九話・神様と醜男
朝の分の仕事を終えて村長の家の前に行くと、そこには大勢の人が集まっていた。
一体なんだと思ったが心当たりがある。
今日の朝に俺が起こしたことについてだろう。
お昼ご飯を食べに村長の家に入りたいが、溢れんばかりの人が集まっていてどうにも入れそうにない。
村長の家を少し遠目から見る俺に気づいた人間は、俺の顔を見ると隠そうともせずに顔をしかめる。
胸が痛くなるがそれよりもお昼ご飯がないのが辛い。
この村だけなのかもしれないが、基本的に朝は食事をしない。
その分お昼は多めに食べるのだ。
そして夜は少なめに。
というのがこの村の生活習慣となっている。
俺が重たい足取りで村の外にある畑に向かっていくと、村長の前に集まっていた人だかりが真っ二つに割れる。
そこから村長を先頭に村の男たちが出てくる。
その中にはルイスの姿と井戸で会った女性も一人居た。
女性を見て真っ先に思い浮かんだのはスカートの中だった。
そしてこれがまた美人だから困ってしまう。
俺は足を止めて腰を少し引いた状態でその光景を眺める。
村長と村の男たちは大勢の人が居る少し先まで歩いていく。
そして振り返ると一人の男が大きな声を出した。
「今から村長が事情を説明する!」
男がそう言った後、村長が口を開いた。
「ここに集まっている者の殆どが既に知っていると思うが、一応言っておく! この村にアテナン様……いや、正確にはアテナス様がまた来られた! そしてまた奇跡を行って下さった!」
いつもは大きな声を出さない村長なのだが今は声を張り上げている。
村長の前に集まっている人間は全員、静かに村長の話に耳を傾けている。
「その奇跡は直接見てもらえれば分かるだろう。シーナ、見せてやってくれ」
へー、あの人シーナって言うんだ。
覚えておこう。
村長はシーナの方を見ると前に来るように促した。
シーナは服の袖をまくると、左の手の裏を集まっている人の前に突き出す。
するとさっきまで静粛を保っていた村人たちから歓声のような、悲鳴のような声が上がる。
遠目から見ている俺には何に驚いているのか分からない。
村長は一度周囲を見渡すと口を開いた。
「皆の者、一度落ち着け! これから詳しく、シーナが何が起こったのかを教えてくれる」
村長の一喝に、村の人たちは一斉に口を閉ざした。
シーナは左腕を下ろすと、ゆっくりと語り始めた。
「私はローサたちと七人、井戸の側でいつも通り話をしていたんです。するとそこに突然強い風が来たと思ったらマリンちゃんが叫んだんです。アテナンが来たと。振り返ると、直視することも難しいほど神々しい顔をした人が天を指差して立っていました」
今回はしっかりと事実通り伝わっていて安心だ。
「それは正に伝説になっているあの勇者様のように」
口を閉ざしていた人たちから一斉に感嘆の声が上がった。
え? 勇者じゃないだろ!
「いえ、あの方はそれ以上の存在なのかもしれません」
シーナが続けた言葉に感嘆の声が動揺に変わっていく。
その気配を察してか、村長がシーナに何かを語りかけている。
シーナは少し寂しそうに頷くとまた声を出した。
「今のは少し興奮して言い過ぎました。申し訳ありません」
シーナの言葉に、村人たちが安堵の表情に変わった。
そしてシーナは俺が行ったことを大体そのままに伝えていった。
話を盛っているというか、大げさにという部分はあるが。
シーナの話す俺の行動に、村人たちからその都度驚きの声が上がる。
シーナが話す俺はどうやら聖人のような人みたいだ。
『あれだけの力を持ちながら跪いた私たちを優しく抱き起こし、私みたいな人間でも胸を張って立ち、生きていいのだと仰って下さった』らしい。
『それなのに子供に膝をついて話しかけている姿は涙が出るほど美しく、奇跡以上の価値がある』のだとか。
そしてアテナスはこの村に来るために自身の体を犠牲にして来ているそうだ。
だから体が持たずにすぐに帰ってしまうのだと。
俺の鼻血を見てシーナはそういう結論に導いたみたいだ。
何故か俺の行動の全てが良い方向に解釈されているようだ。
聞いているともう別人の話のような気がしてくる。
興奮覚めやめまない村長の家の前を後にして、空腹で痛むお腹を押さえながらとぼとぼと重い足取りでパムの畑に向かっていった。
畑に来ると既にルークとエレナが居て、二人は座って話をしている。
二人は俺に気づくと同時に大きな声を上げる。
「遅いぞシンヤ」
「遅いよシンヤ」
「ごめん、ごめん」
お昼ご飯を食べていないのでいつもよりも早いはずなんだけどな、と思いながらも一応謝っておく。
俺が走って近づいていくと、そこには二人の間に大きなカゴが置いてある。
気にはなったがルークの前に立つと声をかける。
「いつもより早くないか?」
「ああ、今日は村長の家で人が集まっているだろ?」
「凄い人だったよ」
「それでね、シンヤがお腹空いていると思ってパンを持ってきたんだ。三人で食べよ?」
「ほ、本当に? エレナありがとう。お腹すごく空いていたんだ」
得意げな顔をしていたエレナは、俺の言葉を聞いて少し微笑んだ。
俺にはエレナこそが本当の天使に見えた。
俺は大喜びでエレナの手を両手で握った。
「シンヤ、俺がここまで持って来たんだぞ」
ルークは少し不満げな顔をして言った。
「細いことは気にするなよ。手柄を妹にあげるのも兄の役目だぞ。でもまあ、ありがとう」
「まあってなんだよ」
「お兄ちゃん早く食べよう。エレナもうお腹ぺこぺこだよ」
俺たちはエレナが持ってきたパンに噛り付いた。
今日はご飯抜きだと思っていたのでより美味しく感じる。
口に含んだパンを飲み込むと、村長の家の前で疑問に思っていたことを聞いてみた。
「シーナさんって、左手に何かあったのか?」
ルークは出てきた単語に一度驚くと、今度は一転して暗い顔になった。
「シーナ? ……ああ、あんまり大きな声では言えないんだけど、左半身に大火傷を負ったんだ」
「エレナも見たことあるけど、シーナ可哀想だった。あの火傷のせいでお嫁にも行けないんだって」
「あんなに美人なら全然大丈夫そうだけど……」
俺がお嫁さんに欲しいくらいだ。
俺がアテナスだって言ったら結婚してくれるかな?
……無理だよな。
まあ、これで理由は分かったな。
今回も予定通りまた一人の人間を救ったわけだ。
「エレナもよく分からないけど、火傷のせいで子供が作れなくなったってシーナが言ってたよ」
「そうなんだ……それは可哀想だな」
「エレナはシーナが昔みたいに元気になってくれた嬉しいな」
「さっき村長の家の前で、シーナさんが火傷が治ったって村の人の前で見せていたぞ」
「シンヤ! すぐにバレる嘘はダメだって言っただろ!」
ルークは怒りながら俺を睨む。
「本当だって、村の人の誰かに聞いてみろよ! アテナス様が現れてまた奇跡を起こしてくれたらしいぞ」
俺も嘘つき扱いされてカッとなり、強目の口調になってしまう。
「ほ、本当か。シンヤ?」
ルークは俺の肩を掴んで、揺さぶった。
「今ならまだ村長の家の前に、みんな居るんじゃないかな?」
俺がそう言うとルークはすぐに立ち上がり、走り去って行った。
あっという間の行動に、俺は開いた口が塞がらなかった。
「お兄ちゃんはシーナのことが好きなの」
不意を打ったようにエレナが話した。
「そ、そうなんだ。それにしても年齢が離れすぎてないかな?」
「うーん、年齢は別に関係ないと思うよ?」
この世界ではそういうものなのかな、と思いつつ俺は頭の中かから湧き出てきた疑問を即座に口出す。
「じゃ、じゃあ、エレナは俺のことも大丈夫なのか?」
別に俺がエレナのことを気になっているとかそういうわけではない。
ただこの世界の常識を知りたかっただけだ。
一応な。
少しの沈黙の後、エレナはそっと座っている位置を横にずらしていく。
少しずつだが俺との距離が離れていっている。
体四つ分くらい離れた所で、エレナは能面のような顔をして抑揚のない声で言った。
「早くパムの芋を掘ってきたら?」
これはまずい、本気で怒っているパターンのやつだ。
エレナは怒らすと喋ってくれなくなるのだ。
ルークが戻って来るまで必死にエレナのご機嫌を伺う羽目になった。
ルークのテンションの高さは晩御飯中でも変わらなかった。
さっきからずっと嬉しそうにシーナの話をしている。
そんなルークを見て、ルイスもミルも苦笑いをしているが嫌な気分ではないのだろう。
俺もルークが喜んでいる姿を見れて嬉しい。
食卓の話題はシーナのことからアテナスへと変わっていく。
ルイスは口の入った食べ物を飲み込むと話し出す。
「実は今日決まったことが一つある。10日に一度、村の中心の井戸の周りでアテナス様に感謝を捧げることにした」
「それは良いことじゃないかしら」
「ああ、俺も良いことだと思う」
「エレナも奇跡を見てみたいな」
「俺も賛成です」
思った以上に今日の影響は大きかったようだ。
なんだか知らないけどいい方向に全てが進んでいる。
俺がニヤニヤしながら話を聞いていると、ルークは何かを思い出したかのように口を開いた。
「あっ、そういえばシンヤが言っていたのはアテナス様だったよな?」
ルークの声を聞いたエレナとルイスが、同じように何かを思い出したかのような顔をする。
「あっ、本当だ。シンヤ、たまに言ってたよね。アテナス神って凄いよねって」
「おっ、そういえばシンヤはここに来た頃、アテナスがどうとか言ってなかったか?」
四人の視線が一斉に俺の顔に集まる。
俺はあらかじめ考えていたことを口に出す。
「実は俺も良く分からないんですが、名前と同じように頭の中に浮かんできたんです。だから俺もルイスさんが知っているのかなと思って聞いてみたんです」
ルイスは顎に手を置いて少し考えると、俺の目を貫くような鋭い視線を向けて言った。
「嘘はついてないな?」
正直その視線が怖くて、本当のことを話してしまいたくなった。
でもこれだけは話す訳にはいかない。
俺はルイスの目見返すと強い口調で言った。
「ついていません」
「そうか」
ルイスは一言だけ話すと俺たちを全員を見回してからまた口を開いた。
「このことは村の連中には話すな。最悪、シンヤがどうなるか分からなくなるからな」
ルイスの気迫すら見える厳しい顔つきに、俺たちは言葉を発さずに頷いた。
ただ、重要なことがまだある。
「あの、村長にもアテナス様のことを聞いたことがあるんですけど……」
「村長なら大丈夫だ。そんなことを言いふらすような人ではないからな」
確かに俺もそう思う。
村長なら何故か、俺の不利になりそうなことはしない気がする。
俺は小屋に帰ってから今日のことを考えていた。
俺が人生の中で誰かに褒められる何てこと、これまでなかった。
ましてや、あそこまで崇められるなんて。
GPを稼げて嬉しい反面、村の人を騙しているようで居心地の悪さを感じる。
これから、あんな風に跪かれると思うと少し憂鬱だ。
でも、それ以上にマリンちゃんのありがとうが嬉しかった。
ルークがあそこまで喜んでいるのも嬉しかった。
誰かを救うことは悪いことではないよな。
俺はそう結論づけると、GPを確認するためにステータス画面を出した。
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名前 :ラファエル
年齢 :18
性別 :男
種族 :天使族
職業 :見習い天使
レベル: 1
<アイテム>
<スキル>
【GP】 3
【BP】 0
【HP】26
【MP】 0
【SP】11
【筋力】9
【器用】12
【敏捷】10
【頑強】9
【魔力】0
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おお、凄い。
二ポイントも増えている。
これはもう二人、アテナス教に入ったということなのかな?
誰だろう?
一人目は確実にシーナさんだろう。
あの熱の入った演説のような語り口はアテナス神に心酔しているように見えた。
二人目はマリンちゃんのお母さんか、ルークか、もしかたらあそこに居た女性の誰かか。
まあ、今日はもう寝て明日考えよう。
順調にGPが増えることを願いながら横になった。