二十九話・死が蔓延する街で2
空を飛ぶ速度は加速度的に上がり、風圧で屋根の一部が次々と飛んでいく。
やっぱりみんな避難しているんだろう。
神眼の効果範囲的に完璧ではないけど、今の所ほとんどの家で人の存在を確認できてない。
マリナたちも一緒に逃げていてるのかもしれない。
そんな考えが一瞬頭をよぎった時、少し先の方から叫び声が聞こえたような気がした。
声は遠すぎて微かにしか聞こえなかったけど、高い声は女性特有のものに感じた。
嫌な予感がする。
ゾンビは冒険者たちが入り口で対応しているけど、それでもかなりの数が街に溢れ出していたようだ。
声が聞こえた方に向かうと、広い庭と石造り大きめの建物が一つ立っている。
建物の屋根には旗が二つ。
一つは赤い竜と黒い竜が対峙している絵が描かれている。
これはこの国の象徴である双竜の紋章だ。
いわゆる国旗っていうやつだ。
もう一つが蛇が自分の尻尾を呑み込んでいる絵が描かれている。
この紋章はモンジュー公爵家の印。
マリナが前に言っていた。
この紋章をつけている人とは無闇に関わらない方がいいと。
でも、今は非常事態。
このまま突き進む!
スピードを落とさずに敷地の上空まで来ると、建物の内部の様子が少しだけ神眼の効果範囲に引っかかった。
三体のゾンビとそれに応戦する、二人の武装した人間。
迷宮で戦ったゾンビよりもレベルが高い。
一番高いやつで38もある。
このレベルになると、冒険者の中でも一流どころの人間がパーティーを組まないと、太刀打ちできない相手だ。
でも応戦している相手もかなりの腕の持ち主のようで、数が不利の割になんとかしのいでいる。
どうやら二人とも探し人ではない。
時間がないから屋根から一気に叩く。
右手に持った剣を屋根に向けて四度振るうと、石で造られた屋根は何の抵抗もなく四角の穴を開けた。
ドンッッ!! と大きな音を立てた瞬間には、三体のゾンビの頭と胴は二つに分かれていた。
二人の反応を見ることもなく、壁を突き破り家を捜索する。
ドンッッ、ドンッッ。
壁ドンはローレル王国の牢獄から抜け出した時以来だ。
この家の持ち主が見ればどっちが侵入者だ、と言われそうなほど無茶苦茶なことをしているが、これが一番時間効率が良い。
三度目の壁を破ると……。
「あ……」
思わず声が漏れた。
可能性はあると思っていたけどまさか。
壁をぶち抜いて進んだ部屋はこれまでに比べてかなり広くて、リビングっていう感じの場所だ。
壁に飾られた絵画や装飾品はさぞ立派で高価な物なんだろう。
でも今の俺にはどうでもよかった。
神眼の効果範囲外に女性が三人、ゾンビが四体。
壁を背にした三人は今まさにゾンビたちが振り上げた剣を、その身に受ける直前。
状況は切迫していた。
「マリナ!!」
一瞬固まった体が動き出すと同時に、声を張り上げていた。
家具を吹き飛ばしながら進む肉体が銀色の光に包まれ、世界から時間というものが消えてなくなった。
正確には時間の進みが遅くなっている。
世界が停止したと錯覚するほどに、極限まで遅く。
弾き飛ばされた家具の破片が宙に浮いたまま動かず、振り上げられた剣も動くことはなかった。
その状態のままゾンビの首を刎ねていく。
危機が去ったと感じた時、銀色の光は消えて、世界は時間を取り戻した。
「助けて下さい!! なんでもしますから! って、え…………あれ? 化け物は? あれ?」
「うわーーーん。怖いです、死にたくないです。…………え? モンスターがいないです」
「あなたは…………一体…………? どうして私の名前を……?」
混乱状態の女性三人が思い思いに話し出す。
「ロリスあれを見て! 化け物が死んでいるわ!!」
「シャーリー姐! 勝ったのです! 多分、ロリスたちの不思議な力でズバッとバタッとやっちゃったのです!!」
「私たち、やっぱりすごい力があるみたいね!! メイドなんてやっている場合じゃなかったわ!!」
二人の女性はメイド服を着ているので、発言からもこの屋敷のメイドなのだろう。
ロリスと呼ばれた女性というか、女の子は年は10代の前半だろう。
幼さが残り、身長も低いけど、髪の色が白く光っている。
白髪よりも少しだけ光沢があるというか、光に反射するような髪質ようだ。
シャーリー姐と呼ばれた女性は、鼻から頬にかけて広がったソバカスが、少し田舎臭そうな印象を与える。
年齢は俺よりも少し上のようだ。
シャーリーは徐に立ち上がると、ゾンビの体を次々と蹴り上げていく。
「えい、このっ」
「シャーリー姐、それくらいにするのです」
「でも、私たちこいつらに殺されかけたのよ」
「シャーリー姐、そっち見るのです」
「そっち?」
シャーリーが俺の方を向くと。目と目が合う。
ふっと逸らされる視線。
「イケメンなのです。しかも、超絶ウルトラ弩級のイケメンなのです! シャーリー姐の大好物なのです!!」
「ロリス!」
満面の笑みでロリスに向かって親指を立てるシャーリー。
さっきまで鬼気迫った顔が何処へやら。
だらしない顔をして、視線が俺とロリスの間を行ったり来たりしている。
そっちは置いといて、 マリナの足から血が出ている。
HPを見たら減っていて、怪我をしているようだ。
回復魔法を使っておく。
今回は詠唱時間短縮がないので、普通に詠唱を行なって魔法を使った。
無事に怪我が治り、時間がないのでマリナに話しかける。
「マリナ、行こう。この街は今は危険だ」
「えーーと、その前にあなたは一体誰なのですか?」
「誰って、俺だよ!!」
あ! 俺も焦っていて忘れていたけど、いつもの姿じゃなかったんだ。
どうやって説明したらいいんだ?
「もしかして……シンヤ……ですか?」
「え? どうして分かったの?」
そんな疑問は頭で考えると同時に口に出ていた。
普通に考えれば今の俺の姿と、今までの姿が結びつくことなんてあり得ない。
何か俺自身が気付かない特徴があるのかもしれない。
マリナは俯き加減に、小さな声で途切れ途切れに言葉を続ける。
「自分でも……分かりません。ただ……こういう時に助けてくれる人……初めに浮かんだ顔がシンヤだったから……」
「それだけ?」
「それだけ…………です。そうだったら良いなって……」
マリナの顔はみるみる内に真っ赤になっていき、呼吸も乱れているようだ。
何故かこっちまで恥ずかしくなってくる。
って、今は時間がないんだ。
「マリナ! ニョニョとルルは一緒じゃないのか?」
「いえ……ここには私が一人で。多分家にいるはずです」
「え? でも家には誰もいなかったけど」
マリナは俯いていた顔を勢いよく上げると、目を見開いて俺の方を一点に見つめる。
驚きから困惑に変わっていく顔。
「あの子達は一体どこに……」
「今この街は危険な状況なんだ。あんな死体が町中に溢れていて、みんな自主的に避難をしている。急いで探さないと!」
「そんな! 一体何が!?」
「確実なことは何も分からない。でもこのままだと、この街が滅ぶのは時間の問題だ」
マリナはこの状況が街のあちこちで起こっているという事実に、戸惑いを隠せないようだ。
「それに、俺自身にも時間がない。今の状態になれば恐ろしく強くなれる。けどその時間は限られているんだ。だから今は何も言わずに俺についてきてくれ。一旦、安全な場所に移動する」
マリナは不安や困惑といった感情を飲み込むようにして俺の言葉に頷いた。
顔を上げたマリナはさっきまでの狼狽えた表情はなく、いつものような知的な表情に戻っていた。
「じゃあ、出発するから」
そう言って、マリナの腰に手をかける。
「あっ」という声を漏らしたマリナの体をフワリと浮かせると、お姫様抱っこをする。
「ちょっと待ってくださいです!! ついでに安全な場所にシャーリー姐を連れて行って欲しいのです!!」
「いえ! 私ではなく、ロリスを助けてあげて下さい!!」
あ、二人のメイドのことを忘れてた。
「私からもお願いです、シンヤ。この二人は怪我した私を助けてくれていたんです。本当なら私を置いて逃げることも出来たのに」
「ご主人様のお客をもてなすのはメイドの仕事の一つ。仕事に手を抜かないのが私のポリシーですから」
「あっ!! シャーリー姐、さっき『メイドなんてやってる場合じゃなかった』って言ってたのです!!」
三人も持てるかな?
翼の邪魔になるからおんぶは出来ないし。
右手でマリナを抱えてと。
「あ!」
「きゃ!」
左手で二人を一気に抱える。
うん、筋力がカンストを超えているし全然余裕だな。
よし! 取り敢えずティーファと合流して、三人を預けてニョニョとルルを探そう。
二章完結まで短い間隔で投稿する予定です。