二十五話・第二の歪み
「リーダーのグリゼリスよ。あなたには最初から何も期待していないわ。精々足手まといにならないように気をつけてもらいたいわね」
五人ずつに別れて教師の元に向かった。
もちろん俺の元にも生徒が五人集まった。
そして第一声で言われたのがこれだった。
リーダーの名前はグリゼリス。
性別は女で、年齢は15。
天職は貴族で、レベルは13
ステータスは魔力が一番高くて、18もある。
この能力値は魔力ゼロが基本になる中で、かなり高い方に分類される。
スキルは【簡易魔法】レベル2を持っている。
気の強そうな表情と声質は、他人を寄せ付けない雰囲気を持っている。
腰まで伸びた真っ赤な髪色は、他の生徒と比べても目立っているようだ。
他の生徒からの自己紹介はなく、各パーティーはそれぞれ場所を移して行動していく。
今回の課外授業は、迷宮における準備も各自で行うことになっている。
迷宮において何が必要なのかは、自分たちで判断しろということだ。
準備に使える金額は各パーティーで決まっている。
俺が担当するパーティーは最初に水。
次に食料を買っていく。
食料は値段が安く、携帯しやすい干したモンスターの肉を中心に買い集めた。
買っている量からすると、このパーティーは三日間迷宮に篭りっきりで、探索をするつもりなのだろう。
俺も果物であるナチの実と、鬼牛の干し肉を購入した。
準備も整い、それぞれの食料を持って迷宮内に入っていく。
ここまで俺と生徒との会話はゼロ。
パーティー内での会話はあるが、俺は完全に空気になっている。
愛想は悪いが、下手に絡まれることを考えればすごく楽な展開になったのかもしれない。
生徒の後ろをついてき、ただ眺めているだけ。
うん、いつもの迷宮となんら変わらないや。
迷いながらも少しずつ進んでいく生徒たち。
一層で出現するモンスターは一角ウサギとゴブリンだけだ。
注意すべきなのは、一角ウサギの突進攻撃だけだろう。
それも盾さえあれば容易に防ぐことができるが、盾を持っている生徒は一人もいない。
全員軽装なのだ。
実はこのパーティー、全員が女性で構成されており、グリゼリスとその付き人みたいな構成だ。
雰囲気的に、貴族の中でも上の存在なのかもしれない。
エルトの爺ちゃんの鋭い視線と、何かあった時の責任を負えという発言は、問題児という意味ではなかったのかもしれない。
無事に返さなかったら俺はどうなるんだろう?
また処刑?
想像しただけで脇の方から嫌な汗が流れる。
ちょっとしたトラウマになっているようだ。
何事もないことを祈りながら、何度かの戦闘を終わらせた。
この女性陣の中に一人だけ高レベルで、戦闘向きな天職を持つ人がいる。
名前はサラリア。
レベルは27で天職は剣士。
年齢は二十歳で、この中で一番年長だ。
少し癖のある金髪にブラウンの瞳は、この街では一般的な容姿だ。
背丈は160センチもなさそうで、剣士としては低い方だろう。
でも太刀筋が凄く綺麗で、日々の努力をうかがわせる。
他の三人が戦闘向きな天職じゃないし、見ていても動きがなっていない部分が多いので、この人の活躍が今後の生命線になりそうだ。
サラリアとグリゼリスの活躍もあり、無事に一層をクリアすることができた。
まあ、一層は普通に行けば大人なら誰でも通過することができるからな。
ヴァルハラ迷宮の本番は二層から、とよく言われているし。
「グリゼリス様、お疲れではないですか?」
「大丈夫、まだまだいけるわ」
「グリゼリス様、お水を」
「グリゼリス様、マッサージを」
安全地帯に入ると、どこかの国の姫様のような扱いを受けるグリゼリス。
ここは迷宮だっていうのにまるで別世界のようだ。
肩を揉み揉みとされるグリゼリス。
俺も人生で一回くらいは、ああいう扱いを受けてみたいものだ。
揉む方でもいいけど。
生徒たちから離れた所に座って、そんなことを考えていると、俺の方にサラリアが近づいてくる。
やばい、変な妄想がバレたのか?
場に緊張感が走る。
「シンヤ殿、迷宮に似つかわしくないパーティーですまないな」
顔を上げると、サラリアが申し訳なそうな顔をして立っている。
意外というか、そんなことを考えているなんて思わなかった。
サラリアはそのまま俺の横に座った。
その瞬間、柑橘系のいい匂いが漂ってきた。
「男臭い迷宮に、華のある女性がいるのは迷宮の活性化に繋がりますよ」
本気でそう思う。
こんな女性だけのパーティーなら良くも悪くも注目を集めるだろうし、それ目的で冒険者になろうっていう奴が一人や二人は出てくるはずだ。
全員美人で、冒険者らしからぬ女性らしさも身にまとっている。
「ふっ、お世辞でもそう言って頂けると助かるよ。それにしても戦い方もひどいものだろ?」
「お世辞なんてとんでもない。とてもいいにお……じゃなくて、とてもいい太刀筋だと思いましたよ」
「シンヤ殿にそう言ってもらえると自信がつくよ」
「俺なんかGランクの新人冒険者ですから、言っていることなんてあてになりませんよ」
「ふっ、シンヤ殿は中々に謙虚な人物のようだ」
「え? どういう意味ですか?」
なんだろう? さっきから俺を持ち上げるようなサラリアの発言は。
何かを知っているとでも言わんばかりにニヤリと口角を上げるサラリア。
「変な男でなくて安心したよ。何かあった時はよろしく頼む、エンジェルロードのシンヤ殿」
サラリアは質問に答えることなく、グリゼリスの方に戻った。
今の口振りだと、エンジェルロードのことを知っているっていう感じだったな。
まだ十層を突破したことは、一部のギルド関係者しか知らないはずだけど。
もしかしたらサラリアは冒険者ギルドに情報網を持っているのかもしれないな。
サラリアとの会話が終わってすぐに、グリゼリスは立ち上がった。
「みんな迷宮探索はまだまだ始まったばかり! 気合を入れなおして二層に向かうわよ!」
「グリゼリス様は私たちがお守りしますわ!」
「グリゼリス様、予定通り二層からは私が前衛を務めます」
「分かったわサラリア。前衛は任せるわね」
一層まではグリゼリスとサラリアの前衛は二人で、黄色い声援を送る三人は後衛だった。
二層からが本番というのは冒険者学校でも教えられているようだ。
グリゼリスを中央に配置し、その左右と後方に一人ずつ配置している。
「二層は授業通り、暗くて視界が確保できないわね。私の魔法を使うわ」
グリゼリスの詠唱が終わると、瞬く間に辺りが光に包まれる。
「さすが! グリゼリスさま!!」
「これでスライムも怖くありせんね。さあ、行きましょう。私たちの目標は五層なのですから、こんな所で足踏みをしていてはなりません」
いきなり五層って中々難しいと思うんだけど……。
俺の見立てでは【簡易魔法】の【ライト】があるおかげで、二層は苦労することなく突破できるだろう。
でも三層を突破できるかは難しい所がある。
サラリアとグリゼリスだけならいけるだろうけど、非戦闘員が三人もいるとなるとな。
一応彼女たちも、サラリアとグリゼリスの分の荷物を持っているから、全く要らないというわけではない。
荷物持ちの重要性は俺が一番分かっているからな。
俺の見立て通り二層は時間がかかったが、それでも全員無傷で安全地帯まで来ることができた。
ここで一休みするようで、食事の用意をし始める。
と言っても、お肉と飲み水を並べただけだ。
俺もカゴで寝ているティーファを起こさないように座り込むと、買ってきたナチの実にかじりつく。
味は柿に似ていて、熟していると甘くて美味い。
三日間もぶっ通しで迷宮に潜るつもりらしかったので、ティーファと相談した結果、夜番を任せることになった。
安全地帯といっても、何が起こるかは分からないからな。
「シンヤ殿、今日はここで一夜を過ごすことにします」
サラリアが食事を終えると俺に一声かけてきた。
サラリアは前衛の役割と、伝言の役割を担っているようだ。
「分かりました。俺も寝る準備をしますので」
「シンヤ殿はどう思いますか?」
サラリアは神妙な面持ちに変わり、声のトーンを少し落として話した。
何を聞いているのか素直に分からないが、サラリアが悩んでいるのは確かだろう。
「どう思うって何がですか?」
「私たちが冒険者として、一つのクランとして、これから先やっていけるのか……」
うーん、どうなんだろう?
サラリアは単体でもやっていけるし、新人冒険者としては引く手数多だろう。
グリゼリスもこの世界では希少な魔法を使うことができる。
魔法使いに転職できれば、高い魔力の才能を活かせるかもしれない。
この世界は天職次第っていう面が強いから、これからどんな天職になるのかが重要だ。
結論としては…………分からない。
正直、新人冒険者に聞く方が間違っていると思う。
運次第としか答えようがないが、このままの天職でも五層までは経験を積めばいけるだろうし、そうなれば酪農系クランになることもできる。
「俺の見立てでは、冒険者として最低限の生活を続けていくことはできると思いますよ。でも……このままでは冒険者として、一流までは届かないと思います」
サラリアは俺の答えに大きく頷いた。
胸のつっかえが取れたような表情に変わった。
「率直な意見が聞けて良かった。冒険者学校ではグリゼリス様をチヤホヤしたい連中ばかりでな。率直な意見を聞くことは出来ないんだ」
「そういえば、グリゼリスさんって高貴な人なんですか?」
「冒険者は貴族の情報に疎いと聞くが、グリゼリス様を知らないとはな」
「ごめんなさい。俺って無知なもので……」
「いや、シンヤ殿を軽蔑したとかいうことではないのだ。世間の常識は冒険者の非常識。冒険者の常識は世間の非常識という言葉を思い出してな。我々もそういう世界に身を置くことになるのだと考えただけだ」
そんな格言みたいなことは初めて聞いたけど、確かにあっているかもしれないな。
冒険者はそこら中で喧嘩しているし、飲み屋で物を壊すこともよくあるらしいし。
「グリゼリス様は、モンジュー公爵家の現当主、セオルド・モンジュー様の長子であるオズワルド様の、一人娘にあたるお方だ」
ほうほう。
となるとグリゼリスはヴァルハラ迷宮都市で一番偉い人の孫にあたるわけか。
って、滅茶苦茶偉い人じゃないか!?
なんでそんな人が冒険者になろうとしているんだ?
確か、モンジュー公爵家の長男は謎の死を遂げていて……その一人娘だから、グリゼリスが次期公爵になってもおかしくないのに。
「ふっ、そんな人がどうして冒険者に……といった所か。それは誰もが思う所だろうな」
「事情があるんですか?」
聞いてはいけない気がしたけど、話を聞いてみる。
この話はもしかしたらギルドマスターと副ギルドマスターの争いに繋がる可能性があるからだ。
「済まないがこの話をすれば、シンヤ殿を面倒ごとに巻き込むことになるだろうから今は何も言えない」
「そうおっしゃるなら深くは聞きません」
面倒ごとは勘弁だしな。
多分、現当主の三男に追い出されたとかだと思う。
長男の謎の死っていうのも三男の関与が怪しいもんな。
「サラリアさん! いつまでそんな男の所で暇を潰しているのですか!? 」
「そこの醜男もサラリアさんを誘惑しないで下さい!」
「明日は早いんですから、もう寝ましょう」
グリゼリスの付き人がプリプリとしながら、俺とサラリアを叱っていく。
付き人の三人とも俺とあまり関わりたくないといった感じで、サラリアをさっさと連れて行った。
翌朝、ティーファに異常がなかったことを聞いて役割を代わった。
気合十分の五人は早速三層の中に入っていく。
後ろをついて歩く俺。
これもまた俺の予想通り、コボルトの遠距離攻撃に苦労するサラリアたち。
一体だけならなんとかなるが、複数対となると無闇に近づけない。
コボルトを回避するために遠回りを繰り返し、時間だけが過ぎて行った。
そんな時、異変は起こった。
何かがーー深い闇そのものが地中から突然現れたような、言い様のない奇妙な感覚だった。
召喚? 転移? どれとも違う。
でもこの感覚は初めてじゃない。
どこでだったか、そう遠くない過去の話だ。
空気が変わったことを生徒の五人も感じ取り、その場に立ち尽くす。
それぞれから息を飲む音が聞こえてくる。
ティーファも籠から飛び起きた。
どこからともなくやってくる足音は、どこかの軍隊が大行進している音にも聞こえる。
恐怖がこの場を支配した。
「一体何が……」
「逃げましょう! グリゼリス様!」
闇に対抗するように光が俺たちを包み込む。
下を見ると幾何学模様の魔法陣が浮かんでいた。
ティーファの召喚魔法だ。
「何が起こっているのです!」
「シンヤ殿、これは一体!?」
分からない……分からないけど、少しのひっかかりを感じる。
必死に思い出そうとする中、敵の一部が迷宮の角を曲がり姿を現した。
後ろを振り返れば、そちらも敵の一部で埋め尽くされている。
退路は完全に絶たれた。
「なんだ!? この大量に歩く腐った死体は!?」
サラリアの目は瞳孔が開いていて、声から焦り、恐怖が伝わってくる。
「サラリアさんどうしましょう!? 前も後ろも腐った死体でいっぱいです!」
「このままだと死んでしまいます……お家に帰りたい……」
「サラリア、あの大群を突っ切れる?」
サラリアは自身の運命を悟ったかのように、ゆっくりと首を横に振った。
敵の数はパッと見ても底をしれない。
50や100は軽く超えているだろう。
でもあいつが……本当にあいつがこの世界に登場しているなら、こんな数ですむはずがない。
1000体どころの話ではなくなるのは確かだ。
このゾンビの大群を見て敵が一体誰なのか、答えが脳裏に浮かんできた。
『死霊の魔導士レギレウス』
<ヴァルキリー・クロニクル・オンライン>の第二のボス。
『マシュール街の処刑人』の次のボスキャラだ。
もし本当にあいつなら、この迷宮は……この世界は死で溢れかえることになるのかもしれない。