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二十七話・前兆

「シンヤ殿!! 二体目の骨のモンスターが現れた!! っと…………なんだ……この死体の数は……」

「この数をたった一人で……?」


 サラリアの大きな通る声が、静寂の世界に終わりを告げた。

 我に返ってみると、確かに物凄い量のゾンビを切っていたようだ。

 しかもかなりゾンビを押し込んでいて、曲がり角がもうすぐ先にある。


「サラリアさん!! 予定通り、このまま敵を押し込みます。ボーンナイトにしんがりを任せて、ティーファの護衛をお願いします!! ティーファ! こいつに効果的な魔法は回復魔法と火魔法だ! 敵のレベルは低いから、回転率の高い火矢と火の玉で一網打尽にしていってくれ!!」

「ファッッ!!」

「ん? …………指示に従おう! これよりティーファ殿の護衛に回る!!」

「場を見て臨機応変に前衛、後衛の援護もお願いします!!」

「了解したわ、シンヤ」


 サラリアに向けて言ったのだけど、何故かグリゼリスから返事が返ってきた。

 陣形はこれでいけるだろう。

 下手に前衛に数を置くと、ティーファの火魔法の邪魔になる。


「あのシンヤっていう男、Gランクのクランのはずでは……? それにしては強すぎますわ」

「ふっ、ナナリーも冒険者学校の連中も知らないようだが、シンヤ殿はヴァルハラ迷宮都市でもっとも勢いのある、クランのリーダーなのだ」

「勢いのあるクランなのにGランクっておかしいわ」

「確かにナナリーの言う通り、これだけの実力がありながら、未だにGランクというのは納得できないわね。それに……どうしてその情報を今まで私に話さなかったの、サラリア?」

「冒険者になる以上、人を見かけや地位で判断していては痛い目に合います。それが今日でなくても、いつか必ず」

「身を以て経験しなさいという訳ね。こんなに早く痛感することになるとわね」

「シンヤ殿は今回の臨時教師という昇格試験をクリアすれば、晴れてCランクとなることが決まっているのです。しかも冒険者ギルドに登録してから一ヶ月という、驚異的なスピードです」

「あれだけの力があればそれも可能というわけね。マインはシンヤの姿を見てどう?」

「くっ……確かに冒険者としての力は一流です……」


 後ろの会話を聞き流しながら、ティーファの火魔法のタイミングまで敵を捌き続ける。

 前衛は俺がやるってカッコよく決めたけど、最後まで体力が持つのか?

 すでに頭が痛いんだけど。


「ファッッ!!」


 ティーファの掛け声とともに、後ろに飛び退く。

 阿吽の呼吸ならぬファッッの鳴き声だ。

 俺の横を通り過ぎる、小さな太陽のような火の玉。

 カーブするような感じで曲がり角の奥に飛んでいく。



 ズッッッガガガガガガガーーーーーーン!!



 次の瞬間、けたたましい音と皮膚を焼くほどの熱風が襲ってくる。

 ティーファ、全力で放ったな。

 カリスの頭部を焼いた時よりも、一段上の威力だ。

 とっさに自分の頭皮に手をやったのは、冒険者としての防衛本能のせいだろう。


「つ、次は大爆発だと!? シンヤ殿は一体どれだけの隠し球を持っているのだ!!」


 自分の役割を忘れて、興奮気味に実況を行うサラリア。

 別にいいんだけど、これを放ったのは隣にいる鳥だから……。

 一番後ろで大活躍している骨を呼び寄せたのも、お隣にいる影のリーダーですから。


「詠唱なしでこれだけの魔法を…………。これがCランクに駆け上がる、冒険者の実力…………。怪物………」


 ショックを受けているのはグリゼリスか。

 さすがにCランクの中に、このレベルの魔法を扱うクランはいないはずだ。

 詠唱はしているはずだし。

 一応だけど。


 ティーファがこじ開けた熱した道を進んでいく。

 石製の床が熱せられていて、靴を通しても熱さが伝わってくる。

 この熱さ、とてもじゃないけど歩いていられないぞ。


「熱いですわ」

「これは……たまらないな……」

「一気に駆けるわよ!」


 戦力が整った俺たちは、ティーファの火魔法を中心にゾンビの群れを焼き払っていった。

 安全地帯に戻るまであまり苦労はしなかった。


 予想通り、あいつらは安全地帯まで入ることができないようだ。

 入り口の前で肉の壁を作って、呻き声を上げている。


「これからどうするの? シンヤ?」


 グリゼリスが俺の正面に立つと、真剣な眼差しを向けてくる。

 俺を見る目が迷宮に入った時とあきらかに違っている。

 どうやら臨時教師として、少しの信頼を手にしたようだ。


「そうですね……見た感じ、二層は今のところ死体が溢れていないです。となると、ここは一刻も早く迷宮から帰還して、異常事態を知らせるべきかと」

「そうね。もうあの死体に囲まれるのは懲り懲りだわ」

「私もシンヤ殿の意見に賛成です。もう課外活動とか言っている場合ではないですから」


 早く地上に戻って、このことをマリナに伝えないと。

 今は三層だけの現象かも知れないけれど、ゾンビを呼び出しのが本当にレギレウスだとすれば、地上が地獄に変わるかもしれない。


「強行軍になりますが、状況は一刻を争います」

「指示に従うわ。マイン、ナナリー、ターニャも分かったわね」

「分かりました」

「では、先を急ぎましょう!」


 課外活動は続行不可能ということで、俺が先頭に立って二層を進んでいく。

 道を知っているから、最短距離で一層に向かうことができる。


「シンヤ殿、一つ聞いていいか?」

「サラリアさん、何ですか?」

「実はあの骨のモンスターのことなのだ。あれは一体何なのだ? 私にはモンスターが同士討ちをしているようにしか見えなかったのだが……」

「ああ、あれですか。あれはボーンナイトという名前で、召喚魔法で呼び寄せたんです」

「召喚魔法ですって!?」


 サラリアとの会話にグリゼリスが割って入る。

 声が裏返っていたのは、驚いているということなのだろうか。

 召喚魔法って別に隠すことでもないよ…………な?

 なんか不安になってきた。


「ええ……グリゼリスさん。多分……ですけど……」

「シンヤ!!」


 グリゼリスが怒気を含んだ声で俺の名を呼んだ。

 思わず立ち止まり、後ろ振り向いた。

 ツンとした尖った表情をしているグリゼリスを見ると、どうやら怒っているようだ。

 安易な答えは死刑に繋がっているような気がしてならない。

 握った剣に手汗が染み込む。


「は、はい。なんでしょう」

「私たちは一ヶ月後には冒険者学校を卒業することになるわ」

「そうらしいですね」

「お願いがあるの」


 なんだ……この前振りは。

 家来にしてあげるから、ボーンナイトをしばらく貸して!(返却予定なし) とか無茶振りがきそうだ……。

 ガクブルな心境で話を続ける。


「何でしょう? あ、でも俺も出来ることと、出来ないことがあるので……」


 一応予防線を張っておく。

 グリゼリスの目つきが未だに鋭いのが恐ろしい。

 肉食獣が小動物を狙うかのようだ。

 せっかく張った予防線が風に吹かれて飛んでいった気がした。


「私たちを……」


 グリゼリスは何か言い辛らそうにしている。

 俺のイメージではお姫様タイプで、人にものを頼むことに躊躇しなさそうな性格に見える。

 相当な無理難題がきそうだ……。


「私たちをシンヤのクランに……いえ、シンヤのクランの後輩として、担当の管理員に推薦してもらいたいの」

「え? そんなことですか? 全然構いませんけど」


 グリゼリスの鋭かった瞳が一気に柔らかくなると、俺の両手を握って上下に振り回す。

 ぎこちない笑顔が胸をドキッとさせる。


「ありがとう!」


 拍子抜けというか、なんというか。

 確かに今回の課外活動に参加している三回生は、今年の三月で卒業予定となっている。

 そしてこれまでの冒険者学校での成績と、今回の課外活動での実績で、これからどのクランに入れるのか、どの管理員に担当してもらえるのかが決まる。

 実際のところ冒険者学校を卒業した生徒は割と人気があって、売り手市場というのが例年の話らしいが。

 マリナも人材不足だろうし、冒険者学校を卒業した人を担当にできるのは嬉しいはずだ。


「シンヤ殿が先輩冒険者としてこれからも指導してくれるなら、これほど心強いことはない。よろしく頼むよ」

「ええ、地上に戻ったら話をしておきます」


 話が落ち着いたところでまた駆け足になり、話を挟みながら先を進む。

 話題は主に召喚魔法のことだ。

 思ったよりもヤバい魔法らしい。

 どうヤバいかっていうと、まずこの世界で召喚魔法を使える人は存在しないだろうとのこと。

 過去500年を遡っても、そんな魔法を使った人が存在した記録はないらしい。

 召喚魔法という名前が残っているのは、真偽が確かでない神話の中での話だと。

 グリゼリスから聞いた、その神話の世界の話がこうだ。




 生と死の境界が曖昧になる滅びの病が、瞬く間にアトラス大陸を覆った。

 生は死となり、死は生となり、世界は暗転していた。

 滅びをただ待つしかない世界で、世界樹を守護する怪鳥が世界を守るために召喚魔法を使い、しもべを遣わした。

 しもべは瞬く間に滅びの病の元凶を打ち破り、死は天に帰ることができた。




 こんな記述が『世界樹の書』という本に載っているとか。

 結構貴重な本らしくて、公爵家であるグリゼリスだから知っているのだろう。

 グリゼリスからかなり危険な魔法だから、安易に人前で使うのはよした方がいいと忠告を受けた。

 俺もこの話を聞いて、そうしようと思った。



 二層を抜けると、一層から楽々脱出することができた。

 さすがにここまで走り抜けると疲労が溜まってくる。

 生徒の五人もかなりバテていて、優雅さが抜けていて酷い有様だ。

 特に付き人の三人は虚ろな目をしていて、今にも死にそうだ。

 迷宮の入り口にギルド職員のイカツイおじさんがいたので三層の報告をした。

 おじさんは顔色を変えると、走ってギルドに向かって行った。


「それでは予定通り、俺は先に冒険者ギルドに行ってマリナに報告してきます」

「で……では我々は、ハァハァ……冒険者学校へ……」

「サラリアさん、休憩してから向かって下さいね。報告は一応終わりましたし。では、後ほど俺も学校に行きますので!」



 急いでその場を離れると、北区に向かってスピードを上げる。

 なぜかさっきから嫌な気分と、胸騒ぎがする。


 グリゼリスの話にも気になる点があった。


『生と死の境界が曖昧になる滅びの病』


 これは死霊の魔導士レギレウスのことじゃないのか?

 何か今の状況と似ている気がしてならない。


 妙な焦りを感じながら冒険者ギルドの扉を開く。

 一刻も早くマリナに会わなくては。

 その思いは一歩進むごとに強くなっていく。





 だけどーー。



 マリナはいつもの場所にいなかった。

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