十三話・馬子にも衣装
ルルとニョニョが起きてくると、事情を説明して朝ごはんの準備に取り掛かる。
マリナのためのご飯も一緒に作る。
芋をペースト状に潰して、その中に卵を入れたスープだ。
芋を一生懸命すり潰しているルルが心配そうにため息をついた。
「マリナねえちゃんが風邪か……なんか変だったもんね」
「確かに変だったな。頭が上手く回っていないみたいだったし」
「顔もまっかっかだったしね」
ニョニョが肘で俺のお尻を突っついてくる。
視線を下にすると、ニョニョがニヤニヤした顔で俺を見ていた。
「もしかして……辛抱たまらずに襲っちゃった?」
「違うし!! 襲ってないし!!」
「とういうことは……媚薬を使って……?」
「それも違うわ!!」
人聞きの悪いことを……。
そんなアルフレッドがしそうなことを俺がやるはずない。
確かに色々とあったのは事実だけど、むしろ襲われたのは俺なはずだ。
「何にしても、元気になるといいね!」
「そうだな。あっそれと、昨日言ってたセオルド公爵のパーティーに行かないといけないんだけど……?」
「ん? ルルとニョニョでお留守番できるよ?」
「シンヤがくる前はいつもそうだったし。平気、平気」
ルルもニョニョも特に心配するような雰囲気でもなく、いつもの日常と変わらないようだ。
それもそうだな。
マリナの父が亡くなってから三年もの間、三人だけで暮らしてきたんだから。
「じゃあ夕方から公爵家の屋敷に行ってくるよ。それと、冒険者ギルドの方にもマリナの休みを伝えにいってくるから」
「「了解!」」
食事を食べながら、空いた時間に何をしようか考える。
さすがに今日迷宮に潜るのは無理だし……決闘に備えて剣の素振りでもしておくか!
……って、それだといつもと変わらないな。
せっかくのパーティーなんだし、何か準備でもしておかないと。
でも、必要なものって何だろう?
パーティーとか、お誕生日会に呼ばれた経験がないから分からないな。
「ルル? パーティーに必要なものってなんだろう?」
「うーん、美味しいお料理とかかな?」
いやいや、それは主催者が用意する分だし。
パーティーをするための必需品って意味じゃないから。
「いや、こっちが準備する物って意味で」
「うーん、それなら……おしゃれなお洋服かな?」
お洒落なお洋服だって!?
そんなのがパーティーに必要なのか!?
た、確かに……テレビとかでは格好いいタキシードなんかを着て、ダンスを踊ったりしていたような。
「このボロ布で行こうと思ってたんだけど……ダメかな?」
ニョニョとルルが俺の顔から下に移っていくと、梅干しを食べたような渋い顔をして手でバツ印を作った。
そ、そんな顔をするほどこの格好ってダサいのか……。
でも俺、こういうタイプの服しか持ってないし。
今更そういう服を買いにいっても、寸尺とかの関係もあってすぐにはできないだろう。
そもそもそういう店がどこにあるのかさえ知らないからな。
「も、もしこれで行ったらどうなると思う?」
「多分……入れないと思う」
「入れても……笑い者になりそう」
そうだよな……。
あーーーー、なんか憂鬱になってきた。
何か良い案はないか?
何か奥の手は……。
「あーー!! ティーファのよだれかけに汁がこぼれっちゃった」
ニョニョが手に持っていたスプーンをひっくり返してしまったようだ。
ティーファのヨダレかけはああ見えても激レアなんだ。
慌てて布巾を探す。
布巾を手に持って、ティーファのよだれかけを見てみるが、どこにも汚れが見当たらない。
「うん? 汚れはついてないけど?」
「あれ? おっかしーなー?」
ニョニョは不思議そうに首を傾げるが、ヨダレかけは新品同様に綺麗だ。
確か、このヨダレかけは光の集合体とかいう話だから、汚れとかは全然つかないのかもしれない。
そう考えてみればこのヨダレかけは、世界最強のヨダレかけなのかもしれない。
汚れ知らずで、子育て中の家庭では重宝されるだろう。
って、俺さっきから何を考えているんだ?
そもそもこれはヨダレかけじゃないし!
『神光衣アテナスのローブ』っていう名前だった。
ティーファに似合いすぎていて、その名前を忘れていた。
そういえばこのローブって、所有者に合わせて形を変えるんだったよな?
俺が着た場合どうなるんだろう?
試してみる価値はあるな。
早速自室に戻ると、ティーファのよだれかけを手にとってみる。
そして念じるのだ。
『かっこよくしてくれ! 世界一かっこよくしてくれ! ブサイクはもう嫌だ!」
すると、光の粒が意思を持っているように俺の体を包んでいく。
光が収まると、黒いズボンと黒いスーツが目に入ってくる。
お! ネクタイもしているし、これは希望通りのタキシードだな。
なんていう便利な装備なんだ。
ちょっと使い方を間違えている気もするけど……。
まあ、いいや。
「ルルー! ニョニョー! これを見てくれ! どう?」
扉を開けて、ルルとニョニョの部屋に直行する。
中々ビシッと決まった姿を普段は見せていなからな。
たまにはイケてる姿を見せて、大人の男の威厳を保たないとな。
「んにゅ? …………シンヤ、それどこから仕入れたの?」
「なんか……いつものシンヤと違う」
「ふふ、そうだろ? 仕入先は秘密だが、大人の男はこういう衣装も着こなすことができるんだ」
「一味違うシンヤ!!」
「大人のシンヤ!!」
ルルとニョニョも大喜びなので、衣装はこれで決まりだろう。
よくよく考えれば、あんなボロ布を着てグリゼリスの婚約者とか言いだしたら、貴族たちのいい笑い者になっていた。
ありがとう、ルルとニョニョよ!
二人に褒められて気分が良くなった。
その気分のまま冒険者ギルドに行ってみよう!
マリナの休みを伝えないといけないしな。
ルルとニョニョに別れを告げ、部屋で寝ているマリナの様子を見ることにする。
マリナはぐっすりと寝ているようだ。
でも、三人を残していくのは心配だな……。
最近特に心配性になっているようだ。
レギレウスの時の経験と、アルフレッドの存在がそうさせているんだろう。
俺が家にいなくても、安心できる方法はないかな?
うーん…………。
「ファッッ!!」
「うん? どうしたんだティーファ?」
ティーファが念じ始めると、床に魔法陣が描かれだした。
この魔方陣は召喚!?
そうか!
召喚したボーンナイトか、ベガサスを護衛に置いていけばいいんだ!
さすがに赤竜はやばいけど。
さすがティーファだ!
俺よりも頭の回転が速い。
ティーファが念じ終わると、目の前にペガサスが現れた。
ボーンナイトよりも、ペガサスの方が愛らしい姿をしているから、ルルとニョニョも安心だろう。
「やるなティーファ!! これで安心してパーティーに行けるな!」
「ファッッ!!」
ティーファの頭を撫でて褒める。
ティーファは嬉しそうに目を細めて俺に身を預ける。
早速ルルとニョニョに事情を説明する。
「ルル! ニョニョ! 見てくれ」
「ん? その服はさっき見たよ?」
「違う、違う。部屋の外のやつ」
ルルとニョニョを引き連れて部屋を出ると、リビングに帰ってくる。
「んにゃ!? 何これ? お馬さん?」
「違うよニョニョ! これ、翼が生えているよ?」
「あっ! この前見たお馬さんじゃない?」
「そうだ! お父さんの夢を見たときにいた馬だ。すっごく可愛い女の子と一緒に空に帰っていったんだ」
「じゃあ、このお馬さんも飛べるのかな?」
ニョニョが希望に満ちた目でこっちの様子を伺ってくる。
でも、さすがに街中でこれに乗るのはヤバい。
レギレウスとの戦いでかなり目撃されていたようで、未だに冒険者ギルドで情報を求める依頼もされている。
ボーンナイトに至ってはゾンビ扱いだったしな。
彼らも結構頑張っていたのに残念だ。
「街中では目立つからダメだ。でも、迷宮の中なら乗せてあげるよ」
「ほ、ほんと!? シンヤ?」
「明後日には二人とも誕生日だろ? そうすれば俺のクランに入って、迷宮に潜れるようになる。あと少しの辛抱だ」
「やったあ!!!! シンヤ大好き!!!」
ニョニョが小さい体の全身を使って喜びを表現すると、俺の体に抱きついてくる。
ルルもその流れに乗って、後ろから抱きついてくる。
「シンヤ…………ルルもだめ……?」
「ペガサスは二体いるから、ルルの分も予約しておくな?」
「シンヤ!! 大好き!!!」
二人に目一杯挟まれて、ギュウギュウ詰めの状態だ。
二人の頭を撫でてやると、冒険者学校に行くために家を出た。