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十一話・頼みごと

「今日こそは落として見せるぜ! お前ら見とけよ!!」


 下品な笑い声が響くと、曲がり角の先からアルフレッドの姿が現れた。

 金色の髪を肩の近くまで伸ばしていて、オールバックの髪型だ。

 体格はそれほど大きくないが、態度はかなりでかい。

 俺の顔を見るなり、舌打ちをしてくる。


「チッ、昨日といい、今日といい、そこのおっさん暇なのか? ちょっとは仕事しろ! 仕事!!」


 いやいや、毎日ここに来てるあなたに言われたくないんですが……。

 それに俺は仕事帰りだ。

 あと、おっさん、おっさんって、さっきから!

 俺はお前よりも年下だ!


「今日は何しに来たんだ?」


 さっそく俺のイライラが頂点に達すると、喧嘩腰に話を進めた。

 アルフレッドは俺の言葉を意に介さないように答えた。


「は? なんでここに来るのに、お前にいちいち理由を言わなくちゃいけないんだ?」

「マリナが嫌がっているんだ! 聞く理由はそれで十分だろ!?」

「俺には、あんたみたいなキモいおっさんに言い寄られて、マリナが嫌がっているように見える。こんなことは個人の見解の違いだ。そうだろ? お前ら?」


 アルフレッドの取り巻きが「そうだ」「その通り」と相づちを打つ。

 数の暴力で俺をやり込めるつもりだ。

 けど、俺も今回ばかりは引くつもりはない。

 俺が更に応酬しようとした時、マリナが椅子から勢いよく立ち上がった。

 目に涙を浮かべているけど、瞳には強い意志が宿っているように感じた。


「勝手なことを言わないで下さい!! 私は……私が好きで、シンヤの側にいさせてもらっているんです!! これ以上は付きまとわないでください。はっきり言って迷惑です」


マリナの力強い言葉に、俺の語気も荒くなる。


「言っただろ!! 迷惑なんだ! これ以上やるって言うなら俺もとことんやる。俺の持てる力全てを使ってお前を潰す!」


 アルフレッドは苦々しい顔を一瞬浮かべるが、すぐに元のいけ好かない、人を見下したような顔に変わる。


「ふんっ!! たかが一冒険者が、貴族の子息に対して大きく吠えたな。その言葉、ヴァイデン家に対する宣戦布告として受け取ったぞ。マリナの前にお前から料理してやる。今日言った言葉、必ず覚えておけ。お前の人生のエピローグにしてやる!」


 アルフレッドは背を向けると、子供のように足で思いっきり床を叩いて歩きだす。

 ドスン、ドスンと音を鳴らしながら、来た道を戻って行った。

 なんていう理不尽な男なんだ。


「マリナ、大丈夫?」

「ええ。シンヤが居てくれたから全然大丈夫でした。でも少し………いえ、かなり腹が立ちました。シンヤにあんなこと言うなんて信じられません。わたし……全然嫌じゃないです。むしろシンヤが側に居てくれて、凄く嬉しいのですから」

「ありがとう、マリナ。さすがに、あんな男の言うことを間に受けないですよ」


 マリナはホッとしたような表情を浮かべると、今度は一転して暗い顔に変わる。


「私のせいで……また変な揉め事になりましたね」

「ん? 大丈夫だよ。はっきり言って、あんなのに何かされても負けることはないし、最悪なことになってもこの国を出ればいいんだし。今の俺だったらどの国に行っても、みんなを養えるくらいの力はあるし」

「ふふ、シンヤっていつも楽天的ですね。さっきまでは絶望的な状況のような気がしていたのに、今は不思議と何とかなるっていう気がしてきました」

「シンヤ師匠に全て任せなさい!」


 胸を張って、心臓の辺りを手でポンっと叩く。

 マリナも笑顔になってそれに応じた。


「よろしくお願いします」




 しばらくの間は冒険者ギルドに居たのだけど、マリナに促されて冒険者学校に向かった。

 いつの間にか太陽も頭上にきていて、いい時間になっている。


 冒険者学校に来るのは騒動の翌日に、校長のエルトの爺ちゃんと話した時以来だ。

 あの時は謝罪と、生徒を無事に帰したお礼をされた。

 それに金銭が入った袋を渡されたけど、さすがにそれは丁重に断った。


 エルトの爺ちゃんは『欲がないのー』と言って上機嫌だったけど、俺にだって色々な欲はある。

 お金持ちにはなりたいし、強くなりたいし、女の子とイチャイチャもしてみたい。


 って、何考えてるんだ俺?


 最近マリナとの距離が急接近して、変な気分になっているのかもしれない。

 邪念を振り払うように激しく首を揺さぶる。



 色々な葛藤を繰り広げていると、いつの間にか冒険者学校の前にまで来ていた。

 初めて来た時に警備をしていた人が門の前に立っている。


「あ、あなたは臨時教師として来ていた……シンヤさんでしたね。今日はどう言ったご用で」

「今日はグリゼリスさんに呼ばれて」

「え!? グリゼリス様ですか!? どうぞ、お入り下さい」


 お! さすがのグリゼリス。

 名前を出すだけでフリーパスのようだ。

 そういえばこの街は次期当主がいなくなったことで、今最も権力を持っているのはグリゼリスっていうことになるのかな?

 でも、もうすぐこの街の真の領主が帰って来るって話だし、あんまり関係ないか。


 校内に入ると、グリゼリスと出会った教室に向かう。

 他の教室を少し覗くと、どうやら授業はもう終わっているみたいで閑散としている。

 あれ? 来るの遅かったのかな?


 教室に着くと、とりあえず扉を開けてみる。

 そこで待っていたのは椅子に座り、本を片手に持ちながら読書をするグリゼリス。

 その横で目を瞑り、精神統一をしているのか、寝ているのか分からないサラリアが居た。


「あ、遅れてすみません」


 二人が同時にこちらを向くと、柔らかい笑顔で手を振ってくる。


「シンヤ!! こっちに来て!!」

「シンヤ殿、久しぶりになる」


 二人の女性の側に寄ると、サラリアが一つ席を横にずらして座り、グリゼリスが空いたサラリアの席に座るように促した。


「ほら、シンヤは真ん中に座ってちょうだい!」

「え? あ、うん」


 何やら強引に座らせれると、二人ともニコニコした表情で俺に視線を送る。


 なんだ?


 一体何が起こっているんだ?


 罠なのか!?


 俺はもう罠にかかって動けない草食動物なのか!?


「え……っと、今日の相談はどういう内容……なのですか?」


 聞きたくない気もするが、聞かなくては話は進まない。

 恐る恐る問いかけた質問に、グリゼリスが答えた。


「シンヤは聞いたことがあるの? じーじ……じゃなくて、セオルド様が帰ってくる話のことを?」

「ええ。それなら噂ていどでは」

「そう……それなら話が早いわね。端的に言うと、明日セオルド様がヴァルハラ迷宮都市に帰還されるの」

「へーー。それはいいことですね」


 相づちを打ちながら話を聞いていく。


「それでね……どうやら私を結婚させる話が、明日のパーティーで提案されるらしいの」

「へーー。それはめでたいですね」


 グリゼリスの目がキッと鋭くなると、獲物を睨みつけるように俺を見た。

 あれ? なんかヤバいこと言った?


「全然!! めでたくないわ!!」

「あ、ごめんなさい」


 恐ろしいほどの圧力に、自然と謝罪の言葉が出ていた。

 権力のあるなしに関わらず、何か恐ろしい気配を感じる。


「いえ、シンヤが謝らなくていいの。それでね、噂される相手がアルフレッド=ヴァイデンっていう貴族なの」


 下手な相づちを止めた俺は聞き専に回る。

 ん? アルフレッド=ヴァイデン?


「今やセオルド様の直系は私しかいないから、婿養子としてモンジュー家に迎えるっていう話が進んでいるらしいの」


 アルフレッドって、あのクソ野郎か!!

 あいつ! マリナに手を出そうとして、一方では結婚の話だと!!


 許すまじ!!


 グリゼリスの手を握りしめると、力強く宣言した。


「話は全て分かりました、グリゼリスさん。その男との結婚話を破談にしたい。そして、その協力を俺にして欲しいということですね!! 俺にできることがあれば何でも協力します!! 何でも言って下さい!!」

「あ、ありがとう。で、でも手がちょっと痛いわ……」

「あ、ごめんなさい……」


 スッとグリゼリスの手を離すと、頭を下げて謝罪する。

 ちょっと興奮しすぎたようだ。


「シンヤ殿!! 今の熱い言葉、しかと聞き届けた。では、シンヤ殿の全面協力をお願いしよう!」

「やりますよ!! 俺、許せないんです!! そういう本人の意思のないところで勝手に話が進むこととか!!」


 あのクソ野郎とか!!


「まさかこんなにシンヤがやる気になってくれるなんて……。絶対に駄目って言うと思ったわ」

「確かに、シンヤ殿は受けなさそうな話ですね」


 お?

 何? 結構ヤバい系の協力?


 二人のもったいぶる言い方に脇から変な汗が出る。


 もしかして……やっちゃった?


「ど、どんな協力です……か?」

「私の婚約者役としてパーティーに出てもらうの!!」

「え!? 嘘……ですよね?」

「シンヤ殿、嘘じゃない」


 いやいや、こんな面してどうやってパーティーに参加するんだよ!

 しかも婚約者って、かなり重要な役じゃないか!

 無理だろ!? 俺、彼女もできたことないのに!!


「この任務はシンヤ殿にしかできない」

「な……なぜですか?」


 納得のいかない俺に、グリゼリスが神妙な顔を向けて口を開いた。


「必ず…………決闘になるからよ」

「決闘!?」

「私がセオルド様とアルフレッドの申し出を、婚約者や恋人を理由に断れば、婚約者は二人と決闘をしなくてならないの。それがこの国の貴族のルールなのよ」

「じゃあ、俺はセオルド様とアルフレッドと決闘をするっていうこと……ですか」


 グリゼリスはゆっくりと首を横に振ると、苦々しい顔をする。


「いいえ。この場合、セオルド様は代理を立てることになるはず」

「代理って、そんなのいいのですか?」


 それなら婚約者役は俺じゃなくても、戦うだけでいけるんじゃ?


「もちろん、シンヤとアルフレッドは無理よ。この場合、代理を立てられるのはセオルド様だけよ。そして、立てられる代理の人間は間違いなく……………………ゼウス。第三騎士団の団長であり、この街最強の騎士」

「今やこの街の英雄でもあり、象徴とも言える存在。それに対抗できるのは私が知る限り、シンヤ殿をおいて他にいない!」


 ゼウス…………あの男だ。

 レギレウスとの戦いの後で出会った大男。

 恐ろしい能力を持った男だった。


 グリゼリスの話は無茶振りだけど、ここまで啖呵を切った以上は断ることはできない。

 それにグリゼリスは本当に困っているのだ。

 助けたい気持ちも凄くある。



 でもそれ以上に…………あのクソ野郎をぶっ飛ばしたい!!



 俺はその話を快諾した。

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