閑話・陰謀
「そんなバカな! 何が起こっているというのだ!!」
ガタンッッ!!
近況を聞いたバルボアは荒ら荒らしく椅子を蹴り上げた。
どうにも腹の虫が収まらず、同じ場所を行ったり来たりするバルボア。
ギルドマスター室は書類が飛び散り、一週間前と比べられないほど荒れていた。
「一体どうなっている? エンジェルロードといい、ホーリーロードといい、憎たらしい奴らめ!!」
バルボアは今日までの出来事を思い返していた。
シンヤという男がポーション系の魔導具を持ってきたこと。
バルボア自身も謎が多く残ったが、協力者に求められ、全ての処理を任せた。
協力者から聞いた手筈では、シンヤという男は情報を吐かせるために徹底的に拷問されるはずだった。
その後の生死は聞かずとも分かるだろう。
そんな中、ホーリーロードとエンジェルロードが迷宮から帰ってこないことを知った。
いつものように自陣に組しない新人狩りと、シンヤの拷問が行われたのだと理解した。
いつもご苦労なことだと、バルボアは気にも止めていなかった。
最初の違和感を覚えたのはタイルスの天剣からの報告だった。
協力者が未だに帰っていないという話を聞いた。
あの者は自由奔放で、時には一ヶ月近く姿をくらます時もあった。
その時はタイルスの天剣に心配ないだろうと話をつけた。
だが、二週間を経過してもなお、協力者は姿を現さなかった。
燃える十四層。
違和感は大きくなっていく。
そんな時、ホーリーロードがバズズラスネークの王を破り、大量の魔石を持って帰還したという話が耳に届いた。
その瞬間、自身が思い描いていた絵図とは全く違う状況が進んでいることを理解することになる。
バルボアは共犯者の元に話を聞きに行くことにした。
自身の知らない情報の収集と、整理を行うためだ。
そこで得た情報は自身が持つ情報となんら変わらなかった。
協力者は魔導具を持っていた男に、いたく興味を示していたという程度の情報だ。
冒険者ギルドに戻ってみれば、今度はエンジェルロードが五層で出現する魔物の魔石を、大量に査定に出したという。
あの者の性格上、興味を持った者に対する行動は早い。
過去の経験から、シンヤが未だに生きているなどありえないことだった。
湧き上がる疑念。
それは確信に変わった。
自身の知らない場所で何かが起こっている。
いや、起こったのだと。
それから事はすぐに起こった。
副ギルドマスターであるロロナからの宣戦布告状だ。
これまでの通例破りである、管理員の引き抜きを堂々と書面にて送ってきたのだ。
他の管理員ならばそこまでの執着はなく、バルボアの怒りが沸点に届く前に収まっていたかもしれない。
だがーーマリナだけはそうはいかなかった。
あの男の娘であり、あの女の生き写しのようなあいつだけは、この手でじっくりと地獄に落としてやりたかったのだ。
自身の手からこぼれ落ちた獲物は、何が何でも取り戻さなければならない。
戦力も圧倒的に自陣が上回っている。
これを機会に目の上のたんこぶだった、ロロナ陣営との全面対決の手筈を整え出した。
ギルド内での権力争いは 票取り合戦が中心といえる。
ギルドマスターに選ばれるには、四年に一回の選挙でより多くの投票を得なくてはならない。
この選挙はリンカ王国のどの冒険者ギルドであっても例外なく行われる、古代から伝わる絶対の掟なのだ。
選挙権を持つのはギルド職員と、選挙日の三ヶ月前までから選挙がある冒険者ギルドに在籍しているFランク以上の冒険者のみとなっている。
選挙が行われるのは約四ヶ月後。
もちろんロロナ副ギルドマスターも、それを見据えての大胆な行動だろう。
協力者の生死は不明だが、それでもこれまで蓄えた財力、それにモンジュー公爵家の権力を使えば、相手陣営の切り崩し、第三勢力の吸収と、さらに圧倒的な差でひねり潰せるはずだと考えた。
だがバルボアの思うように事は上手く運んでいなかった。
その原因は二つの若いクランにあった。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集めている、ホーリー・ロード。
今日の報告で十層を突破したという、エンジェル・ロード。
特にホーリーロードのアンジェリカの元には、多くのクランが移籍の希望を出している。
ホーリーロードと同じ管理員となれば、その恩恵も大きくなる。
情報の共有、人との繋がり、合同作戦、指導や教育。
冒険者として圧倒的に有利に進めることができる。
そして、謎多きクランであるエンジェル・ロード。
たった二人のクランのはずだが、一人はペットである鳥だという話だ。
実質一人のクラン。
それは過去を遡っても、勇者であったファティス以来の話である。
情報を整理してみれば、エンジェルロードとホーリーロードは一緒に十四層まで飛ばされ、一緒に迷宮から出てきたのは間違いないだろう。
あの者が転移石を使うのは興味を引いた相手だけだ。
魔導具のこともあり、今回の急成長の原因がシンヤにあるのは、火を見るよりも明らかだった。
こんな時に圧倒的な力を持ち、闇に通ずる力を持つあの者がいればとバルボアは考える。
だが、無い物ねだりをしても事態は動かない。
状況から鑑みても、シンヤが今回の戦いの胆だ。
しかし、並みの力で押さえ込もうとしても、逆にこちらが押しつぶされてしまいそうな不気味さを感じていた。
そんなバルボアが思い浮かべたのはいつものような卑劣な手だ。
だが、今こちらの陣営に闇に手を染められる人材は二つのクランしかない。
『地の底を這う影』と『タイルスの天剣』だ。
バルボアは事を確実に運ぶために『地の底を這う影』を使うことに決めた。
その対象は誰か?
バルボアの頭の中に最初に浮かんだのはマリナだった。
しかし、マリナはほとんどを冒険者ギルドで過ごし、ロロナの保護下にある。
それが終わればシンヤという男と一緒に家まで帰り、その後家で一緒に過ごしており、隙がほとんどない。
次に浮かんだのは双子の姉妹だった。
あの二人なら容易く手の内に収められるだろう。
「ふっ、はっはっはっはっ! もう少し楽しみたかったが、こんな結末もまあいいだろう」
長い歴史を持つギルドマスター室に、過去に類を見ない下衆な笑いが響いた。
バルボアの脳裏に浮かぶのは、三姉妹がなぶりものにされ、この世に生まれたことを恨みながら死に行く姿だった。
世界を動かす運命の歯車は、小さな歪みから、やがて大きな歪みへと変わっていく。




