九話・忘れてた!
5層は迷路タイプの迷宮に戻るので、さっきのようにはいかない。
それに、麻痺攻撃持ちのバブルスライムに出会い頭でぶつかって、麻痺になったら悲惨なことになる。
まあ、神眼があるからそういう可能性はほぼゼロだろうけど。
そんな心配は杞憂に終わり、5層、6層、7層、8層、9層と合計約15分くらいで突破した。
想定を越える早さでのボス部屋の到達に、俺自身も驚きを隠せなかった。
9層から10層に向かうにはボス部屋を通らなければならない。
ここのボスはゴブリンキング一体と、ゴブリンジェネラル4体、通常ゴブリン50体という一つの軍団を形成している。
ボス部屋の前の安全地帯に入って行くと、先客のクランがそこで休憩をしていた。
人数は合計12名。
クランとしては平均的な人数だろう。
男女が入り混じった構成で、職業は下級戦闘職が中心となり、一部に中級戦闘職が存在する。
レベルは30前後から40前半という感じ。
修羅場を潜り抜けた、武闘派クランという印象だ。
そのまま素通りをするのもあれなので、一応挨拶をしておく。
「おはようございます。すみません、前通ります」
俺の声に座っていた冒険者たちが一斉にこちらを向く。
何か不思議な物でも見てしまったかのように、目を点にさせている。
「ちょっ、ちょっと。君、一人でここまでやってきたのかい?」
「はい、そうですけど?」
リーダーっぽい男の前を通った時、慌てたように声をかけてきた。
年齢は30代くらいで、冒険者としては一番油の乗っている時期。
装備は少し重装備よりな、全身鎧に剣と盾という組み合わせ。
「本当かい!? それはすごいね!!」
男は俺の答えを聞くと、大げさと思うくらい驚いていた。
確かにこの階層まで辿り着く実力がありながら、このヴァルハラ迷宮都市でクランメンバーが二人という構成は他にいないだろう。
「やっぱり噂通り、ヴァルハラ迷宮都市っていうのはレベルが高いなー」
「そうよね。これでもナシール大森林ではトップのクランだったのにね」
「たった一人でここまで来れるということは、個の力では俺たちよりも上かもな」
「お前より上なのは確かだな」
「もしかしたら、ローレンよりも強いんじゃない?」
彼らは俺の答えを聞くと、驚きの表情と尊敬の念を込めて俺を見始めた。
彼らの話しぶりは、別の地域からやってきたような言い方だ。
気になったので挨拶ついでに聞いておく。
「みなさんは違う所で冒険者活動を?」
「そうなんだ。この迷宮に来てから七日目になるね」
「え? 七日でここまで来れたんですか? それの方が凄いですよ!」
「いやいや、そんなことはないよ。上層に関しては地図を頭に叩きむだけさ。本当の戦いは10層を超えてからだろ?」
ここまでの道のりで苦戦するようなモンスターは存在しないということか。
レベル的にはそれも当たり前か。
でも、そんな凄いクランがどうしてこの街にやって来たんだろう?
「わざわざどうしてこの街に? 活動していた場所にもダンジョンはあったんですよね?」
「まあ簡単に言うと、自分たちのレベルに見合わなくなったから。より強い敵を求めて迷宮都市にやって来たのさ」
他のダンジョンって行ったことないから、どんな場所か想像できないな。
今度ライチ村に【偶像崇拝】のスキルを使いに行こうと思っているから、その時にでも他のダンジョンに寄れるかな?
うーん、時間的に無理っぽいか。
「ちなみに君は何層まで行ったことがあるんだい?」
「一応、11層まで行ったことはあります」
正確には14層だけどあれはノーカウントだ 。
安全地帯の中に、口笛のヒューゥという音が鳴った。
「このボス部屋も一人で攻略済みって訳か。相当な力量だなこりゃ」
「私たちのクランに欲しい逸材ね」
「因みに、君はどこかのクランに所属しているという訳ではないんだよね」
リーダーらしき男の問いかけに俺は首を横に振った。
「俺がクランリーダーをやっています。俺の肩にいる鳥と二人のクランです」
「一応聞いておくけど、うちのクランに入るつもりはないよね?」
「ごめんなさい。どこかのクランに入るつもりはないですね」
「いや、一応リーダーとして聞いておかないとね。目の前の逸材を何もせずに見過ごしていたら、みんなに怒られるからね。だから気にしないでくれ」
リーダーらしき男は後頭部を掻くと、笑みを浮かべた。
話が終わってクラン員に一礼すると、先にボス部屋に行かせてもらう。
仰々しい鉄の扉を開けると、中は障害物が何もない正方形の空間になっている。
ゴブリンの群れから、ここまでの距離は100メール近くある。
「久しぶりのボス部屋だな」
「ファッッ!!」
「今回は俺が一人で戦っていいか? 今どれくらい戦えるのか試してみたいんだ」
「ファッッ!!」
前回ここに来た時は、ティーファの魔法が炸裂して一瞬で勝負はついた。
今日は今の自分の力を知り、コントロールするという目的もある。
「グギャオオオ」
ゴブリンキングの轟く声に、ゴブリンたちは一斉に前進を始めた。
しっかりとした剣と盾を装備しており、迷宮の一層で見るようなみすぼらしいゴブリンとは一味違う。
と言っても所詮はゴブリン。
隊列なんてものはなく、個別で突撃してくる。
これならレギレウスと戦った軍隊の方がよっぽど手強い。
力を込めて地面を蹴ると、斜め上に向かって飛び、一気に迷宮の天井に到達した。
そこから反転し、一気に急降下する。
「ゴゲ………?」
レギレウスの時のように、先ずは軍団の頭を狙った。
ゴブリキングの首筋に当たった剣は何の抵抗のもなく、スルリと首と体を両断した。
未だに前を向いて前進を続けるゴブリンジェネラルたちを背後から切り捨てる。
「ガビィ……」
「グゲ………」
残りは数が多くても烏合の衆。
数秒でけりはついた。
「俺……めちゃくちゃ強くなってる」
このレベルの敵ならどれだけ来ても負ける気はしない。
そう感じるほどの圧勝だった。
でもそれは俺の長所が上手く生きただけ。
もし、神眼でも対応できないほどの攻撃が一度にくれば、紙防御の俺は呆気なく死んでしまう。
うん、過信は禁物だ。
一応、ゴブリンキングの魔石だけは取っておく。
これだけでも一万ルクにはなるし。
ゴブリンキングの胸を切り開くと、紫色の血が噴水のように飛び出す。
モンスターは心臓の代わりに魔石で活動している。
これが壊れればどんな強いモンスターでも死んでしまう。
ゴブリンキングの胸に手を突っ込むと、紫色に輝く小さな石を取り出した。
それを持って来た麻袋に入れておく。
ティーファの水魔法で手を洗い、直ぐに出発だ。
やっぱり魔法は便利すぎる。
もし魔法がなかったら、血でベタベタな状態でこれから探索を続けないといけないからな。
特に水魔法は魔法の中でも群を抜いて便利だ。
ボス部屋の出口の扉を開き、安全地帯に入る。
ここは誰もいないようだ。
次は10層だな。
ここからは冒険者ギルドの設定ではC級の領域。
一流冒険者だけが足を踏み入れることができる場所だ。
10層でメインに出てくるモンスターはデザートリザードとワイルドワーム。
あとは……デビルアントくらいか。
地形は一面砂漠で、それに合わせて気温もかなり高くなっている。
ジリジリと肌を焼くような日差しだ。
モンスターの説明は省略だ。
ここもまだ通過点でしかない。
目指す先は未知の領域である12層だ。
ということで、ここも出口まで一直線に進んだ。
次の11層は中央に大きな湖が存在し、その周りに雑草が生えていたり、岩や石ころがあったりと、湖のほとりっていう感じの場所だ。
一応ここで一日だけ狩をしたことはあるが、完全に攻略はしていない。
出てくるモンスターは化石魚と、ルーン鳥、シルバーベアー、人食いトンボだ。
ここで稼ぎになるのはルーン鳥の魔石とシルバーベアーの毛皮だろう。
ルーン鳥の魔石は一つで4000ルク。
シルバーベアーの毛皮は30000ルクもする
ただ、シルバーベアーの毛皮は剥ぐのが難しいし、時間もかかる。
どのモンスターも強さ的にはゴブリンキングよりも一段下という感じだ。
今日は稼ぐことよりも出口を探すことを優先する。
マリナが言うには湖の対岸に出口があると言うが、ここからだと対岸が見えないほど遠い。
湖をぐるっと回ると遠回りになるので、空を走って一直線に出口に向かう。
「気持ちいいなティーファ」
「ファッッ!!」
ティーファのために少し低空気味に走っている。
すると湖から冷たい風が吹き、砂漠で火照った体を冷やしてくれる。
「ファッッ!! ファッッ!!」
ティーファが湖の水面を見て騒ぎ出した。
うん? なんだ?
何か光っているようにも見えた。
魚影が少し光ったのかな?
そういえば前もこんなことがあったな。
確かあの時は……あ、宝箱だ!!
そうか! 宝箱なんて一回しか手にしたことがないから気にしてなかった。
でも水中の中に入って取ってこれるのか?
水中にもモンスターはいるし……。
「どうしようかティーファ? 簡単に取れそうにないな」
「ファッッ!!」
ティーファは任しとけという表情をすると、即座にボーンナイトが目の前に現れた。
そして重力に任せるままに水中に落下した。
落ちていったボーンナイトの表情が脳裏をよぎる。
落ちていく瞬間、ボーンナイトは口をポッカリと開け、唖然とした表情でティーファを見上げていた。
「ティーファ? ボーンナイトに取らせるのか?」
「ファッッ!!」
さも当然だという表情で頷くティーファ。
我が子ながら恐ろしいアイデアを躊躇なく使うものだと思った。
数分後、水中からボーンナイトが必死に上昇しようとしている姿が見えた。
ただ、骨だけなので中々上がってこれない。
上からじっとその光景を眺めていると、切なさが溢れてくる。
呼ばれる方もきっと色々大変なんだな。
今度からは優しくしてやろう。
ボーンナイトはようやく水面から浮上すると、ティーファに宝箱の中身を手渡す。
宝石かなんかだろうか?
ティーファーは大はしゃぎで喜び、宝石を頬ずりし始める。
「ファッッ!! ファッッ!!」
「よかったなティーファ」
呪われていたら嫌なので、一応宝石の鑑定をしておく。
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【水精の精霊石】
<効果>
精霊石に魔力が残っているだけ水魔法を使うことができる。
<概要>
水を司る精霊が新たな肉体に生まれ変わる時に、元の肉体が結晶化した一部。
見た目はサファイアのような宝石のようだが、精霊の魔力が宿っているため、様々な魔法を使うことができる。
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へー、そういうアイテムあるんだな。
曰く付きのアイテムという訳でもないし、ティーファが持っていてもいいだろう。
「よし、行くぞ?」
「ファッッ!!」
ティーファから元気な声が返ってくる。
よっぽと嬉しかったようだ。
ティーファって、かなり宝石好きな面があるな。
そう思いながら、また進み出す。
ん? 何か忘れてるような……?
あ…………………………!!
ボーンナイトのこと忘れて来てしまった。
………………戻って探すのも大変だし、このまま行くか。
こうして俺たちは11層を突破した。
ボーンナイト「俺の役割………………………………………え?」
なんとか召喚主の目的である宝箱を開け、必死に水面に向けて浮上したボーンナイト。
宝石を渡すと無邪気に喜ぶ召喚主の姿があった。
こういう役割もありなのかもしれない。
そう思った矢先、二人はさっさとこの場から去ってしまった。
水中に完全に取り残されたボーンナイト。
ボーンナイト「俺の存在…………………………………え?」
ボーンナイトは水中に沈みながら誓ったのだった。
あの無茶苦茶な丸鶏を一泡吹かせないといけないと。
この瞬間、迷宮内に髑髏の魔王が生まれたのだった。
『次話、復讐の魔王と丸鶏! 焼き鳥が好物? 馬鹿を言うな! 今度の焼き鳥はお前自身だ!!』でお送りします。
冗談ですが、ボーンナイトに感情があればこうなっていたかもしれません。