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三十六話・太陽が沈む時

 公爵家三男であるロドスは災厄の種により異形の姿に変貌した。

 そしてその種を飲んだ者はロドスを含め、タイルスの天剣のクラン員と、ヴィレッジソウルの生き残りであった。


 その数、総数にして12名。


 同時期に埋めれられた種は、時を同じくして開花した。

 魔族に近い存在となった彼らは無意識の内に、魔素の濃い場所を求めて迷宮の前に集いはじめる。





 場所を移してヴァルハラ迷宮深層にて、魔族たちは蒔いた種が開花することを待ち遠しにしていた。

 光届かぬ迷宮の深層で、二人の魔族が機を伺っている。


「ルイーズよ、遥かな時を経て地上に戻る機会がやって来たようだ」

「バイバルス様は我々を選ばれた。ならば我々はそのご期待に応えねばならん」

「だが、ルイーズよ。我々にレギオスやガリア如きの後始末を任されるなどとは、バイバルス様の御心が分からんな」

「それ以上言うなホルダー。今回我々が選ばれたのは他でもない、信頼の証だ。レギオスが勇者を求めて戻らず、ガリアもまた消息不明である。間違いなく二人は死んでいる。だとすれば、二人を殺すことが出来る存在が地上には居るということだ。我々を出すということは、確実にそれを潰すという意味」

「伝説の勇者か……」

「懐かしいものだな。我々も勇者の武勇伝を聞き、戦いに憧れたのだったな」

「あれから四百年近くの時が経っているが、まさか我々がその勇者と対峙することになるとわな」

「運命といわれるものは常に複雑で曖昧。だが、大きな流れは見えなくても確実に存在する。我々もまたその大きな流れの中にいるやもしれぬな」


 ルイーズとホルダーと呼ばれた二人の魔族。

 彼らの姿はレギオスやガリアと違い、一見普通の人と変わらない姿をしている。

 彼らは第三形態と呼ばれる姿に移っており、人としての姿を保つ数少ない存在である。

 通常第二形態から第三形態に移る時に、姿は大きく変わる。

 ドラゴンなどのモンスター系の姿になった者もいれば、鉱石や鏡など、物質系と呼ばる姿になった者もいる。

 変化に完璧な法則性はないが、本人の望む姿になろうとする傾向がある。

 そして彼らは人の姿を得た。

 それと同時に過去の記憶も蘇ることになった。

 だが、記憶が戻ろうとも彼らの本質はすでに魔に傾いている。

 捕食者と被食者の関係は変えられない。


「まさかガリアが埋めた種がこれほどの効力を発揮をするとは思いもしなかった」

「ああ……殆ど気がつかないほどの小さな魔素だが、相当数の魔素が地上に放出されている」

「いったいどんなタネを使ったのか……」


 実際にガリアが埋めた種は、未だに効果を発揮しきれてはいなかった。

 彼らが起こすべき殺戮は未だ始まってはいないのだから。


 ではなぜ魔素が大量に地上に放出されているのかというと、そこには大きく分けて二つの要因があった。

 まず一つとしてレギレウスそのものの召喚。

 その瞬間に大きな魔素の乱れが生じることになった。


 次に死霊の魔導士レギレウスが行う暗黒魔法。

 死者がレギレウスの魔法により操られると同時に、非常に小さな悪性の魔素が大気中に放出された。

 その魔素が迷宮都市に充満し、悪性の魔素の濃度が飛躍的に高くなっていた。

 またその悪性の魔素が迷宮の安全地帯の役割を中和させ、一時的に機能を失わせていた。

 偶然が偶然を呼び、ルイーズとホルダーほどの高位の魔族が、地上に姿を現わす機会が出来たといえる。

 それは彼らでさえ予期せぬ好機だった。


 魔族はその力量に応じて、複数のモンスターを手懐けることができる。

 彼らは500年前の光魔大戦の時にも多くのモンスターを率い、人々を蹂躙していった。

 そしてルイーズとホルダーほどの実力者になれば、レギオスの時と比べてよりレベルの高いモンスターを率いることができる。

 それは精鋭中の精鋭と言える存在。


「あと少し……あと少しで……私たちの活動域にまで到達する」


 ルイーズとホルダーが待つ機はロドスの死により一歩近づき、更に大きな足音が近づきつつあった。






 迷宮の入り口ではティーファの土魔法と赤竜のブレスにより、姿を表したものは瞬く間に焼かれ、アンデッドの出入りを完全にシャットダウンしていた。


「えーっと、お名前はティーファちゃんだよね?」


 マリナは赤竜の上から魔法を放つ少女に恐る恐る尋ねた。

 シンヤの姿を見破ったマリナでさえ、鳥であるティーファと、可憐な姿をした少女を同一の人と認識することは出来ていなかった。

 竜の上というあり得ない状況で、気を失ったメイド二人と見ず知らずの少女しかおらず、心細い気持ちなっていた。


「うん!! ティーファだよ!! マリナはあぶないからすわってて! ティーファがんばるから!!」


 少女から元気よく帰ってくる返事に、マリナは二人の妹を思い出していた。


(シンヤならきっと大丈夫!)


 唐突に襲ってきた不安感が、シンヤの顔を思い浮かべると途端に収まった。

 具体的な確証はないが、シンヤなら任せられると心から感じていた。


(それにしても可愛い子。こんな子がヴァルハラ迷宮都市に居ればそれこそ直ぐに噂になるはず。シンヤの仲間なのは間違いないと思うけど、どんな関係なんだろう? そもそも今回のこともそうだし、私ってシンヤのこと何も知らないんだなー)


 年齢的に恋人ということはないと思うが、姿が変わったシンヤに近い輝きを持っている。

 親子のように存在が似ているとマリナは感じていた。

 それとともに、自分がシンヤにとって遠い存在のように思えた。


(そういえば私、この子に名前教えたかな? うーん、気が動転していて全然覚えてない……)


 マリナの記憶は永久奴隷の契約書の時から曖昧で、実際に擬似天使化したシンヤの顔も緊張で曖昧にしか覚えていない。

 マリナは少し後悔していた。

 もう少しじっくり見ておけばよかったと。

 そして、そんなことを考えた自分を恥ずかしいと思い、邪念をかき消す為に大きく首を横に振った。


(ダメだ。こんな時に変なこと考えてちゃ)


 マリナはじっとしていることも出来ず、赤竜の上から地上を見渡した。

 そこには西門に集う多くの人々の姿。

 体の向きをそのまま変えて北門に向けると、そこにも人々が波のように押し寄せている。

 東門、南門も同様だった。

 街全体がパニックに陥っていることを上空から理解した。


 そして恐る恐る赤竜の体の端まで行き、地上を覗き込むとそこでは丁度、ゼウスとロドスの一騎打ちが行われている最中だった。


(あのモンスターは一体何? 見たことがない種類)


 マリナの知識にないモンスター。

 過去の記憶を辿っていくが、どんなモンスターなのか見当もつかなかった。

 それも無理はない。

 魔物化したロドスは世界でただ一人しか存在しない種類。

 世界中の全ての書物に載っていないのだ。


(それに向かう重装備の騎士の人…………凄く速い。この遠さから見てやっと目が追いつけるレベル。それにあの剣…………ゼウスさん? 帰ってきてたんだ……)


 マリナは二年以上前の記憶を思い出していた。

 父が死んでから半年ほど経っていた。

 落ち込む余裕もなく、二人の姉妹を養う為にギルド職員として無我夢中で働いていた。

 そんな時、二メートル近くある大男が家を訪ねてきた。

 警戒するマリナに大男は言った。


「ロゼウさんとアリスさんの墓を見舞いたい」


 マリナは、ああ……この人も父と母の知り合いだったのだと理解した。

 ロゼウが死んで以来、マリナの元には時々こうして墓を見舞いにくる人がやってくるのだ。

 その日は休日だった為、マリナは墓の場所まで案内してあげた。

 大男は綺麗なゴールドの髪を短く整え、それほど歳がいっているようには見えなかった。

 マリナの25歳くらいという予想は概ね当たっていたが、そんな予想がマリナの疑問を深めていた。

 これまでロゼウの見舞いにくる人は大体同年代で、共に時代を作り上げた人たちだった。

 どんな関係なんだろう? という疑問は、大男が醸し出していた沈痛な空気により、問いかける機会を失っていた。


 大男は二つ並んだ墓石の前まで来ると、膝が砕けるように崩れ落ち、震えた声を絞り出すように語り出した。


「ロゼウさん、アリスさん、すみません。俺、今帰りました。ずっとあなた達のことを心の中で想っていました。一時も忘れたことはなかった。ずっとここに帰ってくる日が来ることを待ち望んでいました。ですが、こんな形になるとは思ってもいなかった…………。ロゼウさん……結局俺……何も言えなかった……。あの日のこと覚えていますか? 風来亭に初めて泊まった日のこと。ロゼウさん、村を出て行った時の話をしてくれましたよね? あの日からあなたは俺に夢を与えくれました。アリスさん、あなたがくれた温かい言葉は今も俺を支えてくれています。言いたかったことはいっぱいあったのに、いざ二人の前に来ると、全然言葉が浮かんできません。でも……これだけは言いたかった」


 大男はゆっくりとした動きで立ち上がると、墓石に水滴が落ちていくのが見えた。

 マリナには知らない三人の関係が大まかに映っていく。

 大男は最後に腰を曲げると同時に、大きな声を張り上げた。


「貴方たちと出会えて本当に良かった!! ありがとうございました!!」


 ここにも父と母を大切に思う人がいると感じると、マリナは二人のことを誇らしく感じた。

 そしてマリナも願った。

 遥か天まで届けようとするその声が、二人の耳に届くようにと。


 その帰りにマリナはゼウスと父母の関係を教えてもらった。

 マリナも知らなかった三人の関係が、貴重な思い出としてまた積み重なっていく。

 別れ際、ゼウスはマリナに何かあれば頼るように言っておいた。

 ゼウスにとってはマリナは二人の忘れ形見である。

 困ったことがあれば全力で助けるつもりだった。


 だが、マリナは簡単に人に頼ることはしなかった。

 自分の力でなんとかしなければいけないという思いが、ロゼウが死んだ当初はより強かったのだ。

 そして苦境に陥る頃には、ゼウス率いる第三騎士団は遠征に続ぐ、遠征だった。

 二人の間にわだかまりの様なものは無かったが、すれ違う様に事は上手く進まなかった。




 マリナが見守る中、ゼウスは武技【壊震剣】によってロドスを倒した。

 マリナの目には互角の様に映った戦いも、結果はゼウスの圧勝。


(よかった……。でもやっぱり凄い……。冒険者ならBランク以上は確定。更に上を目指せるだけの実力がある)


 マリナはゼウスの完勝に安堵すると、初めて見たゼウスの実力を分析していた。

 これならちょっとやそっとでは死なない。

 そう感じると、目線を更に北側に向ける。


(!? 何あれ!?)


 マリナの視界に映る光景。

 それは先ほどゼウスによって打ち倒されたモンスターを連想させる、奇妙な怪物の群れ。

 どれもが平屋くらいのサイズがあり、家々をなぎ倒しながら迷宮に向けて一直線に進んで来る。


(あれだけの数を幾らゼウスさんと言っても無理に決まっている! 周りの冒険者の人もとても戦える様な状態じゃない! どうすれば!?)


 マリナが上空から危機的状況が迫っていることに気がついた時、地上でもゼウスがその異変に気がつき始めていた。


「おい、おい。あれで最後って訳にはいかねーのか? この音、いったい何体いやがる? ロドスクラスの怪物が複数体来られたら流石に俺でもキツイな」


 ゼウスは後ろを振り返ると、未だに体力を使い切り、その場から動けない冒険者が数多くいた。


「絶体絶命の防衛戦ってわけか。オオレライ城塞都市の攻防以来だな。あん時も三万の騎馬隊にこっちは五百とかいう訳の分からねー(いくさ)だったが、死ぬ気でやれば何とかなった。今回もやるしかねーな」


 ゼウスは武技の使用によって消費されたスタミナを、出来る限り回復することに努めた。

 深呼吸で呼吸を整え、目を閉じて耳を済ます。

 体は完全に脱力し、脳の奥が冷たくなっていく様な感覚が伝わって来る。


 一体……二体……三体……四体……五体……六体……七体……八体……九体……十体………。


 伝わって来る振動と破壊音。

 研ぎ澄まされた聴覚でそれぞれの音を仕分けしていき、こちらに向かう敵の総数を導き出した。

 その数はゼウスをもってしても絶望的と言える。

 そもそも彼らタイルスの天剣は、それぞれ個々の力がCランクの力を有していた。

 それが災厄の種によって異形の姿に変わったことで、更にその大きく力は増している。

 少なく見積もってもそれぞれがBランクのクランと並ぶ力を持つ。



 マリナは破壊の光景を作り出しながら進む怪物たちの姿を見て願った。

 誰かゼウスさんを助けて欲しいと。


 その時、あどけない声が響いた。


「あ、くーちゃんかえってきたー!! あっちからへんなのくるからくーちゃんといっしょにやっつけるー!!」


 マリナはくいる様に覗き込んでいた顔を上げて、声のした方を振り返ってみると、ティーファと、その目の前で跪く翼の生えた白い馬が視界に映った。


(そういえば、シンヤがここを去った時に乗っていた空飛ぶ馬。でも……シンヤはいない)


「マリナいってくるねー!!」


 ペガサスはティーファを上に乗せると、竜の上から飛び立ち、怪物たちが進行する北側に向かって進み出した。




 ゼウスはロドスと戦いながらも、竜の存在にも同じ様に意識を集中せさていた。

 竜の存在はどんな戦局をも無にするほどの力がある。

 そしてゼウスは竜の背に更に恐ろしい何かが乗っていることを、直感的に感じ取っていた。


 絶対に敵に回してはいけない存在。


 それが今動き出したのだ。


 集中力を保っていたゼウスも流石に動揺を隠せなかった。

 ゴクリと鳴らした喉の音がやけに響く。


「俺が緊張しているのか? ………………ん!? あの姿………馬? いや、違う! ヤバイのはその上に乗ってる奴だ! 」


 ゼウスの真上を通って行ったペガサスはスピードを上げていく。

 すると角度的に見えなかったペガサスの上に乗る者の姿が見えてくる。


「まさか…………少女だと?」


 顔は見えなかったが、腰よりも更に伸びた銀色の髪を靡かせる少女の後ろ姿ははっきりと捉えていた。


 タイルスの天剣の進行に合わせてティーファは詠唱を始めた。

 夕日が最後に見せる光が終わると同時に、空に赤い太陽が再び現れた。

 メラメラと燃える炎を纏い、小さな太陽は迷宮を照らす。


 ティーファの号令と共に、太陽は再び沈んでいった。


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