三十八話・十五分間の狂想曲
笛の音を頼りにレギレウスの姿を探し始めた。
これで俺が使える擬似天使化はラスト。
この十五分間で決めなければいけない。
そう考えると焦りが募る。
翼を静かにはためかせ、全神経を耳に集中させた。
そこで聞こえてきたのは各地で上がる悲鳴の声。
北地区が中心になっているようで、やっぱりレギレウスはこの辺りの死体をゾンビに変えている。
そして、悲鳴の合間を縫って聞こえてくる笛の音。
捉えた!!
翼を大きく羽ばたかせ、音のした方に向かって高速で飛んでいく。
そこでは服ギルドマスター室であったように、ブッラクホールのような黒い渦が生まれていた。
でも、レギレウスの姿はない。
確かにこの場から笛の音が聞こえてくるのにどうしてだ?
まさか、この音はフェイク?
本体はどこから死体を操っている?
答えの見つからない時間がただ過ぎていく。
それは時間にして数秒だったが、とても貴重な時間だということは分かっていた。
現れた死体を瞬時に葬り去り、また動きが止まってしまう。
そんな時、脳内に響く微かな声が聞こえたような気がした。
『シンヤ…………』
どこかあどけない声は、変身したティーファの声のようだった。
ティーファ!?
まさかティーファに何かあったのか?
万全な状態のティーファをどうこうできるゾンビが居るとは思わなかったが、翼はこれまでの限界を超えるように動き、光の粒子を身に纏いながら迷宮の入り口に向かっていた。
すぐに赤竜の姿が見え、ティーファの状況が目に入る。
プテラノドンのようなモンスターに、幽霊のような浮遊物。
様々な種類のモンスターがティーファ目掛けて突進していっている。
ティーファの魔法が間に合わず、その身に攻撃を受けようとしていた。
ティーファ!!
速く!!
もっと速く!!!!
マリナを助けた時のように、その瞬間から時が止まったようにモンスターの動きが止まる。
光の粒子は銀色に変わり、音のない世界が訪れた。
停止した魔物の群れの中を縫うように進んでいき、すれ違いざまに一太刀で切り捨てていく。
ティーファを狙う空を飛ぶ魔物を全て葬り去ると、時間は緩やかに戻っていく。
「シンヤ…………………………シンヤ? シンヤ!! 今あぶなかったの! だからシンヤのことがんばってよんだの!」
「ティーファ!! 怪我はないか!?」
「うん! シンヤがきてくれたからだいじょぶだよ」
「よかった。さすがに肝を冷やしたぞ。それにしてもあの下のモンスターの群れと、今の空飛ぶモンスターは何なんだ?」
「うーん、ティーファも分かんない」
敵はレギレウスだったはず。
それなのに今迷宮の前では、数え切れないほどのモンスターが整列している。
あの時のようにどかからかやってきたのか?
だとすれば魔族?
パッと見ても俺が知っているような魔族はこの場にいない。
けど魔族の群れの中にあって、無傷の二人の男がこちらを伺うように立っている。
明らかにおかしい二人組。
うーん、あの二人からバルボアの時以上のヤバイ感じがする。
それにこの魔物の数はもっとヤバイ。
今の状態で倒しておかないと、手がつけられなくなる。
敵の数は多いし、ここは魔法を使ってみるか。
あ、でもティーファに【詠唱時間短縮】のスキルを渡しているから、時間がかかり過ぎる。
神速剣スキルの範囲攻撃を思い出すと、それを発動させる。
【神剣乱舞】
心の中で念じると、モンスターの群れを囲むように光り輝く数千の剣が出現した。
一つ一つの剣はどれもが美しくて、刀身は鏡のように透き通っている。
大きな円を描くように剣が整然と並び、冒険者に襲いかかろうとするその行く手を阻んだ。
二人組の男はこの事態の不味さに気づいたのか、モンスターを押しのけて武技の効果範囲から出ようする。
だけどもう間に合わない。
二人組は既に【神剣乱舞】の効果範囲に入っていて、どう頑張っても脱出することは不可能。
声を荒げる二人を尻目に剣の輪が高速に回っていく。
「なぜだルイーズ!! このような存在が世界に存在するはずないだろう!!」
「人の身にあった時、世界中を旅し、この世界の理を知ったと思っていた我々に、バイバルス様は世界の深淵を見せて下さった。我々はバイバルス様こそが世界の王なのだと確信した。その力、その威厳、その全てがこの世界の頂点であり、我々が知る世界はほんの一部だったのだと思い知らされた。ただ単純に、その時知った世界もまた一部だっということだ。ホルダーよ」
「信じられん!! こんな存在など、こんな最期など信じられるものか!!」
「覚えているかホルダーよ。我々が見てきたあの世界を旅した光景を」
「ああ、覚えているとも!! あの日々があったからこそ我々はここに居るのだろう!!」
「そうだな……あの日々の光景は鮮烈で、今なお脳裏に焼き付いている。ではこれまで見てきた光景が嘘だと感じるのか? ホルダーよ。この光景もまた、あの時感じた嘘偽りのない本物。それを否定することは我々の存在を否定することと同義」
「………………そうだな。俺たちの旅の終着点はここまで……というわけか」
「長いようで短いような日々だった。あの日二人で村を出た時から我々は、大きな物語の流れに乗っていたのかもしれぬな」
「だとすれば、バッドエンドという訳か。人の身を捨てた我々に相応しい最期ともいえる」
高速に回り出した剣は巨大なガラス張りのドーム状になった世界を作り出し、外の世界と中の世界を分断した。
「さらばだ弟よ」
「ああ、兄者。地獄で待っているぞ」
ドーム状の世界の中では剣が高速に乱れ飛び、ミキサーにかけられたようにモンスターの肉片が飛び散っていく。
そこは正に死の世界。
どんな屈強なモンスターも粉々にまで切り刻まれていった。
モンスターだとはいえ、その殺戮の光景に罪悪を覚えた。
でも……こうするしかないのはライチ村で十分経験した。
迷いや後悔は自分たちの身に帰ってくるんだ。
武技の発動が完全に終わると、そこには紫と赤の混じった泥のような形状になったモンスターが一匹残らず死んでいた。
そして耳元で鳴り響くファンファーレ。
合計三回鳴った。
さらに大きな歓声が地上から聞こえてくる。
全ての冒険者たちが立ち上がってこちらの方を見ているようだ。
誰もがこの現象を起こしたのを俺だと理解している。
みんなが感謝の思いを口々に声に出していた。
その声を聞いてこれで良かったんだと、少し気が紛れた。
って、感傷に浸っている場合じゃない。
時間は有限で、未だにレギレウスの姿を捕らえられていないんだ。
それにルルとニョニョのこともどうにかして探したい。
「な!? な、なな、何だこれ!?」
「どうした?」
「あの辺! 暗くて分かりづらいが黒い渦ができている!!」
冒険者たちが叫び出したと同時に聞こえてくる笛の音。
どこか寂しく、どこか恐ろしくも聞こえるその音色に、多くの人が耳を傾けた。
俺は考えていた。
どうして笛の音は身近に聞こえるのに、レギレウスの姿は見えないのだろうかと?
ゲーム時代の時は最期のボス戦の前に黒い渦の中に入って、世界の果てのような場所でレギレウスと戦った記憶がある。
マシュール街の処刑人の時もゲームの知識がヒントになった。
今回もそうじゃないかという、答えが浮かんだ。
「ティーファ、今から俺はあの渦の中に突っ込む。もし帰ってこなかったら…………いや、必ず帰ってくるから、また一緒に遊ぼうな」
「うん!! またぼうけん者ごっこするーー!! あ!! あと、ぴーちゃんがここはひとりでもだいじょうぶだって!!」
確かに俺が全てのモンスターを倒したことで、敵らしい敵は見つからない。
手が空いたティーファにルルとニョニョの捜索を任せられないだろうか?
正直あの渦に入れば俺もどうなるか分からないし。
「それならここを赤竜に任せて、ペガサスに乗ってルルとニョニョを探せないか?」
「りょかーい!」
ティーファの元気な声と重なるように、マリナが勢いよく話に割って入った。
「シンヤ、ティーファちゃん!! わ、私も妹の捜索に連れていってはくれませんか? 二人がどうなっているのか分からないのに、一人安全な場所で時が過ぎるのを待つなんて、私には出来ません。私は例え死んでもいい。自分の命よりも妹の命の方が大切なんです……。あの子たちは私の全てなんです!!」
マリナの目には強い意志が宿っていて、連れて行かなければ竜の背から飛び降りそうな勢いだ。
当たり前のことだけど、マリナが二人を想う気持ちは俺以上。
自分を犠牲にしてでも助けたい命があるということは、痛いほど分かる。
「ティーファ、マリナも一緒に連れていってあげてくれないか?」
「いいよーー!! みんないっしょがたのしいもん!!」
「あ、ありがとうございます!!」
マリナの溢れんばかりの笑顔を背にして、もう一度翼をはためかせる。
残された時間は多くない。
これが正解かどうかも分からない中、黒い渦の中に突っ込んでいった。




