十話・忠告
安全地帯に入ると、腰を下ろして休憩を取る。
ここまでかかった時間は一時間も経っていない。
だけど、ずっと全速力で走ってきたし、集中力もかなり切れている。
誰もいないみたいだから、5分くらい腰を下ろしてぼーっと過ごした。
ここから先はマリナからの情報だけ。
場所は迷路型で、明かりはついているようだ。
出てくるモンスターはオークのみ。
オークの巣と冒険者から呼ばれる場所で、最高でオークジェネラルまで姿を現わすらしい。
オークはパワー型のモンスターで、動きはそれほど速くもないが、力は岩をも砕くほどだ。
特殊攻撃もないし、それほど神経を尖らせる相手でもないだろう。
初めての層を手探りで進んでいると、早速オークの群れが現れた、
今回はティーファの魔法を使ってもらう。
「頼む、ティーファ」
「ファッッ!!」
瞬く間に炎の矢が目の前に現れると、すぐにオークの群れに突き刺さる。
炎の柱が上がると、巻き添えになるように周りのオークからも火の手が上がった。
ティーファの火魔法は延焼効果もすごい。
オークの油のせいもあるけど、中々炎が消えないのだ。
「プギィイイイイイイ!!」
断末魔が迷宮内に響くと、いい匂いが鼻を刺激する。
そういえばオークの肉は中々の高級品で、鬼牛に比べれば肉質もワンランク上という話を聞いたとこがある。
朝ごはんを食べていないし、ここを攻略したら弁当でも食べるか!
次々燃やしていくティーファの魔法は隙が全く見当たらず、敵が目の前に現れた時にはすでに燃えている。
出口を探すのに苦労はしたけど、苦戦は一切なかった。
かかった時間は二時間くらいか。
12層の安全地帯に入ると、見知った顔が休憩していた。
「あ、兄貴!!」
「シンヤ君!! ティーファちゃん!! どうしてこんな所に?」
カリスとべネッサがこちらを見ると、同時に声を上げた。
モルスとゴーンとナターシャが驚いたように、目を見開いてこちらを見た。
「どうもです。また会いましたね」
「まさか……別れてからここまで転移石なしで……?」
モルスは自問自答するように、小さな声で呟いた。
その声を聞き、べネッサはハッとなると呆れたように首を横に振る。
「兄貴! ここまで転移石なしで来たんですか?」
「まあ、そういうことになりますね」
「さすがシンヤ君ね。もう驚かないと思っていたけど、次から次に凄いことを平然とやってのけるんだから」
べネッサが苦笑いを浮かべ、床から立ち上がった。
ゴーンも並ぶように立ち上がると、上機嫌に話し出す。
「ガッハッハ。シンヤの実力は俺ら程度では測れんさ。そのことは俺たちはホーリーロードが一番知っているはずだ」
「確かに、今ここにいられるのもシンヤのおかげ」
ナターシャが座ったまま、手のひらを向けてくる。
俺もそれに返すように手のひらを向ける。
「確かにシンヤ君のおかげで、迷宮都市でもトップを争うクランになれたし、貧乏からも抜け出せたからね。シンヤ君が俺たちにしてくれたことと比べれば、大したことはないか」
モルスは納得したように頷く。
休憩がてらに、久しぶりにホーリーロードたちと話し込んだ。
ホーリーロードはレギレウスが襲った時、迷宮の入り口でゾンビの侵入を防いでいたらしい。
俺が助けに入ったあの時にも戦ってたんだな。
助けに入っておいてよかった。
次に話題になったのは新人冒険者について。
一番注目されているのは公爵家の血筋であるグリゼリス。
公爵家との縁を狙って、彼女を引き込みたいクランはいくらでもある。
次に注目されているのは子爵家の息子であるアルフレッド=ヴァイデン。
冒険者学校でも実力を認められていて、校内でもトップの成績で卒業予定だとか。
女癖が悪く、冒険者学校内でも度々トラブルを起こしているらしい。
モルスは冒険者学校の情報に詳しいらしく、色々なことを教えてくれた。
「アルフレッドが手を付けた女性は、冒険者学校の女子生徒の半分に及ぶらしい。他に男がいようが御構い無しさ。時に金で、時に権力、時に実力で強引に女を奪っていく。恨んでいる男は多くいるよ。でも彼を慕う男や女も多くいるせいで、誰も手を出せないのも事実だ。父親のコーリンもアルフレッドにはかなり甘いようだから、揉み消しなんかも頻繁に行っているようだよ」
「けッ、胸糞悪くなる奴だな」
カリスが苛立ったように吐き捨てた。
俺も話を聞いてるだけでイライラする。
そのアルフレッドがマリナを標的に定めたのだ。
あいつが言っていた『俺は狙った女は逃がさねえ』という言葉。
嘘じゃないと分かった。
マリナがどうこうなるとは思わないけど、対策は取っておかないと。
「シンヤ君もアルフレッドには気をつけたほうがいいよ。大切な人がいつの間に……なんてこともあるかもしれないからね」
モルスの話を聞いてしまうと、マリナの泣いていた姿が思い浮かんできた。
段々とマリナのことが心配になってくる。
探索はここまでにして、一旦冒険者ギルドに寄って帰ろう。
「す、すみません!! 俺、用事を思い出したので帰ります!!」
「マリナちゃんのことだろ? 心当たりがあるんだね?」
何か事情を知ってそうなモルス。
モルスは俺の表情を見ると、話を続けた。
「ああ、噂で聞いたんだよ。次の標的はギルド管理員のマリナちゃんだって」
モルスはそういう噂を耳にしていて、暗に警告をしてくれていたんだ。
モルスに礼をすると、すぐに安全地帯から飛び出した。
ここまでかかった時間は体感で二時間くらい。
一度通った道だから、帰りはもっと早く帰れるはず!
ティーファを肩に乗せて迷宮を全速力で走り抜ける。
迷宮の入り口まで戻ると、ギルド職員のおっちゃんが驚いた表情を浮かべて俺を見た。
「あれ? 坊主! 今日はもう切り上げるのか? まだ入ってすぐだろ?」
「今日は久しぶりなんで、肩慣らしをしにいっただけなんです」
「そうか! そういう日も必要だな!」
外を出ると、太陽がまだ東にあるのを確認する。
まだ昼になるまで時間はあるようだし、凄まじいスピードで迷宮から出ることができた。
さすがに街中では自重して走り出した。
冒険者ギルドに入り、すぐにマリナの元に向かった。
「え、シンヤ!! どうしてここに!? 忘れ物ですか?」
マリナはいつものように資料に目を通していた。
特に変わった様子はなく、俺がこの場にいることに驚いている。
なんだ……ちょっと心配のしすぎだったのか?
一人慌ててちょっと恥ずかしい。
「実は……マリナのことが急に心配になって。昨日の貴族がまたマリナの所に来てるかもって……」
マリナは少し照れてる俺を見ると、クスクスと笑い出した。
その柔らかい笑顔にドキッとする。
「ありがとう、シンヤ。シンヤのその気持ちがすごく嬉しいです。さっきまで憂鬱だったのが吹っ飛びました」
「え? あいつ来てたの?」
「いえ……。ただ、今日も来るのかなって想像すると……」
マリナがこれだけあいつを嫌っているのに、それでも貴族の奴は強引にマリナを誘ってくる。
なんて迷惑な奴なんだ。
そんな貴族に恋人を取られた人を想像すると、胸が切なくなる。
「あ! そうだ! 今日は魔石を一つと、宝箱からアイテムを一つ手にしました」
迷宮から手にしたアイテムは全て冒険者ギルドに提出義務がある。
それを怠れば莫大な罰金と、資格の剥奪が待っている。
ゴブリンキングから取った魔石と、水精の精霊石を机の上に置いた。
ティーファの残念そうな瞳を見ると可哀想だけど、またすぐに手元に戻って来る。
査定をしてアイテムの金額が分かれば、自分で取って来たアイテムは引き取ることができる。
まあ、税金は払わないといけないけど。
「この魔石はまさか!! ゴブリンキング!? この短時間で10層まで行って来たのですか!?」
「全速力で走ったので……」
「す、すごいですね……。さすが、シンヤと言うべきでしょうか……」
マリナは驚きを通り越し、呆れたように首を小さく横に振る。
まあ、これくらいやらないと俺も冒険者になった意味がない。
「それで、この宝石はどれくらいするんでしょうか?」
マリナの目が鋭くなると、宝石を手に持ってじっくりと見ていく。
光を当てたり、擦ってみたりすると、静かに宝石を机の上に置いた。
「恐らくこれは、精霊石と呼ばれる魔導具にあたるものです。世界の冒険者ギルドでも取れる数は多くなく、ポーションのように量産することにも成功していません。そのため、希少価値は高く、恐らく2000万ルクは超えるでしょう。正確な額は王都のギルド本部に問い合わせないと分かりませんが」
おおお!!
なかなかすごい金額になりそうだ。
「売り払う方向で話を進めますがいいですか?」
「ファッ…………」
勝手に話が進んでいく中、ティーファが元気のない声を上げた。
この精霊石はティーファが取ったんだから、ティーファの好きなようにすればいい。
そのティーファが欲しいと言っているんだから、売るわけにはいかないな。
「いえ。これはティーファが見つけたので、売るつもりはないんです。税金は払うので引き取られせて下さい」
「ファッッ!!」
ティーファが嬉しそうに机の上で小躍りを始めた。
サンバ風の踊りをするティーファを見て、笑いを堪え切れない俺とマリナ。
「結構な額の税金になると思いますが……。でも、シンヤとティーファなら大丈夫ですね!」
「お金くらいなんとかしますよ!! マリナの借金も任せて下さい!! 俺が全額払いますから!!」
「でも……それは……いくらなんでも……」
マリナがたどたどしい感じで返事をする。
前までのマリナなら毅然とした態度で断っていたはずだ。
多分昨日のことがあったから、どこまで頼るべきなのか、頼るべきでないのか、自分でも分かっていないんだ。
マリナが思い悩むほど、金の心配は実際にはしなくてもいい。
アイテム欄には高級魔導具と呼ばれるポーションがいっぱいあるし、迷宮でもいくらでも稼げることが今日分かった。
「心配しないで下さい。まだまだ裏の手はいっぱいあるんです」
「…………ありがとう。………シンヤ」
マリナははにかんだように笑った。
仕事の邪魔をするのも悪いし、マリナとしばらく談笑した後に帰る支度を始める。
「じゃあ、冒険者学校に行ってみるよ」
「行ってらっしゃい。シンヤ、ティーファちゃん」
「ファッッ!!」
席を立った時、あの貴族の声が俺の耳に届いた。




