十五話・出会いのきっかけ
まだ夕方まで時間があるので、冒険者ギルドの中で暇を潰すことにする。
目に入ったのが入り口に貼られている依頼書だ。
この依頼書は迷宮で手にした魔石や素材以外に報酬を貰える貴重な手段だ。
その依頼内容は幅広く、迷子のペット探しや、商隊の護衛、クランの応援だったり、様々だ。
適当に依頼書に目を通していく。
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依頼内容・半月草を500束用意してください。
報酬・1万ルク
依頼不達成時・納品予定の3個分のポーションの代金。三万ルクの支払い。
依頼期間・3月6日〜3月30日まで。
依頼主・レイナ=ファーレル
概要・緊急です! 行商に依頼していた半月草が、手違いで500束足りませんでした。これがないと、4月のポーションの納期に間に合いません。主にナシール大森林に生育しています。依頼を受けられる場合は冒険者ギルドで手続きの上、指示に従って下さい。よろしくお願いします。
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なるほど、素材の採取依頼か。
ナシール大森林って、この前会ったクランが活動していたダンジョンだよな?
場所はどの辺りなんだろう?
っていうか、この世界の地図とか一回も見たことないや……。
この街を出る機会があったら、地図とか売ってたら買ってみよう。
報酬は一万ルクでそこそこの値段だけど、不達成時の三万ルクはキツイな。
でも、それはしょうがないことでもあるらしい。
マリナが言っていたけど、原則一つの依頼で、一つの請負者という縛りがギルドにはある。
その理由は、一つの依頼で複数の達成者が出ると、誰に報酬を払うかで揉めたりするからだ。
だから依頼を受ける時は壁に貼っている紙を剥がしてギルドの受付に渡す。
こうすることで揉めごとが格段に減ったらしい。
だけど、そうすることで次なる問題が現れた。
依頼をキープしといて、達成をしない例が多発した。
そうすると困るのは依頼者である。
急いでる依頼も、請負人にはライバルがいないから関係なくなった。
だから期限と、不達成時のペナルティが付くようになった。
依頼人が複数の報酬を払う用意があれば、依頼書も複数出すこともできる。
あと、必要な条件が揃えば、以来達成者の中で一番早い者に報酬を払うという、条件をつけることもできるらしいけど、その場合は明記が必ず必要だ。
だから冒険者は確実に達成できる依頼を厳選するようになったらしい。
俺はお金よりもレベルアップ優先だから、今まで依頼を受けることもなかったけど。
目を通していくと、気になった依頼があった。
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依頼内容・ままをたすけて
報酬・ふぃーらのたからもの
依頼不達成時・記載なし
依頼期間・記載なし
依頼主・ふぃーら
概要・ままがわるいびょうきになったの。とてもくるしそう。
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文字が明らかに幼い子供のようで、内容も人命に関わりそうな感じだ。
緊急性はここから判断できないけど、この依頼書がどうにも気になる。
詳細を聞くために、依頼書を剥がして受付に持っていく。
冒険者ギルドの依頼関係は、クラン管理員の担当がなくても受けられる。
だから迷宮に潜らず、依頼だけで暮らしている冒険者も中にはいる。
担当の管理員がいればそこに持っていくのが筋だけど、今日はマリナは休みだし、座っている受付嬢に持っていくことにする。
座っているのは普人族の20代のお姉さんだ。
大きなリボンで髪を結んでいるのが特徴的で、優しそうな風貌をしている。
「おはようございます。この依頼書っていつからあるんですか?」
「おはようございます。この依頼書ですか? 正確なことは分かりませんが、初めて出されたのは半年以上も前のことですね」
「え!? 半年も前!? その間、誰も受けなかったんですか?」
「まあ……報酬が報酬ですし。可哀想ですが……受ける冒険者はいないと思います。まさか……あなたがこの依頼を……?」
うーーん……どうしようか?
半年以上も前のことだし、病気もさすがに治っているんじゃないのかな?
俺としては、まだ病気なら助けてあげたいという気持ちが強い。
自分の決めた行動方針とは関係のないことだし、無駄な行動だと思う人も多くいるだろう。
実際にずっと放置されていたんだし。
「あの……少し関係のない話になりますがいいでしょうか?」
受付のお姉さんが俺の様子を伺いながら話を切り出した。
「いいですよ」
「依頼書というのは二ヶ月の間、請負人が見つからなければ破棄されることになっています」
「それは聞いたことがありますね」
「ですが、依頼者が継続の申し出をすれば、更に二ヶ月伸ばすことができるのです。この依頼をした女の子は二ヶ月前にも、四ヶ月前にもやってきました。それ以上前のことは私がこの役に付く前なので、分かりませんが……」
「ということは、まだこの依頼は生きているということですね?」
お姉さんの表情が意味深に曇ると、所々言葉に詰まりながら話を続けた。
「ええ……。四ヶ月前に女の子を見た時は元気はなかったですが、普通の格好をしていました。ですが……二ヶ月前に来た時は…………ガリガリで…………顔色も悪く、栄養が足りていないような……そんな感じでした。そして……今月はまだ更新に来ていません……。私たちは依頼者の内情に、必要以上に立ち入らないのが鉄則です。ですが……もし……助けてあげようとする気持ちが少しでもあるのなら……」
「その子の家って……どこですか?」
俺の言葉を聞き、お姉さんの顔がパッと明るくなる。
お姉さんは慌てて街の地図を取り出すと、俺に場所を教えてくれた。
そこは……南地区と西地区の間にある貧困街と呼ばる場所。
ここは古くから奴隷ギルドの縄張りで、娼館や古い家屋が立ち並ぶ場所だ。
奴隷ギルドは冒険者ギルドや魔術ギルドと並ぶ権威ある組織で、街の領主や騎士であっても簡単に手を出すことができない。
特に奴隷ギルドは横の繋がりが強く、他の都市の奴隷ギルドと緊密に連携を取り、不利益を与えようとする存在を躊躇なく徹底的に潰すこともあるという話だ。
それが領主であってもだ。
奴隷ギルドが張っている網は、各国の政権中枢に届くと言われているらしい。
そんな理由もあり、マリナから不用意に近づかない方がいいと警告されていた。
少しきな臭い話になってきたな。
「どうなされますか?」
「…………受けますよ」
「あ、ありがとうございます!」
そこがどこであれ、助けを求める人がいることには変わりない。
改めて決意をすると共に、レギレウスが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
『君と関わった人の全ての命と、この世界に住まう無関係な人の全ての命。どちらかを選べと言われたら君はどっちを取るつもりだ?』
確かに俺は前者を取ると言った。
でもそれは二つを天秤にかけた場合の話だ。
天秤にかかっていない状態。
どちらも救えるなら、どちらも救いたい。
それが素直な今の俺の想いだ。
まだ昼になる前で、夕方まで時間はかなり残っている。
早速依頼を受ける手続きを終えて、貧困街に向かった。
冒険者ギルドから貧困街まで距離にして約2kmもある。
小走りで進んでいると、人々が道を挟んで整然と二つの列を作っていた。
人の列で作り上げた一つの道が、西地区から北地区に続いている。
「セオルド様たちがもうすぐここを通るらしいぞ!?」
「勇者様も一緒に来るんだろ?」
「勇者教の司祭も出迎えているようだから、噂は間違いないだろうな」
「おおーー!! ついに伝説の勇者をこの目で見ることができるのか!? この時代に生まれて良かったーー!!!」
みんなセオルド公爵よりも勇者の方が気になっているようだ。
500年も前の伝説の存在が目の前に現れるんだから、この世界の人にとっては凄いことなんだろう。
かく言う俺も黒髪の勇者は気になるし、俺の厨二心がくすぐられる。
そんなことを考えていると、馬に乗った重装備の騎士の列が目の前を通っていく。
「いよいよだ!」
「セオルドさまー!!」
「勇者さまーー!!」
声援がより一層大きくなると、二頭の白馬が引っ張る馬車が視界に映った。
馬車は白を基調にした美しい色をしていて、綺麗な装飾が施されている。
馬車には小窓のようなものが付いていて、そこから手を振る人の姿があった。
え……………!?
東條さん…………?
俺の場所から馬車の場所までは少し距離があり、前の方で大はしゃぎする人たちが飛び跳ねたりするから、小窓の先にいた人の姿は一瞬しか見えなかった。
笑顔は一切なく、強張った顔のように見えた少女。
人形のようにも見えた。
でも…………今の……東條さん……だよな?
長い間一緒に学校生活を送ってきたクラスメイトの顔だ。
間違えるはずはない……と思う。
だけどーーその確認をこの場で出来るはずもなく、馬車は目の前から去っていった。




