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十一話・地獄に向かう一本道

 ギルドマスター室。

 そこでは二人の若い女性クラン管理員が、とある事情により呼び出されていた。

 とある事情とは新人クランの未帰還の問題である。


「マリナにアンジェリカ。二人を呼び出しのはエンジェル・ロードとホーリー・ロードのことでだ。実はこの二つのクランが十日以上もの間、迷宮に入ったきり戻っていないという報告を受けていてな。それは事実か?」


 ヴァルハラ迷宮都市のギルドマスターであるバルボアは、手元に置かれた資料に目を通しながら話を切り出した。

 バルボアの問いに、まず返したのはマリナだった。


「確かにおっしゃる通り、エンジェル・ロードのクラン員は帰っていません」


 アンジェリカもそれに続いた。


「ホーリー・ロードのクラン員も同じです」


 バルボアは目線を上げ、二人の管理員をチラリと見ると、また視線を下に落とした。

 バルボアにとって二人の答えは興味のあることではなく、この聞き取りも事務的な作業に過ぎない。

 答えは聞かずとも知っているのだから。


「では二人とも早急に、クランの廃止手続きを行え」


 バルボアはあらかじめ決まっていた台詞のように、淡々と言い放った。

 今回の場合、クランの廃止手続きはクランの壊滅を意味する。

 生存の見込みはないと、みなすということだ。


 バルボアの決定に、マリナは声を荒げて反論する。


「待って下さい!! ギルドマスター!! まだエンジェル・ロードは……シンヤは帰ってくる可能性があります! 廃止手続きはまだ早すぎます!」

「お前はこれで何度目だ? これまで何度同じセリフを吐いた? 自分の胸に手を当ててもう一度思い返せ! 一度でも生きていたことがあったか!? お前が担当したクランは全滅! それがお前の実績であり、信頼なのだ! つべこべ言わずにさっさと手続きを済ませろ! アンジェリカも分かったな?」

「はい」


 返事があったのはアンジェリカからだけだった。

 マリナには返事ができなかった。

 返事をすれば自分が過去に担当した新人冒険者のように、二度と帰ってこないように感じたからだ。

 シンヤが迷宮に潜ってから、もう17もの日が経っている。

 その間、マリナは他の冒険者にエンジェル・ロードの救援のお願いをしていたが、全て断られていた。

 困り果てたマリナは、自費でエンジェル・ロード救援の依頼をギルドに依頼したが、その依頼が成功することはなかった。


「マリナ! お前はこれまでの実績と、今回の件でクラン管理員からの降格決定だ。廃止手続きが最後の仕事だと思え。期限は明日の17時までだ」


 バルボアはそう言うと、片手で二人をあしらうように退室を促した。




 マリナはギルドマスターの部屋を出てから、第五クラン管理場に戻っていた。

 他の管理員の好奇の視線を受けながら、自分の窓口の椅子に座り込んだ。

 マリナの降格の話は既にギルド職員中に回っていて、マリナの気の落ち込みようから、誰もが最後通告を受けたのだと理解した。


 マリナはしばらくの間、何も考えられず、手がつかない状態になっていた。

 しばらくすると日が暮れ出し、他の管理員が続々と仕事を終えて帰っていく。

 マリナも頭では分かっていた。

 可能性などほとんどないということを。

 それでも、どうしても廃止手続を書く気にはなれなかった。


 そんな時、マリナを避けるようにして通っていく人影があった。


 マリナの視界に入ったその姿は、見知った顔だった。

 今は疎遠になっているが、マリナの父がクランマスターの時のクラン員だった男だ。

 マリナ自身も子供の頃からよく遊んでもらい、迷宮の知識やモンスターの知識を教わった。

 マリナはその姿を見た時、無意識に声を上げていた。


「バッツさん! 待って下さい!」


 バッツはマリナの呼び声にピクリと反応すると、難しそうな顔をして足を止めた。


「マリナちゃん、久しぶりだな」

「バッツさん、呼び止めてしまって申し訳ありません。バッツさんが私を避けていることも知っています。でも……どうしても聞いてもらいたいことがあるんです」


 バッツは二、三度小さく首を横に振ると、マリナの目を見て言った。


「無理だ。力にはなれん」

「どうして……」

「悪いな」


 バッツは振り返ることなく、足早にその場を去って行った。


 マリナの遠い記憶にある、優しきバッツの姿はそこにはなかった。

 父のクランが迷宮で壊滅した時から、バッツはマリナを避けるようになった。

 バッツのそんな態度の変化に、マリナも父が死んだあの日、何かあったのでは? と思うこともあったが、バッツは口を閉ざしたままで、真相は闇の中になっている。



 気がついた時には周りに人気はなく、外はもう真っ暗だった。

 マリナは最後の仕事を残し、暗い夜道を歩いて自宅に帰っていった。


 自宅に着くと二人の妹が、マリナの帰りを首を長くして待っていた。


「遅いよ! マリナねぇちゃん」

「お腹ぺこぺこだよ」

「ごめん。待たせちゃったね」


 リビングから漂ってくる匂いは、双子の妹が共同して作った料理からくるのだろう。

 マリナの冷めきった心を、小さな二つの手が包んでくれる。


「マリナねぇちゃんもお腹空いたよね? 早く食べよ?」


 二人に引っ張られるようにして、マリナはリビングの中に入った。

 三人は早速席に着くと、食事を始めた。


「マリナねぇちゃん、今日も遅かったね」

「もしかして、もしかして、彼氏さんですか? うひょー」

「やっぱりそうなの? ルルもそんな気がしてた」


 双子の妹が勝手に盛り上がっている中、マリナはスープに浮かぶパムの芋を見つめていた。


(覚悟を決めないと)


 マリナは意を決して双子の二人に話し出す。


「ごめんね、ルル、ニョニョ。お姉ちゃん、もしかしたらギルドを解雇されるかもしれない」

「んー、やっぱりそういうことか。おねぇちゃん、最近ずっと思いつめてたから」

「しょうがないよ。ルルも来月で十歳だから天職が分かるようになるし、三人でがんばろ?」

「頑張る! 頑張る! ニョニョは絶対魔法使いになるから、おねぇちゃんは美味しい料理を作れるようにして、さっさと彼氏作ってくださーい」

「じゃあルルは、お父さんと一緒の魔闘士がいいかな」


 帰ってきてから終始暗かったマリナを元気づけるように、双子の二人は将来の夢や目標を語っていく。

 決めた覚悟が急速に萎んでいった。


「二人ともありがとう。お姉ちゃんも頑張るから」


 マリナの母は双子のルルとニョニョを産んでから一年後に、暴漢に襲われて亡くなった。

 そして父が亡くなってから四年近い月日が流れていた。

 三人の家計を支えているのは、マリナの給与収入のみである。

 本来、マリナと双子には多くの遺産が手元に残るはずだったが、遺産を相続した直後にそれ以上の借金があることが発覚した。

 借金の貸主はこのヴァルハラ迷宮都市を支配下におく、モンジュー公爵家だった。

 一市民が踏み倒して生きていけるほど、甘くはない相手だ。



 その日、マリナの口から借金の事実と、三人の置かれている現状が双子に教えられることはなかった。




 誰かが創った地獄に向かう一本道。

 その道を通る足音は、長い年月をかけて一歩一歩確実に進んでいた。

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