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八話・小さな小さな一ポイント

 翌日、俺はいつも通りに仕事をこなして三人でルークの家に向かっていた。

 昨日のことは気になるが目の前にある仕事をサボるわけにもいかない。

 それに村の厄介者である俺がこの村の誰かに話を聞くなんて出来ないからな。

 帰ってからルイスとミルに話を聞くつもりだ。


 村の中心地に近づくと小さい子供が三人、元気よく走っている。

 走っているのになぜか片腕を上げて人差し指を天に向けている。

 そしてその子供の内の一人が立ち止まって大声で話し出す。


「アテナンが言った!」


 それに続いて二人目の子供が立ち止まり、大声で話し出す。


「ラファを浄化だ!」


 そして最後の三人目も合わせて声を上げる。


「アテナンはまた奇跡を起こす」


 三人はそう言うと突き上げていた腕下ろしてまた走り出していった。

 そしてまた同じことを繰り返した。

 これはあれだよ……な。

 俺がやったパフォーマンスだよな。

 確かに天に指先を突き上げたし、セリフも似たようなことは言った。

 でも内容が全然伝わってないじゃないか。

 今のセリフだと俺が敵みたいに聞こえるぞ。


 いや、まあしょうがないよな。

 これを教えた子は多分あの子なんだから。

 俺はそう自分に言い聞かすと、三人を見て不思議そうな顔をするルークとエレナと一緒に帰っていった。




 夕食中にまた昨日の話題が出てきた。


「今日は村の集会でマリンちゃんのお母さんから詳しいことを聞いてきた。マリンちゃんが言うには見たこともない綺麗な人が突然目の前に現れて、天を指さして言ったらしい。『アテナンが言った』と、そしたら体が光かりだして、ポカポカして気持ち良くなったらしい」

「その見たこともない綺麗な人って一体……」


 ルイスの言葉に、ミルは呟いた。


「そしてこう言ったらしい『ラファを浄化だ』と。そしてマリンちゃんがもう一回見せて欲しいと言ったら、もう一回見せてくれたそうだ」

「今の話だとアテナンがその綺麗な人で、ラファが……敵? この場合は病気のことを言っているのかしら?」

「まあ子供の話だからどこまで正確かは分からないが、話の流れだとその可能性が高いな。そしてこれが重要なんだが最後に『アテナンはまた奇跡を起こす』と言って村の北に走り去って行ったらしい」

「またその人は現れるってことかしら?」


 二人とも食事を中断して、熱がこもったように話し出している。

 いつもはルークとエレナに冷める前に食べなさいって怒っているのに。


「可能性はあると思う。それで村の連中はもし綺麗な人が来たら手荒な真似をせずに、村に入れることを決めた」

「そうね。もしそんな奇跡みたいなことを起こせる人に、手荒な真似をして怒らしてしまったら……村が滅んでしまうかもしれないわ」

「ああ、もしこれが全て本当のことならこの村に留まる話ではないぞ」

「ちょっと気になったんだけど……来た時は突然目の前に現れたのに、どうして帰りは走って行ったのかしら?」


 ミルは首を傾げながら少し難しい顔をして話した。

 ルイスは左右に小さく首を振ってから答える。


「本当に……考え出すと訳が分からなくなる」



 この村ではこの出来事を以後、『マリンちゃんの奇跡』と呼ぶことになったらしい。

 何かしっくりとしない結果だったがまた十日後、俺が出て行って事情を説明すればいい。

 前回よりも俺の話を聞いてもらいやすくなったしな。

 俺は小屋に帰ってきてから楽しみにしていたGPの数値を確認することにした。

 間違って伝わってしまった名前、アテナンがどういう影響を及ぼしているのか……。

 ドキドキしながらステータスオープンと念じると、そこには見事にGP0と書かれていた。

 俺は寝る前に誓った。

 名前はしっかりと伝えると。





 △▲△▲△▲





 あれから十日経った。

 俺がこの村に来てから三十二日目だ。


 村の中で色々と議論があったのだが大体決着がついたらしい。

 アテナンは奇跡を起こす綺麗な人。

 ラファは病気の名前ということで肩がついた。

 そして村の子供たちの間ではアテナン遊びというのが流行りだしていた。

 非常に不味い傾向だ。

 全く違う名前が村の中に広がっていて、それが認知され出してきている。

 焦る気持ちを抑えて俺は日々を過ごしていた。


 そして俺はいつも通り、GPの確認を行うためにステータスオープンと念じる。

 最近はこの作業が日課になっている。

 ゼロだと分かっているが、どうしても気になってしまうのだ。

 いつものようにゼロの数字を確認してステータス画面を閉じようとする。

 ーーが、そこには何故か、GPの横に1という数字が浮かんでいた。

 俺は見間違いかと思い確認するが間違いない。

 確かに1だ。


 一体どうして?

 いま頃になってポイントが増えている理由がいくら考えても思いつかなかった。

 深く考えても今は分からないことだらけだ。

 もっと情報を集めて考えよう。

 そう思い、深い眠りについた。

 三度目の天界に行くとまたもやすぐに追い出されてしまう。

 いい感じで寝ていたのに勝手に呼び出されて追い返されるのはいい迷惑だ。

 腹が立ったが眠気には勝てずにまたすぐに寝た。




 翌朝、いつも通り村長の家に行くと慣れた手つきで斧を振り上げて下ろしていく。

 最近気づいたのだがこの世界での俺の力、筋力と言う意味ではなく能力といった方がいいのかもしれない。

 それが他の人に比べて劣ることに気づいた。

 かなり年のいった村長が、俺が割った薪よりも大きい木の幹を軽々と切断しているのを何度も目撃している。

 そして鬼ごっこをしていてもルークには一度も勝ったことがないし、エレナともいい勝負なのだ。

 もう年上の威厳はそこにはない。


 理由としはやはりレベル、そして職業なのだろうと思う。

 実はこの村に来てから色々と職業のこととかを聞いているが、誰がどの職業でレベルがいくつか、というのは全く知らない。

 それはこの世界のマナーとして人に聞くべきものではないとされているからだ。

 そして無闇に自分の職業、レベルを人には言わないこと。

 これは親が子供に口を酸っぱくして教えるらしい。


 なぜならこの世界における職業とレベルが、俺が経験しているように多大な影響をもたらすからだ。

 職業というのはこの世界でも平等ではないらしい。

『戦士』のように非常に強い力を手に入れられる職業もあれば、『農民』のようにそれほど力が上がらない職業もある。

 自分の情報が他人に知られると、あいつは俺より上だとか下だとかで争いが起こるらしい。

 そして稀にレア職といわれる職業を宿す人間もいるのだとか。

 レア職を宿した子供が無闇に言いふらしたりすると、攫われて売られるなんてことが起こると村長は言っていた。


 まあ俺が言いたいことはただ一つだ。

 早くレベルアップしてルークに負けないくらいには強くなりたい。


 そういえばこの十日間、ルークとエレナに『アテナンってシンヤが言っていたアテナスのことじゃないのか?』と、何度か聞かれた。

 俺とラファエルとの繋がりを気づかれるのは得策じゃないと思って、俺は似ているだけで別だろうと言っておいた。

 だが今さら考えてみると、これから俺はアテナンをアテナスに変えるのだ。

 そうなってくると二人に予め、アテナスを知っていたということがバレてしまう。

 あちらを立てればこちらが立たずといった感じで、作戦直前になって悶々と考えているのだ。


 いっそのこと俺をアテナスの使徒みたいにするか、と考えたが変なところに連れて行かれそうなのでそれは止めた。

 昨日は何故かアテナンでもGPが増えたからこのままアテナンでいこうかとも脳裏を過ったが、それもリスクが高いので止めた。

 残ったのはルークとエレナに黙っていてもらうこと。

 アテナス神は名前と一緒で思い出した単語っていうことにする。

 詳しいことは俺にも分からないと。

 そしてそのことを他の人に言ったら俺がどこかに連れ去れらるかもしれないと言って、二人の心の中に留めてもらう。


 そういうわけで俺は第二回目の布教活動を行う。

 前回の失敗を生かすために走って村の中に入ろうと思う。

 帰りはもちろんカッコよく決めるつもりだ。

 今回も【神聖なる大樹の雫】も使う予定だ。

 風邪はまだ流行っているみたいだからな。


 そして俺はホルホルの森で擬似天使化を行うと、早速村の入り口に向けて走って行った。

 村の周囲には高さ二メートル程の柵があって、それを飛び越えて村の中に入っていく。

 この時間帯は働き盛りの男たちは村にはいない。

 今回も村の中心地である井戸に向かって走っていく。

 何人かの子供とすれ違うが今回のターゲットではないので無視する。

 というか今の俺の速さだと何が通り過ぎたのか分かっていないのかもしれない。


 井戸の辺りが視界に入ると俺は心の中でガッツポーズした。

 居る!

 しっかりと人が居る!


 井戸の側で大人の女性が六人程固まって談笑している。

 ん? よく見ればマリンちゃんがしゃがみこんで木の棒で土を掘っている。

 今回も奇跡の瞬間を見れるなんてマリンちゃんは運が良いようだ。


 俺が女性たちの前で止まるとそこに突風が巻き起こった。

 ひらひらと漂っていた女性たちのスカートが一斉に舞い上がる。

 布教活動にこんな副産物があるとは……。

 こういったシーンに慣れていなかった俺は、興奮しすぎて鼻から液体が垂れてきた。


 俺の存在に真っ先に気づいたのはマリンちゃんだった。

 しゃがみこんだまま目と口を大きく開けてこちらを見ている。

 十日前に考えたセリフをもう一度言うために、右腕を上げて指先を天に向けて突き出す。

 それと同時にマリンちゃんが俺を指差した。


「アテナス神様がこの村を救えと私に仰った」

「あてなんだーー。ままーーあてなんきたよーー」


 俺の決め台詞は見事にマリンちゃんの声と被った。

 マリンちゃんの方が声が大きかったせいで、俺の声は殆ど響かなかった。

 そして俺の声……ではなく、マリンちゃんの声に反応して女性たちが一斉にこっちを見た。

 女性たちはこちらを見ると、顔をみるみる赤くさせて俯いてしまった。

 なんだ? どうしてこっちを見てくれないんだ?

 これだといつもの俺に対する態度と変わらないじゃないか……。


 ラッキーすけべな展開で昂ぶっていた気持ちが急激に冷めていくのかと思ったが、そうでもなく鼻血も止まらなかった。

 未だにあの瞬間が切り取った写真のように頭に残っている。


 このまま話を進めるより、もう一度初めからの方がいいな。

 俺はそう思いまた口を開こうかとした時。

 それと同時にマリンちゃんがこちらに走ってきて、ポケットから何かを取り出す。


「アテナス神様がこの村を救えと私に仰った」

「あてなんおはなでてる、まりんのこれいいよ」


 またしてもマリンちゃんの声と被ってしまう。

 でも、今度はマリンちゃんの声の音量が低かったおかげでなんとか伝わったと思う。

 マリンちゃんの小さな手に握られていたのは、薄い布切れだった。

 これで鼻血を拭いていいってことか。

 優しすぎるよマリンちゃん。


 マリンちゃんの優しさを十分に感じ取ると、俺はお礼を言って布切れを受け取った。

 鼻血をサッと拭くが留まることの知らない俺の鼻血は、借り物の布をドンドンと赤く染めていく。

 そこで俺は閃いた。

 魔法があるじゃないかと。

 早速行動に移す。


「神々の黄昏」


 そう唱えると、俺の周りにいる人間の全てが黄金色の波の中に体が包まれていく。

 その波に包まれると凄く幸せな気持ちになってくる。

 ポカポカとした日溜まりの中をユラユラと漂っている感じだ。

 少しすると黄金色の波は徐々に色を薄くしながら消えていった。

 俯いていた女性が顔上げると目を大きく見開きながら呟いた。


「す、凄い。これがアテナン様の奇跡」


 その呟きに反応してかもう一人、女性が口を開いた。


「アテナン様。私たちに奇跡を見せていただき有難うございます」


 今度は涙を浮かべた女性が、震える声で俺に話しかけてきた。


「アテナン様。娘を、娘を救っていただき有り難うございます。ありがとう……ござい……」


 女性は崩れ落ちるように跪いた。

 それに合わせるかのように次々と女性たちが跪いていく。


 そういう行動を想定していたはずだったが、実際に目の前で跪かれるとかなり居心地が悪い。

 俺がやったことはただスキルを使ったことだけだ。

 別に褒められるようなことでもない。

 そもそもの目的は人助けではなく、GP集めだったのだから。


 俺は最初に跪いたマリンちゃんのお母さんに近づくと、肩を掴んで抱き起こした。

 自分の浅ましさをかき消すように言った。


「マリンちゃんが助かったのは私のお陰ではありません。お母さんが今までマリンちゃんを大切に守り抜いたからです。私はその手助けをしたに過ぎません。だから跪かないで下さい。胸を張って立っていて下さい」


 俺の言葉にマリンちゃんのお母さんは顔色を変えると、流れ出てくる涙を拭った。

 周りの女性も立ち上がっていく。

 全員が立ち上がってくれたことで、心の中のモヤモヤが少し減った気がした。


 これからどうしようか、この流れで風邪を引いている人のところに連れて行ってもらう予定だったのだが……。

 なぜか急にやる気がなくなってしまった。

 そんな時、足元から辿々しい声が聞こえてくる。


「あてなん、さみしかおしないで。まりんはうれしいよ。ままといるの。だからありがとう」


 その言葉をもらっただけで俺の中のモヤモヤはどこかに吹っ飛んでしまった。


「マリンちゃんが元気なってくれて嬉しいよ。でも、アテナンじゃないよアテナスだよ」


 俺は膝をついてマリンちゃんの目を見てユックリと分かるように言った。


「うん、あてなん」

「アテナスだよ」

「うん、あてなん」


 何度も繰り返される攻防に長期戦を覚悟する。

 すると横から少しの焦りが含まれたような感じの声が聞こえてくる。


「も、申し訳ありません。この子はスの発音が出来ないんです」

「え、あ、そうですか。それなら仕方がないですね」


 うん。それならしょうがないな。

 マリンちゃんだけアテナンでいいや。

 ただ、他の人は別だ。


 俺は立ち上がると、一人一人の顔を見ていく。

 すると女性たちは目が会った瞬間にまた俯いてしまう。

 まあ、いつも受けている反応なので気にしない。


「皆さんも分かって頂けましたか? アテナンではなく、アテナスですので」

「わ、分かりました。アテナス様」


 女性たちは顔を上げると口々にアテナス様と言い表す。

 その表情には畏敬の念と、何かよく分からないものが混じっているように見えた。


 って、ちょっと待て。

 俺はアテナスではないぞ。

 ラファエルだ。


「私の名前はラファ……」


 俺は途中まで口に出した言葉を飲み込んだ。

 よくよく考えれば俺がアテナスとして活動した方が分かりやすいし、信仰も増えやすいんじゃないのか?

 そうだ、そうしよう。


「ラファって、病気の名前ですよ……ね?」


 女性の一人が不安そうに声を出した。

 俺は取り繕うにして慌てて言い直す。


「そ、そうです。ラファは病気ですので浄化させて頂きました」

「ありがとうございます。アテナス様」


 なんとか誤魔化せたようだ。

 ちょっと時間を使い過ぎたな。

 こんな所で擬似天使化が解けたらすべて水の泡だ。

 収穫もあったしそろそろ切り上げよう。


「それでは時間が来たようです。皆様が奇跡を願うなら私は再びこの村を訪れるでしょう」


 まあ、奇跡を願わなくても来るんだけどな。


「中距離転移」


 俺がそう言うと目の前の空間が歪み、気づけば森の中に居た。

 俺は魔法を試し撃ちしてからまた村長の裏庭に帰っていった。

 村長が裏庭にいなくてホッとする。


 俺が今回使ったのは、【回復魔法】レベル9の【神々の黄昏】だ。

 この魔法は説明によると、効果範囲三十メートル以内の生き物のHPを全回復してくれる。

 そして全ての肉体的欠損を正常に戻せるらしい。

 ゲーム時代には肉体的欠損はなかったので、どんな感じになるのかは分からないが。

 この魔法もこれからの布教活動に使うつもりだ。


 今日の結果がこれからどうなっていくのかが楽しみだ。

 アテナスが村の中に広がってGPがガッポリ増えたら、やっぱり名前は正確に伝えないといけないっていうことだよな。

 もしそうだったら、アテナンで伝わっていたのにどうして一ポイント増えたんだろう?

 んーー、考えても分からないな。

 取り敢えず早く仕事を終わらそう。


「よしっ、今日も頑張りますか」


 俺はいつもように斧を振り上げて、切り揃えられた木の幹めがけて振り下ろす。

 その手には確かな手応えがあった。

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[一言] ハードモードファンタジーあるある 主人公がレベル上げをしない(または出来ない)
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