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十六話・貧困街

少しの時が経つと、さっき見た光景が本当だったのか分からなくなってくる。

もし、東條さんだったとしたらどうしてこの世界に?

俺と同じゲームをしていたのか?

可能性としてはなくはないけど、そんなにゲームをやりこむような人には見えなかった。

この世界に来ているのは俺だけだと思っていたけど、他にも日本人がいるのかもしれない。

まあ、いくら考えても分からないし、今日のパーティーでもう一度会えるかもしれない。



そんなことを考えていると、貧困街にやって来ていた。


初めて来てみた印象。


まず、匂いが違う。

なんというか、生臭いというか、変な匂いがする。

街並みもガラッと変わり、ヒビ割れた壁や、穴の空いた木製のドアだったりが修理されずに放置されている。

そして……路上に座る生気のない人の姿が、さっきまでと別世界という印象を決定づけた。

ボロボロの髪にフケが浮いていて、来ている服は俺のボロ布が貴族の服と勘違いするほど汚い。

もはや男か女かも分からない後ろ姿で、ブツブツと何かを呟いている。


貧困街の奥深くに入っていくと、どこからか視線を感じるようになってくる。

ネットリとした粘着質のある、気味の悪くなる視線だ。

遠くの方から聞こえてくるうめき声。

それに被さるように聞こえてくる子供の笑い声。

お化け屋敷よりも怖い場所かもしれない。

俺、お化けとか幽霊とか苦手なんだよ。


さっさとこの場所から出て行きたい……。


受付嬢の話ではここから坂道を登っていき、その中腹辺りに家があるという。

小さい女の子の話なので、家の場所もかなり曖昧だ。

四ヶ月前の依頼の時には居住場所は東地区だったらしいけど、二ヶ月前にギルドに来た時はここに変わっていたらしい。

そんな変化は親子の身に何かあったという予感を漂わせていた。


受付嬢の話の通り坂道があり、そこを登っていく。

坂道の上の方に視線を向けると、小学校の低学年くらいの子供たちが、蜘蛛の子を散らすように一斉に路地裏に走っていく。

余所者が来たから逃げ出したという感じだ。


パッと見えた感じ、色々な種族の子がいたように見えた。

猫耳、犬耳、兎耳、狐耳、色々な耳をしていた。


そういえばマリナは言っていた。

このリンカ王国は普人族が作った国家で、普人族の立場が強い傾向にある。

永久奴隷の多くが普人族以外の人種で、永久奴隷の子供もまた、永久奴隷という生まれ持った身分で生涯を終えることになる。

永久奴隷の子供はどう頑張っても奴隷なのだ。

長い年月の間、奴隷の一族として生活している人間がこの貧困街にも多くいるらしい。


そう考えると胸糞が悪くなってくる。


でもこの国は、ロロナ婆ちゃんとかがギルドで活躍しているのを見て分かるように、決定的な差別をしている訳じゃない。

それならどうしてこんなに永久奴隷が多いのかというと、南のサイク帝国に理由がある。

南のサイク帝国のさらに南には、かなり広大な森林地帯が広がっているらしい。

そこでは獣人族の部族が互いの縄張りを維持しながら暮らしている。


サイク帝国は遥か昔からその部族を襲っては奴隷にし、男は戦場の最前線に連れていき、女は性の処理として扱った。

そんな獣人族たちやその子孫たちの逃げる先が、リンカ王国などの隣国だったらしい。

彼ら彼女らにこの国での生活拠点はなく、虫のいい話に騙されたり、知識のないことを利用されて永久奴隷になっていったそうだ。

そういう事例に深く関与したのが、奴隷ギルドだったりするんだろう。


この坂の上は丘になっていて、奴隷ギルドの建物があるらしい。

そこでは奴隷の売買が可能だそうだ。



歩いていくと、『リ・カ』という札が釣り下がった家があった。

受付嬢の話ではこの札が目印で、それがある家が依頼主の家らしい……。

お世辞にも綺麗とはいえない、二階建ての家だった。

まあ、この貧困街では特別汚いという感じではないけど。


取り敢えず、部屋をノックする。

コンコンと、木の扉が音を鳴らす。

しばらくすると、中から物音が聞こえてきた。


「はい……? どちら様でしょうか……?」


警戒しているのか、とても小さな声が返ってきた。

女性の声だけど、子供の声とはちょっと違う。

家は間違っていないと思うし……。


「すみません。冒険者ギルドの依頼で来ましたシンヤです」

「依頼!? ほ、本当ですか!?」


中から聞こえてくる声は明らかに動揺していた。


「間違いなく。冒険者ギルドの判が押された依頼書も持っています」

「ちょっ、ちょっとお待ち下さいね」


ドアの向こうからドタバタする音が聞こえてくると、少し時間が経ったあとにようやく扉が開いた。

扉から出て来たのは10代後半から20代前半くらいの女性だった。

綺麗な金色の髪の毛に、吸い込まれるような大きな緑色の瞳をしている。

この街に似つかない、色気のあるとても綺麗な女性だった。


「ごめんなさい。お待たせしました」


女性は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ、いえ。突然訪問したのは俺ですから、気にしないで下さい。それで……依頼主であるフィーラちゃんって?」


依頼書の文字と受付嬢の話では女の子という話だった。

この人は依頼人と多分違う。

女の子のお母さんなのかな?


「あ……フィーラは今病気に罹っていて、とても顔を出せるような状況ではないのです」

「え!? フィーラちゃんも病気なんですか?」

「ええ……。あの子も、母親と同じ病気に罹ったようで……。私では治す術が分からないのです」


あれ? この人はフィーラちゃんのお母さんじゃないの?

じゃあ、この人は誰?


「えーーっと、あなたは一体?」


女性はハッとなり口を手の平で押さえると、自分の名前を名乗った。


「申し遅れました。私の名前はリカです。ここでは何ですから、家に入って下さい」


リカと名乗った女性に誘導されて、机と椅子が置いてある部屋に入った。

一歩進むごとにギシギシと床の木が軋む音が鳴り、物がほとんど何もない殺風景な部屋だった。


「さあどうぞ」


リカと名乗った女性に促されて椅子に座る。

リカは俺の対面に座ると、俺の瞳をジックリと覗き込むように直視し、一呼吸置いてから話し始めた。


「では、フィーラについての状況をお話ししてもいいでしょうか?」

「はい。お願いします」

「あの子がここに来たのは二ヶ月と少し前のことでした。あの子と病気の母は、親族から家を追い出されたようで、この街に捨て置かれていました。フィーラはどうしていいか分からず、意識が混濁する母親の胸で泣いていました。そんな時、偶然私がフィーラの前を通ったのです」


え? いきなりどういうことなんだ?


「親族というのは、亡くなったフィーラの父の両親です。彼らは家の権利を主張し、その決定が下されたと同時に、二人をこの貧困街に放置していったのです」

「そんなことって可能なんですか?」


この国の法律なんて知らないけど、そんな理不尽なことが通るんだろうか?


「フィーラたちが住んでいた家はそもそも祖父母に権利があった家で、相続という話にすらならかったようです。実態は、フィーラの父が家を無償で借りていただけだったようです」

「なるほど……」

「フィーラの父が死に、時間を置かずにフィーラの母が原因不明の病気に侵され、続くようにフィーラも感染しました。それから、祖父母はフィーラたちを追い出すことに躍起になったようです」


何となく話の流れは掴めてきた。

でも……どうしてこの女性はフィーラとその母の面倒を見ているんだろう?

正直言って家はボロいし、家具もほとんどないし、家計に余裕はなさそう。

そんな人が、感染するような正体不明の病気を持った人を助けるのだろうか?


聞いていいことなのか躊躇していると、そんな俺の表情を読み取り、リカは少し微笑んだ。

リカは全てを見通すように、俺の瞳を覗き込む。


「ふふ。誰かを助けるのに理由が必要なのかしら? そんな貴方はどうしてここにやってきたのでしょう? 報酬もない依頼を受ける理由などないはずよ。答えは貴方の胸の中にもうあると思うわ」


リカは何かを誇るように言うでもなく、淡々と話した。

そんな彼女の態度から、そういう人助けは日常のことなのだろうと感じた。


「誰かを助けるのに……理由は必要ありませんね。俺がこの依頼を受けた理由は、自分の心の声に従っただけです」

「私も、私の心の声に従って行動しているだけ。自分に嘘をついて生きていたくないもの」


初めて出会ったはずなのに、リカとの会話は心地良かった。

全てを包み込むような器の大きさがリカにはあった。

名残惜しいけど、リカとの話をそこそこに切り上げて本題に入る。


「それで……フィーラちゃんと、お母さんの病状は……?」


リカは目を細めると、視線を下に落とす。


「かなり危険な状態だわ。フィーラの母は持って数日。フィーラは数ヶ月……という感じがします」


思ったよりもかなり危ない状況なのかもしれない。

今日という日を逃さなくてよかった。

擬似天使化状態なら、どんな病気でも魔法で治せると思う。


「あの! 二人のことを見させてもらっていいですか?」

「せっかく受けてくれた依頼ですけど……もうどうにもならないと思います。どの医者も、司祭もお手上げだったのです。それに、病が移る可能性もありますし……」

「病気が移るとかそんなこと、気にしません。というか、そんなこと気にするなら、そもそも依頼を受けませんよ。リカさんだって、気にしてないから二人を助けたんですよね? 俺の答えはリカさんの胸の中にあると思いますよ」

「ふふ。貴方もお人好しで、私に似て頑固なのかもしれせんね」


リカは席を立つと、俺を二人の元に案内する。

部屋を二つ通った先に、木造りのドアと、そこに備え付けられた黒いドアノブがある。

リカはそのドアノブを捻って扉を開けると、更に奥の部屋に入っていく。

俺も後を追い、その部屋に入る。

部屋に入ると、ベッドが二つ並んでいる。

それ以外に何もない部屋だった。


ベットの上で並ぶように寝転がった二人の親子の姿があった。

母親の方は目を完全に閉じていて、骨と皮しかない状態で、生きているのか怪しいほど生気がない。

辛うじて胸の辺りが動いているので、生きているんだろう。


フィーラの方を見ると意識が一応あるのか、目を時々パチパチさせながらリカと俺の方に視線が向く。

でも、呼吸が荒くてとても苦しそうだ。

体もやせ細っていて、萎んだ風船のように皮が余っている。


「ごめんなさい。フィーラたちはこの病気に罹ったせいで食事を取れないのです。体が一切受け付けずに、全て戻してしまうのです」


リカは二人の状況を潤んだ瞳で眺めている。

その様子は、自分の無力に打ちひしがれているように寂しげだった。

神眼で二人のステータスを確認する。



 ______________________________

 名前 :フィーラ

 年齢 :6

 性別 :女

 種族 :普人族

 職業 :なし

スキル:なし

レベル: なし

状態異常:病・衰弱

【HP】3

【MP】0

【SP】2

【筋力】1

【器用】3

【敏捷】2

【頑強】3

【魔力】0

 _____________________________



天職を得る前なのでステータスはかなり低い。

特にHPとSPの残り値がやばい。

フィーラの最大HPが10で、SPは6なのにかなり減っている。



 ______________________________

 名前 :リリアンナ

 年齢 :28

 性別 :女

 種族 :普人族

 職業 :町民

スキル:家事

レベル: 13

状態異常:病・衰弱

【HP】1

【MP】0

【SP】1

【筋力】7

【器用】14

【敏捷】9

【頑強】10

【魔力】0

 _____________________________



母親の方はもっとやばい。

HPもSPも残り1で、いつ死んでもおかしくない状況だ。

でも、今なら間に合うのも事実。


「リカさん。二人の状態は分かりました」

「……せっかく依頼を受けてくれたのに……申し訳ありません」


フィーラの視線と重なり合うと、何かを訴えるような表情をした。

リカに返事をする前に、フィーラの方に向かった。

フィーラの小さな手を取り、聞こえているか分からないけど耳元に語りかけた。


「フィーラちゃん。君の依頼を見てやってきた冒険者だよ。君とお母さんの病気を必ず治すからね」


フィーラの口元がユックリと開くが、声が出てこない。

口の動きで何を言っているのか探る。



り………が………う?


「もしかして、あ……りがと……う?」


俺の声に反応して、フィーラの手の平に少しの力が入った。

フィーラはその瞬間に全ての力を使ったのか、ユックリと目を閉じていった。


「ありがとうございます、シンヤさん。フィーラも安心して寝たんだと思います」

「リカさん。すいませんが、しばらくこの部屋を三人にしてもらえませんか?」


リカは想定外の返事に、どういうことなのかという表情を浮かべる。

リカが何かを聞く前に話を続けた。


「今から二人を治すための秘術を使います。でもそれは誰にも見られてはいけないのです」

「秘術…………? それで二人は治るのですか?」


半信半疑な視線を向けるリカに、俺は言い切った。


「絶対とは言えませんが、高確率で治ると思います」


リカは俺の話を承諾すると、部屋から出て行った。

二人を救いたいと願うリカには、どちらにせよ選択肢はないのだ。

このまま放っておいても、いずれ二人は死ぬのだから。


残された部屋で、早速擬似天使化を使った。


光が室内に溢れ、人の力を超える姿に生まれ変わった。

今回使う魔法は【神聖なる大樹の雫】で、マリンちゃんの病気を治した時に使った回復魔法だ。

半径50メールの生物の状態異常を直すことができる。

その後にHPを回復する魔法を使えば大丈夫だろう。


「神聖なる大樹の雫」


俺が魔法を唱えると、二人の体が青白い光に包まれた。

青白い光の粒を一つ一つよく見ると、液体のような物質だった。

その青白い液体は二人の体に溶け込むように吸い込まれていく。

二人の表情が次第に穏やかになっていき、二人を包んだ輝きは消えていった。



「命の飛沫」


【命の飛沫】は回復魔法レベル3の範囲系で、HPを小回復させる効果を持つ。

二人のHPが最大まで回復するのを確認すると、状態異常の欄も無くなっていた。

よし! これで二人は大丈夫だろう。



穏やかになった二人の寝顔を上から眺めると、俺自身の心もとても穏やかになっていくのを感じた。

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