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十四話・疑念

 家を出ると隣の家のおじさんに会った。


「マリナちゃんの所の兄ちゃん、今日もお出かけかい? いつも元気だね」

「そうなんですよ。また冒険者ギルドに行こうと思って」

「それなら早めに行ったほうがいいよ! 今日の昼ごろにセオルド様がこの街に帰って来るって話だ! 北区は特に混むと思うよ!」


 確かにそうだな。

 領主の帰還となれば、パレードでもするのかもしれない。


「ありがとうございます! 早速行ってきます!」

「おう、行ってらっしゃい」


 早足で冒険者ギルドに向かうと、忙しなく道を行き交う人たちがいつもより多くいる印象を受けた。

 街の人の噂話では西区の門で、色々な準備が行われているようだ。

 冒険者学校に着くと、ロロナ婆ちゃんの所に向かった。


 扉をノックすると、女性のギルド職員の声がした。


「はいーー!? どちら様ですか?」

「すみません! 冒険者のシンヤです!」


 中から「シンヤ君? それなら通してちょうだい」と言う声が聞こえてくる。

 程なくしてガチャという鍵を開ける音がすると、扉が開いた。

 あの事件以来、副ギルドマスター室もかなり厳重なセキュリティーになっている。


「どうぞ、お入り下さい」

「失礼します」


 三十代くらいの秘書のお姉さんに促されると、部屋の中に入っていく。

 中では、大量の書類に囲まれたロロナ婆ちゃんが、目を充血させながら書類に目を通していた。

 ロロナ婆ちゃんは顔を上げ、俺と目線が合うと笑顔を見せた。


「シンヤ君、久しぶりじゃない? 全然顔を出してくれないから、こっちから出向こうと思っていたのよ」

「すみません。マリナから凄く忙しいと聞いていたので」


 目が充血しているのも恐らく仕事のし過ぎが原因だろうし。


「確かにやることがいっぱいあって、てんてこ舞いよ。今は猫の手でも借りたいくらいなのよ」

「確か今はギルド職員の募集と、クラン管理員への昇格とか、色々あるんですよね」

「そうなのよ。それに、冒険者学校の卒業も間近に迫っているのよ? 年に一度の最大のイベントがこんな時に重なるなんて……。まあ、それは横に置いて、シンヤ君! またやってくれたわね!」


 ロロナ婆ちゃんは一枚の資料を手に取ると、その紙をヒラヒラと俺に見せつける。

 一体何のことだろ?

 思い当たる節がない。


 いや……あり過ぎて、どれのことなのか分からないのが本音だ。


 擬似天使化のこと。

 ティーファのこと。

 召喚魔法のこと。

 エターナル神殿のこと。


 うーーん、隠し事が多すぎる。

 でもマリナは、絶対に誰にも言わないほうがいいって言ってたし。


「水精の精霊石なんていう凄く貴重な魔導具、よく見つけてこれたわね! 前回のバズズラスネークの王の魔石といい、物凄く資金的に助かるわ!」

「いえ……たまたまですよ。結構迷宮に潜っているのに宝箱を発見したのは二回だけですし」


 何だ、水精の精霊石のことか。

 ちょっと安心した。


「バルボアの馬鹿が盛大にギルドの壁を壊してくれたお陰で修理費は嵩むし、新人職員を雇うのにもお金がかかるしで、このギルドは火の車なのよ! シンヤ君! 今後も期待しているわね!」

「わ、分かりました。できるだけ頑張ります」


 ロロナ婆ちゃんの気迫に押され、返事をした。

 迷宮で頑張ることは決めているし、その結果ギルドにも利益が回ってくるだろう。

 ていうか、そんなことを話しにきたんじゃなかった!


「あ! ロロナ副ギルドマスター、今日はマリナの休みを伝えに来たんです。風邪を引いたみたいで」

「あら? 珍しいこともあるのね。ずっと元気そうだったのに」

「顔がすごく赤いし、言っていることも、行動も少しズレているし、熱もあるんです」

「分かりました。どちらにしろマリナちゃんが担当しているクランはシンヤ君のエンジェル・ロードだけだから、業務に支障はないと思うわ。ゆっくりと体を休めてと伝えておいて下さいね」

「分かりました。では……」


 俺が話を切り上げようとすると、ロロナ婆ちゃんは遮るように話を続けた。


「シンヤ君!! 話はまだ終わっていないのよ? 貴方はいつも自分の言いたことを言って、どこかに行く癖があるようね?」


 ロロナ婆ちゃんの犬耳がピクピクと動いている。

 ちょっと怒っているようだ。


「ご、ごめんなさい。気を付けます」

「その謝罪、確かに受け取りました。では、シンヤ君に一つ問いたいことがあります。部屋を移しましょう」


 ロロナ婆ちゃんはと共に、防音性の部屋に入っていく。

 対面に座ると、ロロナ婆ちゃんは神妙な面持ちでこちらを見た。


「単刀直入に聞きます。貴方は一体何者なのですか?」


 一体どういう意味の質問なんだ?

 何かを知っていてわざとそういう質問をしているんだろうか?

 安易に答えるわけにはいかない。


「ロロナ副ギルドマスター、それはどういう意味の質問なのですか?」


 ロロナ副ギルドマスターは視線を上げると、遠くの方を見ながら答えた。


「貴方がホーリー・ロードと迷宮の14層から帰還した時、私には奇跡が起こったとは単純に思えなかったの。だから初めて会った時、ああ言う聞き方をしたのよ。シンヤ君には秘密があるんじゃないの? と」


 確かに初めて会った時に、遠回しにそういう風に聞かれたことはあった。


「その時は、秘密にしていることを無理に聞くつもりはなかったの。でも、今回の事件でしょ? 迷宮から死体が溢れ、死者が生き返り、魔族が魔物を引き連れて転移して来た。そんなことはヴァルハラ迷宮都市始まって以来の出来事よ。この事件が起こったきっかけを探るのはギルドの責任者として当然のことよね?」


 これから先、もしもう一度迷宮からモンスターが溢れたら、この街は………………多分、終わる。

 だから、今回の件を全力で調べないといけないのは間違いないと思う。


「だから私は調べたの。類似した例を。簡単に見つかったわ。だって……つい最近、しかも近場で起こっているのよ? この街でも噂になったこともあった、ライチ村の悲劇と奇跡。私は現地に人を派遣して、そこに出てくる黒髪の少年と、銀色の翼を持つ少年の話を聞き出したの」


 ロロナ婆ちゃんが俺の真意を確かめるように、目の奥深くを覗き込んでくる。

 ロロナ婆ちゃんはライチ村に俺が居たことを知っている。


「黒髪の少年は記憶喪失と話し、村の中で生活するようなった。その頃から銀色の翼を持つ少年が現れ、不治の病と呼ばれる腐腹病を治し、生涯残る火傷の跡すら直してしまう奇跡を行った。だけど、街に突然悲劇が襲い、村人は全員殺された。そして、何者かの力によって蘇った……。その流れで、黒髪の少年は罪を着せられて追い出された。銀色の体毛を持つ小鳥と一緒に……」


 返す言葉が出てこない。

 この話と、レギレウスの時の話は完全に繋がっていく。

 ロロナ婆ちゃんは銀色の翼を持つ者の正体を、俺だと疑っているんだ。


「そしてこの街で活動を始めた黒髪の新人冒険者と、銀色の体毛を持つ小鳥。私には全ては繋がっているように思えるの。村を襲う魔物と、ヴァルハラ迷宮都市を襲撃した死体と魔族。奇跡を行う銀色の翼を持つ少年と黒髪の少年。…………シンヤ君? 貴方は一体何者なの?」


 答えられない……。

 自分が何者なのか、それは俺自身にも分からないことだから……。

 俺は高橋神也で、ただの高校生で、不細工な男だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 視線を合わせない俺に、ロロナ婆ちゃんはフーッと溜息をつく。


「ごめんなさい。ちょっと質問が性急すぎたわね。質問を変えます。貴方はこの街の味方なのですか?」


 この街の味方……なのか?

 それはちょっと違う気がする。


「この街の味方か……と聞かれれば分かりません。ですが、大切な人が住むこの街は俺にとってかけがえのない場所であり、守りたい大切な空間であることは間違いありません」

「そう……そうよね。シンヤ君だものね。奇跡を行うという、銀色の翼を持つ少年は味方なのかしら? 」


 何かを探るようにロロナ婆ちゃんは俺に問いかけた。

 ロロナ婆ちゃんは普段の俺と、天使化している俺を完全に同一視しているわけじゃなさそうだ。

 まあ、人の姿があんな風に変わるとは誰も思わないだろうし。

 一瞬で勘付いたマリナが凄いだけだ。


「直接話したことはありませんが、その行動から、少なくとも誰かに害を与えるような存在には見えなかったですね。俺がライチ村で知った情報では、自身のことをアテナス神と名乗ったらしいです」


 とりあえず、当たり障りのないことを言っておき、俺は関係ないアピールをしておく。

 ついでにアテナス教の布教も忘れない。


「アテナス神……。神というのは…………遠い昔に崇められていた存在ね」

「勇者が現れる以前には盛んに祀られていたらしいですね。マリンちゃんの腐腹病を治したのも、村の人々蘇らせたのも、そのアテナス神で間違いないと思います。実際にマリンちゃんはそう言っていましたし」

「なるほどね。シンヤ君はそのアテナス神とは一切関係なく、たまたまライチ村に現れた時期とヴァルハラ迷宮都市に現れた時期が重なっただけ……ということを言いたいわけね?」


 未だに疑いの目を向けるロロナ婆ちゃん。

 だけど、あと一息で誤魔化せそうな感じだ。


「俺自身、アテナス神との繋がりは分かりません……。過去の記憶もないですし、絶対にないとは言い切れないです。もしかしたらそのアテナス神が、俺をライチ村に連れてきたという可能性もないわけでは……」

「そうよね……。全てシンヤ君が知っているという訳ではないわよね。だとすると、シンヤ君は魔族がどうして街に出るようになったのか、知らないわけね?」

「それは俺が聞きたいですね……。色々と酷い目にあったし」

「やっぱり、魔王の復活が影響しているのかもしれないわね。遥か昔に魔物が街を襲ったという記述が多く残っているから。ありがとう、シンヤ君。今日のことはお互いに内密にしておきましょう。世の中には知らせない方がいい情報もあるもの」


 ロロナ婆ちゃんがそのつもりなら、俺に異論はない。

 下手に擬似天使化のことで騒がれたら、面倒くさいことになる。

 それに、アテナス神の正体がこんな不細工だと分かれば布教どころではなく、暴動が起きるかもしれない。

 臭い物には蓋をするというけど、布教活動に不細工な俺の要素は邪魔なんだ。

 人は美しいものに心を奪われやすいものだと思うし。



 ロロナ婆ちゃんの追求をなんとか凌ぐことに成功し、副ギルドマスター室を出て行った。


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