二十三話・初めての報酬
「ブルルッン」
ペガサスの上に乗ると、ティーファを俺の股の間に置く。
初体験の乗馬が、手綱も鞍もない不安定な状況なのは肝が冷える。
ぺガサスのたてがみをしっかりと握る。
「ファッッ!」
「出発だ!」
俺とティーファの声を合図に、ペガサスは大きな羽を上下に動かしていく。
心地よい風とともに、草原がなびく音が響く。
少しフワリとした感覚の後、俺たちは宙に浮いた。
「っっておおおいい! 高すぎるって!」
グングンと高度を上げていくペガサス。
下を見るとティーファも震えて縮こまっている。
ここは俺がしっかりとティーファを支えて上げないと!
ものは考えようだ。
よくよく考えればいくら高いといっても、擬似天使化で空を飛んだ時に比べれば全然低い。
下を見ると、ビルの10階建ての高さくらいだろう。
うん……よゆう…………よゆう……………。
たてがみを掴む手に自然と力が入る。
丸まっているティーファの代わりに指示を出す。
「ペガサス、あの迷宮の入り口みたいな場所をもう一つ探してくれ」
「ブルルッン!」
ペガサスは上昇するのをやめて、前方に推進力を傾ける。
振動もなく、気持ちいい風を受けながら前進し始めた。
高さと乗馬に慣れてくると、辺りを見回す余裕も出てくる。
「おお! 上から見ると結構モンスターも冒険者もいるんだな」
複数の冒険者が一体の鬼牛を取り囲んで攻撃を加えている。
みんな必死で上を見る余裕はなさそうだ。
「上から見ても、この階層は草原しかないんだな。お、なんだあれ?」
遠くの方で何かが光ったように見えた。
ペガサスに指示を出して、そっちの方に向かってもらう。
「さっき光ったのはなんだったんだろう?」
近くにくるとその疑問の答えが分かった。
宝箱だ。
キラキラと光る宝石を各所に散りばめらた、金属製の宝箱
青色を基調にした綺麗な色をしている。
早速降りてみる。
「ファッッ!」
さっきまで震えていたのが嘘のように、元気に叫ぶティーファ。
「どうするティーファ。罠の可能性もあるけど」
「ファッッ!」
ティーファは高くジャンプして右の翼を上げた。
もちろん開ける。
という意味だろう。
さすがにペガサスでは宝箱を開けることはできない。
ボーンナイトのリキャストタイムが終わるのもまだ先になる。
ティーファも手がないから無理だ。
となると……俺しかいないか。
宝箱に近づくと、その存在が神眼の効果範囲に入る。
モンスターではないことは確認できた。
開けようとした途端、食われてしまうというのは無くなった。
まあ、回復魔法持ちが二人もいるしなんとかなるだろう。
回復魔法レベル2は毒も麻痺も治せるしな。
宝箱の前にくると、慎重に箱を開けた。
鍵はかかっていなかった。
「お、これってもしかして転移石?」
中には水晶のような透明な石と、その中に4と数字が書かれている。
どうやら初めての宝箱箱の中身は転移石のようだ。
次は時間を大幅に短縮できそうだ。
そう思い、その場を後にしようとした。
「ファッッ!」
「どうした、ティーファ? まだ何かあるのか?」
ティーファは宝箱を見つめている。
「まさか、これも持って帰るつもりじゃ……」
「ファッッ!!」
ティーファの目は宝石のように輝いている。
宝箱に散りばめられた宝石のように。
ティーファも一応女の子だから、そういうのに興味があるのかもしれない。
それにしてもこれを持って帰るのは強欲な気もするが。
頑張っているティーファだ。
ご褒美に宝箱を持って帰るか!
「ぬわあああああぁああ」
思いっきり力を入れて宝箱を持ち上げようとするが、大地とくっついているのかと思うほどビクともしない。
粘っても無理だった。
「ごめんティーファ。これは持って帰れないやつみたいだ」
「ファッ…………」
力無く答えるティーファ。
ティーファはのろのろと宝箱に近づくと、後ろ足でひと蹴りかました。
その顔は蹴る前よりも少しだけ晴れ晴れとしているように見える。
転移石を手にした俺たちは、無事に四層の出口を発見することができた。
ここまでかかった時間は四時間から五時間程度だろう。
ペガサスで時間を短縮できたのは大きかった。
今日は目標の五層まで到達できたし、上出来だろう。
五層でモンスターの素材を狩ってから帰るとしよう。
ペガサスを帰還させ、安全地帯に入ると人がいなかった。
せっかくだからここで少し一休みをしよう。
ティーファに声をかけると、二人で迷宮の壁にもたれかかった。
五層で出てくるモンスターはバッドフロッグとバブルスライムらしい。
バッドフロッグはお肉が買い取りされているし、内蔵の一部はそこそこの値段がするらしい。
バブルスライムの魔石は麻痺消し薬の材料として使われる。
五層はまた迷路のような構造になっているが、所々で沼地のような場所もあるらしい。
休憩も終わり、ティーファはボーンナイトを二体召喚した。
五層で二体、帰りの四層で一体、三層で二体というローテーション制を採用した。
ペガサスの消費魔力は150とそれほどでもないんだけど、リキャストタイムは10時間かかる。
ペガサスはまた明日になる。
バッドフロッグは緑色の体に、黄色の斑点がいくつもある気持ちの悪いカエルだ。
大きさは二メールにもなり、長い舌で人間を捉えて、口から吐き出される胃液で体を溶かしてくる。
想像しただけでも痛そうな攻撃をしてくる。
バブルスライムは普通のスライムと基本的に変わらないが、麻痺攻撃をしてくるという差がある。
この層で一番酷い死に方が、麻痺攻撃を受けて動けないところに、バッドフロッグの胃液攻撃を受け続けることだ。
苦悶の表情を浮かべた死体がたまに発見されるらしい。
と言っても、俺たちは五層程度なら楽勝だ。
バッドフロッグもバブルスライムもボーンナイトの一撃でサクサク死んでいく。
バッドフロッグの体は嵩張るのでバブルスライムの魔石を集めていく。
魔石を集めるのは俺の役目だ。
ある程度の時間が経つと、五層を後にした。
バブルスライムの魔石×19
バッドフロッグの胆嚢×1
今日手にした素材だ。
無事に迷宮から戻ってくると、この素材を渡しに第五クラン管理場に向かった。
第五クラン管理場の中でもマリナの窓口は端っこだ。
マリナの姿が見える。
「マリナ! ただいま帰りました!」
勢いよく窓口に飛び込むと、マリナは目を見開きビックリしている。
素材が入った麻袋をマリナの前の机に置いた。
「今日はなんと! 手ぶらじゃないんです! な、ティーファ!」
「ファッッ!!」
「お帰りなさい。シンヤ、ティーファ」
優しい笑顔を見せたマリナは、早速素材を一つ一つ手に取って真剣な目つきで眺めていく。
「全部バブルスライムの魔石…………しかもこの数……すごい…………」
マリナは聞こえないような小さな声で言うと、ゴクリと喉を鳴らした。
「そこそこの値段がつきそうですか?」
「ええ……。バブルスライムの魔石は質の良いもので1000ルクします。バッドフロッグの胆嚢は質が良ければ2000ルクです。ただこの胆嚢は素材を剥ぎ取る技術がなっていないので、小さな傷がそこら中にあります。値段はほとんどつかないでしょう」
マジですか!?
胆嚢をとるのにどれだけ苦労したか……。
あんなグロい生物のお腹を割いて、吐きそうになりながら必死で切り取ったのに。
「とりあえず全てを査定場に持っていっておきますね。私の見立てでは恐らく15000ルク程度になるはずです」
15000ルクか!
1日でこれなら上出来だ!
借金を返しても更に5000ルクも余る。
「じゃあお願いします!」
俺とティーファはその間、冒険者ギルドで待っていると、マリナはお金を持って現れた。
「査定結果は予想通り、15000ルクでした。そこから手数料と税金が20%かかります。内訳はギルド管理員に3%、冒険者ギルドに10%、国に7%となっております。差し引きして12000ルクとなります」
そうか、手数料のことを忘れていた。
それでも迷宮に毎日潜る限り、お金に困ることはなさそうだ。
「マリナ、今日はみんなで焼肉でも食べにいきませんか?」
この世界に来て初めて自分で稼いだお金だ。
自分だけに使うんじゃなくて、みんなで使いたい気分だ。
「そうですね……お祝いも兼ねてみんなで行きましょうか!」
マリナは少し考えるそぶりをしたが、すぐに笑顔に変わり快諾した。
ニョニョとルルを加えて、迷宮都市で評判の焼肉屋さんで食事をした。




