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閑話・過去は今に続く1

 リンカ王国の東側に位置する場所に人口、約四百人ほどの中規模な村があった。

 小さな家々と畑が延々と続いている、特筆すべき点のない村だった。

 代わり映えのない毎日が繰り返される村で、三人の英雄が誕生した。


 三人の名はロゼウ、アリス、バルボア。

 後にヴァルハラ迷宮都市でCランクの冒険者となる者たちだ。

 この三人は同じ年に産まれ、同じ時を過ごした。


 血気盛んで、何にでも挑戦を行い失敗を繰り返すロゼウ。

 それを止めようとするアリスと、二人を心配そうに見つめるバルボア。

 そんな光景は三人のいつもの日常だった。


 幼い時からロゼウには人を惹きつける魅力と、失敗を糧にする力が備わっていた。

 ロゼウは同年代のまとめ役として、常に先頭に立って行動していた。

 三人が大きな猪に襲われた時も、アリスとバルボアが腰を抜かす中、傷を負いながらも素手で倒すことがあった。

 そんな傷の手当てをするのは、いつからかアリスの役目になっていた。

 アリスは文句を垂れながらも、内心ではロゼウの魅力に惹かれていた。

 バルボアもまた口には出さなかったが、とてもではないけれど一生敵わない相手だと感じていた。


 そんな三人の関係が変わり始めのは天職を得た時だった。

 ロゼウの天職が『農民』だったのに対し、アリスは『僧侶』、バルボアは『騎士』だった。

 三人は常々、将来この村を出て冒険者になると語り合っていたのだ。


 ロゼウはそれでも持ち前の明るさで、次の転職の機会までになんとかすればいいと考えていた。

 アリスも同じように何も変わらなかった。


 がーーーーバルボアだけは心の中で小さな歪みができていた。

 これまでならロゼウの後ろで行動することは当たり前のことだった。

 だが、天職が分かってからは微妙な違和感を感じていた。


『どうして俺が、いつもロゼウの子分のようについて回らないといけないんだ!?』


 月日が経つにつれてその思いは大きくなっていった。

 特にその思いを大きくさせる原因となっていたのは、アリスの存在だった。

 バルボアは物心がついた時からアリスのことが好きだった。

 だが、その想いは心の奥底に固く封印していたのだ。

 何故ならその思いが叶はないというのは、アリスの態度を身近で見てきていたバルボア自身がもっとも分かっていたのだから。


 とてもじゃないけれど敵わない恋敵が、自分よりも下の存在となったように感じたバルボアは『アリスの横に立つべきなのはロゼウではない! 自分であるべきだ!』と盲信的に考えるようになった。


 長い封印から解かれた想いは、激しくバルボアの心を燃やしていく。

 過去の思い出、夢、友情、全てを燃やして。



 バルボアはアリスの横に立つべき男して努力を惜しまなかった。

 当然アリスも自分を選ぶだろうと、信じて疑っていなかった。


 だがーーアリスはバルボアを選ばなかった。


 冒険者としてアリスはロゼウと共に歩む道を選んだのだ。

 三人の舞台は小さな村から、大都市であるヴァルハラ迷宮都市に移った。

 バルボアは新進気鋭の冒険者としてすぐに名を馳せていった。

 仲間にはモンジュー公爵の三男など、話題に事欠かないクランのリーダーとして実績を積んでいった。

 その活躍の裏には未だに燃え尽きないアリスへの想いがあった。

 自分の活躍がアリスの心を動かすことになると信じて。


 対してロゼウとアリスは地道に実績を積み重ね、仲間を増やしていった。

 ロゼウの『魔闘士』への転職を機に、バルボアが創設したクラン『タイルスの天剣』に並ぶ勢いで急成長を遂げていった。

 それと同時期にロゼウとアリスの娘であるマリナが誕生した。


 圧倒的な格下だと考えていたロゼウの追い上げに、バルボアは一心不乱に迷宮攻略に取り組んでいた。

 そんな時に聞かされたマリナの誕生は、バルボアの心をドス黒いものへと変えていった。

 急激に色褪せた世界で、バルボアは人の道から踏み外れていく。

 気に入った女がいれば犯し、迷宮にその骸を捨てることもあった。

 巧妙にバレないように、ありとあらゆる犯罪を犯していった。


 その行為の根底にあるのは力への信仰。


 天職を得た時からバルボアの人生は光を得た。

 金、権力、仲間、女、それは力がもたらすものだ。

 現にバルボアは全てを力で手にしてきた。

 だが、唯一手に入らなかったものが力への信仰を揺るがす。

 バルボアの全てを否定するのだ。


 力で人の尊厳を奪い取る時だけが、乾ききったバルボアの魂を救ってくれた。



 力は全て。

 力は究極。

 全てを凌駕する存在。



 バルボアの異常なほどの力への信仰は、長い時を経てアリスを標的に変えた。

 アリスの双子の出産は、バルボアの心に灯った小さな炎さえもかき消したのだ。

 バルボアにとってアリスは最早、価値のない存在となった。


 いやーー力を否定する者はこの世に存在してはいけなかったのだ。



 アリスを襲う暴漢。

 その暴漢を口封じのために殺す地下世界の人間。

 それぞれがバルボアが決めた役割を演じることで、アリスはこの世界から永遠に姿を消した。

 あらゆる犯罪を犯し、地下世界に精通しているバルボアにっとは難しいことではなかった。

 幼い頃からあれほど惹かれていたアリスの死を聞いても、心は微かにしか動かなかった。

 すでにバルボアの心は後戻りできないほど、魔の力に傾いていた。


 そんなバルボアは迷宮である者と出会うことになる。

 ガリアと名乗った者の身体的特徴は、正に魔族のそれと同じだった。

 身構えるバルボアにガリアは語った。


 より大きな力を手に入れたければ、こちらの手伝いをしてもらう。

 ただしこちらも一人、下界でも活動できる魔族を派遣するという、ギブアンドテイクの話だった。

 また、バルボアの魂はやがて魔族側の方に傾くことになるだろうと。

 この世界の常識では、魔族と人は本来別の生命のはずだった。

 元を辿れば魔族はモンスターを起源とし、人は動物を起源とするというのが常識である。

 だが、ガリアが語る内容はそれと相反する内容だった。


 元は魔族も人として生活を送っていた。

 だが、『魂』と『体』、そして迷宮などのダンジョンの奥底から湧き上がる『魔素』の三つの要素により、人は魔族に生まれ変わるのだと。

 生まれ変わる時に人として生活していた記憶は全て消える。

 そして、魔族は魔素の薄い下界では活動が困難であり、強い魂であるほど魔素が濃い場所でしか活動できない。

 だが現在、本来漏れるはずのない魔素が徐々にダンジョンから漏れ出していて、力の弱い魔族ならば活動することができるようになっている。

 これは世界に魔王が君臨した500年前と同じ状況だ。

 いやーーそれ以上に世界は混乱することになるだろうと。


 バルボアはガリアからの提案を受け入れた。

 初めからバルボアに残った選択肢は一つしかなかったのだ。

 目の前に立つのは自分よりも圧倒的に上位の存在。

 断れば、瞬きをする前に自分が塵となるだろうと簡単に想像がついた。

 それに世界が混乱する時に力を手にするのは悪くない話だった。


 魔族との契約はバルボアの外道な行為に拍車をかけた。

 モンジュー公爵家の長男、次男の殺害を魔族を使って遂行した。

 この時初めて、モンジュー家の三男が人の道を外した時だった。

 彼もまた後戻りができない状況になった。


 魔族との契約から二年後に時期ギルドマスターとして、ロゼウとバルボアの名が上がり始めた。

 バルボアは当然自分がギルドマスターになるべきだし、なるために手段は選ばないつもりだった。

 だが、当時のギルドマスターが後継者としてロゼウを押したことで、情勢は動かぬところまできてしまった。

 バルボアは久しぶりの怒りを感じていた。


 なぜ、いつもあいつなのか!


 そんな想いは久しぶりにあの男の娘を見た時に、マグマのように途切れることなく湧き出てきた。

 マリナの姿はまさに自分が愛した頃のアリス、そのままだったのだ。

 全てを手にした男への憎悪と、過去となっていた女への想いが交差し、とぐろを巻くようにバルボアの心をかき乱した。



 バルボアはその頃からロゼウと、そして三姉妹の末路のシナリオを描いていた。


 ロゼウには悲惨な最期を。

 マリナには妻と言う名の奴隷としての道を。

 双子の姉妹は適当に遊んで壊してもいいし、ペットにしてもいい。



 シナリオ通り、事は進んでいった。

 ロゼウが選挙戦で提唱していた、冒険者学校の無償化。

 その資金としてモンジュー家の三男がロゼウにお金を貸すことになった。

 ロゼウの迷宮最後の冒険として、クラン合同で探索することも決めた。

 これらはバルボアが直接ロゼウと話し合い、ロゼウ体制のギルドをバルボアが支えるという話の元でのことだった。

 旧友であるバルボアからの話に、ロゼウは二つ返事をした。

 ロゼウは常に切磋琢磨しているとはいえ、争い、比べられることの多かったバルボアとの協力は昔を思い出し、嬉しく思っていた。


 お金の件はロゼウが正式にギルドマスターになった時に初めて公にし、それまでは口外はしないという約束もあった。

 また、選挙戦で戦っている以上、建前上は合同作戦ではなく、迷宮内で密かに合流し、その後に行動を共にするという約束もあった。


 どの約束もバルボアが決めたシナリオに向かうためのもの。


 地獄に向かう一本道はこの時から、いやーーーー遥か過去から続いていた。

 決して変わらない未来が。

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