三話・シャーリーとロリス
店のすぐ脇にあるベンチで焼き鳥を頬張っていると、遠くから聞いたことのある声がした。
「あぁああああ良い匂い。お腹すいたよーー!!」
「あれを見るです。シャーリー姐」
聞いたことのある声だと思えば、あのメイド姿は確か公爵家の別邸で働いていて、マリナを救った時にいた二人組。
そのメイド衣装はあの時からだいぶ汚れているように見える。
「うん? ただの雑草じゃない」
「あれはただの雑草じゃないです。あれはマナの草と呼ばれるれっきとした食べ物です」
「本当!? さすがロリス!!」
シャーリーはロリスに向かって親指を立てると、一目散に雑草に向かって走っていく。
そして根こそぎ雑草を拾い上げて食らいついた。
「シャーリー姐どうです? 美味しいです?」
シャーリーは目一杯に涙を浮かべると、首をフルフルと横に振った。
「ふむふむ。あの形状の雑草は美味しくないようです。肉体への影響は今後の経過をみるです」
シャーリーはコソコソとロリスがメモをしているのを発見すると、口の中いっぱいに含んだ草をぺっぺっと吐き出した。
「ローーリーースーー!! 」
「あっ、シャーリー姐……。これは……です。ちょっと日記を書いてるです……」
怒気を含んだシャーリーの笑顔に、ロリスは少しずつ後退していく。
「どんな日記なのよ!! なになに……シャーリー姐の、食いしん坊図鑑?」
絶体絶命のピンチな場に、ロリスは視線を泳がせた。
「あっ! シャーリー姐! あっち見るです!!」
「むっ! 何よ! また私を騙す気?」
「違うです! 今度は本当です!!」
ロリスとシャーリーの二人の視線がこちらに向かうと、マリナは小さくお辞儀をした。
俺もつられてお辞儀をすると、ルルとニョニョも続いた。
よく見れば二人とも髪の毛はボサボサで、一歩間違えればどこかの浮浪者のようだ。
前に会った時は可愛かったのに。
二人がこちらに近づいていくると、ティーファはさっと二人に背を向けて、自分の焼き鳥を隠した。
なんという素早い動き。
なという危機察知能力。
迷宮探索で培われた経験が活きているのだと実感した。
対して出遅れたルルとニョニョは肉食獣の標的となりそうだ。
ロリスとシャーリーは笑顔を保ちながら、俺たちの前までやって来た。
だが、その目は笑っていなかった。
「お久しぶりです、マリナ様」
先手を打ったのはシャーリーだった。
シャーリーは綺麗なお辞儀をすると、ロリスもそれに続いた。
少しの間があってからマリナが話し始めた。
「シャーリーさんと、ロリスさん。あの節はありがとうございました。あの時二人が私を庇ってくれていなかったら、どうなっていたか」
「それは前も申した通り、お客様をもてなすのが私たちメイドの仕事。どんな危険があろうとも、お客様の安全を確保することは私たちの使命なのです」
シャーリーはあの時と同じように、凛とした態度で返答した。
そこにはメイドという仕事に、プライドのようなものを持っていると感じた。
そんなシャーリーに、ロリスは落ち着かない様子だ。
「あの後、公爵家の別邸にお伺いしたのですが、二人とももう在籍していないという話を聞いて……」
そういえば俺もマリナと一緒にお礼をしに行った。
シャーリーは少し暗い顔になると話し始めた。
「実はあの騒動の後、すぐに解雇されたんです。公爵家がこうなった以上はお給金を払えないって。私たちは一番下っ端で、直の雇い主もメイド長だったので、呆気なく首を切られてしまいました。それまでのお給金すら出されず、身一つで追い出されたのです」
「なのです! だから今スっごく貧乏なのです! お腹ぺこぺこなのです!!」
シャーリーは納得していないのだろう。
少し唇を噛んで、悔しさを紛らわしていた。
ロリスはお腹をポンポンと叩くと、いかに空腹なのかを表現していた。
「そうだったのですね。それは許せませんね……。なんとかもう一度雇ってもらえればいいのですが……」
「いえ! もうあの屋敷には戻りません! 私とロリスはあの日誓ったのです! 必ず世界最高のメイドとなり、あのメイド長とその取り巻きをギャフンと言わせてやると!」
「ギャフンです!!」
二人の怒りは相当なものなのだろう。
その瞳はメラメラと燃えているように見える。
マリナもそれを察してか、それ以上は言わなかった。
「せめてこれまで働いて得ていたお給料は回収できたらいいんだけどな……」
この世界の労働契約がどうなっているのか知らないが、働いた分のお金は正当に貰うべきだと思う。
じゃないと下の人間はこうして、地面に生える雑草を食べて生きないといけない。
「いえ……。お気持ちは嬉しいですが、今更あのような人たちからお金を得たいとは思いません」
「シャーリー姐! は!! は、です!!」
「はって何よ? どういう意味よロリス」
突然、ロリスは興奮したように自分の歯を指差した。
「カッコいいこと言ってる所悪いですが、シャーリー姐の歯に、さっき食べた雑草がくっついているです。かなり滑稽です」
「ロリス……」
シャーリーは突然の身内からの攻撃に肩をガクッと落とし、後ろを向いて食べかすを処理した。
いや……俺も気がついていたけど、それは今のタイミングで言わないだろ、普通。
しかも滑稽って、完全にトドメを刺しにきている。
ルルとニョニョがプルプルと震え出し、我慢の限界を超えると大きな声で笑い出した。
と同時に、簡易式の皿に乗った焼き鳥が全てコロンと地面に落ちた。
「あっ……お肉落ちたです。もうこれいらないです?」
ロリスは機敏にその動きを察知し、焼き鳥の行方を伺っていた。
落とした張本人のルルとニョニョはうなだれた様子で頷いた。
二人が頷くと同時に、落ちた焼き鳥を高速の速さで拾い上げるロリスとシャーリー。
その動きはまさに神速の領域。
そして落ちた焼き鳥をそのまま頬張る姿は正に肉食獣。
その姿に唖然とする俺たち。
さっきまでのかっこいいセリフはなんだったのだろうか?
二人は食料を得ると、満面の笑みを浮かべて会釈をした。
そして両手に焼き鳥を握って、仲良くこの場を去って行った。
なんだったんだ? まるで台風のようだった。
まさか!?
あの一連の流れは全て仕組まれていた?
トドメを刺されたのはシャーリーではなく、ルルとニョニョだったのかもしれない。
メソメソと泣くルルとニョニョを宥めて、俺たちは自宅に戻った。




