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四十三話・銀色が導くその先へ

 黒い歪みの中に入ると、俺の体は真っ暗闇の世界を彷徨った。

 どこが上か下かも分からず、平衡感覚が失われていく。

 そんな中でも身体中から失われていく血の流れは止まらず、意識を保っているギリギリのラインまできていた。


 出口が見えない。


 来た時はすんなりとレギレウスまで到達したのに……どうして?

 脱出が間に合わずに、レギレウスの言う虚空の世界に取り残されたのか?

 一点の光さえない世界でどうやって出口を探すんだ?


 募る焦り。

 流れていく時の感覚も忘れ、俺の意識はそこで途切れようとしていた。


 薄れゆく意識の中で俺は見た。

 右手に握った剣が銀色の光を放ち、俺の体を包み込む光景を。

 銀色の光は糸を紡ぐように長い絨毯になり、進めべきを道を指し示すように伸びていく。

 朦朧とする意識の中、その絨毯の上を歩いて前に進んでいく。


 感覚がなくなった足。

 もうすでに自分の足で歩いているのかも分からない。


 それでも進んでいる。

 ゆっくりと、でも確実に進んでいる。



 あと少し……あと少しで………。




 みんなの所に………。



 一際大きな光を浴びると同時に、俺の意思は力尽きた。









 眼が覚めるとそこには二人の少女が心配そうにこちらを覗いていた。


「あ…………ティーファ。マリナもおはよう」

「シンニャーーー!! あぶなかったの!! いっしょにあそぶっていたのにーーーー。しんじゃやだーーーー」

「シンヤ!! 大丈夫ですか!? ティーファちゃんの魔法がなければ死んでたんですよ!?」

「ブッルルン」


 ティーファが勢いよく俺に抱きつくと、顔をお腹にゴシゴシ擦りつけてくる。

 わんわんと泣く姿に申し訳なさで一杯だ。

 マリナはマリナで、目に涙を浮かべてこちらを見ている。

 ペガサスは………うん。


 俺ってやっぱり死ぬ寸前だったのかな?

 確かにレギレウスと戦って、左腕がなくなって……あ、そういえば左腕が!!


「げっ…………傷は塞がっているけどやっぱりないや」

「そうですよ、シンヤ!! あの後一体何があったんですか!?」

「ちょっとすまねえ!! マリナちゃん。取り込み中悪いが、一体どういうことなんだ?」

「シンヤーーーー。やだーーーーーーーーー」


 なんだこれ、寝起きでこれは訳が分からん。

 ていうか、このゴツい騎士は誰だ?

 無茶苦茶でかい武器を持ってるし……。


 って、その後ろ!?


 ルル!?


 ニョニョ!?


 二人とも倒れているようだけど、大丈夫なのか?


「マリナ!! 後ろ!! ルルとニョニョがいる!!」

「そうなんです!! シンヤと一緒に落ちるようにこの屋敷の中に入ったんです! するとゼウスさんと、ルルとニョニョが一緒に居て…………」


 ゼウスさん?

 それってこの強そうな騎士の男?


「あ! ゼウスさんっていうのはこの人で、私の父の知り合いです。あ、それとゼウスさん。この人がシンヤで、私が受け持つクランのリーダーをしているんです」


 マリナのお父さんの知り合いか。

 なぜかホッとしている自分が情けない。


「なるほどな。マリナちゃんの担当しているクランリーダーって訳か。で……………………そこで泣いている嬢ちゃんは?」


 マリナに問うゼウスの言葉に重みがあり、場に緊張が走ったように感じた。

 マリナはすこし考え、首を捻った。


「ん? 誰なんでしょうか? シンヤの姪っ子さんですか?」


 マリナが俺に答えを求めるような視線を送ると、ゼウスの鋭い視線もこちらに向かった。


 ティーファが姪っ子?

 ちょっと違うな……。


 ティーファは俺の子供!

 うん。そう答えても問題ないはず。


「俺の子供であり、大切な守るべき存在であり、俺が生きる意味でもある。ティーファはそんな存在です」

「ぐす……ぐす……。ティーファも……シンヤ……ぐすぐす……だいすき」

「ティーファ!!」


 泣きながらも俺の想いに応えてくれたティーファをギュッと抱きしめる。

 だけど左腕がないぶん、いつものようにはいかない。


「そうか。大切にしてあげてんだな。親の愛情っていうのはどんな時だって子供は必要としている。そしてその愛情は必ず影響を及ぼす。この子を見ればシンヤが愛情を注いでいることがよく分かる」


 ゼウスが放っていた重苦しい空気がすっかり和らいでいった。

 ティーファを見る目はとても穏やかで、さっきまでの鋭い目つきが嘘のようだ。

 対してマリナはなぜか放心状態になっている。


「シンヤ……こども……おくさん……」

「それで、ルルとニョニョは無事なんですか!?」


 事情を知ってそうなゼウスに聞いてみる。


「ああ。さっきマリナちゃんにも言ったが、無理やり気絶させられたみたいだが、外傷はひとつもねえ。時期に目を覚ますだろう」

「そっか……よかった……」


 レギレウスの言っていた言葉が俺の神経を尖らせていた。


『大切な人を守るためには運命を変えなければならない』


『運命を変えるためには世界の理を変えなければならない』


『世界の理を変えるためには巨大な力が必要になる』


 あれは俺を惑わすための妄言だったのだろうか?




 …………いや、それは違う。



 最後に見たレギレウスの顔。







 笑ってた。





 自分を殺した人間を見て、心から祝福していた。

 きっとレギレウスはこうなることを最初から望んでいた。

 彼の言葉に嘘偽りはなかった。


 俺はそう思う。



 だとすれば俺はその世界の理を変えたのだろうか?

 レギレウスとの戦いがそうだったのだろうか?

 それともまだこれか先の話なのか?


 考えても答えは見つからない。



 でもこれだけは分かる。

 今俺の手の中には守りたかった人たちがいる。

 今はそれだけで十分だった。





「あ………ゼウスさん! 一つ聞きたいことが……」


 ようやく正気に戻ったマリナは思い出したように声を発した。

 ゼウスは眉をピクリと動かすと、マリナの質問を促した。


「さっき、ゼウスさんの腕の中に誰かいませんでしたか?」


 ゼウスは表情を一切変えずに口を開いた。


「いや、誰もいなかった」

「そ……そうですか………」


 マリナは何故か残念そうに俯くと、何かを振り払うかのように首を左右に振った。

 俺はゼウスの目が少し細くなったのを見逃さなかった。

 何かを堪えるような感じ。

 だけど何かを言えるような空気でもなかった。


「むにゅ……むにゃむにゃにゃにゃ」

「はぐーにゅにゅにゅ」


 ゼウスの方から聞こえてくる幼い二つの声。

 ルルとニョニョが寝言を言っている。

 そう思うと同時に二人の体が動き出した。


「むにゃ………マリナねえちゃん……むにゃ……デカイ……」

「むにゅ………シンヤ……………………むにゅ……デカイ……」


 同時に発せられた二人の言葉。

 その最後のデカイは言うまでもなくゼウスのことだろう。


「ゼウスにいちゃん…………? まだ夢か」

「ニョニョ……違うよ……これ」

「そうよ。ニョニョ、ルル! 二人とも無事でよかったーー」

「「んにゃ!!」」


 マリナが二人の元に駆け寄ると、膝で滑りながら抱きついた。

 中々勢いある抱きつきに、二人は一瞬苦しそうな表情を浮かべた。


「もう! 心配ばっかりかけて!! どこに行ってたの!?」

「どこ? どこだっけ、ルル?」

「うーん、夢の世界かな。お父さんがねー、悪い人に捕まったルルとニョニョを助けてくれたの!」


 ルルが意気揚々と話し出すと、ニョニョも何かを思い出したかのように話し出した。


「あ! それでゼウスにいちゃんが『ここは俺に任せろ!』とかカッコつけてお父さんを先に行かせるの」

「いつも変なことばかり言ってるのに、今回ばかりはカッコよかった」

「おい! 俺はいつでもカッコいいだろ?」


 首をかしげるルルとニョニョについつい笑いを堪え切れない。

 マリナも笑いを堪えながら二人の頭を撫でていく。


「そう……よかったわね。きっと頑張った二人に、天からプレゼントがあったんだと思うわ」

「「あ!!」」


 ルルとニョニョは撫でられながら目を細めると、二人同時に声を出した。

 先手を打ってニョニョが話し出す。


「お父さんがね、マリナねえちゃんに言ってたよ? しわ合わせ………」


 ニョニョが首を横に傾げると、ルルが今度は話し出す。


「違うよ! 幸せになってくれ!」



「あ、そうか!!」







「「ずっと愛してる。だ!!」」





 マリナはより一層二人を抱きしめると、消え入りそうな声で呟いた。


「私も………」



 小さな声だった。

 それでも確かに俺の耳に届いた。



 その声を聞いた時、何故か涙が溢れてきて止まらなかった。

 きっと俺が守りたかったものが、ここに一つの形となって映っているのかもしれない。





「さあ、空も暗い。みんなでお家に帰ろう」



 俺たちは長い一日を終えて、いつもの家に帰っていく。

二章の本編はこれで終わりです。

長い間お付き合いして頂いて、ありがとうございました。

三章は騒動の事後からスタートです。

また機会があれば寄ってみて下さい。

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