七話・マリンちゃんの奇跡
俺がこの村に来てから二十二日目だ。
代わり映えのない毎日だが結構楽しくやっている。
相変わらず村の中の厄介者扱いなのだが、それはしょうがないと言い聞かせている。
明日完璧な計画を手に、ライチ村でアステナ教布教活動を行うつもりだ。
考えた計画はこうだ。
明日の薪割りの時間に俺は抜け出してホルホルの森に行く。
そこで擬似天使化を行い【空間魔法】レベル4の『中距離転移』を行う。
もちろん『中距離転移』を使ったことがないのでぶっつけ本番だ。
転移先は村の中心地で井戸がある場所だ。
そこは人が集まりやすく、女性たちが固まって話している姿をよく見かける。
急に現れた俺は女性たちの視線を釘付けにするだろう。
そして俺は言うのだ。
『アテナス神様がこの村を救えと私に仰った』と、そして俺はここで【回復魔法】レベル8の『神聖なる大樹の雫』を行う。
これは範囲魔法で半径五十メートル以内に効果がある。
俺が除外の意思を示したもの以外の生物の状態異常を治す魔法だ。
ちょうどこの村では風邪が流行っていてこの魔法は効果覿面だろう。
そして俺はまた言うのだ。
『この村の災いはアテナス神様の加護を持つラファエルが浄化した』と、女性たちはその不思議な光景に一斉に跪くだろう。
俺はまだ続けて『アテナス神様を敬うならまた奇跡を起こしに私はこの村を訪れるでしょう』と言い、最後は『中距離転移』で森に帰る。
そしてこの話はすぐに村中に伝わり、誰もがアテナス神を敬うはずだ。
完璧だ。
恐らくこれ以上の作戦は誰がどうやっても立てられないと思う。
余った時間は次の作戦に向けてスキルを色々と試してみようと思っている。
明日のことを想像しながらも、以外とあっさりと寝ることができた。
深く考えないのが俺のモットーだからな。
翌朝、特に緊張することなくいつも通り村長の家で薪割りを始めた。
村長は今日、用事があるらしくて前回のように邪魔されることはなさそうだ。
井戸に一番人が集まるであろう時間帯、大体9時頃に狙いを定めている。
まあこの村に時計があるわけでもなく、太陽の位置を見て俺が勝手に時間を決めているわけだが。
そして頃合いを見て森の中に駆け込んだ。
周囲を見回しても誰もいない。
ーー擬似天使化。
眩い光はたとえ昼であってもその輝きは失われなかった。
体内に入り込む光を感じながら俺は中距離転移魔法を使うことにした。
「中距離転移」
俺がそう言うと辺りの景色は変わっていって……ない。
え? なんでだ?
きちんと井戸の辺りを想像しながら言ったぞ。
疑問に思いながらも俺はもう一度口にする。
「中距離転移」
あれ? やっぱりダメだ。
不安になってきた俺は中距離転移の項目を調べてみる。
【中距離転移】1/1
・千メートル以内の距離を、空間を歪めることで瞬時に想像した場所へと移動することが出来る。
・対象者は自身のみ。
・リキャストタイムは三十分間。
・消費MP150。
・スキルレベルが上がるごとに使用可能回数が増える。
んー、これは距離の問題か?
よし、走って村のそばまで行こう。
そこから転移すればいいだろう。
そうと決めた俺は森の中を駆け抜けて、村のそばの街道に出てくる。
すると街道の先で多くの人が集まって何かをしている。
まあ、時間のない今の俺には関係のないことだ。
俺はここまでくれば距離的にも大丈夫だろうと思って口を開く。
「中距離転移」
すると初めて天界に行った時のように目の前の空間がブレたと感じた瞬間に、俺は別の場所に立っていた。
魔法ヤバい。最高。
興奮を抑えながら周りを見渡すと、そこは俺が行きたかった村の中心地だった。
あれ? なんで人がいないんだ?
井戸は確かにあるが人が居ない。
あ、一人いた。
4歳くらいの可愛らしい女の子だ。
その子は俺の方を見ながら驚いた顔をしている。
どうしよう? これは想定外だぞ。
予想外の展開に俺は少しパニックになる。
そんな時、口をぽっかりと開けていた女の子が俺に向かって走って来る。
目の前で止まると、上目遣いで何かを求めてくる眼差しを向けてくる。
見ている人が一人でもやってみるか。
せっかく十日間もかけてセリフを考えてきたんだ。
俺は右手で天を指差して必死に考え抜いたセリフを言う。
「アテナス神様がこの村を救えと私に仰った」
…………。
少しの沈黙の後、女の子は小さな手をパチパチと鳴らした。
俺は続けざまに必殺技をこの場で出した。
「神聖なる大樹の雫」
俺がそう言った瞬間、半径五十メートル以内に居る人間の体が青白い光に包まれた。
今回の対象者は俺と目の前に居る女の子だけだ。
女の子は自分が光り輝く姿を見てまたポカンと口を開けた。
俺はここぞとばかりに口を開く。
「この村の災いはアテナス神様の加護を持つラファエルが浄化した」
予定ではここで女性たちが一斉に跪くはずだったのだが……女の子はうっとりとした眼をして口を開いた。
「もいっかいみして」
そんなに安い魔法じゃないんだけど……可愛いしまあいいや。
予定と大幅に違うが、俺はアテナス教の信者を増やすために女の子の要求に応えた。
「神聖なる大樹の雫」
先ほどと同じ青白い光が俺と女の子の周りから輝き出す。
女の子の顔つきからして今回もご満悦なようだ。
俺の役目もそろそろ終わりだなと思い、丸暗記したセリフを口に出す。
『アテナス神様を敬うならまた奇跡を起こしに私はこの村を訪れるでしょう』
女の子はまた小さな手をパチパチと鳴らした。
今回はちょっと失敗したけどしょうがない。
この女の子の反応からして俺の立てた計画は間違っていなかった。
たまたま人が居なかった。
それだけだ。
女の子の拍手を受けながらフィニッシュへと向かう。
やっぱり締めはカッコ良くだな。
ここに来る前に居た場所を思い描いて声を出す。
「中距離転移」
空間がブレて……なかった。
どうしてだろう? 少し考えると心当たりが見つかった。
リキャストタイムだ。
中距離転移のリキャストタイムは三十分、補助スキルのリキャストタイム短縮はゲーム時代だとレベル9で50%短縮だ。
そうなると中距離転移は十五分間使えないことになる。
カッコよく去りたいところだったがこれは仕方がない。
ゲーム時代に空間魔法なんて存在しなかったからな。
女の子の拍手を背に受けながら走って森まで戻っていた。
その途中、大勢の人が大量の食料を運んでいるのが見えた。
気にはなるが俺にはまだやるべきことが残っている。
残った時間をスキルの説明を読み、使用するという有意義な時間を過ごすことが出来た。
次はどのスキルを使って村人を驚かせるか楽しみだ。
そう思いながら村長の裏庭に戻っていた。
ルークの横でパムの芋を収穫しながら、気になっていた今日の出来事を聞いてみる。
「今日って村の外で何かあったのか?」
ルークは手に握っていたスコップを地面に突き刺すと、顔だけをこちらに向けて答える。
「今日は二ヶ月に一回、行商人がこの村に来る日なんだ」
「じゃあ、あの行列はみんな買い物に行っていたのか?」
ルークはスッコプを地面に突き刺したまま俺の方へと体を向ける。
「買うだけじゃないぞ。パムの芋を売ったりしてお金にするんだ 」
「そうだよな。買うだけだとお金がなくなるもんな」
「それにしてもシンヤは何で行列のこと、知っているんだ?」
ヤバいな、正直に言ったら俺がサボっていたことがばれてしまう。
「ああ、ご飯前にちょっと村の外に出て行ってな」
「ふーん、そうか。サボるのも程々にしないと村長に怒られるぞ」
「なんで分かったんだよ!」
「行商は朝の間に出て行ったからな。そんな嘘すぐに分かるぞ。シンヤは頭が良くないんだから嘘ついてもすぐにバレると思うぞ」
ルークはからかうようにして笑いながら話した。
こんな年下にからかわれる自分が情けなくなってくる。
ルークの歳を聞いたらまだ十二歳だと言っていた。
俺は十五歳くらいなのかと思っていたのだが。
身長は十二歳にしてはかなり高いし、なんていうか考え方も子供っぽくないところもある。
子供っぽいところは声くらいか。
エレナはルークの二つ下の十歳だ。
いつもお兄ちゃん、お兄ちゃん、と言って凄くルークに懐いてる。
村の中でも仲の良い美男子、美小女として有名らしい。
なぜか、ルークが村の子供たちと遊んでいるのを見たことがない。
村から嫌われている俺に気を使っているのか、それとも俺のせいでルークまで嫌われてしまったのか、俺には聞く勇気はない。
エレナもルークが話す人間以外とは滅多に話すことはないようだ。
なのでパムの芋を早く掘り終えた後はいつも三人で遊んでいる。
今日も早く掘り終わりそうなので三人でホルホルの森に遊びに行こうと思う。
ルークの横でしゃがみこみ、必死にパムの芋を掘っているエレナに向けて声をかける。
「エレナ、今日は早く終わりそうだから三人でホルホルの森に行こう」
「うん! 行く。今日は何して遊ぶの?」
エレナは土で汚した顔を笑顔にして言った。
「ルーク、今日はどうする? また鬼ごっこか?」
「そうだな。あれが一番面白いぞ」
「よし、今日こそ勝ってやる」
「エレナ、鬼ごっこ負けるから嫌だけどお兄ちゃんがそう言うならそれでいい」
俺たちはホルホルの森で遊んだ後、ルークの家に帰っていった。
テーブルを囲んで晩御飯をみんなで食べていると、ルイスは少し興奮気味に話し出した。
ルイスが夕方に畑から帰ってくると、井戸の周りで人が集まっていたらしい。
この時間に井戸に人が集まることはないので、気になって何があったのか女性に聞いてみたらしい。
するとその女性はこう言った。
「マリンちゃんの病気が治った」
マリンちゃんって誰だろうと思ったが、食事をしながら黙って話を聞いていく。
ルイスはそれに驚いて、人だかりの中心にいたマリンちゃんに近寄って行ったらしい。
そこには元気よく上着をめくり、綺麗なお腹を見せていたマリンちゃんが居たそうだ。
ルイスはそれを見て腰が抜けるほど驚いたらしい。
なんだそりゃ?
それのどこが凄いんだ? と思いながら俺は金属製の食器を手に持つと、口に押し当ててスープをすする。
その話を聞いていたミルの手から握られていたスプーンがこぼれ落ちる。
食器と食器がぶつかり合い、甲高い音が部屋に鳴り響いた。
ミルは慌てて落ちたスプーンを拾うがその顔には動揺が見て取れた。
そんなに驚くようなことだったのか? と思い俺は質問してみる。
「あの、それのどこが腰が抜けるほど凄いんですか?」
「シンヤが知らないのも仕方ないか。マリンちゃんがかかっていた病気ってのは、腐腹病っていう名前なんだが、これが最悪の病気なんだ」
ルイスは表情を強張らせると話を続ける。
「この病気は天職を得る前の子供にしかかからない病気でな、お腹のへそ辺りから黒い斑点が出てきて、そこを中心にして内部から体が腐っていくんだ。黒い斑点はだんだんと大きくなり、その腐っていく痛みはとてもじゃないが子供だと耐えきれない程の痛みでな」
ルイスは少し考えるようにして一度口を閉じ、眉間にしわを寄せてまた口を開いた。
「病気は三年以上かけて子供を苦しめ、そして確実に殺してしまう。黒い斑点が出てから、最初の一年は痛みがほとんどないんだがな、それを過ぎるとそこからは地獄だ。……だから俺たち親はその痛みで子供が苦しむ前に殺すんだ」
俺は溜まっていた唾をゴクリと飲み込んだ。
想像以上に酷い病気だった。
「マリンちゃんは黒い斑点が出てからもう八ヶ月経っている。そろそろ村の連中も覚悟を決めていたところだったんだが……」
また、考え出すようにルイスは左手を顎にやった。
少しの沈黙が流れた後、ミルが口を開く。
「それで、マリンちゃんはどうして治ったのか言っていたの?」
確かにそうだ。
確実に死ぬ病気が治るなんて普通ありえないだろ。
そんなの魔法でもないと……あ、あれ?
「話は聞いたんだがな……マリンちゃんが言うには、『ぴかぴかがぱーってなって、あったかくなった』らしい……」
「なにそれ……?」
「俺にも分からん」
ルイスとミルは話を続けた。
「明日はこの話で持ちきりになるだろう。その時にまた詳しい話が聞けるかもしれない」
マリンちゃんってあの女の子のことなのか?
流れ的にはそうだよな。
あの子、そんな病気を持っていったんだ……。
あの時あっさりと帰らなくて良かった。
本当に良かった。
二人の会話を耳に流しながら、今日の自分の行動に安堵していた。
そして一人の人間の命が助かったことを嬉しく思った。