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十六話・勘違い

 冒険者ギルドの中を歩いていると、ホーリーロードの話題がチラホラと聞こえてくる。

「嘘だ」とか「何か裏があるはず」という否定的な意見や、単純に凄いという意見。

 若そうな男女からは、なんとかお近づきになりたいという願望も聞こえてくる。


 いつの間にか出世したんだなと思っていたら、角を曲がると見たことのある五人組が大勢の人に囲まれている。

 学校よりも広いこのギルドで会うなんて、つくづく縁のあるクランだと思う。

 向こうもこっちに気がついたみたいだ。


「シンヤの兄貴!!」


 カリスが満面の笑みを浮かべて、人混みをかき分けてこっちに向かってくる。

 それとともに人の視線がこっちに向くが、何人かは俺の顔を見ると首を横に振った。

 酷いものを見たといった感じだ。


「今日ぶりです、カリスさん」

「シンヤの兄貴! 聞いてくださいよ!!」


 カリスは俺の返事を待たずに語り出した。

 急いでいるから後からにして欲しかったんだけど。


「帰ってきてから大変なんですよ!! アンジェリカ管理員が色々な所に宣伝をしまくって、副ギルドマスターから呼び出しをくらうし、聞き取り調査が終わったと思ったら今度はこれだし。俺たち一気に有名人になったみたいです。もう勘弁してくださいって感じですよ!」


 いや、いや、カリスさんよ。

 あなたの顔を見ると、とても困っているようには見えないんですけど。

 顔が完全に緩んでますから!

 むしろベネッサとかゴーンの方が困惑しているというか、嫌がっているように見える。


「はい、はい。分かりました。話はまた今度聞きますよ。俺とマリナはギルドマスターに会いに行かないといけないので」

「え? ギルドマスターですか? それなら今はいてないらしいですよ?」


 えーーー!!

 居てないの!?

 面倒くさいな!!


「どうします? マリナ?」


 マリナは一度目を閉じて、何かを考えているようだ。


「そういえばシンヤの兄貴にも、副ギルドマスターからの呼び出しがあるそうですよ」

「俺にもあるんですか? 一体なんだろう?」


 俺が首をかしげた時、マリナの目が開いた。


「シンヤ! ギルドマスターと会う前に、副ギルドマスターと会っておきましょう!」


 マリナがそう言うなら俺は異論はない。

 カリスに一声かけた後、俺たちは目的地を変えて進んだ。




 俺たちは副ギルドマスター室にすんなりと通された。

 中で待っていたのは犬耳の老婆だった。

 犬耳といえば、ホーリーロードを担当しているアンジェリカ管理員と一緒だ。


「初めまして。エンジェル・ロードのシンヤさんにティーファちゃん。マリナちゃんもお久しぶりね」

「ご無沙汰しています。ロロナ副ギルドマスター」


 おっとりした口調は年相応といったところだろうか。

 柔らかい表情といい、安心感のある人だ。


「来てもらって早々だけど、単刀直入に言うわね。シンヤ君、マリナちゃん」


 ゆっくりとした言葉に、柔らかい表情。

 だけど言葉に重たさを感じる。


「あなたたちにはこっち側に入って欲しいの」


 こっち側ってどういう意味だろう?


「それは私としてもありがたい話です。ですが、それをしてしまうとこれから先、歯止めがきかなくなる可能性が……最悪の場合、全面戦争の可能性もあります」


 一体何の話をしているのか、ちんぷんかんぷんなんだが。


「覚悟はもう決めているわ。流石の私でも、もう堪忍袋の緒が切れちゃったみたい。それに先に仕掛けてきたのはあっちの方よ。

 マリナちゃんも私の所に来たということは、そういうつもりが多少なりともあるっていうことよね?」

「わたしは……私も覚悟は決めています。あの男が父と母の友人だったとしても……戦えます」


 全然意味が分からないけど、二人の口調と表情を見る限り、重要なことを話しているようだ。

 あの男って、ギルドマスターのことなのかな?


「そう……。実はもっと早くからマリナちゃんのこと、こっちで面倒をみたかったのよ。でもあの仏頂面が、どうしても手放してくれなくてね。今回は強引にいかさせてもらうわ」

「でも、この件に関しては私一人では決められません」


 副ギルドマスターが俺の方に視線を向けた。


「シンヤ君ね。天職が分からなくてレベルは六。どこから来たのかも謎で、その髪の色。本当に謎の人物だわ」

「え? いや、それほどでもないです」


 俺の表情、仕草、全てから謎を解こうとする眼力に、しどろもどろになってしまった。


「今回の迷宮の件はホーリー・ロードから直接聞いたわ。でもね、あの子たちは大切な”何か”を隠している。その”何か”の鍵を握るのはあなたのはずよ」


 俺が何も言わなくても、勝手に答えにたどり着いてしまいそうだ。

 マリナと約束したから俺は何も言わないけど。


「言いたくないなら、それでもいいわ。私も詮索をするために、あなたをここに呼んだわけではないのですよ。人には言えないことなんて、幾らでもあるんですからね。それで、シンヤ君はこれからどうしたいと思っているの?」


 何だろう? 漠然とした質問だけど浮かんできた答えは一つだった。


「マリナと一緒に、この迷宮都市で一番の冒険者になりたいです」

「まあ…………若いっていいわね。じゃあ答えは決まりね。マリナちゃん?」


 副ギルドマスターは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに優しい顔になった。


「私は先ほど言った通り、覚悟は出来ています。でもシンヤは今の状況とか、これからどうなるのかとか、全然分かっていないと思うのですが」

「もう! マリナちゃんって本当に生真面目で鈍感ね。愛の前ではそんな小さな事情なんて意味をなさないのよ」


 若さだとか愛だとか、副ギルドマスターのおばあちゃん、何を言っているんだろう?


「愛ですか?…………え?」

「そうよ、マリナちゃん。愛よ」


 マリナの顔が急に真っ赤に染まっていく。

 急にエロいことでも頭に浮かんだのかな?

 そんなことを考えるよりも、今の状況を教えて欲しいんだけど。


「シンヤ。さっきの一緒にって、そういう意味だったんですか?」


 そういう意味って、それ以外ないでしょ。


「そうですよ。マリナの家でも言ったじゃないですか」

「ご、ごめんなさい。わたし、そいうことには鈍感で、今まで真剣に考えたこともなかったし、興味もなかったから。出会って間もないですし、今すぐには返事は出来ませんけど、いつか必ず返事をしますから。それまで待っていてはくれませんか?」


 え? 嘘でしょ?

 マリナが先に一緒に見返してやりましょうって言ったのに、今さらそれなの?

 真剣に考えたこともないし、興味もなかったって、ひどすぎでしょ!

 急に梯子を外された気分だ。


「俺は初めて会ったあの日からそのつもりでしたよ。確信したのは今日、マリナが泣いている姿を見た時ですが。俺は少なくとも今日までは真剣でした」


 ちょっと怒っている。

 言葉も強めに言ってしまった。


「ごめんなさい。シンヤの気持ちは嬉しいです。でも……どうしても直ぐには決められません」


 なんだか話が噛み合っていないような気がする。

 俺たちのやり取りを見ていた副ギルドマスターの顔色が変わった。


「あれれ? なんだか違っていたみたいね」

「違っていたって何ですか?」


 俺とマリナの声が被った。


「えーと、それは…………」


 副ギルドマスターの説明に、マリナの顔は今日一番の赤みを帯びた。

 俺もつられて顔が熱くなった。


 このおばあちゃん、切れ者だと思ったけど、ドジな所もあるみたいだ。

 おかげでマリナの顔を見るのに気を使ってしまう。


 ん?


 でも、よくよく考えて見たらマリナって俺のこと、絶対にダメとかじゃないんだ。

 一応考えてみるって言ってたし。

 これってかなりすごいことだよな!

 なんだか元気が出てきた!


「俺、頑張ります!!」


 そう言って、副ギルドマスター室を後にした。




 副ギルドマスターの話によると、ギルドマスターはヴァルハラ迷宮都市を治めているモンジュー公爵家の家に行っているそうだ。

 で、少なくとも今日は帰ってこないだろうとのこと。


 帰り道にマリナから、ヴァルハラ迷宮都市の現状を教えてもらった。

 今のギルドには大まかに分けて、三つの勢力が存在するらしい。


 一つ目はギルドマスターを中心とした勢力で、規模は二番目に大きい。

 ギルドマスターであるバルボアとモンジュー公爵家の三男は、同じクランで共に戦った仲間という過去がある。

 モンジュー公爵家は長男と次男が謎の死を遂げていて、三男は実質次の後継者と言われているらしい。

 この勢力の代表的な戦力がBランクの『地の底を這う影』とCランクの『タイルスの天剣』だ。


 二つ目は副ギルドマスターを中心とした勢力で、規模は三番目だ。

 三番目と言っても、ギルドマスターの勢力とはかなり差があるらしい。

 副ギルドマスターは、王都マスカラの冒険者ギルド本部から派遣された職員だ。

 こっちは背後に冒険者ギルド本部がついているのかというと、そうでもないらしい。

 冒険者ギルド本部は一応、規模とかは最大らしいけど、他の冒険者ギルドを服従させるほどの権力は持っていない。

 副ギルドマスターが派遣されているということは、多少の人事権はあるみたいだけど。

 それぞれの冒険者ギルドはフランチャイズみたいな感じで、かなりの自治権が認められているようだ。

 この勢力の代表的な戦力はCランクの『狐狼の刃』と、今は『ホーリー・ロード』のようだ。


 三つ目の勢力は上のどちらの勢力にも属していない管理員と、そのクランのことだ。

 意外とこの勢力が、数も質も一番らしい。

 そういった政治的な争いに加わりたくないという人は、冒険者には多くいるんだろう。

 代表的なクランとしてBランクの『竜王の血脈』と『世界樹に導かれし英雄』だ。

 ただ『世界樹に導かれし英雄』は主力がごっそり抜けた影響で、今月中にBランクから落ちる見込みだ。


 数に質を考慮してみると、上から順に4:1:5っていう戦力差らしい。


 この話を聞いた時、マリナの決断って大丈夫なの? って正直思った。

 ギルドマスターと父との縁故もあり、マリナはギルドマスターの保護下で職員としての経歴をスタートした。

 もちろん、勢力的には今もギルドマスターの側に入っている。

 管理員になってからは不遇の扱いを受けていたみたいだけど、それでも副ギルドマスターとマリナのやり取りを見ていると、簡単に抜けられるようなことじゃないと思う。


 現状、ギルドマスター側と副ギルドマスター側は表立って争っていないし、引き抜きも双方が自粛している。

 精々、管理員と冒険者の勧誘合戦くらいだろう。

 そんな中の引き抜きはマリナの言う通り、戦争まで発展する可能性もある。


 やばい感じがプンプンとする。

 そんなことを考えていたら、マリナの家の前に着いたようだ。


 うっ、お腹が痛くなってきた。

 家に帰りたい。

 でも帰れない。


「さあ、シンヤ! 中に入りましょう」


 だって今からマリナの家でお昼ご飯を食べることになっているから。




 地獄に向かう一本道。

 後ろを振り返り、辿ってきた道を思い返す。

 走馬灯のように駆け巡る過去の光景は、思ったよりも多くの場面が流れていった。

 今考えれば短くても太い人生だったように思う。



 世界が平和でありますように。



 祈りを捧げてから扉に手をかけた。

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