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二十八話・死が蔓延する街で1

 俺は誰も座っていない椅子を見つめながら考えていた。

 マリナが冒険者ギルドに居ないのは家に帰っているからだと思い、休む間も無くマリナの家まで走ってきた。

 勢いよく開けた扉。

 それを出迎えるいつもの双子の姉妹。

 けど、頭に過ぎった光景はそこにはなかった。


 心がざわつき、肌がひりつくような感覚。

 それは迷宮からずっと手にしたままの剣から伝わっているようにも感じる。


 冒険者学校に戻るのか?

 それともマリナを探すのか?


 違和感だらけの日常が答えを決めた。


「ティーファ! 何か変な感じがするんだ! 一緒にマリナを探すのを手伝ってくれないか?」

「ファッッ!!」


 ティーファはもちろんだと言わんばかりに、翼をばたつかせた。

 マリナの家を出ると、早速あてもなく走りだそうとしていた。

 そんな時、西の方から数人の男が走ってくる。

 何か声を張り上げているようだ。

 男たちが近付くにつれて、何を叫んでいるのかが正確に耳に伝わってくる。


「魔物だ!! 魔物が迷宮から溢れてるぞ!! みんな逃げろ!!」


 立ち並ぶ民家の中にまで響きそうな声で男たちは叫んでいる。

 その顔には焦りや恐怖というものがはっきりと浮かんでいて、とても嘘を言っているようには見えない。

 俺もまた、迷宮での状況から何が起こっているのか直ぐに想像できた。

 全身が総毛立つような感覚に襲われる。


 やっぱりあれは迷宮だけの出来事じゃなかったんだ。

 あいつがこの地上に放たれてしまったんだ。

 こうしてはいられない。

 もしかしたらマリナやニョニョやルルが居ないことも、関係している可能性もある。


 男の声に反応するように、次々と家から人が飛び出してくる。

 皆んな一時流行った噂のせいで敏感になっている。

 そんな時にこの男の声だ。

 慌てて東に向かって走り出す若い女性。

 それに血相を変えて続く大勢の人たち。


 違う行動をする人も幾らかはいるようだ。

 男を呼び止めて事情を聞く、恰幅のいいおばちゃん。

 何事もなかったように家に戻る老夫婦。

 そして、今回の震源地である迷宮に向かって走り出す二人。


「おい!! お前、そっちは!!」


 男の声を背に、一度駆け出した足は簡単には止まらない。

 走りながら考える。

 この状況でベストは何なのか。

 この迷宮の人たちの被害をできるだけ少ない内に、死霊の魔導士レギレウスを倒すこと。

 そして被害を受けた人は俺の力で蘇らせる。

 そのために疑似天使化は、一回は残しておかなければいけない。

 レギレウスを倒すのに一回。

 復活に一回。


 簡単な答えだった。


 それが俺がこれまで培ってきた人としての常識。

 俺が大半を過ごしてきた世界での正義に近いもの。



 ーーでも違う。



 俺が守りたいものは違う。

 今この瞬間も頭から離れないのは、多くの時間を過ごしてきた人たちだ。

 彼らの笑顔。

 彼女たちの笑顔。

 それを守りたい。


 知らない100万人の命 よりも、彼女たちの命一つの方が俺にとっては遥かに重たく尊い。

 それが俺の今の純粋な想いだ。




 例えどんな結末が待っていても。




「ティーファ! 予定変更だ! 今から【純血の絆】を使って俺の【詠唱時間短縮】を取ってくれ! それから召喚で、出来るだけ仲間を呼び寄せて敵を撃破していって欲しい。できればペガサスの上から召喚も魔法も詠唱した方がいい。出来そうか?」

「ファッッ!!」


 高いところが苦手なティーファには酷なことだけど、物理攻撃が中心のゾンビ相手には空中からの攻撃がもっとも効果的だ。


「俺は今から擬似天使化を使って、マリナたちとレギレウスを見つける。レギレウスを見つければそのまま撃破に向かう。マリナたちを見つければそっちに合流する」

「ファッッ!!」


 ティーファはキリッとした闘志溢れるような瞳で頷いた。

 今回も頼りになりそうだ。


 詠唱時間短縮の次に必要なのは、ティーファの魔法をフル回転させるための魔法の種類。

 リキャストタイムが一番短いのは火魔法の火矢で30秒。

 最長で炎の嵐の五分。

 せっかくの詠唱時間短縮の意味がなくなる。

 とにかく魔法の数が必要だ。

 現状でティーファが習得できる魔法系スキルは火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、光魔法、回復魔法、召喚魔法となっている。


「ティーファ! BPを使って風、光魔法のレベル一を取ってくれ」


 風魔法のレベル1のスキルは【風の刃】

 光魔法のレベル1のスキルは【光の矢】


 この二つで合計4ポイントだ。

 残りは9ポイント。


「後は全部使っていいからティーファに任せる」


 ティーファは静かに頷くと、回復魔法のレベル1と土魔法のレベル1、2を取った。

 土魔法は攻撃系のスキルというよりも、補助的なスキルという特性が強い。

 レベル1の【落とし穴】とレベル2の【土壁】は両方ともゲームの時はダメージが存在しなかった。

 ティーファが選んだということは何か頭に浮かんだのだろう。


 早速擬似天使化を行うと同時に、ティーファも純血の絆を使う。

 光が包む世界が終わると、ティーファも俺も姿が変わる。

 瞳の色は変わらないけど、見た目は人形でも見たことのないような可愛い女の子になった。

 銀色に光る髪が、冷たい風に吹かれてサラサラと舞う。


 これで条件は整った。

 

 続いてティーファの水魔法と詠唱時間短縮を交換する。

 これでペガサスの機動力を合わせれば、固定砲台から戦闘機並みのパワーアップになるだろう。

 詠唱時間短縮のスキルはレベル1ごとに10パーセント短縮される。

 レベル9で9割カットだ。

 この状況、この状態のティーファに必要なのはMPだろう。

 それを補填するために〈アイテム〉から初級マジックポーションを渡しておく。

 ティーファが小さな手でマジックポーションを受け取った。


「ごめんなティーファ。出来るだけ早くそっち行くから、後は頼む。飛翔!!」

「だいじょうぶ。てぃーふぁ、がんばるもん」


 風を引き裂く音に混じって、あどけない声が聞こえてきた。

 きっとなんとかしてくれる。

 幼い声でも全てを任せてもいいと思える安心感があった。


 超低空飛行でヴァルハラ迷宮都市を飛んで行く。

 探し人の心当たりは全くない。

 家の中に入って一つ一つ探す時間もない。

 となれば頼れるのはスキルの力だ。

 神眼の効果範囲内にマリナが入れば、何処に居ても分かるはずだ。


 飛び出してから直ぐに、町の中央から外に向かって人の列ができていることに気がついた。

 中央に向かうほど人の列は太く大きくなっていき、通路という通路に人が溢れかえっている。

 正にパニックという感じで、世界の終焉を上から見ているようにも思える。


「なんだ!? 上に何か飛んでたぞ!?」

「はっ? 驚かすなよ!! 何も居ねえだろ!!」

「ママーー!! あそこ!!」


 物凄いスピードで飛んでいても、俺の姿は下の人から見えているようだ。

 俺のせいで余計にパニック状態になってしまった。

 迷宮の上空までくると、確かにゾンビたちが溢れていた。

 方円の形になって、そのゾンビたちを迎え撃っている冒険者たちの姿も見える。


 迷宮から溢れるゾンビの数は無限に近いように思える。

 対して冒険者の数は500にも満たないだろう。

 五分も持たずにこの陣形は崩壊する。

 それは予感ではなく確信。


 上空を見上げて俺の存在に気付いた冒険者もいるようだ。

 援護射撃になるか分からないけど、ティーファが来るまでの時間稼ぎだ。


「斬空閃光剣」


 神速剣レベル8のスキルを発動。

 手にしていた剣に光の粒子が集い、濃密な光の集合体となって大きな輝きを生む。

 剣は光となり、剣速は光速になる。

 閃光のような剣筋は、迷宮の前で渋滞している広範囲のゾンビを真っ二つに変えた。


 そしてーー


 もう一撃を上空から迷宮に向けて放つ。




 ズッッッッガッガッガッガッガガッガガガガ!!

 ズカッッッッン!!



 石壁と天井が十字になるように切られたせいで、迷宮の入り口が崩落したようだ。

 迷宮が切れるのかは微妙な気がしたけど、なんとかなったようだ。


「一体何が…………」

「光の筋が見えたと思ったら、迷宮が崩れて」

「迷宮に傷が付くなんて聞いたことないぞ!? ましてや崩壊させるなんて!?」

「上!! 上に何かいるわ!!」

「なんだあれは? 人? 翼?」

「まさか……アテナス様」


 これなら少しは持つだろう。

 大混乱に陥った冒険者たちを置いて、また空を進み出す。

 今度は迷宮を中心に、円を描くようにして。


 残り時間は約8分。

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