二十一話・召喚魔法
久しぶりの二層にやってきた。
前に来た時と違い、今回はサクサクと進んでいける。
その理由はスキル【神眼】にある。
この二層は薄暗く、スライムが壁や天井に張り付いているせいで、慎重に進まないと生死に関わる。
天井の高さは三〜四メートルの間で、神眼の効果範囲にある。
今の俺は前衛をこなすとともに、索敵の役割もできている。
俺の指示に従ってティーファが【火の矢】で次々と燃やしていく。
今回の目標はスキルの確認と、五層に行くことを目標にしている。
できるだけ早く七層まで到達しないと、マリナがギルド管理員を首になると聞いたからだ。
その期間は残り約二ヶ月。
これだけの期間があれば、確実に達成はできるだろう。
ただ……管理員の降格にはギルドマスター権限が大きく働くことから、不測の事態に備えてできるだけ早く達成しておきたい。
三層までの行き方はマリナから聞いていたおかげで、迷わずに抜けることができた。
ここまでかかった時間は、体感で二時間程度といったところか。
帰りにも同じ時間がかかると想定すると、残り時間は四〜五時間程度だろう。
深い層に潜るなら泊まり覚悟か、転移石か帰還石は必須のようだ。
こう考えてみると、ベネッサのスキルは便利だ。
仲間に一人いればと考えてしまう。
迷宮について考えていると、角を曲がった先でモンスターと遭遇した。
三層で初めての敵だ。
モンスターの種類はコボルトだ。
体長は一メートル四十センチくらいで、人間の子供くらいの身長だ。
全身が体毛で覆われていて、頭の上に狐みたいな耳が立っている。
見た目は二足歩行の可愛らしい動物だ。
性格は猪突猛進なゴブリンと違って、コボルトは非常に慎重で、弓や石つぶてなのど遠距離攻撃を使ってくる。
更に、ゴブリンよりも知性は高いと言われている。
この三層は二層と違い、石造りの壁に等距離ずつ松明が飾られてあって明るい。
そのおかげで視界の確保はしやすくなっている。
今回は神眼の範囲内に入るよりも先に、モンスターの姿を確認することができた。
コボルトとの距離は約二十メートル。
「ティーファ、火魔法を頼む」
「ファッッ!!」
ティーファが火魔法を念じだした。
ティーファの火魔法の詠唱時間は、火矢で大体四秒ほど時間がかかる。
炎の嵐の時は十秒以上かかっていた。
詠唱といえるのか厳密には怪しいところもあるが、一応ティーファなりに何かを言っているようだ。
コボルトもこちらの存在に気づいたようで、慣れた感じで弓を構えだした。
ティーファの火魔法が発動する前にコボルトが矢を放つ。
小さな放物線を描いて接近してくる矢。
矢が神眼の効果範囲に入ると、その軌道の先が分かった。
狙いはティーファだ。
ティーファの前に立つと、剣身を横にして矢の軌道上で待ち構える。
カンッッと、甲高い鉄と鉄がぶつかり合う音が迷宮に響く。
と、同時にティーファの火矢が空中に現れた。
「ファッッ!!」
お返しとばかりに、さっきの矢の三倍速くらいのスピードでコボルトに向かって飛んで行く。
時速300キロくらいありそうだ。
「ぐぎゃあああああああぁ」
コボルトは人のような断末魔をあげて、炎に包まれていく。
炎はコボルトを勢いよく燃やしていき、瞬く間に消し炭に変えてしまった。
「ふー、遠距離攻撃は想像以上に危険だな」
これまでの相手は近接戦闘のみのモンスターだった。
そういう相手であればたいていの場合、先制攻撃をすることができた。
先制攻撃をさえしてしまえば、バズズラスネークの王さえ倒してしまう火力を持っているのだから一撃で終わる。
けどこれから先はそんな簡単にいかなそうだ。
先制攻撃をされる状況もシュミレーションしておかないと。
お金が手に入ったら、鉄製の鎧か盾を購入することを検討しないといけないな。
消し炭になったコボルトを踏まないように避けて歩くと、その先はまた曲がり角になっている。
曲がり角まで二十メールほどの距離に来た時、コボルトが角を曲がって現れた。
その数、1体……2体…………3体……………4体!?
ちょっと待て!
いきなり多すぎだろ!
俺のツッコミと同時に、4体が一斉に弓を構えた。
ティーファの火魔法は間に合わない!
さっきのように剣で矢を落とせるか?
今の俺だと、どう頑張っても二つが限界だ。
「ティーファ!」
俺の慌てた声に、ティーファは何も言わなくても察したようだ。
「逃げろ!」という前に、俺もティーファも走りだしていた。
高い敏捷能力を活かした撤退戦術だ。
後ろを振り返ると、放たれた矢はさっきまで俺たちがいた場所に突き刺さった。
そのまま曲がり角まで走り抜ける。
自然の盾を利用する算段だ。
このままコボルトが近づいてくれば、ティーファの火魔法で先制攻撃をすることができる。
そう考えていたのだけど、コボルトたちも五十メートルほど先の曲がり角付近から動こうとしない。
膠着状態になりそうな空気が流れた時、ティーファが声を上げた。
「ん? その自信満々な顔つきは、何かいい案があるんだな?」
「ファッッ」
ティーファは目を閉じて念じだした。
ここで火魔法? いや、違う。
ティーファを中心にして、白く光る幾何学模様の魔法陣が、土の地面から浮かび上がる。
円型の魔法陣は、ティーファの念じる時間に応じて広がりをみせていく。
「うわっ、まぶしい!!」
魔法陣が光度を一気に上げると、眩しさのあまり目を閉じてしまった。
でも目を瞑っていても、何が起こっているのかを感じ取ることができる。
ヤバめの奴が俺たちの横に突然現れたようだ。
目を開けると眩しかった魔法陣は消えていた。
その代わりに、二メートルを超える大きな人型の魔物が立っている。
見た目は骸骨そのもので、小学校の時に理科室に飾っていた骸骨の模型を思い出す。
モンスターの種類はボーンナイト。
ティーファの召喚魔法レベル1で呼び出されたモンスターだろう。
レベルは51。
【HP】246
【MP】 0
【SP】92
【筋力】55
【器用】9
【敏捷】43
【頑強】39
【魔力】0
これが神眼で分かったステータスだ。
って、おい、おい。
こいつ俺よりも強くないか?
持っているスキルは【片手剣】のレベル7と、【盾】のレベル6、【自動修復】レベル3、【暗視】レベル9、【威圧感】レベル1となっている。
スキルは俺が理想とする前衛向き。
持っている装備もショートソードに盾と、金属製の甲冑だ。
所々錆びているのは、俺が思うよりも年代物の装備なのかもしれない。
ティーファは更に二体を追加で召喚すると、ボーンナイトたちに指示を出した。
カタカタと音を鳴らしてティーファの話を聞くボーンナイト達。
親である俺でも「ファッッ!!」だけだと5割も理解できていないのに、本当に伝わっているのか疑問だ。
どうやら指示は終わったようで、ティーファが小さな翼の右側だけを勢いよく上げる。
「ファッッ!!」
ティーファの声を合図にして、ボーンナイトたちは盾を構えた状態で、三体横に並んで行進していく。
コボルトもボーンナイトが射程範囲に入ると矢を放つ。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
カンッ!
四つの矢はボーンナイトの盾の前に弾き返されていく。
悠然と歩いていくボーンナイトに対して、慌て始めたコボルトたち。
そんなコボルトを見てか、ボーンナイトたちは駆け足になり、その距離を一気に縮める。
速い!!
そう思った時にはボーンナイトはコボルトを攻撃範囲に収めていた。
振り上げられた剣。
次の瞬間、紫色の血が舞う。
四体全てが一撃で葬られたことは遠くからでも分かった。
「ファッッ!!」
どうだ、凄いだろと言わんばかりに俺の顔を見てドヤ顔をするティーファ。
確かに凄いと思う。
あの三体はこれから凄い戦力になってくれるだろう。
死んでも大丈夫な前衛が三人に、最強火力の魔法使い。
俺の役割………………え。
必死に考えて前衛職になろうとしたのに、あんなポッと出の骨に一瞬で俺の地位を奪われるなんて、迷宮に来る前は考えもしなかった。
迷宮都市に来てから一番のダメージかもしれない。
俺がショックから立ち直れないのを他所に、ボーンナイトたちは着々と前衛の役割をこなしていった。
ティーファもリーダーとして、次々に指示を出していく。
側からみると無敵のパーティーに見える。
俺ってただの見学人?
荷物持ち?
そう錯覚させるほど、出番はこなかった。
三層を楽々突破したが、迷宮に入る前の元気な俺の姿はそこにはなかった。
俺の存在価値………………え。




