六話・心通う繋がり
家に帰ると冒険者ギルドでのことを思い返していていた。
抱き締め返すと、マリナは俺の胸で涙を流していた。
5分か10分か分からないけど、お互い何も喋らずに抱き合った状態だった。
マリナが抱える不安を、あの時初めて共有することができたような気がした。
マリナは言ってくれた。
『シンヤは亡くなった父のように全てを預けられる存在』だと。
正直凄く嬉しかった。
誰かに必要とされること。
それが他でもないマリナだということに。
レギレウスと戦ってからずっと考えていた。
どうして、誰かの助けを呼ぶ声が聞こえると、助けに行ってしまうんだろうかと。
その答えは多分、今までの人生の中で誰からも必要とされてこなかったからだ。
両親、親戚、クラスメイト、誰もが俺をいらない存在だと思っていた。
その事実を幼い頃から感じ取っていた。
だから、自分が存在していい理由を無意識に求めていた。
その根底にある意識が、誰かを救うことで満たされていたんだと思う。
誰かの助けを求める声は、俺から出ている声でもあったんだ。
だから村から拒絶された時、俺の存在価値はなくなったと思った。
死ぬべき存在なのだと。
でも、死ぬことをティーファが引き止めてくれた。
全てを託してくれる存在が身近にいたことに、ティーファは気づかしてくれた。
俺が存在していい理由がここにあると思った。
ティーファは俺が生きる、道しるべのような存在だ。
それが今日もう一つできたような気がした。
道しるべの光の輝きが増すことで、過去の記憶や価値観から解放されるのかもしれない。
夕方前になるとルルとニョニョの二人が帰ってきた。
「たっただいまーー!!」
「シンヤー!! ご飯作るよーー!!」
二人はリュックサックのような鞄を台所に置くと、早速食材を手にし始める。
マリナが帰ってくる前に料理を終わらせる魂胆のようだ。
俺も最近は二人の補助的な存在になり、料理のお手伝いをしている。
と言っても、役立つのは俺よりもティーファの存在なのだけど。
「ティーファ頼む」
「ファッッ!!」
ティーファが念じ始めると、ソコソコのサイズの水球が目の前に現れた。
その水は完全にコントロールされて、バケツの中に入っていく。
「魔法凄い!!」
「かっこいい、シンヤ!!」
ルルとニョニョは魔法を見ると、いつものように踊り、歌いの、お祭り騒ぎ。
二人にはティーファの魔法だと言ったんだけど、鳥が魔法を使うなんてことを信じるのは無理なようだ。
この街で水を手に入れようとすると、数百メートル離れた井戸から水を汲みにいかないといけない。
しかも、お世辞にも綺麗な水とは言えず、沸騰処理をしないとお腹を壊すこともある。
対してティーファの水はとても綺麗で美味しい。
「うんしょ! うんしょ!」
バケツの水をルルとニョニョの二人で、お鍋に移していく。
「今日は何にするんだ?」
「うーんと、今日は鬼牛のステーキと、パムの芋のシチューと、黒パンにする」
「じゃあ、炎もいるな」
二人が言ったメニューはこの街ではお決まりの食事だ。
鬼牛は迷宮からよく取れるし、パムの芋は街の外でもそこら中で育てられている。
黒パンはどんな気候でも育ちやすい、ロト麦からできているらしい。
味は……イマイチかな。
日本の時の方が、食材の質はもちろんいい。
けど、みんなで囲む食事はそれ以上の価値がある。
ティーファの【火矢】で鬼牛の肉を直火で焼いていく。
料理で使う魔法はティーファにとっても、力をコントロールするいい修行になっているようだ。
「火矢凄すぎーー!!」
「にゅにゅにゅ!!」
ニョニョが火矢を見て何かを念じ始めた。
だが、そこには何も現れない。
「ニョニョにはまだ魔法は無理だ。天職を得てからじゃないとな」
「うーん、ニョニョは魔法使いになれるのかな……?」
ニョニョとルルの誕生日は四日後。
その時に二人は初めて天職を得るわけだ。
期待と不安が入り混じっているんだろう。
これで自分の人生が半分以上決まるようなものだし。
「大丈夫!! エンジェル・ロードのリーダー、シンヤさんに任せなさい!!」
「「はい!! シンヤ師匠!!」」
ニョニョとルルは凛々しい顔つきに変わると、ビシッと敬礼を決めた。
いつもの冒険者ごっこの続きを真似て、ニョニョを安心させる。
もしニョニョが魔法使いになれなかったとしても、エターナル神殿で天職は変更できる。
まあ、それまでに14層まで到達しないといけない。
今の実力だとかなりのペースで進んでいける気はしている。
俺の今の全速力の動きは、とあるメタルなスライムにも負けないレベルにある。
空を走れる分、俺の方が一歩前に進んでいると言っていい。
料理が終わる頃にマリナが帰ってきた。
「あ……ただいま……」
マリナは俺の顔を見ると、視線を逸らすように下を向いた。
ルルとニョニョのラブセンサーがその動きを見逃さなかった。
「むむっ……これは何か怪しいですなー」
「異常な気配を察知しました、ルル隊員!!」
マリナは一斉の反論をせずに、逃げるようにそのまま自室に向かった。
マリナの白い肌が真っ赤になっているのを、この場にいる全員が確認していた。
「ニョニョ隊員、非常事態宣言の発令を要請します」
「ルル隊員、許可します。これはリシュタルト家始まって以来の異常事態。早急な対応が必要です」
「では手始めに……」
ルルとニョニョは鋭い眼差しで、俺の方を見た。
ニョニョが手をわきわきさせながら近づくと、その隙にルルが素早い動きで俺の背後に回った。
「逮捕だーー!!」
二人が前後から俺の体に突撃し、腰あたりを必死に掴んでくる。
「ちょっ! 一体何の容疑で!?」
「淑女を誑かした容疑と、強制わいせつの容疑がかかっている!!」
「大人しくしなさい!! 反抗すれば罪を認めたことになりますよ?」
淑女を誑かしたはまだいいとして、強制わいせつって完全に濡れ衣だ!
自分の潔白を証明するために、抵抗を止めて二人のお縄にかかった。
椅子に無理やり座らせられると、対面にルルが座り、ニョニョが俺の横に座った。
ルルが渋い顔をして話し出す。
「では法廷を開きます。これから私たちの質問に対して嘘なく証言することを誓いますか?」
「……誓います。で……ですがいきなり裁判というのは話が違います!」
「だまらっしゃい!! あなたは自分が犯した罪の重さを分かっていないのですか!? 今正直に話せば極刑は避けられますが、その態度ですと更生の余地なしとみなします」
何という理不尽な裁判官の言いよう。
有無を言わせず、罪を認めさせるつもりだ。
そこに公正や公平という言葉は存在しなかった。
「理解したようなので話しを続けます。今日の昼ごろ何をしていましたか?」
「冒険者ギルドに行ってました」
「ほう、なぜ冒険者ギルドへ? マリナの後を追って何をするつもりだったのですか?」
「いえ……決してマリナの後を追ったわけでなく、モンスター図鑑を見に……」
ルルの視線が一層鋭くなる。
「モンスター図鑑? なぜそんな楽しそうな所にルルとニョニョを誘わずに、一人で行ったのですか?」
「二人は勉強をしに行っていたからです」
「もっと早くに誘っていれば、二人も都合がついたのでは?」
「裁判長、この質問は俺の容疑と何の関係があるのですか?」
俺の問いに、ニョニョ検察官が苛立ちを隠せないように言った。
「これは非常に重要なことなのです! シンヤは一人だけ美味しい思いをしていた。この行動はとても悪い!! この事実だけで極刑に値します、裁判長!」
「ニョニョ検察官。確かにシンヤの行動は極刑に値します。ですが、まだ事件の真相に手が届いてません」
「失礼しました、裁判長」
どうやらこの時点で俺の極刑は決まったようだ。
ルル裁判長も冷静なようで、怒り心頭だ。
「では、シンヤに問います。その冒険者ギルドでマリナと会いましたか?」
「会いました」
「なるほど、そこでどんなことをしましたか?」
どんなことって、マリナが絡まられていたから助けただけだ。
「マリナが男にしつこく絡まれていたので、助けに入りました」
「ほう、それは良い行動ですね。ですが、何かを隠していますね? 助けた後、どうなりましたか?」
「えーっと、それは、あの……マリナが抱きついてきたので、抱きしめ返しました」
ルルとニョニョが同時に立ち上がると、俺を指差した。
「「ギルティ!!」」
二人は俺の脇腹に両手を忍ばせ、手荒く揉んでいく。
二人の小慣れた手の動きに、俺の抵抗は激しくなる。
「や、止めてくれ!! 降参、降参だ!!」
「淑女を誑かし、あろうことか強制わいせつに及んだ罪を重い!」
「そして……何よりも重い罪は、ニョニョとルルを誘わなかったことだ!!」
勢いを増す二人のコチョコチョに、椅子から転げ落ちてしまう。
そこにティーファも混じってきて、収拾不可能な感じになってきた。
「四人で一体何をしているの?」
マリナの声が聞こえると、みんな一斉にそっちを向いた。
マリナは少し首をかしげると、状況を理解したように少し頷いた。
「よしっ」
気合を入れるような声を出し、マリナが駆け足で俺の方に近づいてくる。
そして、勢いよく俺の懐に飛び込んできた。
「ルル、ニョニョ、ティーファ。シンヤが降参って言うまでくすぐろう」
「「うん!!」」
「ファッッ!!」
えっ、いや、もう降参した後なんですが?
しかもその降参に追い打ちをかけるように一人増え、更にもう一人増えるの?
ちょっ、ちょっ、ティーファ! 足の裏を舐めるのは止めろ!!
ニョニョも一生懸命、俺の耳に息を吹きかけるな!!
おもちゃのように弄ばれた俺は、いざ食事になってもクタクタになっていた。
「ちょっとやりすぎましたね……。ごめんなさいシンヤ」
「ごめんねシンヤ」
「ニョニョの息吹きが効きすぎたみたい」
「ファッッ!?」
なんだかなんで一番効いたのはマリナだった。
マリナはコチョコチョの最後に俺を後ろから抱きしめると、『今日はありがとう。大好き』と、囁くように言ったのだ。
今も心臓がドキドキしてヤバイ。
一緒に暮らす家族としてなのか、異性としてなのか、どういう意味で言ったのかは分からない。
でも興奮して鼻血が止まらなくなった。
鼻に布を突っ込んだ状態で頭を左右に振る。
「いや、全然大丈夫。これくらい迷宮の中なら当たり前だから」
「明日からまた迷宮に行くのですね?」
マリナが心配そうにこちらの様子を伺ってくる。
今日擬似天使化を使って、左腕を直せば明日から迷宮に潜る。
この生活も今日で最後だ。
と言っても当分は日帰りの予定だし、毎日顔を合わすことに変わりない。
「ええ。明日から行きます」
「いいなーー。ニョニョも迷宮に行きたいなー」
「ルルも早く冒険者になって、マリナねえちゃんを助けるの」
ルルとニョニョの言葉に、マリナは難しい顔をする。
「ルル、ニョニョ、冒険者は遠足に行っている訳じゃないのよ。みんな命を懸けて、体力を擦り減らし、迷宮に入っているの」
「分かってる……。けど……冒険者になるのはニョニョの夢なの」
「ルルも……お父さんのようになりたい……」
マリナの気持ちは分かっている。
二人の安全がマリナにとって第一なのだ。
だから危険な冒険者にはなって欲しくないと考えている。
でも、ニョニョとルルの冒険者への憧れは本物だ。
どれだけ反対しても、いずれ二人はこの道に進むだろう。
マリナもそのことに気がついている。
「マリナ。二人の面倒は俺が見るから」
マリナは俺の目を確かめるように見ると、小さく頷いた。
「シンヤがそう言うなら……。二人のこと、宜しくお願いします」
「え? マリナねえちゃん! 冒険者になっていいの!?」
「いいの!?」
ルルとニョニョは食べていたパンを口から落とすと、身を乗り出すようにマリナの話に食いついた。
「シンヤが無理だと判断したら、きっぱりと冒険者は諦めること。シンヤの言うことを絶対に聞くこと。絶対に死なないこと。この三つを守れるなら……ね」
ルルとニョニョはお互いに見つめ合うと、右手に持ったフォークを突き上げる。
「「やったーーーー!!!!」」
二人の冒険者デビューもすぐになりそうだ。




