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五話・ライチ村

 俺の容姿は正直言って良くはない。

 高校の中でも下から数えたほうが遥かに早いだろう。

 いや、一番下かもしれない。

 俺はそういう自分を理解しているし、学校の中でも自分の容姿を使って笑いを取ることもある。

 でも、それでもこの扱いは酷すぎるだろう。


 俺は今、ライチ村の村長の家に来ている。

 来ているというか捕まっている。

 木造りで出来た築何年経っているのか想像もつかない古い家だ。

 歩けばギシギシと床から音が鳴る。

 俺はそんな家の中で体を縄で縛られ、口に布を押し込められた状態で大の男たちに囲まれている。


「ゴブリンが服を着て、俺たちを騙そうとしてるんじゃないか?」

「ゴブリンにしちゃあ大きくねえか? もっと小せえって聞いたことがあるぞ」

「でも、こんな平べったい顔見たこねーよ」

「こんな得体の知れない奴を村に置くなんて、おらは反対だべ」


 さっきから俺のことをモンスターだ、ゴブリンだ、顔がおかしいなどと俺を囲んで盛んに悪口を言ってくる。

 正直いくら俺でも気持ちが折れそうになってくる。

 俺ってこの世界ではゴブリンに似ているのか?

 ゲームによく出てくる緑色で小さな体つきをした、真っ先に狩られるアレに。

 いくらなんでも酷いだろ。


「さっきから言ってるだろ、こいつはモンスターじゃないぞ。ちゃんと喋れるし名前もあるんだ」

「ルークは少し黙っとけ。お前がこんな厄介ごとを持ってくるから、俺たちが集まって相談しているんだろ!」

「村長はどう思われますか?」

「うーん。ワシはゴブリンを見たことがあるのだが、これとは全く別の生き物だった。ルイス、そいつを喋れるようにしてやってくれ」


 少しよれた服を着ている村長と呼ばれた白髪頭の爺さんが、ルイスに指示を出した。

 ルイスっていうのはルークとエレナの父親で、俺を縄で縛りここまで連れてきた男だ。

 まあ、最初は他の村人の男に取り押さえられたんだが。

 ルイスはかなり筋肉質な体で、俺の必死の抵抗も虚しくあっけなくやられてしまった。

 ルイスは俺の口に入っている布を抜き取った。


「プハァー」


 息苦しかった鼻呼吸からやっと解放されて大きく息を吐き出した。


「名前はなんという?」


 村長は俺に視線を向けながら聞いてくる。


「高橋神也です」

「タカハシシンヤ、変わった名前だな。生まれはどこの国だ?」

「……頭を打ってしまって名前以外は思い出せません」

「お、俺が仕掛けた罠で頭を打っちゃったんだ」


 ルークは俺がこの家に連れて来られてからも、大人たちに怒られながら必死に俺のことを庇ってくれている。

 頼む、頑張ってくれルーク。

 俺の無実を晴らしてくれ。


「どうしてホルホルの森に来たのかも覚えていないのか?」


 周りを囲む男の一人が声を出した。


「覚えていません」


 覚えているけど処刑されそうになったところを走って逃げてきました、なんて言えるか。

 記憶喪失、それで乗り切るしかない。


 俺の考えは本当に甘かったようだ。

 もっと簡単に、ご飯にありつけると思っていた。

 何日間は少なくとも泊めてくれると思っていた。

 こんなことなら死んだフリを続けていた方が良かったのかもしれない。


「こいつはやっぱり村から追い出すべきだ」

「そうだ、そうだ」

「こいつは怪しすぎる」

「村長、追い出すべきだべ」


 周りの男たちは口々に追い出せとわめている。

 村長はその声に一度頷くと、俺の目を見て口を開いた。


「お前たちの言いたいことはよく分かった。確かにこの男が怪しいのは間違いない。だがな、ルークが言うようにもし本当に罠にかかって頭を打ち、記憶をなくしてしまっていたらどうする? 記憶を失った人間を追い出すのか? 記憶がないのであればこの村を追い出されればこの男はこの先、生きてはいけないだろう。追い出すということは死を与えるのと同じだということだ。それでいいのか? どうだルイス?」


 追い出される程度ならまだマシだと思っていたが、なぜか村長は俺に肩入れするような発言をしてくれた。

 ルイスは左手で下顎を触ると、少しの間考えるような素振りを見せて口を開いた。


「村長、それでも俺はこいつを村に置くのは反対です。俺にはこいつが怪しい人間には見えない……だが、この村で働かない人間を養うのは食料的にしんどい。俺たち家族だってそんなに余裕のある生活を送ってるわけじゃない。他のみんなだってそうだ」


 周りの男たちはルイスの言葉に、一様に頷く。

 ルイスは言葉を続ける。


「働く人間ならまだしも、ただ食べるだけの人間を置いておくほど俺はお人好しにはなれない。見ず知らずのこいつの命よりも、明日の家族の食料の方が大事だ」

「そうだ! そうだ!」


 怒号のような声が一斉に湧き上がり、室内が熱気に包まれる。

 これで俺がここから追い出されるのは決まったな。

 村長は一度俺の目を見て、何かを言いたそうな顔をするがあまり理解出来なかった。

 明日からどうやって生きていこうか。

 そんなことをのんびり考えるが何も思い浮かばない。

 まあ、なんとかなるだろう。


「タカハシシンヤと言ったかな? 申し訳ないがこれがこの村の結論だ。今日はこのままこの家で泊まっていくといい、だが明日には出て行ったもらう」


 村長は、俺の顔を何故か哀れみを持った顔で見つめて言った。

 よく見ると村長の顔もあまり宜しくないというか、なんというか。

 同類の不遇を哀れむということなのか。



 意見がまとまった後、集まっていた男たちは皆部屋から出て行った。

 俺はその後、塩気のないジャガイモのようなものが入ったスープを一杯もらった。

 薄味すぎて正直言って美味しくなかった。

 でも村長の気持ちは素直に嬉しいと思った。


 俺に付けられていた縄は解いてもらったのだが、この部屋には外から鍵がかかっている。

 まあ、外に出る理由もないからいいのだが。

 一つの掛け布団を貸してもらい、肌寒い夜をなんとかやり過ごすことができた。

 この世界に来てから良いことがなかったので村長の哀れみがジワジワと胸に染みてくる。


 その分、明日からどうするべきか考えれば考えるほど不安になっていく。

 食べるものは? 飲む水は? 寝る場所は?

 こんな知らない場所で生きていけるのか?

 村長が言うように、おれはこの世界のことをほとんど知らない記憶喪失も同然の人間だ。

 ここで放り出されれば死んだも同然じゃないのか?

 具体的に考え出すと、俺の状況は逃げ出す前と変わらず絶望的なのかもしれない。

 死刑という恐怖から逃げ出せたこと、擬似天使化の力を肌で感じたこと、その二つの出来事がいつの間にか俺を楽観視させていた。

 なんとかなると。


 ここから追い出されたらダメだ。

 少なくとも十日間はこの村に居させてもらえない絶対にヤバイ。

 なんとかしないと。







 何かが動く音をなんとなく耳にしながら、俺はユックリと瞼を開けた。

 いい考えが思いつく前に俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 想像以上に疲れていたのかもしれない。


 さっきから動いている音は村長だろうか?

 俺のそんな疑問はすぐに解決された。

 閉じられていたドアがバンっと開くと、そこにはルークが立っていた。

 その後ろにはエレナの姿も見える。


「あ、二人ともおはよう。いきなりどうしたんだ?」


 ルークは返事をすることなく、怖い顔をしてこちらに向かって歩いてくる。

 ま、まさか嘘がバレたとかか?

 嫌な予感がした。

 ルークは俺が寝ている前に来ると腰を大きく曲げて声を上げた。


「すまんシンヤ。俺の力が足りなかった。親父を説得できなかった」


 な、なんだ違うのか。

 別にルークが悪いわけじゃないし、むしろ俺が騙しているからそんなに謝られると罪悪感が。

 俺は起き上がるとルークの肩を掴んで言った。


「何言ってるんだルーク。俺はむしろお前に感謝している。お前がいなかったら俺はあのまま死んでいたかもしれない。ありがとう、ルーク」


 なんだかんだでご飯も出たし、一日泊まれたしな。

 それに昨日、ルークが大人に食ってかかって俺を助けようとしてくれたのは嬉しかったし。

 ルークは俺の言葉を聞いて顔を隠すように俯いた。


「まあ、俺一人でなんとかやるさ」


 そうだ、ルークはもう十分やってくれたと思う。

 後は俺が土下座してでも村に置いてもらうようにお願いするだけだ。

 俺の言葉にルークはガバッと顔を上げた。


「シンヤ、死ぬかもしれないんだぞ!」


 そんな大げさな、土下座程度死ぬわけないだろと思いながらも、ルークの言う通り死ぬ気で土下座しないといけないのかもしれないと考え直す。


「覚悟は出来てるさ」

「シンヤ……初めて会った時は変なか……奴だと思ってたけど、俺はシンヤのことすげーかっこいいと思うぞ」


 かっこいいなんて言われたこと初めなんだが……。

 俺のどこにかっこいいと思う要素があったんだ?

 ルークの顔を見てもおちょくっているという雰囲気でもないし。

 まあいいか。

 男に言われてもそんなに嬉しいものでもないし。


「そういえば、村長ってこの家に居るのか?」

「ああ、裏庭でマキを割ってたぞ。 それがどうした?」

「ああ、挨拶しとこうと思ってな」


 まずは手始めに村長に土下座だな。

 こういうのは権力者からに決まっている。

 それに村長は俺に好意的だからな。


「そうか……もう行くのか。俺が案内してやるよ」

「助かるよ」


 そう言うと二人で出口の方に向かっていく。


「どうしたエレナ、今からお兄ちゃんと一緒に裏庭に行くぞ」


 出口の前ではエレナが俺を見つめて突っ立ていた。

 そしてエレナは意を決したように口を開いた。


「エレナもシンヤのことかっこいいと思う」


 ん? 今の聞き間違いか?


「今なんて?」

「もう言わないっ!」


 俺が真顔で聞き返すと、エレナは一言喋ってプイッと後ろを向いた。

 意味が分からないんだけど。

 もしかして、俺の土下座への覚悟が二人の心に響いたのか?

 そこまで言われたら俺も死ぬ気で土下座するしかないな。

 子供だとしても可愛い子にカッコいいって言われるのは悪い気はしない。

 うん、悪い気はしない。


「おいシンヤ、顔がニヤついてるぞ!」

「そ、そうか? 俺の顔は普段からこんな感じだって」


 そんな嬉しいこともあり、俺は俄然この村に残ることを決意しながらルークの後をついていった。



 ガツガツといい音を鳴らしながら村長が斧を振り上げてまた下ろす。

 その作業をリズム良く何度も繰り返していた。

 村長の裏庭はかなり広く、そこには大量の木の幹と切断された木片が並んでいた。

 村長は年に似合わず元気なようだ。

 俺たちが近づいていくと、村長は振り上げた斧をユックリと下ろしてこちらを見た。


「よく眠れたか?」

「お陰様でグッスリと」

「そうか、それは良かった」

「村長、実はお話があってここに来ました」

「一体なんだ? まあ検討はついてはいるが」


 俺は地面に膝をつけて、おデコを地面に擦り付けるほど頭を下げた。

 恥も見聞もない。

 後ろからルークが何か言っているが無視だ。


「俺をこの村に置いて下さい。薪割り、掃除、なんでもします。十日間だけでいいんです」


 これは決まったな。

 最高の土下座だ。

 俺は勝利を確信した。



「それは無理だ。昨日、皆で決めたことだからな」

「そ、そんなぁ。俺はまだ死にたくありません、お願いします。どんな雑用だって引き受けますから」


 嘘だろ、不良に絡まれた時もこの土下座で見逃してもらったのに。

 あの時の土下座よりも更に頭の角度は効いてるはずだ。

 恐る恐る顔を上げて見ると、厳しい顔つきをしていた村長はニヤリと笑い口を開く。


「だが、村の皆が良いと言うのならワシに反対する理由もない」

「ほ、本当ですか? 俺、村の人たちに土下座してきます!」


 俺は勢いよく立ち上がると村長の手を握り上下に振る。

 村長も心なしか笑顔に見える。

 まずは一人目だ。

 ヒヤヒヤさせるなよ。


 俺の勇姿を見ているであろう、ルークとエレナに向けて笑顔で振り向く。

 振り向いた先の二人の顔はなぜか能面のように表情をなくしていた。


「おい、ルークどうした? 俺の覚悟にビビっちまったか?」


 笑いながらルークに話しかけるが反応がない。


「エレナもどうした? もしかして惚れたとか言うなよ」


 エレナに冗談をかましてみるがこれもまた反応がない。

 二人だけ、時間が止まっているみたいだ。

 兄弟で流行っている遊びか? そんな遊びよりも今の俺は時間が惜しい。

 一分でも早く土下座して回らないといけない。


「ルーク、それはもういいから良かったら村の案内をしてくれないか? 出来るだけ多くの人に土下座して回りたいからな」

「シンヤ……お前の覚悟って……」


 ルークは出ない言葉を絞り出すように話した。


「やっと喋ったか。あれが死ぬ気の土下座ってやつだよ。生半可な覚悟では出来ないぞ?」

「シンヤ……いや、俺の責任なんだ。俺が何か言えた立場じゃない……」


 ルークの顔は能面のような顔から、寂しそうな顔へと変わっていった。

 恐らく、俺の覚悟と自分の覚悟の差に落胆しているのだろう。


「で、案内してくれるのか?」

「ああ、俺の責任だからな……案内するよ」




 ルークの紹介を通して出会う村人、老若男女含めて土下座していった。

 主に女性と子供だ。

 俺の後ろではルークとエレナが、俺の勇姿を食入るように見ているに違いない。

 俺は土下座の効果を肌で実感していった。


 村にいる人間のほぼ全員に土下座が終わった後、昨日集まっていた男連中にも土下座をしに行く。

 男連中は村の外で働いているようだ。

 ルークに案内されるままついて行くと、そこにはルイスが立っていた。


 俺はこなれた動作で膝をつき頭を下げる。

 もう何十回も繰り返した動作だ。


 そしていつもの決まったセリフを語る。

 俺のセリフを聞いた者の多くは俺の覚悟に押されて、恐れおののき後退る。


 はずだったのだが……俺は今、胸ぐらを掴まれて少し宙に浮いている。

 軽々と俺を持ち上げる腕力とヤクザ顔負けの厳つい顔に、俺の顔が恐怖で引きつる。


「お前はどうして昨日、それを言わなかった。あの場で今話したことを言っていれば、他のみんなも説得できたんだ。当の本人がボケっと座って、他人事のようにしてたらあの場ではどうやっても他の連中を納得させられないだろ!」

「え、あ、ゴメンなさい」


 怒られているような、庇われているよな、複雑な感情になる。

 でも、それ以上に怖い。

 ルイスは一度大きく息を吐き出すと、俺を持ち上げていた両腕を下ろした。


「……まあ、お前も記憶をなくして仕方なかったのかもしれないな。俺がなんとか一緒に他の連中を説得してやる。ついて来い」



 その後、俺はルイスたちと一緒に村の男たちにお願いしに行った。

 土下座はなしだ。

 ルイスの仲介もあってか雑用をこなすことを条件に、村の外れに小屋を建ててそこに住んでいいことになった。

 ご飯はルイスの家と村長の家で食べられることになった。


 この世界に来てから俺は初めて自分の居場所を手に入れることが出来た。

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