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一話・変わり始めるヴァルハラ迷宮都市

 今日は雲一つない晴天。

 まだまだ肌寒い日が続いているが、ヴァルハラはゾンビが襲ってきたことが嘘のように平穏を取り戻していた。

 実際に家屋にほとんど被害は無く、死者も数十名程度だったということも大きい。


「じゃあ、行こうか!」

「ファッッ!!」

「うん!! マリナねえちゃん行くよーー」


 今日はみんなで買い物に行くことになった。

 左腕がない間は冒険者活動を一時休止させられていて、これを機会に街の中を徘徊するという趣味も手に入れた。

 まあ、左腕も擬似天使化のリキャストタイムが終われば魔法で回復できる。

 あと一日の我慢だ。


 今日の買い物の目的は俺の装備を整えること。

 冒険者活動復活を目の前に控え、そろそろこの軽装ともおさらばしようという考えだ。

 というか、俺はこのままでも良かったんだけど、マリナやティーファからの強烈な勧めで装備を整えることになった。

 二人とも俺が死にかけたことで色々と敏感になっている。


 マリナが自室から出てくる。

 普段は肩下まで伸びた髪を下ろしているが、今日はリボンのようなもので髪を結んでいる。

 着ている服も普段のマリナと違って、スカートを履いている。

 全体的にフワフワした感じだ。

 ちょっと出てくるのが遅いなと思ったら、オシャレをしていたみたいだ。


「ゴメンなさい。遅くなりました」

「ウッフン!! 精一杯おめかししたの!! シンヤ見て!!」

「スカートなんて普段は履かないのよ!!」


 ニョニョとルルがマリナの姿を見ると、からかうように言った。

 二人の頭にふってきた鉄拳。


「「イダッッ!」」


 マリナの顔が赤くなっていく様子を見ていると目があった。


「た、たまにはこういう格好も良いかなって……」

「似合ってる。休日くらいはそういう格好した方が女の子らしくて可愛いと思う」

「あ…………ありがとう」


 マリナの顔が更に赤みを増していくと、それに気がついたのか俯いてしまう。

 そこに、ルルとニョニョが先を急かすように、俺とマリナの背中をそれぞれ押してくる。


「イチャイチャしてないで行くよ!」

「今日はデートじゃないんだからね!」

「ち、違うし!!」

「ち、違うの!!」


 俺とマリナの声が家の中に響いた。






 家を出ると南地区に向かった。

 実はレギレウスと戦う前と後で大きな変化も起きていた。


 まず一つに、ホーリーロードとの合同作戦で手にした魔石。

 それの換金がようやく終わり、大金が手元に入ってきた。


 その額なんと1600万ルク。


 バズズラスネークの王の魔石は一つで100万ルクもした。

 それが合計40個。

 ホーリーロードとの取り分は半々なので2000万ルク。

 税金で20パーセント引かれて、手元に残ったのが1600万ルクになった。

 マリナにも管理員として、60万ルクが手元に渡った。

 10層に到達しても稼ぎは一日で10万ルクもいかなかったから、これは大きな財産になった。


 老舗の宿屋である『風来亭』の一泊の値段が600ルク。

 ライチ村の主食だったパムの芋が10個入りで5ルク。

 土地の値段は街の構成上、広げる訳にもいかないのでかなり高い。

 東地区に小さいサイズの中古の家を一軒買うのに、500万ルクはする。


 意外とこの街に家を持っている人は金持ちが多いのだ。

 どこかの大商人の実家だったり、有名な冒険者の家だったりと。

 そうでない冒険者は必然的に西地区の宿に泊まるしかない。

 浮浪者は騎士によって排除されてしまうから、迷宮の安全地帯で寝泊まりする剛の者もたまにいるらしいが。



 そして、ゾンビが溢れた時にマリナがモンジュー家の屋敷にいた理由も聞き出した。

 マリナには大きな借金があったのだ。

 どうしてそれを先に言わないのか、懇々と説教をした。

 マリナの性格は人に頼ることを遠慮し、自分でなんとかしようとする傾向が強い。

 色々なことを一人で抱え込むんだ。


 俺にもそういう部分があるのは否定できないけど、今回はギリギリの所で奴隷の件は回避できた。

 回避出来た原因がゾンビが襲って来たというのは、不幸中の幸いだった。


 まあ、そこは置いといて。

 マリナから聞き出した借金の額。



 なんと、一億ルク。



 なんという理不尽な額。

 だけど、その借金返済の話も宙に浮いている状況だ。

 なぜならーー。


「聞いたか!? あの噂」

「あれだろ! モンジュー家の次期当主が化け物だったていう話!」

「そうそう! 長男と次男を殺したのも三男だって話らしいな!」

「この街はこれからどうなるんだろうな。実質領主がいなくなった訳だし」


 東地区の商店の店主たちで繰り広げられる会話に惹きつけられていた。

 最近はあちこちで色んな噂が飛び交っている。

 マリナの借金の先であるモンジュー家の三男は、今回の騒動で死んだという話だ。

 三男については色々な噂が飛び交っているので、どれが本当で嘘かは分からないが、死んだというのは間違いないようだ。


「お前らその話はもう古いぞ! 最近の話題はもっぱらセオルド様の帰還の話だろ!」

「え!? セオルド様が!?」

「宰相の身を辞されたらしいぞ。というか、どうやら今回の件が中央で問題になったらしく、政局争いで敗れたらしい」

「あり得ない早さで王都も動いているな」


 セオルド様って確か、このヴァルハラ迷宮都市の真の支配者である公爵家の現当主だったはず。

 これで公爵家は後継についてもどうなるのか分からない状況か。

 まあ、俺には関係ない世界の話だ。


「そして、今回の目玉の話だ!!」

「お!! 何だ?」

「セオルド様は完全に中央から手を引くことに対して、条件を出されたそうだ」

「一体どんな条件だ!?」

「何と! 勇者様の指導役さ。セオルド様はここに帰還すると共に、勇者様をこの街に連れてくるって話だ」

「ま!! マジか!! で、でも、セオルド様は何でそんな大役を?」

「多分だが……。賢明なセオルド様のことだ。今回のモンスター襲来が街に想像以上の動揺を与えていると考えたんじゃないか? みんな今は何食わぬ顔で歩いている。でも心の奥底では恐怖を抱えているはずだ。俺だってそうだ。あんたもそうだろう?」

「ああ……モンスターが迷宮から飛び出してくるなんて、有り得ないと思っていたからな」

「でも、俺たちはこの街から簡単に出ることは出来ない。生活の全ての基盤がここにあるからな」

「セオルド様は俺たちのために……」

「勇者様がこの街にいれば、ここは世界で一番安全な場所になる」

「それに、俺たちにはゼウスがいる」

「翼を生やした謎の人や、竜もな」


 盛り上がる店主たちの話題に耳を傾けていたが、業を煮やしたようにルルとニョニョが背中を押して先を急かす。

 俺たちは目的地に向けてまた歩きだした。


 勇者様か……。

 一体どんな人なんだろう?

 俺が知っている勇者といえば、ローレル王国で出会ったあのイケメン君。

 あれから結構な日が経っているけど、どうしてるんだろう?

 世界を救ってるのかな?。

 それとあのお姫様も。

 まあ、それも今となっては関係ない話だ。



 少し前を歩いていたマリナが振り返ると、俺の顔を見て口を開いた。


「シンヤ……勇者のことを考えているんですね?」

「うん……。どんな人なんだろうって」

「噂では黒髪という話ですね」

「うーーん。変なことに巻き込まれないといいんだけど」

「大丈夫ですよ! シンヤならどんな人が来ても跳ね返せる力があります!」

「そうかな……? 自信はないな」


 力と力の勝負なら負けないかもしれないけど、人を惹きつけて操る力とか、権力の力でこられたら、こっちはどうしようもない。

 勇者は生き神に近い存在だし。


「それにシンヤももう少しで一流冒険者の仲間入りですしね」

「前に言ってたあれ?」


 マリナは口角を上げてニッコリと笑った。


「ロロナさんがシンヤさんにピッタリな試験にしてくれるそうです」

「それって……どんな試験ですか?」


 前の昇格試験が中止扱いって、なんか損した気分だ。

 生徒を逃がすために結構頑張ったはずなのに。


「新人冒険者と一対一の模擬戦らしいです」


 お! それなら分かりやすいし、面倒臭くない。

 嫌な生徒と顔を合わせなくてもいいし。


「試験っていつの予定になってるんですか?」

「まだ未定らしいです。その件で明日ロロナさんに呼ばれているんです。それとバルボア亡き後のギルドの再編のことも」


 世間の話題とギルドの話題は似ているようで少し違う。

 世間では公爵家の三男の死が話題になり、冒険者ギルドではバルボアの死が話題になっている。

 バルボアの死体は結局発見されていないが、第三騎士団団長であるゼウスが魔族化したバルボアを確実に殺したという話だ。

 ロロナの婆ちゃんは本部と連携して、バルボアの魔族化を覆い隠した。

 だからこのことを知っているのはごく僅かの人間だけ。


 ギルドの内部がゴタゴタしているのはマリナから何度か聞いている。

 騒動の後はロロナ婆ちゃんがギルマスターの代理をしているが、側近の多くが死んでしまったことで仕事が回らなくなっている。


 バルボア陣営とロロナ陣営の抗争はバルボア亡き後も未だに続いていて、ギルド職員の数では向こうの方が圧倒的に多い状況だ。

 旧バルボア陣営は、Bランクである『地の底を這う影』の管理員を務めているザーバンを中心に行動している。

 ギルドマスターを決める選挙でもバルボアに変わり、出馬するようだ。

 今回の騒動で浮動票だった冒険者たちが、ロロナ婆ちゃんに入れる可能性が高くなったが、まだまだ戦局は予断を許さない。


「この街も色々と変わりそうだな」

「ええ。そうですね」

「シンヤー!!」

「マリナねえちゃん!!」


 ティーファとルルとニョニョが三人で駆け足になると、先に目的地である店の前に着いてガッツポーズした。

 どうやら三人の間で競走をしていたようだ。

 俺とマリナが後から着くと、三人は「ファッッ!!」「シンヤ遅ーい! ティーファが一番! ルルが二番! ニョニョが三番! 」と満足げだった。

 楽しそうで何よりだ。



「ルル、ニョニョ、これが終わったら最近評判のお店に行かないか? 確か、ホロホロ鳥の焼き鳥が売ってるんだ」

「あ!! ニョニョそれ知ってる!! ホロホロ鳥って、すっごく美味しいんだよね?」


 マリナがゴホンッと咳をすると、ホロホロ鳥についての説明をしていく。


「ホロホロ鳥は迷宮の13層に出現するモンスターですね。成体は四メートル近くにもなり、鋭い嘴は岩をも砕きます。そして非常に獰猛な性格をしています。ホロホロ鳥の肉はその階層の深さから貴重で、滅多に市場に出回らない代物です。貴重なだけあってそのお肉はとても上質で、弾けるよな肉汁と、弾力のある歯応えが特徴のようです」

「じゃあどうしてそんな鳥屋さんができたの?」


 ルルが不思議そうに首をひねった。


「それはあるクランがその階層を中心に活動し始めたから。彼らの持つスキルは迷宮から大量の物を運び出すのに向いているの」

「へーー。そんなスキルあるんだー。ルルも覚えたいなー。そうしたら焼き鳥いっぱい食べれるのに」


 そうか……。

 ホーリーロードはもう13層に入ったのか。

 やっぱりべネッサの【レミールナ】は便利だし、探索効率が大幅に上がる。

 俺も覚えたいよ、ルルよ。


「店の前で長話をするのも迷惑になりますし、中に入りましょうか」


 マリナが声をかけると、全員で入店した。


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