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十五話・英雄の誕生?

 マリナの家に入るといい匂いがした。

 女の子の匂いが詰まっているっていう感じの匂いだ。

 女の子の部屋に入ったことは一度もないから、想像の話だけど…… 。


 広さ十畳くらいのリビングに、大きめのテーブルが一つと椅子が五つ置いてある。

 奥の方を見ると、こじんまりとしたキッチンがある。


 そういえばマリナの家族の話って聞いたことがなかったけど、椅子の数を見る限り五人家族なのかな?


 そんなことを考えながら部屋を見渡していると、マリナが飲み物を出してくれた。


「パムの芋をすり潰して、ミルクと混ぜ合わせた物です」


 見た目は具のないシチューみたいだ。

 早速飲んでみる。




 なんだこりゃ?



 ん?



 くっさあああ!!



 パムの芋が十分にすり潰されていなくて、飲み物としては中途半端という感じ。

 しかもミルクの生臭さが後味として不快感を残していく。

 加熱処理が一切なく、芋とミルクをただ混ぜ合わせただけのようだ。

 しかも黒色の変なツブツブが何個か浮かんでいて、これを口に含むと物凄く臭い。

 ドブの味だ。


「どうです? 料理は苦手なんですけど、これだけは自信があるんです!」


 俺は別に美食家でもないし、味にこだわりがあるわけでもない。

 ご飯を食べて思うことは単純に美味しいか、不味いか程度でしかない。

 これは完全に不味い方に分類される。

 これをもう一度飲むか、土下座かと言われれば、間違いなく土下座を取るだろう。


「そ、そうですね。い、いけますね、これ」


 あんなに目をキラキラさせて俺が飲む姿見ているマリナを見ると、不味いですとは言えない。

 曖昧な返事をするしかなかった。


「本当ですか? 嬉しい! 妹たちが「美味しいね」って言いながら、いっつも残してしまうので。だからおかわりいっぱいあるので、遠慮しないで下さいね。シンヤ!」


 マリナはそう言うと、半分に減ったコップを手に取り、再びキッチンに向かった。

 そして満タンに補充されたドブを俺の前に置いていく。

 キラキラとした瞳が俺に「早く飲め」と催促しているように感じる。


 殺しにきてる?


 そんな疑問が脳裏をよぎった。


「あ! そういえばマリナって妹がいるんですね?」


 話題を積極的にふって、気が付いたらもうこんな時間! そろそろ帰ります作戦だ。


「ええ、双子の妹が」

「え、双子なんですか? 珍しいですね。マリナといくつ離れているんですか?」

「七歳ですけど、来月で六歳差になります」

「それだと結構歳が離れていますね。今年で十歳……ですよね。だとすれば天職が分かりますね」

「そうなのですけど……」


 マリナは少しの間言い淀むが、言葉を続けた。


「あの子たち、冒険者になるって聞かないのです……」


 マリナの曇りがちな顔を見ると、冒険者になるのは反対なんだろう。

 俺だって実際に冒険者をやってみて、この仕事を大切な人に勧めることはできない。

 この仕事は簡単に人が死にすぎる。


「それは姉として不安ですね。リスクを冒して冒険者にならなくても、生活に困ってないんですよね?」


 家はこの世界の建物としては普通のサイズだし、マリナの家がある東地区は治安の良い場所で、値段もそこそこするだろうし。

 冒険者になる人にはそれぞれ理由があるだろうけど、ほとんどの人の目的がお金。

 次に名声と力って感じだ。


「あの子たちが冒険者を目指しているのはお金の為ではないのです。亡くなった父の仕事に憧れているからなのだと思います。母が冒険者だったという話も、亡くなる前の父からよく聞かされていましたし」


 マリナのお父さんってもういないんだ……。

 悪いことを聞いてしまったな。


「最悪、冒険者になってしまった場合は、俺が先輩冒険者として頑張ります」


 十四層まで行けば転職だってできるしな。

 まあ、誰でも転職をするっていう訳にはいかないけど。


「シンヤがいれば頼もしいですね。新人冒険者が十八日も迷宮に潜って、生きて帰ってくるなんて、私がクラン管理員になってから聞いたことがありませんから。それで……何があったのですか? 言いたくないことは言わなくても構いません。でも私をクラン管理員として信頼してくれるのなら、情報はできるだけ多く欲しいです。情報次第でこれからの行動方針を決めることになりますから」


 俺はそれほど出来た人間じゃない。

 どんな人間が信用ができ、どんな人間が平気で人を傷つけるかなんて分からない。

 人の奥底に潜む悪意を感じ取れるほど達観もしていない。

 俺が感じる人への印象なんて結局、表面的なものかもしれない。


 でも、マリナがさっき見せた涙は嘘には思えない。

 マリナだけじゃない。

 ルークやエレナの笑顔。

 ルイス村長の真剣な眼差し。

 ホーリーロードとの約束。

 どれも本物だった。


 どうしてそう感じるのかは分からないし、本物だという根拠はない。

 ただの直感だ。

 ただの直感だけど、それが重要な気がする。


 どうでも良いことを考えていたけれど、マリナには迷宮であったことを全て話した。

 転移石で十四層まで連れていかれたこと。

 ティーファの魔法のこと。

 エターナル神殿のこと。


 マリナは時々驚いた表情を見せていたけれど、俺の話を静かに聞いていた。

 普通なら信じられないようなことばかりの話だ。

 マリナは俺の話を全て聞き終わった後、口を開いた。

 顔が少しだけ強張っているように見える。


「シンヤ、その話はこれから先、誰にも話してはいけません。もしこれが事実だとすれば、シンヤも、ティーファもどうなるのか想像もできません。少なくとも国が動くことは間違いないでしょう」

「やっぱりエターナル神殿って、ヤバイですか?」


 マリナは眉間にしわを寄せて、顔をこちらにグイッと近づける。


「ヤバイです。これから先、国の歴史を…………いえ、世界の歴史を変える存在になるかもしれません。はたまた、一生牢獄で人生を終えることもありえます」


 一生牢獄って嫌だな……。

 この世界に来た時のことを思い出す。


「でも、もうホーリーロードのメンバーは知っていますよ? 今回の迷宮のことに関しては口外しないという約束をしていますが」

「分かっています。だから私がシンヤにアドバイスをできることはただ一つです」

「それって?」

「この国から出ていくこと。そして、出来るだけ遠くの国へ行くことです」


 え? そこまでしなくちゃいけないの?

 そんなこと考えてもなかったし、この街に来てからそんなに経っていないけど、多少の愛着だってある。

 仲間だっている。

 マリナと上を目指すって決めたし、今考えてもそれは選択肢に入らない。


「それは出来ません。俺はこの街でマリナと一緒に上を目指します! マリナがなんと言おうとそれは譲れません!」


 マリナの眉間のしわは深いまま変わらずだ。


「この街に残っても、今まで通りの生活はできなくなるかもしれませんよ!?」

「今まで通りの生活ですか? 手持ちは残り三千ルクで、借金が一万ルクの貧乏生活ですよ? 今でも底辺ですし、失う物は殆どありません! それに何かあっても、逃げ足だけは誰にも負けませんから大丈夫です!」


 マリナの眉間に寄ったシワが元に戻ると、次に大きなため息が漏れた。


「シンヤの気持ちは分かりました。でも、誰にも言わないことは守ってくださいね」

「分かってます」

「変な人だとは思っていましたけど、やることも言うことも突拍子がなさすぎます! これからはもっと自重して下さい! 後、さっきから野菜ジュース、全然飲んでません!」


 マリナは頬を膨らませて怒りを表現している。

 確かに俺は常識がないかもしれないけど、このドブを勧めてくるマリナも人のことを言えないだろ、と思う。

 期待を込めたマリナの視線に耐えきれず、野菜ジュースと呼ばれる得体の知れないものを、強引に喉に流し込んだ。


 吐き気を催しながらも、マリナから俺たちがいなくなってからの状況を聞いた。

 依頼を出して三層までを中心に探してもらったこと。

 今日中にクラン廃止手続きをしなくてはいけなかったこと。


 十四層が火の海だと、迷宮都市で話題になっていたこと。

 その影響か、タイルスの天剣の一人が帰還していないこと。


 後は、ライチ村で起こったことの詳細が国から正式に公表されたこと。

 その結果、ヴァルハラ迷宮都市では混乱に陥ったという話を聞いた。


 リンカ王国ではあの事件を隠し続けることは無理だと判断して、魔族が大量の魔物を連れて襲ったこと。

 それを倒し、村人を生き返らせた人物がいることを公表したらしい。

 マリナによるとその人物の名前は出ていないらしいが、黒髪の勇者だとヴァルハラ迷宮都市ではもっぱらの噂らしい。


 俺としてもGPは欲しくないから、この展開はありがたい。


 それともう一つの噂が流れたらしい。

 魔族はヴァルハラ迷宮からライチ村に攻め込んだのだと。

 そして次の標的は最も近いヴァルハラ迷宮都市であると。

 その噂はすぐに収まったらしいけど。


 とまあ、そんな話を聞いた後、冒険者ギルドへマリナと一緒に向かった。

 俺は冒険者として首の皮一枚繋がっているような状態なので、マリナと一緒にギルドマスターに会うためだ。

 俺が生きていれば廃止なんてできないしな。


 マリナにも今回のことは言ってある。

 タイルスの天剣とギルドマスターのこと。

 新人潰しのこと。


 マリナは「迂闊には動けないです。でも、情報を集めて力を蓄えて、上で踏ん反り返っているあの男を必ず引き摺り下ろしましょう!」と鼻息を荒くして言っていた。

 マリナもかなりのストレスを内に秘めているようだ。

 その目には赤い炎が宿っているようにも見える。

 充血しているからそう見えるのかもだけど。


 冒険者ギルドの前に着いた。

 そこでは多くの人だかりが出来ていて、一心不乱に何かを見ている。

 多くの人が見ているのは、人々に色々なことを周知するための看板のようなもの。

 冒険者用の新聞みたいなものだ。

 俺とマリナも気になったので見てみる。



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『ホーリー・ロード奇跡の帰還! 大型新人クラン現る!!』

 ホーリー・ロードという名を聞いたことがあるだろうか?

 殆ど人は知らないと答えるだろう。

 それもそのはずだ。

 クランが出来てからまだ一ヶ月ほどで、日が浅い。

 クラン員を一人一人調べてもそれ程の大物は存在しない。

 あえて名を上げるならば「蘇りのカリス」ぐらいだろう。

 そんな彼らは迷宮に約二週間前に潜ったまま帰ってこなかった。

 新人クランが迷宮に潜ったまま帰ってこないなど、よくあること。

 話題にすらならない。

 面白みなど全くない。

 だが彼らはやってくれた。

 なんと! 彼らは迷宮にこもり、ヴァルハラ迷宮最大の難所と呼ばれる、バズズラスネークの王を討ち取ってきた!

 詳細は未だ分からないが、複数個の魔石を手にしているという話も出ている。

 ・

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 おとぎ話で見るような英雄の誕生をこの時、この時代に、我々は見届けているのかもしれない。


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 なんか凄い書かれようだ。

 情報が錯綜していたとしても、どう考えても英雄っていう感じじゃないと思うんだけど。

 っていうか、笑えるくらいエンジェル・ロードのことが書かれていない。

 カリスたち、俺たちのことをあんまり言わないでいてくれたのかも。


 そう思い、冒険者ギルドの扉を開いた。

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