三十二話・死が蔓延する街で4
ティーファと別れた後うずらに乗り、東地区を中心に探していた。
この中で分かったことが幾つかある。
住民たちの多くは、難から流れる様に東西南北、各場所に設置されている城門に溢れているようだ。
そして何故かこの街は完全封鎖をされており、城門は固く閉ざされていて、住民はパニック状態になっている
いつ暴動に発展してもおかしくない。
それを主導しているのがこの街を守る騎士たちで、その騎士たちは恐らく上からの命令に従っているんだろう。
街を守るはずの騎士がゾンビと戦わず、住民と諍いを起こしているのはどんな理由があるにせよ、納得がいくものじゃない。
後、ゾンビ出現の震源地はやっぱり迷宮の中らしく、街中で暴れているゾンビたちは迷宮の入り口から溢れた奴だ。
ゾンビの数はティーファが上手くやっているみたいで、数は少しづつ減ってきているように感じる。
ただパニックの原因はゾンビだけじゃなくて、原因は竜にもあるようだ。
それはそうだ。
あれだけのサイズ。
目にした人はゾンビを見た人よりも多くいる。
恐怖心は防衛意識を刺激し、協調性を失わせてしまう。
今のままだと騎士や住民たちで殺し合いが起こってもおかしくない。
危機は至る所で起きている。
困ったことに俺もその危機を煽る存在になりつつある。
住民たちは竜の存在を知ってしまい、空を注視するものが多くいる。
ペガサスがモンスターの一種だということは、この世界の人々は知らない。
でも、この世界には空飛ぶ馬という動物も存在しない。
そこへ、ペガサスに乗った俺が現れる。
すると、どうなるか?
「未知の生物が空を飛んでいる!」
と、なってしまう。
人が集まっている場所で誰かが叫ぶと、視線は一気に俺に集まる。
そうなるとルルとニョニョを探すどころではなくなってしまった。
ペガサスに乗ってしまったのは失敗だったかもしれない。
時間があればゆっくりと探せるんだけど、それもあまりないように思える。
俺の予想ではこのまま平和になるとは思えないからだ。
親玉であるレギレウスを倒さない限り、もう一波乱必ず起きる。
だけど、レギレウスの存在を確認することはできていない。
厳しい状況になってきた。
神眼の効果範囲ギリギリの上空から確認した限りでは、東の城門前では二人の姿は確認できなかった。
ずっと同じ所を探す余裕はないと思い、次に可能性が高そうな場所を考える。
思い浮かんだのは冒険者ギルド。
マリナの職場であり、父や母の職場であった場所だ。
冒険者に対する憧れも強く持っていた。
そうと決まればペガサスに指示を出して冒険者ギルドを目指す。
冒険者ギルド中はこの街一番と言っていいほど巨大な建物で出来ており、流石にペガサスに乗って神眼を試みるという訳にはいかない。
さっきの失敗を防ぐためにも途中でペガサスを待機させて、冒険者ギルドの前まで来た。
冒険者ギルドの入り口では慌ただしく人が出入りしていて、緊迫した状況が伝わってくる。
その人々との隙間を縫って中に入っていくと、大きな声で呼び止められた。
「おい! お前!」
「はい、何でしょう?」
「お前の顔、見たことあるぞ? 冒険者だろ?」
声をかけて来たのは二十代後半くらいの、胸から毛がはみ出ているむさ苦しい男。
冒険者なのだろう、剣を背中に身につけている。
「ええ、そうですが」
「こんなところで悠長に何してやがる! 緊急指令が出ているのを知らないのか!?」
いや、悠長にしている訳ないだろ?
こっちだって急いでいるんだ。
緊急指令がどうとか聞いていられない。
「知りませんが、今は人を探しているんです!」
そいう言い残して去ろうとするが、男はしつこく迫ってくる。
「甘ったれたこと抜かすな!! 人探しなんて後にしろ!! 今は誰もが同じ状況なんだ!! 」
無視して走り出そうとする男は俺の肩を掴みにかかる。
背後から伸びる手を察知して体を急加速させると、スルリと男の手が空を切る。
「コノッ」
背後で剣を抜く音が聞こえてきた。
それに反応するように、無関心を装っていた人間から視線が俺に集中する。
クソッ、こんなところで揉め事を起こしている場合じゃないのに。
自分でも冷静でいなきゃいけないことは分かっているのに、どうにも物事が上手くいかなくて苛立ってしまう。
強張った顔のまま振り返ると、そこには意外な人物が立っていた。
俺に集まっていた視線を一身に集め、苦々しい顔をして俺の方を睨んでいる男。
このギルドの長であるバルボアだった。
バルボアはこの騒ぎにも全く意に介さず、ズカズカと俺の前まで足を進める。
「どけッ!!」
他にも通れる場所はいくらでもあるのに、わざわざ俺の前まできて道を譲れと凄んでくる。
その様は何処かのタチの悪いチンピラのようだ。
権力がある分もっと酷い。
こういうのとは関わらないのが一番だと経験上、答えは出ている。
持ち前のスルースキルを生かして無言で道を開けた。
「チッ、その顔を見ると反吐がでる」
バルボアは俺の顔をその吊り上がった目で一瞥すると、心底嫌そうな顔をして去って行った。
ふぅ、もっと面倒なことにならなくて良かった。
バルボアの登場により、むさ苦しい男の毒気は抜けたのか、俺に背を向けてギルドを出て行った。
俺も二人を探すためにマリナの仕事場に向かうが、そこに二人はいなかった。
「ここじゃないとすれば、一体どこに……?」
考えても、心当たりは見つからない。
どうすればいい?
こういうとき誰か頼れる人がいれば…………!!
ロロナ婆ちゃんがいるじゃないか!
一応副ギルドマスターだし、有力な情報を持っているかもしれない。
そう考えて副ギルドマスター室を目指して走り出す。
ガチャ!!
扉を勢いよく開けて、副ギルドマスター室に入っていく。
すると、そこには大勢の人に囲まれたロロナ婆ちゃんが、てんてこ舞いになりながらも指示を出している。
「公爵家もギルドマスターもどうして応援を寄越さないんだ!!」
「街の危機だというのに、敵や味方だと言っている場合なのか!?」
「やはりあいつらは信用ならん!!」
ロロナ派のギルド職員たちなのか、口々に公爵家とギルドマスターに対する不平、不満を言い合っていて、ピリピリとした雰囲気が部屋に入った俺にも伝わってくる。
指示を受けた人が激しく出入りし、俺の横を次々と通り過ぎていく。
そんな時、俺同様勢いよく扉を開けた男がロロナ婆ちゃんの前まで行った。
「ロロナ副ギルドマスター、報告です!」
男は息を切らしながらも、大きな声で話し出した。
その声に周りの声も静かになる。
「ホーリーロード、前線にて奮起。しかし敵の数、底知れず。離脱者多数。そこに正体不明の竜が、突如上空に出現。炎のブレスにより敵を殲滅。その後、土の壁によって迷宮入り口が完全封鎖となり、敵の増援は中断されています」
男の報告を、固唾を飲んで聞いていた人たちから大きな歓声が上がった。
なるほど。
迷宮の入り口はティーファが上手くやったようだ。
それにホーリーロードも頑張っているようで、戦友として嬉しい。
「おお!! これで少しは光明が差したようだ」
「ええ! これで騎士と他の冒険者の援軍があれば、この危機を乗り越えられるかも知れません!」
「天は我らに味方しているようだ」
「羽の生えた超人の話といい、今回の竜といい、俄かには信じられませんが、今回の奇想天外の敵にはこれくらいの味方が必要なのかも知れません」
大きく沸き立つ副ギルドマスター室にあって、一人冷静な顔をして周囲を眺めるロロナ婆ちゃん。
そこで初めて俺と目が合うと、珍しい物見たように目をパチリと見開いたが、それも直ぐに元に戻る。
ロロナ婆ちゃんが周囲に冷静を促すように咳払いを一つおこなった。
「エイドリン、ご報告ありがとうね。みなさん聞きましたね? 状況は刻一刻と変わりつつあるわ。そして不確定な要素がいくつも絡んでいます。そんな中、私たちの戦力は微々たるもので、その戦力の殆どを使っています。これから何を最優先にして行動すべきかしら?」
ロロナ婆ちゃんの質問に皆が頭を悩ます中、イケメン風の若い男が手をあげて話し出した。
「それでは私の考えを一つ申し上げさせていただきます。まず、先ほどまで私が提唱させて頂いたプランAは撤回させて頂きます」
「当然だ! 次期公爵家当主をさらって騎士を動かすなどリスクが高すぎる」
イケメン風の男に割って入ったのは40代くらいのおじさん。
鼻がテカテカして脂ぎっている。
「私に言わせてもらえば、先ほどまでの状況が前提であるならば、この閉じられた都市の中で、無限に湧いてくる不可思議な敵と対峙し続ける方が、よほどリスクが高いのですが? もはや机上のリスク管理などとは次元を異にした状況が起こっていたと考えるべきでしょう。そして、騎士たちが意図的に市民を封じ込めようとしているのならば、その司令塔である公爵家をどうにかしようとするのは自然と導き出される結論。戦力の強化と退路の確保を同時に行うことは、必須の課題であるのは今も変わりません。ですが、状況はロロナ副ギルドマスターが仰られるように、刻一刻と変化しています。エイドリン君の話を聞く限り、我々には時間的猶予が与えられました。戦力の強化と退路の確保は必須ではありますが、緊急性は減少したと言っていいでしょう。そこで私が提唱するのはプランBの進行型。市民の怒りをこちらの味方につけることで、騎士たちの動揺を誘い、切り崩す。そして第三勢力の冒険者たちの取り込み。彼らもまた我々と状況は同じ。退路を断たれ、単独では身動きが取れない状況のはず。そこを上手く使えば、派閥に縛られることを嫌っていた者たちも考えを改めざる得ないでしょう。今回のことが上手く収まれば、我々は飛躍的に勢力を増すことになるでしょう」
イケメン風の若い男は、息をつかせぬ勢いで話を続け、誰にも口を挟ませずに話を締めた。
長いし、早口なので、七割程度しか理解できなかったけど、プランAっていうのは相当ヤバイ強行策のようだ。
そんな話を鍵を閉めずにやっているのは流石にどうかと思ったけど、それだけ場が混乱しているんだろう。
どうにも頼みごとをできるような雰囲気ではなく、無駄足になったようだと考えていると再びロロナ婆ちゃんと目が合った。
「ありがとう、オーレン。今の話を聞いてシンヤ君はどう思ったのか聞かせてくれる?」
突然話を振られて慌てて答える。
「え? あ、プランBでいいと思います」
間抜けな声がシーンと静まり返った部屋の中に響いた。
我ながら適当すぎる返答で、さらに空気が悪くなったように感じる。
「そう。エンジェルロードのシンヤ君が言うなら間違いはなさそうね」
ロロナ婆ちゃんが発した言葉に場が騒つく。
「エンジェルロードだと!?」
「あのホーリーロードと共に14層を突破したという」
「どうしてこんな所に?」
「エンジェルロードは昇格試験の最中で、迷宮から帰還したという報告は未だなかったはず」
ロロナ婆ちゃんは徐に椅子から立ち上がると、パンッと手のひらを一回叩いた。
「エンジェルロードは、Cランク昇格に向けての試験を迷宮内で行なっていました。そして、皆さんご存知の通り迷宮からモンスターが溢れている状況となり、生死はこれまで不明でした。ですが彼は今この場にいます。それが何を意味しているのか皆さん分かりますね? 」
「自力であの状況を突破してきたというわけか」
「ホーリーロードほどの派手さはないが、Cランクに上り詰めるだけのことはあるな」
「それだけの能力があるならば、戦力としても期待していいんではないか?」
盛り上がりが最高潮になっていくと、ロロナ婆ちゃんが俺の方に向かって歩いてくる。
にこりと笑うロロナ婆ちゃんを見ると、何か無茶振りをされそうな気がした。
「よく無事で戻ってきてくれたわ。とてもではないけど応援を向かわす余裕がなくて、とても心配していたの」
「いえ、こちらこそ心配かけました」
ロロナ婆ちゃんは神妙な面持ちに変わると、頭を下げた。
「こんなことになると予想すらしていなかったわ。今回の昇格試験でとても危ない目に合わせてしまった……心から謝るわ。ごめんなさい」
思わぬ謝罪に、こちらとしてもどう反応していいか分からない。
確かに今回の昇格試験は強引だった気がするけど、将来を見据えるなら受けるしか選択肢はなかった。
それに今回の迷宮のことは、むしろ俺に原因がある可能性が高い。
『マシュール街の処刑人』に『死霊の魔導師レギレウス』
誰にも言えないけど、どちらもゲームのボスなんだ。
「そんな、頭を上げて下さい。昇格試験は俺の意思で受けたんです。誰のせいでもなく、もし何かあればそれは選択した自分の責任です。それが冒険者という職業ですから」
「ありがとう。そう言ってもらえると少し気が楽になるわ。今は迷宮都市始まって以来の緊急事態になっているの。シンヤ君も迷宮から脱出してきたのならあれに襲われたということよね?」
あれというのはゾンビのことを言っているんだろう。
「ええ。迷宮内で生徒たちと一緒に囲まれてしまい、なんとか脱出できたんです」
「そう……。それと聞きたいことがいくつかあるの。少し時間を頂いていいかしら?」
話をするついでにニョニョとルルのことも聞いてみよう!
「大丈夫です」
「皆さん少しだけ席を外させて頂くわ。何かあった時の指揮はオレーンに任せます」
ロロナ婆ちゃんに促されて、応接室のような場所に入る。
机を間にして、ソファーが向かい合うように置かれている。
「どうぞ、座ってちょうだい。ここは防音性能になっているから遠慮はいらないわ」
「失礼します。実は俺もロロナ副ギルドマスターに聞きたいことがるんです」
「そうだと思ったわ」
ロロナ婆ちゃんは小さく頷くと、顔を強張らせて言葉続けた。
「マリナちゃんのことね? 私たちも全力で情報を集めているのだけど、未だに安否が分かっていないの。ごめんなさい」
ロロナ婆ちゃんはうな垂れるように頭を下げる。
この感じだと、ニョニョとルルのことも分かっていないんだろう。
「マリナの妹たちは、どこにいるか分かりますか?」
「ごめんなさい。それも分かっていないの」
弱ったな。
ここですら情報がつかめていないとなると、他に当てがない。
落胆の気持ちが顔に出たのか、ロロナ婆ちゃんは謝罪を続けた。
「正直言って今回の件とマリナちゃんの行方について、バルボアが怪しいと思っているの」
バルボアといえばギルドマスターであり、ロロナ婆ちゃんの政敵だ。
確かにいけすかない奴で、新人潰しにも関与している。
誘拐という手を使っても不思議ではない。
っと、その前にマリナのことはちゃんと言っておかないと。
「実は、マリナについては行方は分かっているんです」
「え!? それは本当!? シンヤ君!!」
目を大きく見開き、勢いよく立ち上がるロロナ婆ちゃん。
いつものおっとりした雰囲気とは対照的で、本当に驚きを隠せないようだ。
「流石にこんな時に冗談は言えませんよ」
「それで、一体どこにいるの?」
どこと聞かれると困るんだが。
ドラゴンの背中と言えば余計にパニックになるだろうし……。
「安全な場所……です?」
「安全な……場所?」
ドラゴンの背中って安全なんだろうか?
言ってる間に疑問に思い、微妙なニュアンスになってしまった。
ロロナ婆ちゃんも疑いの目でこちらを見ている。
「まあ、シンヤ君がそう言うなら信じるしかないわね。それにしても不思議な子ね。普通なら自分の力や功績というものは誇示したがるもの。でもシンヤ君は決して表に出そうとしないわ。それはシンヤ君の良いところだと私は思っているから、言いたくないことは無理に言わなくて良いのよ」
「ありがとうございます」
「それでシンヤ君はマリナちゃんの妹たちを探しているわけね?」
「そうなんです……。でも、どこにいるのか検討がつかなくて」
「今の混乱状態の中で見つけ出すのは至難の技ね…………。分かったわ、ギルド職員を増員させて2人の捜索に回しましょう」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!!」
よしっ! これで大きな協力を手にすることができた。
一人で見つけるのは大変だけど、大勢で探せば意外と早く見つかるかもしれない。
「礼には及ばないわ。これは今回の私の不手際に対する償いよ。それでシンヤ君はどこを探すつもり? もし当てがないなら、私がさっき言ったことを念頭に、行動すべきだと思うわ」
そう言えばマリナを発見したのはモンジュー公爵家の屋敷だった。
マリナはどうしてあんな所にいたんだろうか?
色々ありすぎてそこまで頭が回らなかった。
もしマリナが連れ去られてあの場にいたとしたら?
ルルとニョニョにもその可能性は十分にある。
とすればその場所は?
バルボアかモンジュー公爵家のテリトリーの中のはず。
そこをしらみ潰しにあたっていけば!
「どうやら探す当てができたようね。街中は今は危険だけど、それよりも危険なのが今頭に浮かんだ場所じゃないかしら? 公に手を出すことはできませんが、今の混乱状態とシンヤ君の力があればなんとかなると思うわ」
「ありがとうございます! すみません。早速ですが行ってきます!」
「あっ。ちょっと、まだ聞きたいことが…………………」
後ろでロロナ婆ちゃんが何かを言っている気もするが、扉を勢いよく開ける。
ロロナ婆ちゃんと話したことで、一つの答えが出たような気がした。
後は敵の本拠地に乗り込むだけだと、応接室の外に出ると執務室はさっきまでの風景と一変していた。
「なんだ…………………………これ?」
「血だ!! 血を寄越せ!! 渇く、渇くのだ!! 」
ライチ村での最後の日を思わせる真っ赤に染まった床と折り重る死体の山。
吐き気が襲い、目眩がしてくる。
何が起こっているのか? それは目の前の男の容姿で検討がついた。
肌色は多少なりとも変わっていても根本は変わっていない。
首から引き裂かれすでに事切れている男を片手で持ち上げ、一心不乱に首元から血を啜るバルボアだった。
以前のバルボアならステータスアップした俺よりも能力は明らかに下だった。
でも、今の状況を見ればそうは思えない。
ここに積まれた死体は、助けを求め呼ぶ暇も与えられずに一方的に殺されている。
中々の実力者も数人いた。
それに血を啜るあの姿は人としての境界を超えてしまっているようにも見える。
能力値は未知数と考えたほうがいい。
瞬時に気持ちを切り替えて目の前の状況を冷静に分析できた。
これまでの経験が生きているんだろう。
「足りん!! これでは渇きが潤わん!! 何故だ!? 何故渇きが収まらんのだ!?」
バルボアは俺の存在に気がついてないのか、一心不乱に血を啜っている。
それならこの好機は活かす!
剣を構え、バルボアに気がつかれないように距離を縮める。
神眼の効果範囲に入れば今のバルボアの力量を探ることができる。
ジリジリと距離を詰めて行ったところで後方から音がした。
「キャ!? 一体何が……!?」
ロロナ婆ちゃんの声が部屋の中に響くと、バルボアはついにその顔を上げ、こちらに視線を向けた。
「渇く……苦しい…………!?……お前なら……………お前さえいなければ!!!」
死体をその場に投げ捨てると、血で汚れた手を振り上げて俺に襲いかかってくる。
満月のように赤く光った瞳が、俺の喉元に狙いを定めた。
振り上げらた腕を構えた剣で迎え撃つ。
ガキンッッッーーーーーー
「な!?……硬い! それになんていう力してんだ!」
金属と金属が激しくぶつかったような音が響いた。
筋力を60まで上げた俺をぐらつかせるなんて想像以上だった。
もし迷宮内で筋力を上げていなかったら力負けして、首がアッサリ飛んでいたはずだ。
「なんだお前……? どうして今のを受け止められる? 有り得ん、有り得ん!!」
一時中断していたバルボアの攻撃は激しさを増し、次々と攻撃を繰り出して行く。
硬さの原因は爪だ。
攻撃時にだけ爪が急激に伸びて、それが鉄と同等の強度を出しているようだ。
これだけの速さと力だ。
当たれば一撃であの世行きだ。
それでも俺には攻撃を受け続けることができた。
バルボアの攻撃は直線的で、神眼の力が攻撃の先読みを可能にする。
そして能力値。
______________________________
名前 :バルボア
年齢 :42
性別 :男
種族 :???
職業 :???
スキル:???
レベル: 39
【HP】221
【MP】12
【SP】145
【筋力】52
【器用】38
【敏捷】47
【頑強】44
【魔力】5
_____________________________
筋力の数値は俺よりも下というのが分かってしまった。
それに迷宮でゾンビを相手にした経験が俺を強くしている。
負けない!!
相手の猛攻を受けながら冷静にこの戦いの終着点を導き出した。
「何故だ!? お前は道端に転がっている小石同然の存在であろうが!! なのに何故攻撃が当たらん!? 今の私の力は人の力を凌駕するはずだ!!」
「おい! さっきから思っていたんだが人の姿をしていないのは何故なんだ? その姿は魔族と言っても変じゃないぞ? それにこの力。お前、魔族だったのか?」
神眼の効果を使っても、バルボアの種族は文字化けして見ることができなくなっている。
文字化けなんて初めてだし、確かさっき絡まれた時に見たときは人族だったはず。
こいつは何かおかしいし、ルルとニョニョのことも聞かないといけない。
「魔族? 私が魔族だったのかだと? フ、ハッハッハッ。お前はこの世の中の理を何も知らんのだ。間抜けズラで、頭もマヌケときている。だから許せんのだ! お前みたいな価値のない者を簡単に葬ることができんのわ!! 死ね!! 死ね!! 死ね!!」
バルボアはそれ以降『死ね』という言葉と『渇く』という言葉以外を発さず、言葉が通じなくなった。
わざと喋らないといういうよりは、それ以外に興味がなく、意思疎通すら出来ないという感じだ。
やっぱり体の変化だけでなく、バルボアの中で何かが変わっている。
このままでは埒が明かないし、幾ら余裕があっても万が一がある。
ここらが潮時とみて倒しにかかる。
防戦一方だった戦いは反撃に転じ、次々とバルボアの皮膚に傷を付けていく。
が、致命傷を与えるまでには至らない。
「皮膚もゾンビと比較にならないくらい硬い!」
これが本来人の持つ硬さだとは考えられない。
バルボアの能力値をもう一度探ってみる。
______________________________
名前 :バルボア
年齢 :42
性別 :男
種族 :???
職業 :???
スキル:???
レベル: 39
【HP】234
【MP】12
【SP】160
【筋力】56
【器用】39
【敏捷】49
【頑強】55
【魔力】6
_____________________________
さっきまでよりも数値が伸びている!?
しかも頑強に関しては驚異的な伸びをしている。
この短期間に一体何が起こっているんだ?
数値だけなく、実際にバルボアの攻撃は圧力を増していき、速さは徐々に加速していく。
攻勢に転じたはずがいつの間にか互角に、そして守勢に戻ってしまった。
余裕を見せてしまったツケがきてしまったのかもしれない。
右に左に繰り出される攻撃を先読みして防いでいるが、どの攻撃も当たれば一発で終わりだ。
しかも旗色は段々と悪くなっている。
「ぐがあああああぎがあああああ」
突如バルボアから発せられた苦痛を感じさせる雄叫び。
それと同時にバルボアの額から角が生え始めた。
バルボアが怯んだ一瞬を見逃さず、喉めがけて剣を鋭く突き刺す。
「ぐびぃ」
雄叫びの最中に食らわした一撃は、流石にダメージがあったのか、喉を抑えてよろめき出した。
追撃を加えるために剣を振り上げた。
その時ーー
何かが……何かが聞こえた気がした。
そんなことは戦いの最中、どうでもいいことのはず。
でも、無意識に手は止まり、その音の正体を突き詰めることに専念していた。
笛の音?
誰かが歌っている?
音は段々と鮮明に、そして近くなってきている。
喉元まで出かけた答えを遮るようにして、俺の前をすごい速さで浮遊物が通り過ぎていった。
なんだ? あれは?
意味の分からない奇妙な物体。
煙で作られた髑髏のようなもので、人の魂や幽霊というものを想像させるような物体だった。
浮遊物はそれぞれがそれぞれの行くべき場所を知っているように、折り重なった死体の体内に入っていく。
死体の山はブラックホールの中に吸い込まれるように、渦巻く深い暗闇の中に吸い込まれその姿を消した。
あの笛の音。
この光景。
やっぱりあいつが迷宮の外に出ているということ。
このまま放っておけば震源地から驚異的なスピードで広がりを見せ、この世は地獄と化してしまう。
頭に浮かんだ光景は現実に起こるんだと示すように、深い闇は時間が巻き戻るように渦が逆回転し、その中から虚ろな瞳をした人々が姿を現した。
切り離されていた頭と胴体はくっ付いていて、目立った外傷はほとんどないように思える。
迷宮で会った時の死体よりも生前時により近い。
というか、顔の表情さえ見なければ、彼らが死んでいるとは想像さえできない。
これで自我が存在すれば、蘇生の魔法と変わらない。
後ろの方から何かが倒れた音が聞こえた。
後ろを振り返ると、ロロナ婆ちゃんが俯けに倒れている。
バルボアはうずくまったまま奇声を上げている。
死体もまた意味のない言葉を羅列したり、首をグルグルと回したりしている。
視線は前から逸らさないようにしてゆっくりと後ずさる。
神眼の効果範囲に入ると、ロロナ婆ちゃんが命の危機だとかではないと確認できた。
多分、疲労と状況の変化についていけなくて気を失ったんだろう。
次に何が起こるのか?
今何をすべきか?
俺の分からないことが昇格試験の途中から色々と起きている。
死霊の魔導師レギレウスの存在。
ルルやニョニョの行方。
バルボアの変化。
それらはそれぞれ個々の問題が偶々同時に起こっているのか、それとも全ては繋がっているのか、答えは見つからない。
でも、優先順位は最初に決めたはず。
マリナたちの安全の確保が最優先。
そのためにはレギレウスを放っておくわけにはいかない。
そして目の前にいるこいつらも。
バルボアの奇声が止み、角の成長も治ったようだ。
「はぁはぁはぁ…………くっはっはっは!! 遂に私も進化を遂げたようだ」
赤く染まった瞳が俺を捉えるとバルボは顔を歪めた。
「遠い意識の中でお前との戦いを感じていた。お前のその力は確かに驚異的だ。最初に持ってきた魔導具といい、何が目的か知らんが、お前の力を見誤ったのは私のミスだ。今後は道端に転がる石ころといえど容赦なく壊さねばならん。それを教えてもらったお礼をせねばならんな。褒美に私の血肉となる栄誉を与えよう」
「擬似天使化」
うずくまっている間のバルボアが急激な成長をしていることは十分に感じていた。
このまま戦えば高確率で負けるほどの実力差があることも。
だから迷わず、擬似天使化を使うことにした。
「何だというのだ!? この光は!?」
俺の全身を光が包み、攻撃を仕掛けようとしていたバルボアは警戒をし、その場に止まっている。
「フッ、よくよく考えれば今の私に敵う人間などこの世に存在するわけが……………………な?…………誰だお前!?」
光が治ると早速行動を開始する。
「雑魚に使う時間はない。じゃあなバルボア」
剣を一閃すると鞘に戻した。
「誰が雑魚だと!! 私を誰だと思っている!? ………………何だ? どうして…………私の目の前に私の体が………………頭はどこに……? 私の頭はどこにいったのだ?」
斜めに切り落とされたバルボアの首は少しの時間差でスルリと胴体から切り離された。
首はコロコロと転がり、ゾンビの足にあたって止まった。
首だけになっても喋り続ける生命力は凄いものがあるがそれも終わり。
「な、う、うがぎゃあああああああああああああ。止めろお!!」
ゾンビはバルボアの首を拾い上げて齧り付く。
ユラユラと揺れていたゾンビたちもこれを機に動き出し、バルボアの胴体に貪りつく。
目を覆いたくなるような光景に、剣を数度振るう。
バルボアもろともゾンビの体を切り裂いた。
さすがのバルボアも完全に生き絶えたようで、ピクリとも動かない。
気絶したロロナ婆ちゃんを応接室のソファーに移しておく。
「飛翔」
窓に足をかけると、そのまま空に向けて飛び立つ。
目指す先はレギレウス。




