十七話・偶然と必然の間で
籠で眠っているティーファを起こし、余った時間に魔力の餌をあげる。
ティーファは寝ぼけた状態で指に吸い付き、魔力を目一杯吸った。
久しぶりの魔力なので御構い無しだ。
どんどんMPは減っていき、気がつけば残り一割を切っていた。
「やばいって…………」
言葉を言い切る前に、俺は意識を手放した。
「シンヤさん! 起きて下さい! シンヤさん!」
俺を必死に呼んでいる声がした。
目を開けると目眩がしたように、天井がグルグルと回っている。
そんな光景を見ていると、俺を覗き込むようにリカの顔が映った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ。気を失ってただけですから」
立ち上がり、気絶させた張本人を見ると、まだグースカと寝ていた。
寝ぼけてそのまま眠りについたんだろう。
というか床に倒れてた割に、俺の後頭部に残っている心地よい感触の後。
リカが俺が寝てた場所で正座をしている。
精密機械と呼ばれる《一度も言われたことはないが》俺の脳みそが、フル回転で作動する。
ま、まさか!?
膝枕!?
あの憧れの女子の膝枕だと!?
なんというラッキーな状況にあったんだ。
これは今回の報酬だと考えてもお釣りがくる状況だったはず。
だが……俺はそんな状況を実感することもなく、自ら手放したのだ。
俺のバカ野郎!
悔しくて唇を噛み、手に力を込めてリカの膝の辺りを見つめた。
「ふふ。思ったよりも元気そうでよかったです」
リカは全てを包み込むような大人な雰囲気で、俺の名残惜しそうな瞳に別れを告げるのであった。
いや、そんなことよりもフィーラはどうなったんだ?
ベッドにいるのはおフィーラのお母さんだけで、フィーラはこの場にいなかった。
「あの! フィーラちゃんはどこに?」
リカが後ろを振り向くと、その視線の先には部屋の扉があり、開いた状態だった。
その扉の影から、チラチラと様子を伺うように顔を見せるフィーラの姿。
「あの子も意外と恥ずかしがりやな所があるみたいですね。でも、シンヤさんが倒れているのを見つけて、助けを呼んだのもあの子なのですよ?」
よかった。
フィーラの場合衰弱しているけど、歩ける程度には回復したようだ。
母親の方は未だに寝ているけど、意識を取り戻すのも時間の問題だろう。
「では、これで依頼は達成ですね! 一応二人の病の原因はなくなったし、後は安静にして体力の回復に努めれば時期に元気になるでしょう」
ちょっと医者っぽいことを言ってみたが、神眼で見た情報を垂れ流しているだけだ。
「やっ……やっぱり、シンヤさんがフィーラのことを? 一体どうやって……」
リカは訳が分からないといった感じで首を傾げている。
口をムニムニさせて何かを聞きたそうだけど、言葉が出てこないようだ。
「それは秘術なので秘密ですし、そう何回も使える類のモノではないので、今日のことも出来るだけ秘密でお願いします。変な人に目を付けられるのは困るので」
「正直、私には未だに何が起こったのか理解できていません。夢と言われても違和感がないほどです」
「じゃあ今回のことは夢だったということで」
「ですが……冒険者ギルドの依頼を通している以上は、今回の病の完治理由がシンヤさんであると簡単に分かることになると思いますが……? そうなれば隠すことも意味がないのでは……?」
そうか……。
依頼を達成したことになれば、即ち俺が病を治したことに繋がる。
薬を作って……とか嘘をついても面倒なことになるかもしれない。
「じゃあ、依頼は不達成ということで!」
「えっ!? どういうことですか?」
「うーーん。俺が来た時にはすでに病は治っていた、というのはどうでしょう?」
「ですが……それではシンヤさんは何のために依頼を受けたのか……」
リカは心配するような目で俺を見ている。
でも依頼を達成しても報酬はないに等しいし、不達成時の罰金もないので損はない。
「そもそも報酬が欲しいとか、名声が欲しいとか、そういう理由で依頼を受けた訳じゃないので、全然構いません」
「そう……そうでしたね。貴方みたいな冒険者がこの街にもいるのですね。とても勉強になりました。フィーラの母親とフィーラを救って頂き、本当にありがとうございました」
リカは深々と頭を下げると、そのままの状態で静止する。
慌ててリカの体を支えて上に持ちあげると、リカの表情が映った。
その瞳には涙が溢れていた。
俺が他人を助けたように、リカも少し前までは赤の他人の二人だったはず。
それなのに肉親を救ってもらったような表情をするリカ。
そこまで彼女を突き動かす想いは一体どこから来るんだろう?
理由を聞けるほど彼女と深い仲でもないし、きっとこの先に会うこともないだろう。
感じた疑問は胸に仕舞い、リカに最後の挨拶をする。
「では玄関まで送らせて下さい」
リカが先導するように部屋の出口に向かった。
扉の奥から髪の毛がひょっこり飛び出しているのが見える。
ひょこひょこ動くアホ毛は、俺の足音が近づくにつれて揺れを大きくする。
後ろを振り返り「ふふ」とリカが笑い、続いて俺も扉の横を通る。
元気になったフィーラの姿が映ると、恥ずかしそうに俯いたままだった。
「フィーラちゃん、お母さんと元気でね」
小さい子供で、人見知りな子はああいう感じになるんだろう。
悪気がある訳じゃないし、むしろ可愛らしいと思う。
一声かけるとまた歩き出す。
すると俺の後ろの裾が少し引っ張られたような感覚がした。
振り返ると、フィーラが俺の後ろの裾を握って立っている。
おどおどし様子で口を開いた。
「あの……フィーラをなおしたの?」
何か言葉足らずな感じはするけど、言いたことは伝わってきた。
多分、俺とリカの会話を聞いて状況を理解したんだろう。
子供の精一杯の勇気を前に、嘘をつく気にはなれなかった。
「そうだよ」
「ママも?」
「フィーラちゃんのママも病気は治ったよ。もう少しすれば元気になるからね」
SP的には減少したままだけど、HP的には全回復している。
状態異常もないし、しっかりご飯を食べて休めば問題ないだろう。
「またママとおしゃべりできるかな?」
フィーラの瞳がみるみる内に濡れてくる。
裾を握った手にも一層力がこもった。
「お喋りもできるし、遊ぶことだってできるよ」
「ほんとう?」
「心配しなくても大丈夫だよ」
!?
背中にドンっと小さな衝撃を受けると、フィーラが俺の背中に抱きついていた。
フィーラは俺の腰に顔を埋めて、大きな声を上げて泣き始めた。
きっとこの子は想像もできないほどの不安を抱えていたんだろう。
小さい子供でも、死というのが何かを知っている。
その先に待つ孤独も知っている。
この子は先に父親も亡くしているのだから。
俺も母親がいなくなった後はいつも泣いていた。
孤独だった。
いつも救いを求めていた。
でも、俺に救いはなかった。
時間の経過は確かに辛さを軽減させてくれた。
心の痛みに強くなるようにもしてくれた。
でも…………できるなら、一緒に過ごしたかった。
捨てないで欲しかった。
俺と状況は違うけど、この子にそんな想いをさせずに済んでよかった。
最近は思い出さなくなっていた過去の自分の姿が、この小さな女の子とダブって見えていた。
「シンヤさん……」
リカが俺とフィーラの方を心配そうに見つめていた。
気がつかない間に俺の目にも涙が溜まっていたようだ。
「大丈夫です。フィーラちゃんの涙が沁みたようです」
籠でぐっすりと寝るティーファの姿が目に映る。
俺はもう大丈夫。
この世界で出会った大切な人たちがそばにいる。
「あのね……おにたん…………ヒクッ」
フィーラが背中に顔を埋めながら途切れ途切れに話し出した。
「ママを……なおしてくれて…………ヒクッ……ありがとう。フィーラね……なにもないの……。おかねも……おうちも……。だから……フィーラの……たからもの……あげるね?」
そういえば、成功報酬はフィーラの宝物ってなっていたな。
でもこんな女の子の宝物を、例え成功報酬だとしても貰うわけにはいかない。
「いいんだよフィーラちゃん。お兄ちゃん、何も必要ないんだ」
「…………でもね…………おにたんに……もらって…………ほしいの………」
何度かの押し問答の後、フィーラの頑なな態度に、素直に報酬をもらうことに決めた。
「おにたん……しゃがんで」
フィーラに言われるがままにしゃがみ込んだ。
「おにたん……めをつむって」
目を瞑ると同時に、フィーラの手が裾から離れた。
トコトコと歩き、俺の前にフィーラが回ってきた。
「おじちゃん……ありがとう」
え!?
フィーラの声が聞こえたと同時に唇に感じた感触。
俺が目をパチパチさせていると、フィーラが俯き加減に下を向いた。
リカが「なるほど……フィーラちゃんの宝物はそれだったのね」と納得したように頷いている。
なんだろう……今日の俺ってなんか変じゃないか?
一切モテなかったこの俺が、一日に二度もキスをされるなんて……。
明日死んじゃうの?
今日死ぬの?
っていうか、俺はおじさんっていう年齢じゃねーよ!!
ヤバいフラグが至る所から立っている予感がしながら、パーティーに向けて公爵家の屋敷に向かったのだった。
声はお兄ちゃん。
雰囲気もお兄ちゃん。
アップはおじちゃん。