条件で領地持ちらしいが。


 話を進めるとサラリアの父は騎士爵の貴族だが、サラリア自身は貴族ではないらしい。

 その理由は単純で、貴族の子供が貴族のままだと高給取りの貴族だらけになる。

 結果、国は財政破綻する。

 騎士爵は当代のみの権利であり、子には受け継がれないのだ。


 だけど、男爵以上の爵位を持つ貴族は別だ。

 家を継ぐ者に限っては貴族の位も引き継ぐことができる。

 だけどそれ以外の兄弟は、当主の死と同時に貴族という枠から強制的に外れることになる。


 マインの父は子爵らしく、マインも今は貴族という枠に入っている。

 だけど、マインの父が死ぬと同時にマインは貴族でなくなるのだ。


 ただ、公爵、侯爵、伯爵という爵位の父を持つ子供が、そのまま平民になるということは余り例がないらしい。

 爵位を与える権限を持っているので、他の子供にも貴族という地位を残すのだ。

 女性は他の貴族との縁談で、貴族の地位を維持することも多い。


 サラリアの家系図を辿ると、曽祖父は元公爵であるハースト=モンジューという人物だ。

 グリゼリスの曽祖父と同じで、二人は血縁者なのだ。

 一方はいずれ平民で、一方は公爵家の夫人になるのだから、物凄く差があるという現実。

 なんていう格差社会なんだ。


 長々と説明を受けることになったが、今回のイベントに参加する貴族はモンジュー公爵家の亜流貴族たちなのだ。

 簡単に言えば、王とその家来という関係に近い。

 そもそもこのモンジュー家自体、一つの国だったのをライチ王国が併合したのが始まりなのだ。

 その元王家の直系であるモンジュー家は、領内では王と変わらない立場と言っていい。


 そして、亜流貴族たちの立場は急速に揺らいでいるらしい。

 次期当主と思って散々媚びてきたロドスが死に、ぞんざいに扱っていたグリゼリスが全ての権力を手にしようとしているからだ。

 ロドスが死んだと分かってからの貴族たちの手の平返しの速さは凄まじく、毎日グリゼリスの元に貴族が舞い込んできたとか。

 あんなアドニスみたいなガマガエルを毎日相手にしないと駄目だなんて、グリゼリスも苦労していたようだ。


 かなりの長話をしていた所で、扉がノックされた。


「行きましょう、シンヤ様」

「作法などは我々に任せて頂こう。これでも貴族の娘なのだ」


 立食パーティの準備が終わったようで、マインとサラリアにエスコートされながら部屋を出た。




 △▲△▲△▲




 グリゼリスはシンヤと別れた後、七年ぶりにセオルドと対面していた。

 グリゼリスの記憶に眠っていたセオルドの姿よりも小さなシワが増えており、以前は綺麗な金色の髪だったが今は白髪が目立っている。

 歳を取ったというのが第一印象だった。


「セオルド様、お久しぶりでございます」

「大きくなったなグリゼリス」


 二人の会話はぎこちなく、お互いに真意を探るような攻防を見せた。

 グリゼリスが探りたい真意は勿論アルフレッドとの婚約についてだった。

 初めにその噂話を聞いた時は耳を疑った。


 ロドスが死んだ以上、自身の存在がどれだけ重要になったのかは誰にだって分かる。

 その先の未来も簡単に想像できた。

 だが、相手が悪すぎた。

 冒険者学校で悪名高いアルフレッドは、グリゼリスからすれば心底軽蔑する相手だったのだ。

 そんな話をあのセオルドが本当に進めているのか、本人の真意を確かめたかったのだ。



 そして……セオルドもまたグリゼリスという孫娘を知ろうとしていた。

 セオルドに残された唯一の直系の子孫であり、ただ一人の孫なのだ。

 最後に会った時はまだ幼く、「じーじ!!」と言って無邪気に抱きついて来てくれた。

 その光景は未だに脳裏から離れず、セオルドにとっても大切な思い出だった。

 だが……今自分の前に佇む女性は、その幼い面影を残しながら明らかに警戒心を持っている。

 その理由が何か分からない。

 心当たりはなくはないが、確証は持ち得ない。


 二人が別々に過ごした時間は、想像以上に二人の距離を遠ざけていた。



「それではセオルド様はもう王都には戻られないですね?」

「うむ。未練がないと言えば嘘になるが、国王の信任を再び得ることは不可能だろう。となれば、私がすべきことはこの領地を守ること」

「そこで勇者様の存在……という訳ですね」

「この街は旧ランス王国の王都であり、象徴的にも、経済的にも、モンジュー家の基盤となる都市なのだ。この街の崩壊はモンジュー家の崩壊を意味することと同義。街の安全は決して破られてはならないのだ」

「勇者様の存在はそれほどまでに……?」

「だと良いのだが……」


 セオルドは言葉を濁すと、隣の部屋を見つめた。

 その視線の先にいる東條飛鳥は辛うじて返事をする程度の状態で、戦闘云々という次元の話ではなかった。

 元々は戦闘力という点に期待して彼女を連れて来たわけではないが、あの王城で様々な悪意のある視線に晒されるよりは、心機一転この街で新しく生活することで、再び生きる力を得てくれるのではと期待しているのも事実。

 だが、物事がそんなに簡単に上手くいことがないことはセオルド自身がよく知っていた。


「それで、グリゼリスの方はどうなのだ? 聞くところによると、冒険者学校に行っているようだが?」


 セオルドは急に話を切り替えると、グリゼリスも勇者にそれ程興味がなかったのか質問に答えた。

 むしろここからがグリゼリスにとっての本題だったのだ。


「はい。私も平民となる身でありますので、自分の稼ぎは自分で稼げるようにと考え、冒険者学校に行くことにしました」

「冒険者を選ぶとは、ワンパクだったグリゼリスらしいな」

「今年卒業予定で、来月には冒険者になれます」


 セオルドはグリゼリスの瞳の奥を見つめると、心の奥底を覗き込むように問う。

 グリゼリスも心を見透かされているよな感覚に襲われていた。


「その道、自ら望んで選んだのか?」


 セオルドからすれば、グリゼリスが望むのであれば公爵家の地位を引き継ぐことも考えていた。

 だが、望まないのであれば無理に継がせる気もなかった。

 この国の貴族の一般的な風習であれば、直系であるグリゼリスが婿を取ることで話は終わる。

 だが、セオルドの脳の中で描いていた絵図は違っていた。


 世界の歴史を紐解いていけば、この先に待つのは暗黒の時代。

 より力が必要になる世界が遠からずやってくると確信していた。


 そんな時に国や領地を纏められるのは、突き抜けた個の力を持つ者。

 人々から慕われる人物。


 セオルドの頭に浮かんだのは、あの真っ直ぐな目をした騎士だった。

 勿論その相手が孫娘であるグリゼリスであれば文句のつけようもないことだ。

 その提案も後々に行う腹積もりもあったが、グリゼリスの夢を潰してまで無理強いをするつもりはない。

 傍系からなら幾らでも公爵家の夫人になりたい者はいるのだから。


 だが、グリゼリスにその真意など分かるはずもない。


「この道は……この道は自ら選んだ道ではありません。選択肢が他になかったから……です」


 それはグリゼリスの正直な気持ちだった。

 追い立てられるようにモンジュー家の屋敷を飛び出し、サラリアの家に居候することになった。

 生きるためにしょうがなく、冒険者になることを選んだ。

 自らの意思で動いた訳ではなかった。


(だけど……今はどうなのか、自分でも分からないわ。シンヤという傑出した才能を見た時、私の心が踊ったのは確かだった。あんな気持は子供の頃以来……)


 グリゼリス自身もこれからどうしたいのか、どうなりたいのか、分からずにいたのだ。

 そんな迷いはセオルドにも伝わっていた。


(迷いがある……か。しかし、その迷いを待ってあげられるほど時間は残されていない)


 セオルドが感じ取った迷い……揺れていたグリゼリスの瞳に強い意思が宿ると、再びグリゼリスは口を開いた。


「ですが…………婚約の話は正直納得していません! それなら全てを捨てて、この国を出て行くほうがマシです!!」


 グリゼリスはもうどうにでもなれという気持ちで、ぶっちゃけたのだった。

 だが、セオルドにしてみればグリゼリスの婚約という話は聞いたことがない。

 涙を浮かべて訴えかけるグリゼリスに、只事ではない雰囲気を感じ取った。


「グリゼリスよ、一体何の話だ?」

「アルフレッドとの婚約の話です!!」


 グリゼリスが聞いた噂では、セオルドが主導して婚約の話を進めているということだった。

 その張本人が首を傾げて惚けているのだ。

 自然と語気が強くなる。


「アルフレッドだと……? 誰だその男は?」


 セオルドのトンチンカンな答えに、グリゼリスも一瞬固まった。

 二人の間に奇妙な静寂が流れた。


 セオルドがこの話を知らないのも当然である。

 そもそも婚約の話など初めから存在せず、ことは秘密裏に行われていたのだから。


 ことの発端はロドス亡き後の貴族会議に遡る。

 この貴族会議は非公式であり、男爵以上の亜流貴族が集められて協議された。

 その議題はロドス亡き後の身の振り方だった。


 グリゼリスに素っ気ない態度を取った亜流貴族たちは、自らの保身のためにどうすべきか議論したのだ。

 このままいけばグリゼリスが実権を握った時、どれだけの報復がされるのか分からないと、皆戦々恐々としていた。

 そして出された結論は、亜流貴族との縁を保つために、婿養子を亜流貴族の中から必ず選んでもらうということ。


 その候補として選ばれたのが学友のアルフレッドである。

 アルフレッドの容姿は女性ウケする見た目であり、冒険者学校も首席で卒業予定の実力を持っている。

 更にアルフレッドの父であるコーリンは、グリゼリスがアルフレッドに惚れているとウソブいた。

 藁にもすがる思いだった貴族たちは、コーリンの自信満々の言葉に頷くしかなかった。


 貴族たちはセオルドの帰還早々に話を進め、強引に話を持っていく算段だった。

 全ての亜流貴族がアルフレッドとの婚約に賛成となれば、流石のセオルドでも無視はできないだろうと考えていた。

 その過程で、グリゼリスにだけ噂話という形で婚約の話が伝えられた。

 これで、グリゼリスの気持ちが後押しすれば完璧なはずだった。





 セオルドはグリゼリスから噂話を伝え聞くと、すぐにその全容が脳裏に浮かんできた。

 勝手な行動をしでかした貴族たちをどう料理しようかと考えるセオルド。

 グリゼリスの誤解を解くと、この件は他言無用とすることにした。

 ようやく打ち解け始めたグリゼリスが準備のために部屋から出ると、一人残った部屋でセオルドは呟いた。


「腐った根はいつか切り取らねばならないと考えていたが、まさか自らその体を差し出すとは……」



 それぞれの思惑が錯綜する中、セオルドの帰還を祝うパーティーが催されることになった。

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