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二十六話・死霊の魔導士レギレウス

 滅びを目前に迎えていたアーシャル王国は、ある一人の魔導士によって救われた。

 国を救った魔導士の名はレギレウス。

 だがーー英雄となるべきレギレウスに待ち受けていたのは裏切りと屈辱の運命だった。

 王は全ての手柄を奪い取り、愛する人までも奪っていった。

 自身も片目、舌、両腕、両足を失い、深い暗闇の中で命の灯火を消そうとしていた。

 深い暗闇に囚われたレギレウスに、暗黒の世界の王は問いかけた。


「我が身を焦がすほどの憎悪の炎。汝は何を欲し、その身を焦がす? 手にするとができなかった栄光の過去か? 愛した女との幸せな日々か? それとも……復讐か? よく考えることだ。汝が力を欲すれば、我が身の一部を与えられん」


 レギレウスは暗黒の王の申し出を受け入れた。

 受け入れれば己の血肉も、心も、全て異形の者に変わることは理解していた。

 それでもレギレウスにはやるべきことがあった。

 もはや彼を突き動かすのは、黒く燃える熾烈な炎しか残っていないのだから。


 その日、世界に死の霧が降って湧いた。





 アーシャル王国暦711年 レギレウス、ココナ村で誕生。


 アーシャル王国暦712年 レギレウス、初めて魔法を使う。


 アーシャル王国暦713年 レギレウス、後に妻となるエマと出会う。


 アーシャル王国暦719年 アーシャル王国とナストール皇国が本格的な抗争に発展。


 アーシャル王国暦720年 レギレウス、最年少でアーシャル王立学校を首席で卒業。その後、エマと共に冒険者になる。


 アーシャル王国暦725年 ガルーダ高原の戦いで、アーシャル王国はナストール皇国に大敗。この戦いから形勢はナストール皇国に一気に傾く。アーシャル王国で徴兵制が始まる。レギレウス、第一魔法兵団に所属する。


 アーシャル王国暦726年 アーシャル王の命令により、レギレウスをリーダーとしてナストール皇国の首都を急襲する。首都ラーリアが燃える。秘密裏にレギレウスの引き渡しを条件に、アーシャル王国とナストール皇国の和睦が成立。レギレウス、妻であるエマに睡眠薬を盛られ、舌と両腕を切り取られる。レギレウス、ナストール皇国に引き渡される。


 アーシャル王国暦728年 レギレウス、暗黒の王と契約を交わす。同年、ナストール皇国滅亡。


 アーシャル王国暦729年 アーシャル王国滅亡。





 △▲△▲△▲△▲△▲△▲




 衣服を着ているやつ、着ていないやつ。

 肉が爛れて骨まで見えているやつ。

 錆びた武器を手にしたやつ。


 ツーンとくる腐敗臭がそこら中から漂ってくる。

 ゾンビの歩くスピードはそれほどでもないが、数が数だけに圧迫感が凄い。


 ティーファの召喚は時間がかかる。

 となると、この場で戦えるのは俺とサラリアとグリゼリスだけだ。


「サラリアさん!! 右側をお願いします!! 左側は俺が引き受けるので!!」

「シンヤ殿! 策はあるのか!?」

「あるといえば、あります! でもそれには時間が必要です!!」

「あなたなんかにグリゼリス様の背中を任せられる訳ないじゃない!!」


 付き人の一人が、俺を睨みながら声を荒げた。

 今は言い争っている場合じゃないだろ!


「そう思うなら、あなたはこっちで戦って下さい!」

「どうして私があなたなんかの指示に」

「今はあーだこーだ言っている場合じゃないんです! 見れば分かるでしょ!? もう、勝手にして下さい!」


 あーもう、腹が立つ。

 どうせ戦力にならないんだから、どうにでもしてくれ。

 ティーファの召喚魔法まで残り四十秒はある。

 そこまで乗り切れば、ボーンナイトに後方は任せられるはずだ。


「済まないシンヤ殿!! そちらは頼む!!」

「ちょっと待って下さい! これを!!」

「これは……ポーション?」

「危なくなったらこれを敵に投げつけ下さい」

「意味がわからんが、指示に従おう」


 サラリアが右側に走り出すと、グリゼリスも後を追う。

 その瞬間、チラリと振り返って俺の顔を見たのは、信用をしていないということだろう。

 俺も深呼吸をしながら敵の方に向かっていく。


 渡した中級ポーションは二つ。

 俺が所持しているのも二つ。

 この二つはティーファの召喚が揃うまでの切り札になるはずだ。

 ゾンビ系のモンスターには回復魔法が有効という、ゲームの時の特性を引き継いでいればだけど。


 神眼の効果範囲にゾンビが入る。

 迷宮の通路の広さから、一度に通れるのは7から9体程度。

 敵のレベルは幸いにも高くない。

『死霊の魔導師レギレウス』の特徴から、強い魂の死人ほど強いゾンビになる。

 このゾンビたちは、過去に三層で死んだ冒険者たちなのかもしれない。

 神眼で分かる限り、ゾンビたちにハッキリとした意思のようなものは感じられず、欲望のままに行動しているように感じる。


 漂う腐臭は限界点を超え、響く足音は目の前に迫った。

 相手の動きに合わせて剣を振るう。

 首筋にクリーンヒット。


「ぐぎょああああああああ」


 ゾンビは汚い悲鳴を上げたが、少し怯んだだけ。

 歯をガチガチとさせて、ゾンビが俺の体に食らいつこうとする。

 素早い動きでそれを避ける。

 やっぱり物理攻撃に対して驚異的な耐性を誇っているようで、ダメージを思ったよりも受けていない。

 HPが47から34に減っただけだった。


 それでも振り続けるしかない。


「おりゃああああああああ!!」


 的確にクリーンヒットを続けるが、明らかに後退していっている。

 この物理攻撃の効かなさに対応するには、敵の首を一刀両断にする力が必要だ。

 ステータスの筋力の項目を連打する。

 使ったBPは15、筋力は60になってしまった。

 やってしまった感があるが、反省は後だ!


「いい加減に死にやがれ」



 ズバンッッーーーー



 振るった剣は想像以上の速度に達し、潰れた刃先をものともせずにゾンビの首を引き裂いた。

 これならいける!

 手の平から伝わる手応えは、俺の剣をさらに加速させる。

 一体、ニ体、三体、次々と俺の前で首のない死体が積み重なっていく。

 神眼を駆使した近距離戦は、対多数の相手にも想像以上の効果を発揮している。


「くッ! こいつら、切っても切っても関係なしに突っ込んでくる!!」

「サラリア! こっちが抜かれそう!!」


 後ろの方から緊迫した声が聞こえてくる。

 振り返ることは出来ないが、ヤバそうな雰囲気だ。

 そんな時、ティーファの魔法陣が一際大きな光を放った。


「この光はなんですの!?」

「ま、眩しい……」


 俺の神眼の範囲にボーンナイトが現れた。

 ふーー、これで何とか後ろの戦力も安定するだろう。


「ティーファ! こっちは何とかなりそうだ! ボーンナイトはサラリアの方にやってくれ!!」

「ファッッ!!」


 安全地帯まで行くことが出来れば、恐らくこのゾンビたちは階層をまたぐことができないはず。

 ゾンビのレベルは低い。

 必要なのは時間のかかる過剰な戦力よりも、早く使える前衛の頭数だ。

 二層の状況が分からない以上、出来るだけ戦力は温存しないといけないしな。


「ボーンナイト二体で強引に押し切るぞ!!」

「ファッッ!!」


 俺の指示に従って、ティーファはボーンナイトの召喚を始める。

 一息つく間もなく、後ろから悲鳴が聞こえてくる。


「きゃああああああ」

「グリゼリスさま!! 後ろからもモンスターが!!」

「助けてくださいましーー」

「そんな!? シンヤ殿は!?」

「くっ……ここまでか……」


 うっ……確かにこの状況で、あの姿のボーンナイトが現れたら全員混乱状態になるだろう。


「サラリアさん!! その骨のモンスターは味方です!! だから安心して下さい!!」

「これが味方!? なっ!! 同士討ちを始めたぞ!!」


 左右からくるゾンビの攻撃を寸前で躱すと、ふらつくゾンビの首筋に一撃を見舞う。


「後少ししたら同じのがもう一体出ます!! そのタイミングで俺を先頭にしてこの場を離脱します!!」

「分かった!! シンヤ殿!!」

「サラリアさん。あんな男の言うことを……」

「マイン! 今この場を指揮しているのはシンヤ殿だ!! 死にたくないなら……グリゼリス様をお守りしたいなら口を閉じていろ!」

「マイン。悔しいかも知れないけれど、今はあの男に私たちの命運がかかっているのよ。見てみなさい、この骨のモンスター。ありえないほどの強さよ」

「グリゼリスさま……」


 後ろの方も何とか話がまとまったようだ。

 このゾンビたちは頭部以外に攻撃を加えても、HPがほとんど減らないようだ。

 腕を切り落としてもHPは1とか2しか減らない。


「サラリアさん! 敵は頭部以外ダメージが殆どありません! 首を切り落とすか、頭を叩き割って下さい!」

「了解した!!」


 後ろは三人もいれば完全に封鎖出来る。

 後は前に集中するだけだ!



 剣を振れば振るほど鋭さは増し、神眼で捉える敵の動きも正確になっていく。

 目を閉じていても敵の挙動一つ一つが手に取るように分かる。

 世界が静まり返り、ゆっくりと動いているようだ。


 溢れる死の行進の中で、俺だけは流れに逆らうように突き進んだ。

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